王都は怖いところだ
王都での朝。やっとマジョーリカは平常心を取り戻した。お着換えをする。
マジョーリカの魔女のローブは14歳でグレードアップを果たしていた。子供用はポンチョのようなローブだったが、少女用は少しドレス的な要素も入っている。大人用はフォーマルなチャイナドレスをたっぷりとしたような感じとなる。
いずれも元の世界というか、神様のとこからの持ち込みだ。半袖の夏バージョンもあるらしい。あれこれと魔法の付与がかけられており、汚れたり痛んだりする心配はない。
よって高級な宿屋の食堂でもドレスコードにビビる必要はなく、おいしく頂けた。
意を決して再びハンター組合に向かう。薬屋と武器屋を紹介してもらうためである。薬屋から調合鍋の店に行き着かなかった場合、武器屋から金物屋を紹介してもらい、そこから調合鍋に行き着ければ、という作戦である。
「ごめんくださーい。」
習慣は抜けず、また扉を開けるとともに意気揚々と挨拶してしまった。
昨日の男の窓口はやめ、なぜか列の長いお姉さんの窓口に並んだ。このお姉さんが幼女趣味でも構わない。連れ去られなければいいのだから。
「おはようございまーす。」
「おはようございます。お嬢さん。」
(く、こっちでも『お嬢さん』か・・・王都あなどりがたし・・・)
マジョーリカは覚えていない。エレーナも最初は『お嬢さん』呼びだったということを。
「薬屋と武器屋を紹介してほしいのですが。」
「大きな薬屋は3軒くらいあるけどそこでいいかしら? 武器屋はたくさんあるからこれというのを紹介するのは難しいけど。」
(く、できる女だ。ただ武器屋を紹介してくれと頼んだ自分が田舎者だった・・・)
「薬屋はそれでお願いします。武器屋はたくさん並んでいそうな地区を教えてもらえませんか?」
「地図は持ってる? 書き込んでよければそこに書いてあげるけど。」
「それでお願いします。これに・・・」
お姉さんは親切だった。自分が田舎者だと自覚して諦めて、頼ってしまえばいいのだが、なかなかそこまで踏ん切りはつかない。
「薬屋はこことこことここね。有名どころはこんなところ。武器屋はねえ・・・一通り揃いそうなのはこの辺りかな?」
「ありがとうございます。詳しそうですね。お姉さん。」
愛想を入れるのを一応忘れない。世間話のような雰囲気に持ち込めば女というのはいろいろと話してくれるものだ。必ずしも女に限ったことではないかもしれないが。
「王都育ちだからね。あなたも駆け出しの初心者には見えないんだけどどうしたの?」
「せっかく王都に来たので良いものがあれば見てみたいなあと。」
嘘は言っていない。いろいろ回って金物屋を教えてもらうつもりだ。武器は間に合っていることは内緒である。
「そういうことね。急場しのぎでないのなら、慌てて手を出さずにいろんな人に聞いてから選ぶといいわよ。中には話しだしたら止まらない人もいるけどね。」
「あはは。いますよねそういう人。女相手だと何も知らないと思って延々と。」
マジョーリカは知っている。うんちくを語り出したら止まらない者のことだろう。そういう輩はとにかく自分が物知りだということをひけらかしたいだけで害はない。苦痛だが黙って聞いてやればいいのだ。
「どんなにいい男でもそれをやられると幻滅しちゃうわよねー。必死に女の興味を惹こうと思ってるのかもしれないけど、そこまでこだわる女だったらそれくらい知ってると思わないのかしら? 逆に悩んで選べなくなるわよね。お買い得なのはこれで最高なのはこれ、で済むのにね。」
組合の空気が凍ったように静まりかえった・・・身に覚えのある男が大勢いたらしい・・・
お姉さんが言いたいことはマジョーリカの予想とは少し違っていた。そういう男もいるのだと少し勉強になったかもしれない。
「あ、ありがとうございましたー。」
「き、気を付けてね・・・」
そそくさと組合を去った。王都の女も怖いらしい。いや、ハンター組合の受付をしている人物が少々異常なのだろうか・・・
「薬屋もでっかいなあ。」
さっそく薬屋にやってきた。有名で大きな薬屋を教えてもらったことを忘れている。
「元の世界ではみんなこれ魔女の秘薬なんだよね・・・これだけ並んでいると圧巻だ。でも種類はあれど品質はそこそこね・・・ああ、最高品質はあの立派な棚に並べられているんだ。」
瓶の種類は少なくて意匠が揃っており、この店は内輪でちゃんとやれているのだと評価したマジョーリカだった。そして本来の目的を思い出す。
「あのう、すいません・・・」
「なんだい?」
恰幅のいい『おかみさん』って感じのおばさんが出てきた。
「よろしければ薬の調合に使う道具を売っているお店を教えていただけないかと・・・」
「どうしたんだい。調合を教えてもらってる人と同じところで買えばいいじゃないのさ。」
もっともな回答だった。だがマジョーリカに調合を教えてくれた人は既に亡く、ましてや墓はこの世界にもないなんて言えるわけはない。
そして自分用の調合鍋はあるわけで、それを作れる人もこの世界にいるわけはなく、言い訳を考えた。
「いえ、これから始めるので・・・」
「だったらうちに来な。あたしが教えてやる。やる気のある者は大歓迎だ。」
「え? いえ別に教えていただかなくても・・・」
予想外の展開にマジョーリカは困惑した。この薬屋はただいま絶賛弟子募集中なのだろうか?
