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火あぶり

第一部の終わりに登場人物の紹介の話があります。ネタバレになるので最初に見るか後で見るかはお好みでどうぞ。

「うわははははっ。この魔女め、いよいよお前も終わりだ。」


士官風の男が火あぶりの磔台に拘束された女に向かってまくし立てている。いわゆる『魔女狩り』の公開処刑の場面である。お約束のようなセリフではあるが、言わずにはいられない男の立場らしい。

周囲の広場には多くの見物人が集まっており、興奮した空気が渦巻いている。どうやら魔女という存在は人々から嫌われている様子であり、皆が磔台を注視している。

磔台の女はそんな中ではあるがジトリと男を睨みつけ、一言言い放ってから視線を逸らした。


「そう・・・好きにすればよい。逃げも隠れもしないわよ。辱めたいのならどうぞ。」


魔女と呼ばれた若い・・・とは言えない年の頃の女は、諦めたのか余裕なのか涼しげな表情を崩さない。態度は堂々としたもので虚勢を張っているようにも見えない。

士官風の男は女のその余裕を見透かしたのか、構わずに処刑を先に進めようとする。


「諸君、よく聞くがいい。魔女が滅んだと言われて100年以上の時が経つ。だが、魔女はしぶとく生き残っていたのだ。それがこの女なのだ。

この魔女は先の聖戦で不届きにも我らが帝国の上層部を情報操作により混乱させ、暗号解読術を敵に流し、なおかつ民を扇動して革命を起こさせたのだ。すべてこの女の魔術によってなのだ。」


男の弁舌が始まった。この女が何者で、今から刑を執行する正当性をアピールできなければ公開処刑する意味はない。女が何か言ってもすべてを言い負かさなくてはならない。

罪に問うべき事実は女の犯したものだと演説したが、女が反論する様子はなかった。女に言い逃れする様子がないところを見て男は勝ち誇ったように叫ぶ。


「この魔女がいなければ、諸君らの帝国は敗戦による辛酸を浴びることはなかったのだ。今我々が苦しんでいるのはすべてこの魔女のせいなのだ!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」


聴衆が反応する。プロパガンダは功を奏しているようである。魔女は滅ぶべしと世論が誘導された。そして男はさらに続ける。


「だが諸君らの帝国は再び立ち上がった。もう他の人種に怯える必要はない。我が民族の血統が世界を正しく導くのだ。そして不届きにもその邪魔をするこの魔女を今この場で処断しなくてはならないのだ。

しぶとく隠れ生き残っていた魔女を諸君らの帝国の力は見事捕らえることができた。そしてこの女が最後の魔女であることは、我らが同士の調べにより明らかであるっ!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」


聴衆はさらに盛り上がり、いよいよ処刑が開始される。そして磔台の女は相変わらず抵抗する様子を見せず、頭の中でつぶやいた。


(はああ・・・いいように世論誘導に利用されてしまったわね・・・もう戦争一色という感じね。

そろそろ潮時かな。この国での活動は終わりにしましょうか。火あぶりなら、皮膚の表面だけ黒焦げに焼かれてあげれば人々は満足するでしょう。後でこっそり魔法で治癒して逃げれば問題ないわね。火あぶりなんて過去何度経験したことか。何も問題は無いわ。ふふふ。)









男の指示によりいよいよ火あぶりの処刑が始まる。


「火を放てっ!」


磔台の根元に並べられた薪に火がくべられる。普通なら燃え上がる炎の熱さに囚人は悶えるものである。だが女に苦しくもがく様子はなく、表情を変えることもなかった。


(はいはい。障壁の魔法で炎と熱を遮って・・・と。磔台が崩れ落ちるまで凌げばいいのよね。縄が燃えれば拘束も解けるでしょう。)


だが魔女の涼しい表情を見ても男は驚かない。それどころかさらに強気に出たのであった。


「くくくくく。涼しい顔をしているな、魔女よ。

分かっているのだ。お前はこの程度の火では殺せやしない。徹底的に焼き尽くさないとならないのだよな?」


(は?)


