20 本当のこと
どこから現れたのかわからないが、魔族と剣をぶつけ合うランズに加勢しようとしたカンリだったが、ランズに目で止められた。
目で会話なんてできるもんなんだな、と感心しながらカンリは進行方向を変える。目指すは、光を降り注いでいる親友が乗るグリフォン。
カンリを見たランズと剣をぶつけ合っている魔族がカンリを止めようとするが、ランズを振り切ることができず、カンリのもとまでたどり着けない。
頼もしいランズに任せて、カンリは振り返らずただ親友を見据えた。その視線に気づいた親友が、初めてカンリに気づいたようで、驚きの表情を浮かべた。
親友と共に相乗りしている魔族が、カンリの接近に警戒して距離を取ろうとする。ギフトの使用も中止するように言われたのか、降り注いでいた光は収まった。
親友は、広げていた手で不安そうに魔族の裾を掴んだ。
カンリだと気づいたはずなのにそのような行動を起こされて、カンリの中で不安が広がった。
それでも、カンリを信じて交渉を許してくれた人たちのことを思い出して、カンリは接近する。相手は距離を取るが、グリフォンの速度にトカゲは難なく追いつける。だが、話をするなら捕まえなければならない。倒すより捕まえるほうが難しいと悩むカンリ。
だが、悩みながら追うカンリの目の前で、グリフォンは速度を落とした。
「ケイレンス・・・」
グリフォンの前には、ワイバーンにまたがったケイレンスが、にこにこ笑いながら剣を構えている。
「かなちゃんっ!」
逃げられる前に、カンリは大声を張り上げて親友の名を呼んだ。しかし、親友は振り返らず、同乗している魔族の裾を掴む手の力を強めた。
魔族は、こちらを睨みつけている。
改めて魔族を見れば、人間と同じような体で、額から角が生えている。前に倒した魔族は人に一番近い魔族だったのかもしれない。こちらも人に近いが、やはり角が人らしさを損なわせる。
「かなちゃん、良かった。この世界に来てるって、私信じていたよ。」
「口を開かないでくれるかな、この人殺し。」
「・・・あなたたちだって、人をたくさん殺しているじゃない。」
魔族の言葉に反論するが、そんな反論では魔族を黙らせることはできず、余裕の表情で魔族はカンリを見据えた。
「殺さなければ殺される、だから仕方がないことだ。だが、お前の人殺しはそういうものではなかった。お前は、お前を思った我が国の騎士団長を殺した。助けようとしたその手を、お前は斬り落としたんだよ!」
「助けようとしたなんて、嘘!私が断ったら、あの男は!」
「殺したのは変わらないでしょ!」
「・・・っ!」
カンリの言葉を遮ったのは魔族ではなく、親友だった。
今まで向けられたことがない眼差しを親友から受けて、カンリは動けなくなった。
「グラブリ様は・・・とってもいい人だった。私が、姿を見ただけで気絶した・・・外見しか見ていないような私を、優しい微笑みで迎えてくれた。とってもいい人だったんだよ!それを、カンリは・・・ひどいよ。」
「かなちゃん・・・まさか・・・」
「魔族だからって、なんで殺すことができるの?グラブリ様だって、マツェラ様だって・・・ゴムラ様ゼバン様ガーグル様だってっ!いい人なんだから!魔族だからって、簡単に命を奪おうとするなんて、ひどすぎる!」
「・・・でも、魔族は人間を殺すよ?魔族のために、名前も知らない人間は死んでもいいっていうの、かなちゃん?」
「人間が魔族を襲うからでしょう!」
「人間は、魔族が人間を殺さないなら、魔族を殺さないよ。」
「そんなの嘘!だって、人間が魔族を襲うから、仕方なく戦ってるって言ってたもん!」
「それは、自分たちに都合のいいことを言っているだけで・・・」
「本当のことだよ。」
「は?」