「簡単に覚えられるもんじゃないってことくらい知ってるだろ。いいからうちに来な。」
「ああー、そんな。いいです。失礼しましたー。」
マジョーリカは逃げた。すんなりと教えてもらえない可能性は考慮していたが、これはさすがに予想外の展開だった。
「王都でも薬師って貴重な存在なのかなあ? 薬を作れるとバレたらここでも囲い込まれるのかなあ? 下手すると閉じ込められて延々と作り続けさせられるとか・・・とすると薬屋の線から鍋を作れる人を辿るのは賢くないかもしれないわね。」
薬師が貴重なのは確かだが、閉じ込められるのは考えすぎである。今考えればもっと良い言い訳を思いつくことはできたが、あのおかみさんはただでは教えてくれなさそうな雰囲気ではあった。
「もう疲れたわ。宿に帰って寝よう・・・」
王都の下町は広いのだった。歩き疲れたのと知らない町での気疲れで、ダメージは深刻だったようだ。宿は新規開拓する気もなく結局昨夜泊まった高級な宿屋となった。
次の日は調合鍋を入手すべく気合を入れて町を徘徊した。
「調合鍋? 魔法の薬のやつか? そういうのは魔道具屋じゃないのか?」
武器屋はだめ、金物屋はだめ、そして普通の薬や薬草を売ってる店からやっと聞きつけた。マジョーリカはかなり疲労困憊である。
「魔道具屋さんを教えてください。知ってる限りすべて。」
マジョーリカはすがる思いで聞きだした。それはもう洗いざらい。それでも一筋縄では行かなかった。照明の魔道具や魔導コンロなど、現代で言う電気屋に相当する店には無かった。雑貨屋に近い感じの魔道具屋でようやく調合鍋が売られているのを見つけたのだった。
「あった・・・」
だが、やっとみつけた調合鍋もマジョーリカの求める品質ではなかった。
「すいません。このお鍋を作ってるお店を知りたいのですが・・・」
「ああん? これよりいい鍋ってーと受注生産になるぜ。」
「構いません。教えてください。」
結局最初に戻って、ハンター組合の受付のお姉さんに教えてもらった武器屋街にある鍛冶屋に行くのだった。そしてその鍛冶屋を発見。やっとゴールが見えてきたのか、マジョーリカは最後の力を振り絞った。
「ミスリルの調合鍋だと? 店に卸してるのじゃダメなのか?」
「はい、もっとミスリルの配合というか、純度が高いものが欲しいんです。」
並の品質の調合鍋は間に合っている。それならさっきの店で買えばいい。そうじゃないからここまで来たのだ。
「作れないことはないが高くつくぜ。嬢ちゃん金持ってるのか?」
「大丈夫です。これで足りますか?」
マジョーリカは金貨を出した。
「あ、ああ・・・それで十分だ。で、鍋は何枚ほしいんだ?」
「重ねられるように少しずつ大きさをかえたもので5枚のセットです。」
「全部大きさ違うのか。そのこだわりは分かった。そして地金はこれでいいのか?」
鍛冶屋の親爺が出した地金はほとんど純ミスリルに近いものだった。マジョーリカが求めていたものがやっと見つかった。マジョーリカは歓喜する。
「はいいーっ! ぜひこれでお願いします。」
「これだと釣りはほとんど出ないぞ。納期は一週間だ。これだけのミスリルだと慎重に延ばさないとならねえ。」
「分かりました。まったく問題はありません。一週間後にまた来ます。」
マジョーリカは宿屋に戻り、どっと寝台に倒れこんだ。ここまでたどり着くのに王都に来てから一週間かかっていた。どちらにせよ後一ヶ月半以上は時間を潰さないと、王都に行ったとは辺境の町の人たちに信じてもらえないのだが。
「クロウ、私頑張ったわよね?」
「頑張ったんじゃないか? お嬢が何が欲しかったのか俺には分からないが、俺に探せといっても無理だろ?」
「うん。ありがと。」
誰にも分かってもらえない苦労というのは辛いものである。そんなマジョーリカを慰めてくれるのは今は風呂くらいか。誰にも気兼ねなく入れる風呂が嬉しい。王都にもつ鍋なんてものは見た限りでは無かった。
「さすがに魔法学園は探すのに手間取らないわよね・・・魔法で隠れてるなんてことはないわよね?」
調合鍋の目途が立ったら次は魔法学園だ。一筋縄では行かないのではないかとあらゆる可能性を考えてみるマジョーリカであった。
