7 卵ゲット
ハイオークを倒したことで認められたカンリは、ヒックテインの乗騎に揺られて、山を登る。途中でくわす魔物は、ランズが倒してくれた。
万能執事である。
「そろそろグリフォンの巣だ。お前の卵なんだから、お前が取って来いよ。」
「わかった。」
「これが卵を入れる袋だ。」
「ありがとう。」
「お前、何か聞くこととかないのか?」
「・・・?」
「ないならいい。親はいないようだから、さっさと卵だけ取って来い。」
そう言って巣を指したヒックテインの指先は、断崖絶壁の岩がモリっと出ている部分だ。ヒックテインは、カンリにこの崖を登れというらしい。
「乗せて行ってくれないの?」
「万が一、親が帰ってきたとき、俺の愛馬に乗っているより、単身でいたほうが見つかりにくく逃げやすいだろ?それに、自分で取りに行った方が達成感もあるしな。帰りは迎えに行ってやるよ。」
「・・・達成感ね。」
そんなものを全く求めていないカンリには迷惑な話だったが、一応理由はあるようなので従うことにする。それに、他と違うことをして後ろ指を指されたりするのは面倒だ。
でも、達成感など、必要ないし感じられないだろうとカンリは思った。
――できた!かんりちゃん、見て!私一人でできたよ!答え合ってる?
教えたことが身について、一人で課題を終えた親友が、笑顔をカンリに向ける。カンリが感じた達成感は、親友が何かを成した時に感じるものだった。
「どうした、心配事か?」
「・・・何でもない。」
たった一人の親友との思い出、はっきりとその親友の声が聞こえたが幻聴の様だった。ヒックテインの声に現実に戻ったカンリは、さっさと崖を登り始めた。
ギフトは、感覚で使える。ロッククライミングの経験などないが、身体をどう使えばいいのか自然と分かる。すいすいと崖を登って、あっという間に巣のところまで来た。
もともとできないと思うことは少なかったカンリだが、ギフトを授かってさらに磨きがかかったような気がする。
だからって、役に立たなかったら意味なんてないけどね。
過去の自分が何もできなかったことを思い出して、あざ笑う。自分を信じてくれていた親友の期待に応えられなかった。こんな自分に価値などあるのか?
頭を振って思考を追い出す。今は、やるべきことをするだけだと。
「よっと。」
木の枝を集めて作られた、カンリが寝転がっても余裕がありそうな大きさの巣の中を覗き見る。そこには、6つの卵が置かれていた。
「・・・どれも同じだよね。」
一番近くにある卵を抱えて、袋に移す。卵の大きさは猫2匹分くらいか・・・重さもかなりあるので、これをもって崖を下りるのは危険だと思う。
身体強化を使えば不可能ではないが。
「おい、卵は確保したか?」
ケイレンスの声に振り返れば、巣の向こう側にヒックテインがいて、ヒックテインの愛馬が空を飛んでいた。
「うん。一個でいいよね?」
「それ以上は重くなって、愛馬に負担がかかる。ただでさえ、お前を乗せていて重いんだからな・・・」
カンリは無言でヒックテインの乗騎に飛び移った。
ヒックテインは悪い男ではないが、余計なことまで話す男だ。ケイレンスと違って、社交は不得意そうだなと、カンリは同情のまなざしを送る。
「なんだ、その目は?」
「いえ。・・・ありがとう、ヒックテイン。」
一応付き合ってもらったのだ、カンリは礼を口にして出発を促した。ヒックテインは意外そうな顔をしてカンリを見るが、ランズに促されてきた道を戻っていった。
親が追いかけてくることはなかった。
「あっけなかったね。」
「国が万全の準備をしていましたからそう感じるのでしょう。」
城に用意された自室に戻り、ランズの入れてくれた紅茶を飲みながら傍らに置いた卵を見る。時折微妙に動く卵は少し不気味だったが、そばに置いているうちに少しだけ愛着がわいた。
「親と戦闘になるかと思ってたんだけど。」
「事前に親の行動パターンを調査し、親が出ている時間帯に到着するようにしていました。親に出くわすと面倒ですから。私の乗騎の時もそうでしたよ。」
「・・・ランズは、戦えるんだね。」
「はい。あなたにどこまでも付いて行ける者として、私が執事に選ばれました。戦えなければ選ばれることはなかったでしょう。」
「執事って、そこまで求められるの?」
「・・・私は、求めますね。」
「・・・そう。」
完璧主義者なのだろう。それが功を奏して、こうしてカンリの役に立っているのだからありがたいことだ。正直、どこでも一緒にいてくれるランズという執事には助かっている。
余計なことは言わない、守らなければいけないほど弱くない、入れてくれるお茶はおいしいし、身のこなしも見ほれるほど優雅。文句の言いようもなく、満足している。
「ツキガミ様は、よくお話しなさるようになりましたね。口数が少ない印象を最初に受けましたので。」
「・・・口数は少ない方かな、実際。特に苦手な人の前だとね。」
「では、私はそれほど苦手ではないのでしょうね。ヒックテイン様も。」
確かに、ランズの言う通り彼も、ヒックテインもカンリの苦手とする人物ではない。そのような人物が周りにいることはうれしいのだが、逆に苦手な人物も周りにいるのでそれは少し困っている。
彼の前だと口数が少なくなってしまうことに、いずれみんなが気付くだろう。それは、問題があるとカンリは感じていたが、その思いはふっと消えた。
別に、仲良しこよしを目指しているわけではない。目的さえ果たせばいいのだと考え直す。
「私って、戦争に行かされるんだよね。」
「戦争・・・確かに、そうですね。私は討伐という認識でした・・・相手は魔族ですから。」
「・・・人間同士の争いが、戦争って認識なんだね。」
「はい。」
「ところで、王族は・・・討伐に参加するの?」
「そうなるでしょう。」
「なら、顔を合わせることもあるのかー。」
「ケイレンス様は、苦手ですか?」
「・・・」
「悪いお方ではありませんよ。ツキガミ様を悪いようにはしないでしょう。」
「わかってる。ケイレンスが・・・あいつでないことは、わかっているんだけど。」
「あいつ?」
ランズの言葉には返答せず、カンリは天井を仰ぎ見た。
思い出すのは、愛想のいい男。頭がよくて、運動もできて、顔がいいものだから人気もある。いつもにこやかで愛想のいいあの男は、そうやって周囲を偽っているのだ。
私と似ていて、全く正反対の男・・・山本君。
「私が、恨んで、恨みを晴らした相手・・・」
カンリは、山本君を恨んでいた。ここに来る前に見た、あの教師よりも彼を、深く恨んでいた。