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初めての異世界

大きな平原に1本街道が通っている。その街道沿いの馬車の休憩所の脇の草むらで、マジョーリカは大の字になって寝ていた状態で目が覚めた。

寝た状態のまま身体に特に異常はないことを確認する。しばらくそのまま空をぼおっと眺めてみた。


「おおお・・・空がキレーな真っ青。ここが異なる世界か・・・と言っても元の世界のあの時から時間が巻き戻った感じしかしないんだけど。」


空の見え方に元いた世界との違いはなかった。空が青く見える物理現象に違いがないということである。

安心したマジョーリカはむくりと身体を起こして深呼吸する。空気に特に味はしない。生命活動をするのに特に作法を改める必要はないようである。


「でも明らかに空気が違う。なんかこう・・・魔力がみなぎってくる感じ? うん、試しにちょっと魔法が使えるかやってみよう。もし使えなかったら一気に人生詰んでしまうわ。」


マジョーリカは立ち上がった。何の魔法をどのように放つか考える。あまり目立つようなのはよくないだろう。


「そよ風を起こす程度の魔法でいいわよね・・・最初は無難に呪文を唱えてみましょう。『精霊よ、空気を動かして風に・・・』」


しーん・・・


「あれ・・・」


そよ風も何も起きなかった。マジョーリカは冷や汗が止まらない。魔法が使えなかった今の自分はただの12歳の小娘だ。どうやって生きていけばいいか見当もつかない。

何度も呪文を唱えた。それはもう何度も何度も。だが魔法が発動する気配は一切なかった。


「うそ、これが詰みってやつ? 詰まされる前の攻撃も防御も戦略も作戦も何もさせてもらえなかったんだけど。

最初の一手を打たせてももらえずに詰みだなんてあまりにも酷くない?」


理不尽だ。魔力は感じるのに魔法は使えない。この世界では魔法の理が根本から違うのだろうか。だとすると誰かに師事して魔法の使い方を教えてもらわなくてはならないのだろうか?

それはそれでどんとこいなのだが、今の自分に必要なのは生活手段だ、せめて最低限の野宿をする手段くらい使わせてほしい、と途方に暮れた。








マジョーリカは延々と考えた。物語ならここで救世主の1人くらい現れるものだがその気配は無い。今の自分は何の特技もなければ言葉も通じず、常識もわきまえていないただのガキだ。

どこかのお姫様でもない限り、助けて生活の面倒をみようなどという酔狂な者はいないだろう。


「ああそうよ。言葉が違うのに呪文を唱えても駄目よね。では精霊語で・・・【くぇrちゅいおp@・・・】」


ぶおおおおおおおおおおおおっ


マジョーリカの手の先に魔法陣が浮かびあがり、その先でつむじ風・・・とは言えない大きさの風の渦が巻き、竜巻が起こって砂塵を巻き上げ始めた。自分まで巻き込まれて飛ばされそうになる。


「のおおおおおおっ、やめやめええええっ」


魔法陣に魔力を通すのを止めると、竜巻はピタリと収まった。マジョーリカは冷や汗だらだらになって脱力してへたり込んでしまう。なぜそよ風を起こすつもりが竜巻になったのか?

制御を失ったわけではない。竜巻はちゃんと風を起こそうとした場所に起こったし、止めることもできた。


「はあ、はあ、はあ・・・周りには誰もいないわよね? なんなのよこれ・・・この魔力がみなぎってくる感じのせい?」


ふううっと、再び大の字になって寝転んでしばし落ち着いて考えてみる。こんなことはかつてありえなかった。呪文を何か間違えたか?

何か思いついたのか、マジョーリカは再びむくりと起き上がりつぶやいた。


「とりあえず精霊語はこの世界でも通じるみたいね。あの竜巻は紛れもなく魔法が発動して起きた竜巻のはず。ではしっかりと魔力を絞って量を調節して魔法陣に通してみるとしましょう。【くぇrちゅいおp@・・・】」