女は顔を上げて男を見る。その男は勝ち誇った笑みを浮かべて口上を続ける。


「魔女よ、これを見てもまだ涼しい顔でいられるかな? 諸君、さらに『煉獄の炎』を放てっ!」


(え?)


女の表情が驚愕に変わった。男に指示され、魔道具のようなものが設置され、炎の勢いが上がる。


(何よ。何で魔女でもないこの男が『煉獄の炎』なんて知ってるのよ?それにどこからそんな炎が出てくるのよ?)


「くくく。我が帝国の情報力を侮るなあああああ! お前ら魔女が作った魔道具の存在などお見通しなのだあああああ! お前ら魔女の作ったこの煉獄の炎で焼き尽くされ、溶けて蒸発してしまうとよいいーっ!」


(ああああああっ、ぬかったあああああ。『煉獄の炎』はこの程度の障壁では無理いいーっ。脚が溶けるっ、熱い、熱いってえええええええ!)


女の身体が燃えだした。男は満足げな笑顔を浮かべる。


「見よ諸君。魔女は燃やし尽くさなくてはならない。炭ひとつ残ってもこいつは復活するのだ。そうやって生き残ってきた魔女を、諸君らの帝国は完全に滅ぼすことができるのだ!

諸君らの帝国は必ずこの力で世界に君臨できるのだ!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」


公開処刑会場は熱狂の渦となった。磔台の女は見悶えながら最後の抵抗を試みている。


(ああああああっ、もう間に合わない。こうなったら最後の手段に出るしかないわね。この身体は美人で使い勝手が良くて気に入ってたんだけどなあ・・・諦めるしかないかあ。

うん、仕方がないから禁忌級魔法、『復活、転生』っ!)


魔女の魔法が放たれたが、その痕跡は燃え上がる炎によってかき消された。女の身体は磔台ごと焼け崩れていったのであった。魔法は成功したのかどうか痕跡は残らなかった。








どこからか魔女のつぶやきが聞こえる。


「ふう・・・自分一人の魔力でもなんとかできたわね。

それにしても・・・あーあ。見事に燃やし尽くされたわねえ・・・あれじゃあ、治癒して蘇生なんてできっこないわね。

あの煉獄の炎・・・魔道具を魔力の代わりに電力で発動できるようにした魔女がいたけど、その技術が露見して使われたようね。

まったく自分の魔力を伸ばせばいいものを、努力を惜しんでまったく馬鹿なことをしてくれたわ。」


女はどこか上空から公開処刑会場を俯瞰していた。どうやら魔術には成功して窮地を脱出したようだが、復活転生する肉体を得るのはまだのようだ。

現状を確認してから復活を考えるようである。新たな冒険を進めるにあたり方針を考えているようだ。


「うーん、新たな依り代を探さなくっちゃ。今度はどうしようかなあ?

