お貴族様のお嬢様ってばもう
魔法学園の2学期が始まった。3年生の授業も相変わらずつまらない。だがひとつだけ変わったことは周囲の生徒のマジョーリカに対する反応だ。
平民で首席ということで一目置かれているのは同じだが、『女傭兵に手を出すな』のあの女傭兵で、あの怪盗ぴっちり女を捕まえたのが漏れ伝わっていたのだ。強くて可愛い女の子というのは評判になるのだろう。
「マジョーリカさんて傭兵やってるの?」
「酔っぱらいのおじさんをとっちめちゃうんだよねー。」
「マジョーリカはどのくらい強いの?」
こんな感じである。平民の生徒のみならず貴族の子にも人気者となってしまった。
騎士を目指している男子生徒もマジョーリカの戦闘能力が気になるようだ。魔法学園に入学する男子生徒のほとんどは爵位を継ぐことができない貴族の次男以降で、騎士となるべく戦闘能力を高める目的でのものが多いのだ。
「強いか弱いかは比べる相手によるかと・・・酔っ払いも怪盗も武力で対応してないのよね。」
「怪盗を捕まえちゃうんだから強いに決まってるじゃない。」
自分は睡眠の魔法で無効化しただけで捕縛したのはアルバートだ。怪盗の件もあれは向こうが落ちてきただけだ。しかも落としてくれたのはクロウだ。強いか弱いかを測る戦闘行為は一切していない。と言っても信じてもらえないのだろう。
「あれは戦ったと言えるのかどうか・・・」
「戦ったうちに入らないくらい強いんだー」
何を言っても無駄だ。人間というのは信じたいものを信じることは知っている。それにしてもきゃいきゃいと囲まれて休まる間がない。
おかげでたまに様子を見に来る王子殿下も彼ら彼女らの群れに割って入るだけの度胸は無く立ち去っていってくれる。マジョーリカは助かっていることに気付いていない。
そんなある日の放課後、ある貴族のお嬢様に声をかけられた。確か同級生のはずだ。顔だけは知っている。
「ねえ、マジョちゃん。この後時間あるかしら?」
ついに同級生からもマジョちゃん呼ばわりとなってしまった。なんか嫌な予感がする。そうだ、これはエレーナの予感だ。それに早く気付いていたら・・・
「ええ、まあ夕方くらいまでなら。」
「よかった。町にお買い物に行きたいのだけど、付き合っていただけないかしら?」
「は?」
意味が分からない。お嬢様の買い物に自分が付き合うことで、お互いに何か良いことがあるのだろうか?
「ふふふ。家の者ではお店の場所が分からないの。お友達は習い事とかで一緒に来てくれないし。」
「はあ。でもこの格好で? 危なくないですか?」
魔法学園の制服は目立つのだ。生徒は平民もいるが例外なく金持ちの子供だ。さらには自分はともかく、彼女は美形で髪型や装飾から貴族のご令嬢丸出しだ。格好の獲物にされかねない。
スカートは膝下丈だが成人年齢間近の貴族の子女が外で脚を見せることはめったにないのでかわいいと評判なのである。着ている本人たちも気に入っている。
「そこでマジョちゃんなのよ。お礼にお茶くらいご馳走するわ。」
「護衛ということですか・・・まあ、私は町の方に帰りますから手間にはならないですけどね。で、どの辺りのお店なんですか?」
お茶に釣られてマジョーリカは話を進めてしまった。貴族のお茶といえば当然お菓子も付いてくるはずである。どんなお菓子か興味がわくのは女の性だ。
ちなみに魔法学園は区分は下町と言える地域にあるが、ほとんど貴族街と言っていい境界の上にある。彼女の話を聞くと、確かにお目当てのお店は帰り道の途中の場所にあるようだ。高級店が立ち並ぶ商店街で、マジョーリカにとって用は無いが、何度か警らしたことのある場所であった。
「このお店なのだけれど、マジョちゃん知ってるお店かしら?」
「お店は知りませんがその前は何度か通ってますよ。馬車溜まりから少し歩きますね。」
「心強いわマジョちゃん、お願い。家の護衛もいるのだけれど、詳しくない場所のようなの。」