そよそよそよ・・・


狙った通りのそよ風がマジョーリカの手の先の狙った地点の地面から生えている草々を揺り動かした。マジョーリカはしばらく魔法の発動を続け、様子を観察している。


「ふううう・・・分かったわ。想像した通りの魔法を発動させるに当たり、今までの十分の一か百分の一くらいの魔力に絞って通さないといけない感じ・・・

この感じを身体に叩き込まないとおちおち魔法を使うわけにもいかないわね。うん、次は呪文を唱えるのではなく、直接魔法陣を想起して発動させてみましょう。それっ。」


マジョーリカが何か念じる仕草をすると、手の先に先ほどと同じ精霊語の呪文の魔法陣が浮かび上がり、先ほどと同程度のそよ風が起こった。


「ほっ、どうやら精霊語は問題なし。魔力を絞るのを忘れない限り、覚えてる魔法は使えそうよ。でもおいおい他の魔法も確認しないとね。」


マジョーリカはやっと安心してぺたんとしゃがみ込んだ。魔法が使えなかったらただの子供ではなく言葉も常識も分からない面倒この上ないの女のガキだ。しかも孤児である。まだよく分からない世界で武器もなく生きていくのはしんどいことくらい容易に想像できていた。

いきなり詰まされかけたが、どうやら危機回避できたようである。








魔法があれば身を守ることはできるし大人と変わらない仕事を見つけて食い扶持を稼ぐこともできるかもしれない、とマジョーリカは強気を取り戻す。安心したら次に確認するべきことを思いついた。


「あ、安心するのはまだ早いわ。魔道具がちゃんと使えるかどうか確認しないと・・・」


マジョーリカは被っているとんがり帽子を脱ぎ、ひっくり返した帽子の中の表面にたくさん生えている短冊タグのひとつに魔力を通した。


「出でよ。『魔女の箒』っ。」


呪文を唱えたわけではなく、なんとなく気合をいれてみただけである。するとヌッと帽子の中の短冊が生えている部分から箒の柄が生え、マジョーリカはその柄を掴んで取り出した。見た目はなんてことのない普通の箒である。


「ふふふっ。やっぱり魔女と言えば箒よね。」


何がやっぱりなのかは意味不明である。元の世界でもそんな常識は存在しない。そんなことを気に留める様子はマジョーリカには無く、持った箒の柄に横座りになり、掴んだ柄から魔力を通し始めた。


「これもそおーっと魔力を絞って通さないと危ないわよね。そーっとそーっと・・・」


すると・・・ドンっと、箒ごとマジョーリカの身体は垂直に上昇し、上空に舞い上がった。


「ひやああああっ、怖い怖い。何よこの魔力の強さはああ。」


多少バタバタしたが落ち着きを取り戻し、休憩所のはるか上空にマジョーリカは箒に横座りしたままの姿勢で静止した。


「おおお、いい眺めだあ。地平線が丸いわね。この世界も地球・・・惑星って言うんだっけ? まあるい世界ということは神様のところで見たわ。

星が回るから昼と夜があって、この星がお日様の周りを回るから一年の間に季節が巡ってくるのよね。そのくらいは私でも分かるわよ。

太陽はあるわね。お月様もちゃんとあるのかなあ?」


元の世界の天文学の自転と公転の知識を思い出し、この世界にあてはめてみる。おそらくこの世界でも通用するような感じである。


「うーん、神様のとこで見た通り、ずーっと森に囲まれた地形ね。その中に原野があり山地があり、川や湖があったり、とても大きな盆地みたいな感じね。

あれがあそこから始めてみようと思った田舎の町で、それがもうちょっと大きな町で、これがそれらを結ぶ街道だぞっと。

そして向こうに大きな町が3つ・・・4つっと。真ん中にある湖はおおきいなあ。その周りも町になってるのね。

そしてはるか遠くのこの田舎の対面にある町が一番大きそうね。この森に囲まれた一帯がひとつの国ならば、あの町が首都ってことなのかなあ?」


周辺の地理くらい神様に聞いておけば教えてもらえただろうが、冒険心に燃えたマジョーリカはまったく気にしていなかった。魔法が使えるならば全て自分の手でなんとかなる、というノリである。元の世界ではそうやってあちこちの国を回っていたのだ。

魔法と魔道具が無事に使えてことを確認して、元の世界と同じように活動できる自信が出てきたのである。


「うーん、私の他に人は一人も空を飛んではいないわね。さすがに魔法で空を飛べる人はいないのかな? だとすると町の上空を私が飛んだらびっくりされるかもね。上空偵察をするのはしばらく控えておこう。この世界の人の魔法の程度が分かるまではね。

『魔法を使える人が多い』ってだけでびっくりだけど、『多い』というだけでは使えない人もいるんだろうし、やたらと魔法を見せびらかすのは考えものよね。何せ今の私は子供だし。」


