k02.5-04 僕と踊ってくれませんか
「なぁ、そんなに意固地にならんでも、こんな時くらい男子の誘い受けてみたらええんちゃうか?」
テーブルの裏側に潜り込んでネジを止める私に、余ったネジを手渡しながらエーリエが話しかけてくる。
「別に。意固地になんかなってないけど? ……ネジもう一本ちょうだい」
テーブルの下から手だけ出してネジを受け取る私に、ため息交じりで続ける。
「はぁ……。あの鬱陶しい男に遠慮しとる訳でもないやろ? それとも、中々お眼鏡に叶う男が現れへんか?」
「……別にそう言う訳じゃないけど。 ……今は他に色々考えたい事があるっていうか」
――ハイドレンジアで見た光景が脳内にフラッシュバックする。
ジュエルシステムの中に捕らわれた少女の姿……
あの少女について何度かマスターに問い詰めたけれど、知りたければ自分で調べろの一点張り。
出来る限りの本や資料を片っ端から読み漁ても、当然そんな話は噂にすら出てこない。
マスターの言う通り"この事"を知った所で、別に私の生活が変わる事は何一つ無かった。
今までと変わらない平和な毎日が過ぎていく。
けれど、今まで当たり前に過ごしていたその日常が、土台から大きく揺らぐような不穏な感覚……
「――なぁ! ネジもうええんかって!?」
エーリエの声で我に返る。
「え!? あ、ごめん! さっきので最後。これで大丈夫のはず」
そう言ってテーブルの下から這い出して、ちょっと強めに揺すってみる。
がっちり固定されたようで変なガタつきは無くなった。
「さすがやなぁ。……で、結局舞踏会はどうするつもりやねん?」
「……そういうエーリエはどうなのよ?」
「うちは色気よりも食い気に決まっとるやん! 立食パーティーのビュッフェ、テイル関係者は無料で食べ放題やさかいな! 踊っとる暇なんかあったら食いまくるわ!」
「ふふ、エーリエらしいね」
隣で飾り付けをしていたアイネが楽しそうに笑う。
服に着いた砂ぼこりを払って立ち上がると、少し離れた所に居る男子グループがチラチラとこっちを見ている事に気が付く。
「今だって! 行けって!」
「いや……マジで?」
「マジに決まってんだろ! 早くしろよ!」
そう言ってグループの輪から押し出され、男子生徒が1人こっちに向かって歩いてくる。
まったく……話してる傍からまた。
出店の準備中々進まないじゃないの。
エーリエ達も私をからかうのにも飽きてきたみたいだし、当たり障りなくお断り……
――と思った矢先、想定外の出来事が。
男子生徒が、アイネの前に立ち止まったのだ。
そのまま緊張した面持ちでアイネの事を見つめる。
「……へ?」
見知らぬ男子から突然熱い眼差しを向けられ、作業の手を止めて固まるアイネ。
「あ、あの。突然ごめんなさい。……アイネさんですよね?」
「え、え? そうですけど……何か?」
ビックリして完全に目が点になっている。
「――あの! もしよかったら本祭の夜、僕と一緒に踊って貰えませんか!」
そう言って、男子生徒は深々と頭を下げ手を差し出す。
「え? ……えぇ!? 私!? シェンナじゃなくて私ですか!?」
そう言って、衝撃のあまり手に持っていた飾りを宙に放り投げるアイネ。
エーリエがすかさずナイスキャッチ。
顔を真っ赤にしたままオロオロと私とエーリエ交互に目線を送るアイネ。
「ヒュ~、アイネ、やるやん」
「エ、エーリエ~!」
楽しそうに野次を入れるエーリエ。
その間も男子生徒は直立不動のまま頭を下げ続けている。
突然の出来事にびっくりして理解が追い付かないのか、今にも泣き出しそうな顔で今度は私を見るアイネ。
助けてあげたいけれど、これは私が口出しする事じゃないわね。
「アイネ、自分で決めなさい」
私に言われて、差し出された手を改めてじっと見つめるアイネ。
「……あ、あの。 ……本当に私で良いんですか?」
恐る恐る……けれども、しっかりとした声で問いかける。
「――! はい! 実は、ずっと前から素敵だなと思っていました!」