ぐっすり眠った次の日にようやっともうひとつの目的にとりかかる。学園の場所は地図に載っているのだからその通りの場所に行くより他は無い。
「はあ、でっかい学校だなあ。」
この世界で学校を見たのは初めてのはずだ。今までの惰性なのか元の世界と比べたのか、とりあえずでっかいことにしておく。
「さてと、勝手に入っていいものでもないわよね。おお、あそこに門番の詰所みたいなのがあるわね。」
門番の詰所で間違いはない。校門なのだから門番はいる。
「こんにちは。来年入学しようと思っているのですが、どのように手続きしたらいいでしょうか?」
「では来年来てください。」
「・・・」
「・・・」
マジョーリカは軽くあしらわれたことを悟った。負けるわけにはいかない。
「その通りなんですけど。参考までに今年の手順を教えてください。」
「入学試験を受けて合格してください。」
「・・・」
「・・・」
その通りだろう。それに間違いはないだろう。そんなことは分かっているのだが何も知らない田舎者だとなめられているのだ。くじけそうになったが立ち直った。
「その通りなんですけど。その入学試験を受けるための手続きを教えてください。」
「願書を書いて提出してください。」
「くっ、その願書はどこでもらえばいいのでしょうか?」
そんなことは分かっている。親切というのをここでは期待してはいけないのだろうか?
「ここです。」
「くっ、いつまでに提出すればよろしいでしょうか?」
もういい分かった。いちいちくじけなければいいのだ。あいつと同じだ。ハンター組合の受付にいた男の方だ。事務的に徹しているのではないだろうか。
「一月末です。」
「分かりました。ありがとうございます。」
マジョーリカがもう十分だと立ち去るべく振りかえり際にもう一言あった。
「今年の入学案内ですが持っていきますか?」
「くっ・・・いただいていきます。」
マジョーリカ完全敗北であった。子供がひとりで歩いて来ると、どんなにいい服を着てきても平民となめられるのか。
「うわ、受験料たか、入学金たか、授業料も高いー。まあ、出せなくはないけどここまで金ふんだくって教えてくれるんだから相当なものなんでしょうねえ・・・」
一応門番に聞こえないところまで歩いてから案内を見てつぶやいた。
マジョーリカの貯えのほとんどが飛んでいくらしい。ちなみに全て金貨単位である。
「これは稼がないといけないわねえ。魔石でもごろごろ狩って来てやろうかしら? それは6級に上がるまで自重しよう。私は自重のできる女よ。こちらの組合の人を驚かせるわけにはいかないわよね。代わりに吊るし上げてもらう人もいないし・・・」
宿に戻って作戦会議をした。クロウに役に立つ意見は出せないが聞き相手になってもらう。期待するだけ無駄であっても、会議な雰囲気が思考を活発にさせてくれたのだ。
ともあれ王都に来たら生活費などを稼がなくてはならない。どうやって稼ぐか情報を集めることにした。
「まず薬草の自生地を覚えよう。プロテインを採って魔物が出てきたら仕方がない、という方向で。
それと買取の高い獣の縄張りも覚えておきたいかな。うん、それで行こう。
それとあれよ。安くていい宿も探さないとね。学園に近くて周りに食事処がないと飽きるわ・・・」
そんなこんなで鍋を受け取ったらその情報収集であっという間に一月くらいは経過した。
「辺境の森ほどではないけど魔力に満ち溢れたいい森よね。タウルスはいれど、モツを調理できる店が無いのは残念だったわ・・・あのもつ鍋のスープは私では再現できないし、皆で食べないと食べきれないし・・・ああもう我慢できない。帰ってもつ鍋食べよう!」
結局もつ鍋に釣られて辺境の町へ帰還するのであった。
「もーつーなーべーっ。」
魔女の箒で高速飛行するための障壁の張り方も進化した。流線形とはいかないまでも涙滴形くらいにはなった。風切り音を小さくしようとするとなんとなくこうなったのだ。
後は空気抵抗に対する力の勝負である。まさか音速には到達しないと思われるが、速度は以前よりかなり出るようになっていた。