マジョーリカは彼女の家の馬車に押し込まれてしまった。立派過ぎる馬車から彼女は上級貴族のご令嬢のようで落ち着かないのだが、帰り道が楽になるのでまあいいかと諦めた。
マジョーリカは指示を出し、御者は素直に言うことを聞いて目的地で馬車が止まる。
「そこの馬車溜まりに止めてください。」
先に下車して手を取ってくれたお抱えの護衛騎士を数歩後ろに従えて、彼女とマジョーリカはぴったりくっついて商店街に繰り出した。マジョーリカは盾にされているような感じだ。彼女の本心は噂の可愛い女傭兵をはべらせることにあったのか、大層ご機嫌である。
その彼女のお目当ては菓子店だった。ひとつではなく数店ほど巡る。お貴族様のお茶会にでも持っていくのだろうか。
「マジョちゃんよく知っていたわね。おかげで助かったわ。」
「お店には初めて入りましたが、外までいい匂いがしてましたからね。」
警らの途中でお菓子を買うことはできなくもないが、傭兵の武装した格好で入れる雰囲気の店ではなかったのだ。だが匂いだけは記憶に残っていた。
「ふふふ。じゃああのお店でお茶にしましょ。お菓子もおいしいわ。」
「お菓子ですか・・・ごくり。」
お菓子で釣られれば付き合わざるを得ない。この世界の平民の口にはそうそう甘味なんて入らない。砂糖が高価なのだと思われる。
そしてマジョーリカはこの世界のケーキを初めて口にした。細かい味は分からないが、甘いというだけで感動で涙しそうなのをぐっとこらえた。付き合わせた彼女はしてやったりという笑顔である。マジョーリカはまんまと弱点を突かれてしまったのだ。
「マジョちゃんに護衛してもらったら女の子同士で町中を散策とかできるのかな?」
お嬢様の本題はこれだったのかもしれない。ひょっとしたら今までのは全て伏線だった可能性がある。ケーキの甘さにとろけそうになっていたが、マジョーリカはかろうじて気づく事ができた。
よくよく思い出してみれば御者も護衛の騎士も行動にまったく迷いがなかった。マジョーリカの指示が無くてもちゃんと動いたのではないだろうか。
「ええと・・・お貴族様には護衛のできる女性はいらっしゃらないのですか?」
「護衛のできる侍女さんとかいるけど、皆おばさんだし・・・若くて綺麗な人は王女様に付くような方たちね。でもそういう人たちでもマジョちゃんのように町をよく知ってて案内することはできないわよね。だから・・・」
彼女はにこにこしながら提案を諦めない。それを見てマジョーリカは早々に諦めてしまった。学校での付き合いもあるし、護衛や案内となると仕事の話になるので無下には断れない。みんな貴族が悪いんだ。あの馬鹿王子の一族が悪いんだ。
「はあ。仕事としてとなると、依頼の報酬や条件をどうしたらいいのか私には分からないですよ。聞いたことのない仕事なので。」
「傭兵組合さんよね。そこに相談してみてもいいかな?」
本気だ。傭兵組合に仕事の相談にまで行くつもりだ。何が彼女をそこまでさせるのだろう。貴族の令嬢の暮らしというのはつまらないのだろうか。マジョーリカには知る由もない。
「組合長に話だけはしておきますが・・・後は組合と交渉してみてください。私は新人なので、仕事内容が受け入れられても私を担当させてもらえるか、難しい交渉になると思いますよ。」
「ふふふ。分かったわ。」
本当にそこまでするのかと、何やら恐ろしいことに巻き込まれるような悪寒がしたのだが、おいしいお茶とケーキには敵わなかったのだった。お値段はいくらだったのか、お貴族様相手には掛け売りなのでお嬢様も知らなかった。
マジョーリカは馬車溜まりまで彼女を送ってから家路につく。終始お嬢様はにこにことご機嫌であった。貴族の仮面なのか、この後のことも勝算があるのだろうか・・・
お貴族様相手となると傭兵組合長も断りづらいだろうなあと思いつつも、そもそも彼女の家がそんな外出を許すはずがないだろう。さらにはお嬢様に言った通り、組合が自分のような新人にそんな仕事をさせるわけがないだろうと楽観的に捉えていた。