まだ自我の形成されていない乳児がいいかしら? 胎児からやり直すのが一番確実なんだけど、生まれるまで母親のお腹の中で真っ暗というのがしんどいのよねえ・・・

いずれにせよ、優秀な子供を生みそうな優秀な保護者の家庭を探さないと、幼少期が面倒なのよね。食事に困るような貧乏家庭では身体を成長させるのも大変だし。」


女・・・の魂はふよふよと公開処刑会場の上に浮かびながら腕を組み、ブツブツとつぶやいている。









周りが見えなくなっている魔女の魂に呼びかけるものがあった。


「これ、そこの魔女よ。」


その女の魂に話しかける貫頭衣の男・・・に見える存在が近づく。魂となった魔女を見つけ出すことができるとは、どのような存在なのか。

女は独り言に夢中で全く気付く様子はない。男のような存在は女のすぐ真後ろに立って呼びかけ続けるのだが。


「この国は優秀な人材が多くて良かったんだけどね。さすがにこの国はもう危ないから諦めた方がいいかな。どこにしようかなあ・・・」

「これ、こっちを向かんかっ。」

「ああもううるさいわね。今真剣に考えてるんだから話しかけないでよ。うーんと、東洋の国なんてこれから伸びそうよね・・・」

「ええい!いい加減にせんかっ!」


男・・・のような存在は我慢しきれずに、ついに女の魂に掴みかかって振り返らせる。


「よし、東洋にしよう。って、え? 何よ? 霊魂になったこの私に掴みかかるって、え?」


やっと女は男・・・のような存在に気が付いて驚愕した。この空間に自分以外の存在がいるなんて初めての経験なのである。少なくとも相手は人間の姿はしていても人間ではないだろう。


「お前はいったい何をやっておる? 死んで霊魂となったのならとっとと消滅せんかっ。」

「消滅って・・・ええと、天国に行くってこと? そんなことができるって、あなたいったい何よ? ひょっとして神様?」


男女?は掴みかかるのはやめてようやく向き合って話し合いだした。攻撃するようなことはせず、敵意の有無を確認してみる余裕があるようである。


「その『神様』というのが何を表すのかは知らんが、お前はさっさと消滅しなくてはならんのだ。いい加減に大人しくしろ! ったく、魔女の魂なんて久しぶりに見たぞ。相変わらずしぶとい奴らめ。」

「ぬううううう、今回でいよいよ打ち止めってわけ? はあああ・・・今更天国に行けるだなんて思ってないわよ。地獄でもどこでも落とすといいわ。」


どうやら魔女は開き直ったようだ。過去に自分のように転生しようと試みて失敗した者たちを見たが、彼らの試みはこの男に阻止されたと考えたようである。


「その『天国』とか『地獄』とかいうのが何だか知らんが、黙って大人しく消滅するということでいいんだな? ならばじっとしておれ。」

「まあね。やりたいことはほとんどやり尽くしたし、この世界にはもう希望なんてもてないほど絶望したし、思い残すことはないかなあ・・・もうちょっとあがいてみようとも思ったんだけどね。」

「ほお、絶望したか。お前はこの世界のいったい何を見てきたのだ?」


男女は落ち着いて話し込みだした。女が観念したのを見て申し開きがあるなら聞いてやる、といったところだろうか。









女は観念したつもりはないが、話に付き合ってくれるのなら聞いてくれ、といった感じで話し出す。同意を求めるつもりはない。


「うん・・・文明が進んで、武器や兵器なんて作り出して、何百万人もの人を殺し合って、その恐ろしさを散々に味わったっていうのにさ。性懲りもなく、まーた世界を巻き込んだ戦争なんて始めようとしてるのよ。

二度と戦争が起きないようにする世界組織を作ったわりには、その当事国の中で戦争を引き起こそうと暗躍してる人たちがいるし。もう救いようがないわね。さらに兵器も強力になってるし、次は人類絶滅しちゃうんじゃない?」

