k02.5-06 可愛いは正義
時刻は午後3時。
昼前から続いた行列がどうにか捌けて、客足もだいぶ落ち着いてきた。
私達も接客に慣れてきて、お客さんと談笑しながらのんびりと営業している。
「あ、いた! アイネお姉ちゃんー!」
小さな女の子に声を掛けられるアイネ。
「――? あ~、アンちゃん!」
振って応えるアイネ。
見ると、遠から小さな女の子が元気いっぱいに駆け寄ってくる。
たまにアイネに会いにくる初等グレードの女の子ね。
アイネにこんな小さな友達が居るとは知らなかったけど、何でも演習中モンスターに襲われてるのを助けてから仲良くなったとか。
「すごーい! お姉ちゃん、猫さんだ~!」
「えへへ、似合うかな?」
しゃがみ込んで女の子と話し込むアイネ。
「うん、凄く可愛いよ! ね、グリム!」
そう言って、後ろを振り向き、一緒にいる男の子に声をかける。
「――べ、別に。まぁ、悪くは無いんじゃねぇの?」
照れくさそうに顔を出す少年。
あぁ。いつもあの子にくっついて遊びに来る生意気な男子ね。
口とは裏腹に、チラチラとアイネの顔を横目で見ている。
「えー凄く可愛いじゃん! グリムが、アイネお姉ちゃんのお店噂になってるらしいから見に行こうって言いだしたくせにー!」
「バ、バカ! 何言ってんだよ! 別に、ちょっと冷やかしに行ってやろうと思っただけだし!」
そう言って顔を真っ赤にして怒るグリム君。
ふふん。こんな年下を手玉に取るなんて、アイネも隅に置けないわね。
「はいはい、2人共喧嘩は無しやで~! 他にお客さんもおらんし、サービスや。皆には内緒やで!」
そう言って2人にチョコバナナを手渡すエーリエ。
「わーい! エーリエお姉ちゃんありがとう!」
「サンキュー!」
前に何度か会っただけだけど、エーリエは直ぐに打ち解けて2人ともすっかり仲良し。
ちなみに……2人共私にはあんまり積極的には近寄ってこない。
まぁ、我ながら子供に好かれるタイプじゃないとは思ってるけど……ちょっと悲しい。
「ねーねー、それお耳どうなってるの?」
「ん? 頭にかぶってるんだよ」
そう言って猫耳のカチューシャを触らせてあげるアイネ。
物珍しそうにつついたりしながら嬉しそうにはしゃぐアンちゃん。
その後、アンちゃんに猫耳を付けさせてあげたり、みんなで記念撮影したりしてはしゃいでいると
――突然、怪訝そに声を掛けられた。
「何だね……これは?」
1人の教員が、さも不機嫌そうに腕組みをしてこっちを見ている。
「あ、いらっしゃい!」
エーリエが愛想よく接客するけれど、それを無視してアイネと子供達に詰め寄る教員。
「なんだ、この公共秩序に反する非道徳的な店は!? 責任者は?」
「あ、先生……」
そう言って急に大人しくなるアンちゃんとグリム君。
どうやら、彼女達の担任教員らしい。
「あ、あの。マスターは今休憩中で……」
アイネが対応する。
「……またお前か、"ヴァン家"の」
そう言ってアイネの事を恨めしそうに見下す。
……久しぶりに見た"あの目"だ。
「き、許可はちゃんと取ってあります! 何も問題ないはずですが」
「許可? 学園祭実行委員の出店許可の事かね? 言っておくが、私は生徒指導委員の顧問だぞ。たかだか実行委員の許可があったところで、私がNOと言えばNOなのだ!」
そう言って出店のテーブルを思いっきり叩く。
大きな音に驚いて身をすくめるアンちゃんとグレン君。
「ち、ちょっと待ってください! いくら何でもあんまりです! ちゃんと説明を……」
「説明!? 貴様にわざわざ説明してやる必要があるかね、"ヴァン家"の! こんな事にノーブル家のご令嬢まで巻き込んで……いったいどういうつもりだ? 自分の立場も分からんのか?」
はぁ!? なに? アイネが加害者で私が被害者とでも言いたい訳!?
