表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/275

この世界のお金

そしてマジョーリカを乗せた商隊の馬車は街道をひた進む。ザックは最後まで完全に警戒を解くことはしない。世間話とばかりにマジョーリカという小娘の情報を得ようとする。

親切心で助けの手を差し伸べたが、噛みつかれるのはもちろん困るし、何もないまま姿を消されたら不気味でもある。


「金がこれだけあれば当分の間宿屋暮らしはできると思うけど、そのままというわけにはいかないだろう? 仕事は考えているのかな?

厳しいことを言うけれど、仕事の手伝いができないと面倒を見てくれそうな大人はいない。でも何か特技があるのなら、有難がってくれる大人がいるかもしれないよ。」


マジョーリカは考え込む。この世界の見学が目的ということで、仕事なんてまったく考えていなかった。確かに当面の生活資金はなんとかなりそうだがその先をどうするか。

ザックが何か労働をして対価を得る能力はあるのかと聞いていることは分かった。


「ええと、ザックさんは魔法のお薬はご存知ですか?」

「ああもちろん。治癒薬とか浄化薬とかのことだね。ひょっとして・・・作れるのかい?」


(うおおおおっ、魔女の秘薬はこの世界には当たり前に流通してるの? だったら私ボロ儲けできるじゃあん。あ、魔力に満ちた世界だもんね・・・作るのは難しくないのかも。

あ、当たり前に流通してるならボロ儲けできるような相場じゃないのかな? ひょっとしたら消毒液のように浄化の薬が使われているのかしら。消毒と解毒の区別なんてなかったりして。)


「母から魔法の手ほどきは受けていましたので、材料が手に入れば大抵の薬は作ることができます。それを買ってもらえればと思うのですが。」

「宮廷魔術師のお嬢さんというのはそれ程なのか・・・けれども君の歳だとお店をもつことは無理だよね。

作ることができても売ってもらえるお店の伝手がないといけない。またはどこかのお店に雇ってもらうとかしないといけないね。」

「あ、そうですよね・・・」


(しまったああああ。世の中そんなに甘くないわあああ。)


子供だということを忘れていた。子供が作った薬を買う人間なんているわけがない。腕なり品物なりを認めてもらえる大人の力がなければ、自分の作った薬がお金に変わるわけはないのだ。


「ふふふ。私を誰だと思っているんだい?」

「あ、商工組合の組合長さんと仰っていましたね。ということは・・・」


ザックが得意げな顔をした。商工組合の組合長というのがどんな立場なのかは分からない。だが商人の中でも何か特別なのだろうということまでは想像がついた。


「その通り、そういったお店を紹介することまではできるよ。だけど、そこから先はマジョーリカちゃん次第だ。ちゃんとしたものをお客様の要求するだけ提供できるような腕前でないと、こちらにも組合長としての立場と面子がある。それは分かってくれるね?」

「どこの誰とも分からない小娘をわざわざ紹介してくれるのですものね・・・よほどのところを見せないといけない、ということですよね。」


商人の世界が厳しいのはどこも同じらしい。信用が大事ということだ。自分だって同じ物ならたとえ安くなくても信用のおける人なり見せなりから買うことはあった。信用というのは得難く失いやすいということは知っている。


「そういうことだよ。なにも薬師だけが仕事ではない。町をいろいろ見て、自分のできそうな仕事を見つけてみてもいいのではないかな?」

「そうですね。よく考えてみます。」


(うわあああ。本当にどこかで読んだ冒険物語みたいになってきたわあ。働かざるもの食うべからず、よね。

これは保護者がいないというのはしんどいわよ、これー。ザックさんいっそのこと私を養子にしてくれないかな?)