自信満々に嘘をついていないという魔族に、カンリは意味が分からないと眉をしかめた。
「確かに、お姫様は僕たちの話しか聞いていないから、それは僕たちの都合のいい嘘かもしれない。でも、それはお前だって同じではないのかな?お前は、人間以外の口からこの戦争のきっかけを聞いたりしたのかい?」
「・・・聞いていないけど・・・!」
「なら、僕たちの話が嘘だなんて、決めつけることはできないよね?条件はお姫様と同じなんだからさ。」
得意げに笑う魔族を睨みつけるが、思考を切り替えて親友の方に目を向けるカンリ。親友はカンリを睨みつけている。
「なら、戦いをやめてみればいいよ。お互い、今から戦うのをやめる。それで、先に手を出した方が嘘をついてるってことにすればいいでしょ!」
「そうやって、隙をついて僕らを滅ぼす気だろう、人間・・・が。」
「戦いが終わって困るのは、あなたたちでしょう。人間は、人間からは絶対戦いを仕掛けない。だって、そんなことをする意味がないから。」
話がそれてしまいそうだったが、やっとカンリが言えたいことが言えた。そう、戦いをやめる、その提案をすることが一番したかったことだ。
正直、人類に魔族を倒す希望はないに等しい。いくらギフト持ちの人間を召喚したとしても、そのギフトが戦闘向けでない可能性もあるし、人が増えれば問題も起きやすい。
魔族は、人間より高い身体能力と魔力を持っている。四足歩行は基本使える魔法が1つくらいだが、人間は魔法を使えないものも多い。どちらの力も負けている人間が魔族に勝てるのは人口だけ。だが、その人口も国に分かれているせいで一丸となってた戦うことは難しく、活かせないでいた。
遅かれ早かれ、人間は魔族に負けるのだ。なら、停戦してくれた方がいい。
「僕たち魔族は、人間が人間でいる限り、人間を信用しない・・・お姫様、僕たちはそれだけひどい迫害にあってきたんだ・・・だから、どうか僕たちの味方でいて欲しい。」
「マツェラ様・・・わかりました。」
「かなちゃん!?」
「・・・やめてよ。」
「・・・?」
「もう、気安く話しかけてこないで。私は・・・カンリの友達の小沼花菜は死んだの。いじめを苦にした自殺とでも言われているだろうけど、どうでもいい。とにかく、私は死んだの!」
「なんで、だって、かなちゃんは今私の目の前にいるじゃない。」
「・・・なら、カンリの友達として、最後に話してあげる。私、あなたに見下されて生きていくのはもう嫌なの。私にかまわないで!」
「・・・え、見下す?」
意味が分からず呆然とするカンリに、暗い笑みを浮かべて親友はまくしたてた。
「頭が悪いから可哀そう、容姿が劣っているから可哀そう、いじめられているから可哀そう。そうやって私をかわいそうな子扱いして、友達でいてあげたんでしょ!何もかも私の方が劣っているから、守ってくれているつもりだったんでしょ!そして、私のことを守る自分に酔いしれていたんでしょ!でもね、でもね!私、死んだよ!あなたは、本当に助けて欲しいときにそばにいなくって、本当の意味では守ってくれない・・・この、偽善者めっ!」
「・・・」
「気づいていないとでも、思っていたの?私、そんな馬鹿じゃない!」
馬鹿だよ。
カンリは心の中で呟いた。
カンリは、自分の親友を可哀そうだなんて思ったことはない。彼女を見て思うことは、かわいいだけだ。頭が悪いのもかわいいし、運動が得意でないことも、要領が悪いことも、かわいくて仕方がなかった。自分より小さくて、照れたように笑う彼女が、かわいくて仕方がなくて、守りたいと思っていた。
全然、思いが届いていなかった。
だが、カンリは否定しなかった。だって、肝心な時に守れなかったのは、そばにいられなかったのは本当だから。




