24 波
カンリの叫びは、届いた。流石は万能執事、主の危機に気づいて飛んできた。本当に、グリフォンに乗って飛んできたのだ。
グリフォンから飛び降りて、すばやくカンリと対峙していた男をかかと落としで沈め、拘束。それから男を足で転がし、ひたすら踏みつけている。
「・・・あ、あの・・・ランズ?」
「はい、何でしょうか?あぁ、そろそろお茶の時間でございますね。」
「え、いや・・・うーん。まずは、助けてくれてありがとう。」
「いえいえ、当然のことをしたまでです。助けに来るのが遅れてしまって、申し訳ございませんでした。怪我はないようで、本当に良かったです。」
「・・・あのさ、何してるの?」
礼は言ったので、カンリは気になっていることを聞いた。
ランズは、拘束して身動きができない男をの上にずっと足を置いている。そこまでなら、逃げ出さないように抑えているのかなと思えるが、その足がぐりぐりと男の背中を掘削するように動いているのだ。男は最初うめいているだけだったが、今はもう涙を流して地面に顔がつくのもお構いなしの様子だった。
顔には土汚れがついている。涙がその土汚れと混ざって、どろどろになっていた。
「特に何も?」
「・・・そう。私は先にテントに戻っているね。」
「さようですか。では私も・・・おい、このぞうきんをよく絞っておけ。それくらいならお前たちにもできるだろう?」
「はっ!」
近くの兵士が返事をして、男を回収する。心なしか、男は兵士のことを救世主でも見るかのような目で見ている気がする。
ランズに踏まれるのは、かなり痛いのだろうな。
テントに、さわやかな紅茶の香りが満ちる。
ランズがスッと、お茶菓子と紅茶を出して微笑んだ。控えめに輝くルビー色の瞳、情熱的な赤の髪からのぞく白い肌。この容姿で微笑まれると、通り魔にでもあった気分になる。
主に心臓が。
この世界は無駄に顔が整った男が多い気がする。そういえば、人間に近い魔族たちもいろいろなところに目を瞑れば美形だった・・・だから、親友も彼らのそばにいることを選んだのだろう。
カンリは、親友の顔を思い浮かべる。
思えば、夢見がちな子だった。前の世界では、アイドルや山本にはまっていて、デートスポットに行くと痛い妄想を聞いたものだ。
あの時はかわいいで済んでいたことも、今は違う。それは、カンリの心が親友から離れたことを表していた。
一回は、親友のために・・・いや、親友が死んだことに憤り、喪失感を味わって死を選ぶことをしたカンリだったが、人生何が起こるかわからないものだ。今は親友に対して不快としか感じない。
親友にボロクソに言われた時は傷つきもしたが、一通り傷ついた後に沸いたのは怒り、最後には不快としか思わなくなっていた。
「ツキガミ様、私は少し外します。テントを出てすぐの場所にいますので、御用の際はこちらのベルを鳴らしてください。」
「わかった・・・え、どこから出したの?」
「懐からですが?」
「あ、うん・・・いってらっしゃい。」
懐にベルなど入れていたら邪魔だろうし外からでもわかる。嘘だとは思ったが、そういうギフト持ちなんだと普段から納得しているので考えるのをやめた。
いや、しかし不思議だ。今度聞いてみようかと考えて、カンリはふっと笑った。
他人に興味がなかった、親友以外に興味が持てなかった自分が、他人のことを気にしていることに気づいたからだ。
「そっか・・・もう、かなちゃんだけじゃないから・・・」
なぜ、親友にひどい言葉を浴びせられても平気だったのか?それは、前の世界とは違って今の世界では、一緒にいてくれる人がいるからだと気づく。
親友しかいなければ、泣き叫んで親友にすがったかもしれないし、また命を落としていたかもしれない。あるいは、親友を殺したかも・・・
どうなったかはわからないが、今カンリはここにいる。それがカンリのすべてだ。
山本に似た、苦手な部類の王子。おどおどとしているけど、それはただの猫だった王子。可愛いと思える、手を出したくなってしまうような姫。雑な扱いをしてくるが、悪気は全くないというある意味厄介な王子。
唯一のペット、カンリがいないと生きていけないのではないかと心配になってしまう乗騎。
頼りになるが、頼りになりすぎて不思議過ぎる執事。
いつの間にか、こんなにも多くの人がカンリと共にいる。それを思うだけでカンリの心は温まって、満たされる。傷も、癒されるような気がした。
この世界に来て、カンリは満足していると感じたが、それゆえに考えてもみなかった不安がよぎる。
それは、考えないようにしていたこと。
「山本・・・」
カンリの同級生は、2人召喚されていた。山本と親友。それ以外にもいる可能性はあったが、何となく他は来ていないのではないかと思っている。そして、もしそうだとしたら、カンリの秘密を知っているのは山本だけとなる。
「問題を起こさなければいいけど、山本君なら起こすだろうな・・・どうしよう。」
山本は、あちらの世界でもこちらの世界でもある程度の信用がある。あちらの世界では、その信用で周りを味方につけて親友をいじめていた。なら、こちらでも何かしらするだろう。
親友に?いや、それよりももっといい標的がいる。
「私・・・か。」
山本がやることを想像して、それの周囲の反応が浮かんで、カンリの瞳が陰ったのを、紅茶が映し出した。