マジョーリカは保護者の大事さを痛感した。今まで転生するときはもっと小さな子どもなり、胎児なりに転生したので必ず親がいた。時機を見てその親元を去っていっていたのだが、どうやらこの世界で12歳というのはまだその時期ではないようである。








そして養子なんて話になることはなく、商隊は無情にも町の入り口の門に着いてしまったのであった。門には衛兵というにはくだけた格好の兵が立っていて門番をしている。

神様のところから見たが、この世界の町はすべて城壁のような壁に囲まれて、敵か獣か、おそらくその両方から守られているようだ。

ザックは大物で顔がきくようで、門番の方から問いかけられる。


「ザックさん、お帰りですね。そちらのお嬢さんは隠し子ですか?」

「バカ。そんなことがバレたら家内に殺されるわ。わけあって遠い親戚の子を連れてきたといったところだ。」


ザックにはちゃんと家庭があることが分かった。マジョーリカはザックが完全に親切心で自分を保護してくれたことを理解して、安心して町の中に入ることを決心する。

遠い親戚の子にしてくれたのならその設定に従うこととしよう。


「そうですか。お疲れさんしたー。気を付けてどうぞー。」

「ああ、ご苦労さん。」


こうしてマジョーリカはあっけないほど何事もなく、町の門を通過できたのであった。手に入れる手段をどうするかは考えるとして、食べ物と寝るとことはどうにかなりそうである。


「さすがザックさん。あれで入れてもらえてしまうんですねえ・・・」

「身寄りのない子だとさすがに入れてはもらえないだろう。何かの事件や犯罪に巻き込まれている可能性があるからね。実際君はそうなのだし。」


事件や犯罪とはなんだろうか、そんな事態には遭遇していないはずなんだがと思ったが、重大なことを思い出した。そのような事件や犯罪ともとれる話を設定としてでっち上げていたのだ。


「うわあ、そうですね。捕まえられて取り調べられたりするんですよね。どこから来たかも分からない私なんて最悪だ・・・ザックさんに助けてもらえなかったら本当に今頃野垂れ死にだあ・・・」

「私に話してくれたことをそのまま話したら間違いなく貴族の関与を疑われる。代官様か領主様に引き渡すことになるだろう。

もし貴族が絡んでいなかったとしても疑いが晴れて解放されて、町の誰かに保護してもらえるまでずいぶんとかかるかもしれないね。」

「ザックさああん、本当にありがとうござびばすうううう。」


マジョーリカは真剣に感謝した。おかしな設定をでっちあげて演技してたのを信じてもらって、ここまで連れてきてもらったことを、それはもう真剣に感謝した。涙と鼻をだらだらとたらしながらだ。

ここまで紙一重のことをしていたのをやっと自覚できたのであった。








だがすぐに立ち直るマジョーリカ。精神は子供ではないのだ。


「ところでこの町はなんていう名前なんですか?」

「ああ、開拓村がやっと壁で囲まれた安全な町と言える規模になったくらいだからね。まだちゃんとした名前はついていないよ。

でも門が建って、人の出入りをちゃんと管理できるようになったら紛れもない町になるんだ。今は『辺境の町』とか『最果ての町』とか呼ばれているかな。どちらかというと『辺境の町』で通っている感じだね。」


町の名前は大事である。だがまだ名前の付いていない町であった。辺境をわざわざ選んで来たのだから仕方がない。


「『辺境の町』ですね。よおく覚えておかないと。私の故郷になるかもしれない町ですからね。」

「君の安住の地になるといいね。君が大変な目に遭ってかわいそうだと思ったのはもちろんだけど、しっかりしたお嬢さんだったから助けたんだ。町のためになる人になってくれることを期待しているよ。」


田舎の町だと目を付けたその町は『辺境の町』というのだそうだ。安住の地という響きはいい。元の世界で魔女には安住の地などというものはなかったのだ。魔法を使って何かすると常に逃げ回る人生を強いられた。