あまりにも横柄な態度に、私が言い返そうと1歩踏み出したその時……
「――うちの娘がどうかしましたか?」
そう言って、後ろから教員に声を掛ける男性の姿が。
俄かに周りがざわつき出す。
「こ、これは、ノーブル郷!」
どうも聞き慣れた声だと思ったら……お父様だ。
私服姿でテイルに居る所なんて見た事なかったから、一瞬分からなかった。
それに気づき、深々と頭を下げる教員。
「まぁまぁ、先生。今日は私事でお伺いしている身なのでそんなにかしこまらず。……で、うちの娘が何か?」
「そ、そうでした、丁度良い所に! 見てください。彼女……ヴァン家の娘が、お嬢様をかどわかしてこのような卑猥な出店をやらせているのです。全く嘆かわしいとは思いませんか!?」
「ほぉ……」
そう言ってアイネに鋭い目を向けるお父様。
暫し黙り込む。
その重苦しい空気に周りの誰もが口を閉ざし、さっきまで賑やかだった雰囲気が一変する。
多分他の人には分からないけれど……よく見ると、口の端がピクピク動いている。
あれは……もうアイネの事が可愛くて可愛くて今にも飛びつきたいのを我慢してる時の症状だ。
アイネ溺愛のお父様には、猫耳メイドアイネなんて刺激が強すぎるのは明白。
それを分かってか、隣にいるお母様も必死で笑いをこらえている。
「まったく嘆かわしいでしょう!?」
「……どの辺りがですかな?」
「……へ?」
「アイネちゃ……彼女の何に問題があると?」
全く想定していなかった返答に、あっけに取られポカンと口を開ける教員。
まぁ、ノーブル家とヴァン家が親しいのは一般にあまり知られてないから、たかだか一教員がこの事を知らないのは無理もないけど……
「そ、それは……。あのような卑猥な衣装で男子生徒に媚び諂い金銭を巻き上げるようなお店ですよ!」
「卑猥……?」
「え、えぇそうですとも! 見てください、仮にも卑しい"ヴァン家"の身にありながら……」
静かに目を瞑ると、大きく息を吐くお父様。
そして――
「それは貴様がそのような目で見ているからだろぉ!! どこからどう見ても可ぁ愛ぃぃに決まっているではないかぁぁ!!」
突然怒声を上げ教員を一括するお父様。
言ってる事はめちゃくちゃだけど、さすがかつて"猛炎のグレン"と恐れられたウィステリアが誇る騎士。
現役を退いたとは言え、その迫力は未だ健在だ。
「ひ、ひぃぃ。も、申し訳ございません!!」
そう言って平謝りする教員。
「良いか、可愛いは正義だぁぁ!! 覚えておけ!」
「は、はいぃぃ!」
もはやただの輩だけれど、テイルに多額の資金援助もしている超VIPを怒らせるのは教員の身としては絶対的にまずい。
深々と頭を下げると、そのまま一目散に退散していった。
それを黙って見送るお父様。
後ろ姿が見えなくなるやいなや……
「何だ!? なんだこれはアイネちゃん! 猫? 猫のメイドさんなのか!?」
鼻息を荒くし、目を輝かせてアイネに詰め寄る。
我が父親ながら……いや、父親だからこそさすがに少し引く。
一部始終を見守っていたアンちゃんとグリム君もドン引きしている。
突然現れて、自分達の担当教員を怒鳴り散らして追い返した挙句、今度はアイネにデレデレですり寄るおじさん……
事情を知らない子供達から見たら完全にヤベェ奴ね。トラウマにならないと良いけど……。
「お疲れ様。シェンナもよく似合うじゃない!」
困ってたじろぐアイネとお父様には目もくれず、持ってきた飲み物を私に手渡すお母様。
「貴女がエーリエちゃんね? いつもシェンナと仲良くしてくれてありがとう」
そう言ってエーリエにも飲み物を手渡す。
「あ、おおきに! こちらこそいつもお世話になってます」
そう言いながら飲み物を受け取る。
「お、何だ何だ? 何かあったのか?」
丁度そこにいつもの呑気な様子でマスターも戻ってきた。
「おぉ、ジン殿! お久しぶりですな!」
「グレンさん。お元気そうで。どうですか、うちの店は?」
「……ジン殿、初めてお会いした時から貴方は只者ではないと思っていたが……やはり分かっておられる!」
そう言って両手でマスターの手をがっつり掴むお父様。
「ふふ、そうでしょう」
自信ありげに笑うマスター。
その後、エーリエの衣装はもう少し露出があった方が……とか、やっぱり私にはお嬢様より小悪魔風の衣装がよかった……だの、男2人でコソコソと猥談に花を咲かせている。
さっきの教師何処行った?
卑猥なのが居るから補導して欲しいんだけど……
その後、夕方頃には店を閉めて皆で夕飯へ行こうと言う事に。
保護者の方に連絡し、アンちゃんとグレン君も一緒に食事へ行く事に。
街のレストランで、久しぶりに大所帯での会食。
突然現れた変態おじさんが、実は前々から尊敬していた"猛炎のグレン"だと知って動揺するグレン君。
ハイドレンジアでの出来事を興味津々で聞くお母様とアンちゃん。
美味しい料理と、尽きない会話で、楽しい時間を過ごし学園祭初日が終了した――