その見解はおそらく正しい。無事に飛べたことで調子に乗るのが普通であろうが、マジョーリカは自重することを知っていた。元の世界では魔法を使えるだけで魔女だ魔女だと奇異されたのだから当然ではある。

それと元の世界で飛行機が飛び始めて、何も考えず我が物顔で空を飛ぶと、しばしば怖い思いをしたのが原因であろう。


「ああ、この世界は『魔力が濃い』って感じなのかなあ。飛んでいてもあまり魔力が減っていく感じがしないや。以前ならとっくに魔力が尽きて墜落しているはずだもんなあ。

おっと、街道にお待ちかねの商隊・・・かどうか分からないけど馬車がやって来そうよ。見つからないうちに降りましょう。」


すーっと上手に軟着陸し、とんがり帽子の中に箒を戻して帽子を被りなおした。

この休憩所の目印になっているのだろう、一本の巨木の陰に隠れてジトーっと遠くに見える馬車の様子をうかがう。それは獲物を狙う狩人のように・・・とはいかない。見た目は一応可愛い女の子のはずなのだから。






街道を走ってきたマジョーリカに狙われているその荷馬車が休憩所にさしかかった。大きな幌馬車である。マジョーリカは声を出さずにこれからの行動を頭の中で考える。


(来た来た来たあああああ、あれはきっと商隊よ。商隊に違いない。少なくても商人よね。それっぽい荷馬車だし、荷台に乗っているのは何かの商品のはずよ。

ええと、まずは言葉を確認しないとね。どんな言葉か分かるまでは姿を見せないようにしよう。いきなり捕まったりしたら怖いし。向こうは善意で子供を保護したつもりかもしれないけど、言葉が通じなければ誘拐目的かどうかも分からないわよ。私はかわいい女の子・・・のはずだし。この世界の美的感覚は分からないけど、奴隷として売り飛ばされたりしちゃったらどうしよう?

私の抵抗手段は魔法しかないのよ。使った魔法がこの世界で見た事もない魔法だったら絶対怪しまれるしね。)


ぐるぐると思いを巡らせて視線が定まらないマジョーリカ。とりあえず行動は観察に徹するらしい。狙い通り馬車は街道から休憩所に逸れてきた。

覗くのをやめて完全に木の陰に隠れて聞き耳を立てる。すると何やら会話が聞こえてきた。


「しばらく休憩にしよう。馬に水を飲ませて草を食べさせておくれ。」


馬車の荷主らしき男が馬車から降りて御者に指示している。


「へい分かりやした。旦那。」


御者は馬を馬車から外し、街道に沿って流れている川の河原に馬を導いた。川を流れている水を飲ませてやるようだ。

マジョーリカはそれらの会話を聞いて分析を始めている。


(ええと、ええと・・・あの国の古い言葉に似てるわね。言語補正、言語補正、言語補正いいいいっと。)


数世代を生きたマジョーリカがかつて巡った国々の言葉を思い出し、組み合わせ、頭の中でこの世界の言語に近づけていく作業をしていたのだ。記憶の中の言葉に同じではないが土台にできる言語が見つかったようである。

男たちはさらに会話を続けていた。


「ふう。いい天気だし、順調ですよね旦那。今日中に次の村まで行くことでいいんですよね?」

「ああ、野宿はしない方向で、少々暗くなっても村まで行くことにしよう。」


(よしよし、だんだん分かってきた。主語述語修飾語ーっと。男性詞女性詞なんてあるのかな? もう少しでちょっとは喋れるくらいになるかも。そのままもっとたくさん話をしてちょうだい。)


続く二人の会話から語彙を増やし、なんとなくこんな感じだろうという言語体系がマジョーリカの頭の中で組み上がっていく。どうやら文法は彼女の知っている言葉のひとつとほとんど似通っているようだ。単語を変換する辞書のようなものができればなんとか意志をつたえられるのではないかと思い始めてきた。







マジョーリカは聞くことと考えることに集中してしまい、周りはまったく見えていなかった。無意識にうろつきはじめて、落ちていた小枝を踏んでしまう。絵に描いたようなよくあるうっかりである。


ぱきっ


「あ。」

「うん? 誰かな?」

「おおお・・・」

「こんにちは、お嬢ちゃん。こんな所に一人かい?」


マジョーリカは存在に気付かれてしまい、その場に立ちすくんで固まってしまった。まだ会話をする準備なんて整っていない。この世界でいきなりピンチを迎えてしまったのだった。

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