ザックは町のためにというが、自分の特技は魔法しかない。魔法を使って何かできるだろうか。とりあえず薬を作るのは今は難しそうだが何か考えるしかない。


「ええそれはもう。ザックさんに拾ってもらったこの命を無駄にすることは決してしません。」

「はははは。そこまでおおげさに考えなくてもいいけどね。

さて、ここが商工組合だ。君の持っている金の重さをちゃんと量ってあげよう。そしてとりあえずの現金を用意するからね。」

「はい、よろしくお願いします。」


馬車は立派な建物の前に止まった。商工組合の事務所らしい。ザックは馬車を降り、部下と御者に指示を伝える。


「荷の後のことは手筈通りによろしく頼む。私は組合にいるから後で報告を頼むぞ。」

「へい、分かりました大旦那。」


馬車はどこかに去っていき、ザックとマジョーリカは組合事務所に入っていった。町に入るという目的のひとつは達した。これからいよいよ現金の獲得というもうひとつの目的を果たさなくてはならない。








組合事務所の応接スペースに案内され、マジョーリカはザラザラと金の粒を巾着袋から取り出し、ザックに鑑定を頼む。

ザックは受け取ったら器に溢れんばかりの水を張って金の粒を入れて体積を計った後、天秤を取り出し、立派なテーブルの上で重さを量った。そしてパチパチとこの世界の計算儀らしき物を叩く。比重を計算して金の純度を確認したのだろう。


「うん、金貨5枚分になるかどうかくらいの重さだね。手数料を引いて間違いなく4枚にはなるかな?」

「では3枚でいいです。残りはザックさんの手数料というか、お礼とさせてください。」


ザックはここまでいろいろと警戒していた。危険を感じていたのだろうから、それに対する見返りがあって当然だろうとマジョーリカは考えたのだ。借りを返すなら早い方がいい。


「そんなにいいのかい? そこまでのことをしたとは思えないんだけどね。領都とはよく往復するから私の手数料なんて要らないよ?」

「これでザックさんの信用が得られるなら安いものです。受け取ってください。」


ザックは小さな娘から信用という言葉が出たのは先ほど自分がした仕事の話のせいだろうと、頭を掻いてふっとため息をついた。しして再びマジョーリカと向き合う。


「君は金貨1枚の価値を分かっているのかな・・・ははは、そこまで言われたらいろいろと面倒をみてあげないとならないね。じゃあ、これから宿屋に連れていってあげるとして、決心がついたらこの組合事務所においで。うち個人の店と取引している薬屋を紹介してあげよう。君のわけありの説明も必要だろうからね。」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。」


ザックは信用を金で買われてマジョーリカに便宜を図ってくれることを話した。商人としての矜持から取り引きならば引き下がるわけにはいかなかったのである。


「うん、じゃあ金貨2枚と銀貨100枚だ。普通のお店で金貨を出したら困ってしまうから気をつけて。

両替が必要になったらここに来るといい。他にすることがなければすぐに宿屋に行こう。」

「はい、お願いしまあす。」


金の粒の入っていた巾着袋はなんとか硬貨を詰め込んでずっしりとした重さとなった。念願の現金入手を果たしたのである。マジョーリカはこれで生活ができると胸を撫で下ろした。






2人で町の中を宿屋に向かって歩きながら、ザックはお金の取り扱いについて話す。


「君は12歳だったよね。まだ未成年だから組合に口座をもつことはできない。大金は宿屋か信用できる人に預かってもらうといい。誰も心当たり見つらなければこの町にいる限りは私が預かってあげよう。普段は銀貨10枚も持っていれば君のような子供が不自由することはまず無いはずだ。」

「はい、よく考えてみます。どうしてもダメならザックさんのところに持っていきます。」


ザックはマジョーリカが大金を持っていることから、この町ではかなりしっかりしている宿屋に連れていった。現代日本で言えばちょっと高級なビジネスホテルといったポジションとなるが、この辺境の町では最高級に近い。


「こんにちは。この子1人を泊めてほしいんだけど部屋はあるかな?」

「はい、ザックさん。毎度どうも。小さめの1人部屋でよろしいですか?」

「ああ、それで構わない。頼む。」

「ではこちらに記帳を。」


宿屋の受付の者はマジョーリカが1人なのと荷物がないことから安めの部屋を紹介した。ザックはそれでよしとペンを取り、宿帳にマジョーリカの名前と年齢をさらさらと書いた。そういえばマジョーリカは言葉を話せるようにはなったが、文字をまだ知らないことに気が付いた。