下を向いたまま力強く答える男子生徒。
………
少し考えた後……
「――わ、私で良ければ!」
そう言って差し出された手を取るアイネ。
「キャー! やったやん!」
エーリエが私に抱きついてピョンピョンと跳ね回る。
彼の手を取ったまま、顔を真っ赤にして俯くアイネ。
「おーー! やるジャンあいつ!」
「マジかー!!」
遠巻きに見ていた、友人と思われる生徒達から歓声が上がる。
「あ、ありがとうございます! あ、ごめんなさい僕、名前も名乗らず! 魔鉱経済学部グレード11のロベリア・プルサティラです」
そう言って溢れるような笑顔を向ける男子生徒。
「あ、あの、アイネ……アイネ……ヴァン・アルストメリアです」
彼とは対照的に、自信なさげに小さく自分の名を告げるアイネ。
「勿論、知ってますよ! こちらから声をかけたのですから!」
そう言って爽やかに笑う。
なんだ。良く見たら中々の好青年じゃん。
「じゃ、絶対ですよ! 当日ダンスホールで待っててくださいね!」
そう言うと、連絡先を書いた紙を手渡し、アイネの手を今もう一度両手で握りしめた後、仲間達の元に走って行く。
仲間にもみくちゃにされながらも、楽しそうに帰っていく。
その後ろ姿を、顔を真っ赤にしたまま茫然と見送った後、一目散に私達の元に駆け寄ってくるアイネ。
「――ど、どうしよぉ!?」
「いいんじゃない? 何事も経験よ」
「せや。学部も違うから全然知らん人やったけれど、年上なんに腰も低くてええ感じの人やったやんか。しかも中々の爽やかさんやったし」
そう言ってニヤニヤしながら肘でアイネをつつくエーリエ。
「だ、大丈夫かなぁ……」
そう言って今更頭を抱えるアイネ。
「何深刻になってんのよ。一緒にダンス踊るだけよ」
「まぁ……ただダンス踊るだけで済むかどうかは……お若いお2人さん次第やけどなぁ~……痛ぁ!」
意地悪く笑うエーリエの腕をアイネに見えないようにこっそりつねる。
当人は相当動揺してるみたいだけれど……まぁ、別にそこまで不思議でもないのよね。
ハイドレンジアに居る間、アザレアの勧めもあって、オシャレしてみたり、街の雰囲気に合わせて少しお化粧してみたりと、短い間で一気に垢抜けたアイネ。
ウィステリアに戻ってからも、私の強い強い勧めで休みの日は可愛い服を着て見たり、テイルの外に出る時は少しお化粧をするようになった。
となると、我が幼馴染ながら素材は元々かなりのものなので一気に注目を集める事に。
「え、あれ例のヴァン家? ……ぶっちゃけ結構可愛くない?」
「いや、見た目だけで言うと実は俺かなりタイプなんだけど」
「いやー、何か最近急に可愛くなったよな?」
勿論、見た目だけじゃない。
ハイドレンジアで上げた実績や、アイネの元からの人柄もあって、このところ特に男子からの評判は急上昇だ。
そもそも、ヴァン家を極端に毛嫌いしているのは祖父母世代から言い聞かされた大人達や一部の関係者が殆どで、若者世代は単にそれに影響されてるに過ぎない。
となると、血気盛んな(エロ)男子生徒達は、そんな古臭いしきたりよりも本能が前に出るのである。
まぁ、明らかにチャラそうな輩は、アイネに近づく前に私とエーリエでこっそり排除してきた訳だけれども……。
何せ、こうなったら急がないとね!
「アイネ、午後から私の実家に行くわよ!」
「え、え? 何で?」
「あんた、ダンスパーティー用のドレスとか無いでしょ?」
「あ、本当だ……」
「私ので良ければ貸してあげる!」
「え、いいの!? あ、でも屋台の準備がまだ……」
そう言って作りかけの屋台を見る。
「大丈夫や! あとは飾り付けと機材のセッティングだけやからウチとマスターに任せとき! それにまだ明日もあるさかい心配無用!」
そう言って親指を立てるエーリエ。
「あ、ありがとう!」
「なんもなんも、アイネの一大事に比べたら屁でもないわ!」
バナナ売ってる場合じゃねぇ、だわね!
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