「ふむ。まあ、人間に関わらず生き物は生存競争することが世界に生まれた宿命だからな。競争しないと進化は起こらん。それに、この程度の戦争で絶滅なんてせんよ。」


貫頭衣の男のような存在にとっては戦争が起こることは当たり前のことのようだ。女の話は取るに足らないらしい。女はそれを聞いて驚いてしまう。


「あなたって本当に神様なの? 世界を天から監視しているような物言いね。」

「だから『神様』とはなんだ?」


貫頭衣の男のような存在はちょっと苛立った。神様という単語が理解できないようである。

自分のような存在がひょっとしたら他にもいるのかもしれないと思って警戒しているのだろう。


「ええと、キリスト・・・は神様じゃなくて預言者か。うんと、アッラーとかお釈迦様とか、そういうやつ?」

「ああ、人間たちが信仰している存在のことか。私はそのようなものとは違うわ。このように現実に存在しておるだろうが。」


存在はしているが人間たちからは見えていない。人はそのような存在を信仰しているのだが、男にはそのような宗教概念に興味はないらしい。


「あ、いや、私だってそんな宗教なんて今は信じてないし、神様がそう何人もいるとは思ってないけどね。

おおお・・・でもやっぱりあなた『神様』って感じね。人々が真剣に信じている存在を頭から否定するなんてなかなかできることではないわ。」


女は男のことを神様と思うことにした。他はどうでもいい。信ずるものが神なのだ。神に消滅させられるのなら黙って受け入れるのみであると納得できるのだ。


「ああもう、『神様』でもなんでもよいわ。お前がそれで納得するなら『神様』と呼ぶがいい。」

「え、あなた名前は無いの?」

「そんなものは無い。」

「おおおおお・・・いよいよ『神様』って感じ。うん、『神様』にしよう、そうしよう。」


この男・・・のような存在は神様ということに決定した・・・ようだ。観念させられたのは神様の方となってしまったが。










神様が深いため息の後、いい加減にしびれを切らして切り出した。


「では消滅してもらうぞ。覚悟はいいな? 抵抗するなよ?」

「いいわよ。一思いにやってちょうだい。何度も死んだけど、最後に神様に会えて楽しかったわ。もう満足ね。」


女は手を合わせて握り込んでお祈りの姿勢をとり、静かに目を瞑った。運命を受け入れたようである。


「くっ、こいつはいったい何度死に戻ったんだか・・・覚悟はできたようだな? 喰らえい!『消滅』!」


神様が魔法のようなものを女に向けて放った・・・が、何も起きなかった。


「・・・」

「・・・」

「ええと・・・まだあ?」


女は目を開けて疑いの目を向ける。こいつは本当に神様なんだろうか、とジトリと睨む。神様は冷や汗をかいて再度ふりかぶった。


「くっ、『消滅』!『消滅う』!『消滅ううううっ』!」

「ふわあああ・・・」


神様は必死に消滅を試みるが、女はついにあくびが出てしまった。


「なんでだ? なんでだあああああああっ。」

「あなた・・・本当に神様?」


女はいよいよ真剣に疑いの目を向ける。神様は目の前の現実を直視できなくなってきた。だがいよいよ認めなくてはならないのだろうか。


「くっ、なんだこの魂のしぶとさは? お前いったい何度生まれ変わった?」

「ええと・・・5回までは数えたけど・・・10回くらいかな? 忘れちゃった。」

「なん・・・だと? この魂の大きさというか重さというか、は私の手には余るのというのか・・・」


神様は愕然として膝をついた。自分の手に負えない存在がいる理由を知って、この場は諦めなくてはならなくなったようだ。


「ええと・・・私、天国にも地獄にも逝けないの?」

「いや、無理にでも消滅してもらわねばならぬ。私の上位の存在に依頼せねば・・・」

「ほおお・・・神様のそのまた神様なんているんだあ?」

「なんとでも呼べ。その上位の存在の元に逝ってもらう。失礼をするなよ?」


女は自分に干渉することができないと知ったら遠慮をしなくなった。ただ興味のままに質問をぶつける。神様はたまったものではない。


「もう・・・せっかく覚悟を決めたっていうのに・・・さっさとしてちょうだい。化けて出るわよ?」

「うるさい魔女だ。消滅したら化けるとかそんなのはやりようがないわ。行けい!」

「ひやあああああああああああああっ」


女の魂はどこかに飛ばされていってしまった。神様はやっと人?心地ついたのか安堵の表情を浮かべる。

批評批判はありがたく頂戴いたします。評点は後でいくらでも好きに変えられるので、お気楽に忘れないうちに星を付けて評価してください。


初めて書きましたので導入をどうしようかあれこれ考えました。

一応ファンタジーですので、主人公がどのくらいの文明知識を持った行動原理となっているかが以後のストーリーで大事かなと考えた次第によるものです。

現代人ではありません。第1次世界大戦が終わって荒れたヨーロッパといったところでしょうか。

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