(うおおお、助かったー。どこかで文字を覚えないとならないわね。本屋さんでも探しに行かなくちゃ。その前にこの世界に印刷技術なんてあるのかしら? 無かったら本ってとても貴重品よね。この規模の町に本なんて無いかもしれない・・・ぬぬぬ、情報収集に勤しまなければ・・・)


「食事はどうなさいますか? 子供料金でオマケさせていただいて、一泊食事なしなら銅貨80枚、食事つきなら銀貨1枚とさせていただきます。」

「とりあえず5日分、食事つきでお願いしますう。」


マジョーリカは銀貨5枚を受付の男性に手渡した。ここでようやくマジョーリカは金貨1枚のおおよその価値を把握したのだった。ちなみに現代日本で言えば100万円相当で大体の相場に当てはまる感じか。


(金貨1枚でここに100日泊まれるんだあ。ちょっとヤバくない? どう考えても子供が持っていい金額じゃないわねえ・・・

確かに銀貨10枚あれば大人でも普段はどうとでもなるんじゃない? 金貨はとんがり帽子の中の財布に収めてしまうとして、人目につかないお部屋まで行くまでは用心ということね。)


「ではこの子をよろしく頼むね。さてマジョーリカ、私は仕事が残っているので今日はこれで失礼する。明日は午前中なら間違いなく組合にいると思うよ。」

「何から何まですいません、ザックさん。お忙しいところどうもありがとうございます。私のことはもう大丈夫ですので、どうぞお仕事に戻ってください。」

「うん、じゃあ頑張ってね。それでは失礼。」


ザックは足早に去って行った。先ほどの荷物をさばいた報告を受けなくてはならないのだろうと推測される。そのような指示を出していた。







「それではお客様、こちらにどうぞ。」

「お世話になりますー。」


マジョーリカは部屋に案内され、この世界に来てようやっと布団の上で寝っ転がる感触を味わったのだった。だがこのまま眠ってしまうわけにはいかない。


「クロウ、聞こえる? こっちにおいでー。」


マジョーリカは部屋の窓を開け、クロウを招き入れた。クロウはパタパタと飛んでくる。


「今まで我慢させてしまったわね。これはもう全部食べてしまっていいわよ。」


食料袋に入っていた物をすべて備え付けのテーブルの上に開けた。手に入れてから日が経ってしまったので、早く片付けてしまった方がいい。


「数日はお嬢らの残飯と自給自足だったからな。それよりはずっとマシだぜ。これからはもっといいもん食べさせてくれるんだろうな? 今までも周辺を警戒してやったんだぜ?」

「ええもちろん。ちょっとしたお金持ちになったからね。でも、それなりの働きはしてもらうわよ?」


町なのだから食材なり食品を買うことはできるはずだ。お金の価値も分かり、当分困る事はない。


「ああ分かった。とりあえず何かあるか?」

「そうねえ・・・この町の本屋と薬屋の場所を知りたいわ。調べられる?」


実行が可能かどうかはともかく自分の要求を言ってみる。今のマジョーリカに必要なことは文字を覚えることと、薬を売ることだ。


「店の中に入れてもらえないと何の店だか分からないから無理だぜそりゃあ。人間に追い立てられて石ぶつけられちまう。お嬢ほどの威力じゃなければそうそう当たらないがな。」

「仕方ないわね・・・店に出入りする人たちの持ち物を見ていれば、その店で取り扱っている物が想像がつくわ。それくらいならできるでしょ?」


クロウにどれだけの知能があるか分からないが、客が同じ物を持って出てくれば、それがその店で扱っている商品だと想像することはできるはずだ。


「そのくらいならなんとかな。じゃあ暗くなるまでな。窓は少しでいいから開けておいてくれよ。」

「分かったわ。じゃあ頼むわね。後はあなたの食べたい物が売ってるお店を探してらっしゃい。」


バサバサと飛び立っていくクロウ。マジョーリカは忘れないうちにお金を整理した後、ぽたりとベッドに倒れるのであった。久しぶりのベッドの感触に耐えることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