表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編倉庫

鶴の恩送り

作者: 織田 涼一

 私は今、山の中にいる。

 生業なりわいとしては、渡り鳥と風景をメインにしているカメラマンで、今の若い人に言って分かるかなぁ?

 喜劇も悲劇も演じられる俳優の、昔のドラマの作品と同じ職業と言えるだろう。

 妻も娘もいる身だが、今追っている鳥は寒い時期にお目にかかる為、半ば単身赴任のように泊まり込む日が多かった。


「今年もオファーが来て良かった」


 年々予算が削られ、その分色々な分野に手を出さなければならないのが現状だ。

 日本がまだ元気な時代なら、北海道から沖縄まで遊びまわる若者達がいただろう。

 夏にはマリンスポーツ・冬にはスキーなど、まさにサーフ天国スノー天国だ。


「こういう事言っているから、『うざい』って言われるんだろうな」


 幸い、妻との関係は良好である。

 『亭主元気で留守がいい』を地でいく仕事柄、残った妻と娘は友達みたいな関係を築いていた。

 小さい頃病弱だった娘は、今は高校の陸上部に所属している。

 たまに帰ると娘からは、「少しは走れば?」と言われてしまうくらい不健康な体をしていた。

 正直、寄る年波には敵わない。今も完全防備で、撮影スポットに同化するように息を殺していた。


 地元の人には『猟友会の縄張りもあるから気をつけなさい』と言われているが、近年ではタチの悪い人も増えているらしい。

 この仕事は山を含めて、自然との共生関係を結ばないといけない。

 猟友会の人が間引くのが仕事なら、俺の仕事は……。


 雪が残る山は、色々なものを覆い隠してしまう。

 すぐそこでは、樹々に積もった雪が重たそうに枝をしならせていた。

 近くには小さな水場があり、そこに渡り鳥が飛来してくるはずなんだけど……。

 静けさの中、いきなり大きな影が上空をよぎった。群れが飛び去った瞬間だった。


「ハァ……。すぐに撮れるとは思っていないが、タイミングってもんがあるだろう」


 一旦仕切り直しと、水場の方へ向かった。

 すると一羽の鶴が、バサバサと暴れながら飛び立とうとしていた。

 しかし、それが叶うことはないだろう。

 これがタチの悪いと言われているもの・・の正体だと分かったからだ。


 カメラの師匠からは、あるがままに撮影しろと口を酸っぱくして教えられていた。

 戦場カメラマンとして名を馳せた師匠は、何度も『この仕事をするには覚悟が必要だ』と言っていた。

 激戦地に赴く師匠とは違って、風景を切り取る私には無縁のことだと思っていた。

 しかし、この現状はどうしたものか? この罠猟を見る限り、違法なものだとすぐに分かった。


「師匠、不出来な弟子と笑ってくれますか? 戦場で悲しみと笑顔を切り取ることは出来そうにないです」


 身の回りの邪魔なものを下ろし、その上にカメラを乗せる。

 こちらに気付いて警戒する鶴に向かい、私は武器など持っていませんと無駄なアピールをする。

 この後、救出するまでに、かなりの労力と鶴からの攻撃を受けた。

 間近で撮影出来る機会もあったのに、その姿を一枚も撮ることはなかった。

 フラフラと飛び立つ鶴を眺めながら、それもまた良いのかなと一人考えていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ねえ、今日は棒高跳びの先輩が来るんだって」

「え? それってうちの卒業生?」

「そうだよ。ということは、国体で優秀な成績を収めた……」

「はーい、集合。アップは終わったな?」

「「「「「はい!」」」」」


 ここは放課後の校庭で、多くの運動部が目標に向けて頑張っていた。

 幼い頃は病弱だった私も、今では『棒高跳び』で陸上部の一員として張り切っている。

 うちの家系は、目標が見つかると一直線に向かうタイプのようで、『走り幅跳び』から徐々に空へ空へと向かうようになっていた。


「今日はこの学校の卒業生でもある、鶴崎が指導に来てくれた。鶴崎、自己紹介を!」

「はい、先生。みなさん初めまして、OGの鶴崎です。今日は、かわいい後輩の頑張りを見にきました」

「はいみんな、拍手!」


 みんな体育座りで、自己紹介を聞いている。

 鶴崎先輩を下から見上げると、陸上をするのに相応しいプロポーションをしていた。

 スレンダーな体に見えて、カモシカのような脚。

 カモシカは見たことがないけれど、絶対そうだと言えると思う。


 走る際に邪魔になる髪もギリギリの長さで一つに束ね、デモンストレーションの一本は、まるで時が止まったようにも感じた。

 一つ気になったのは、左足首に巻かれているサポーターのようなもの。

 いつかは『あんなジャンプがしてみたい』と思える、目標の一人であり完成形でもあった。


 簡単な自己紹介は早々に終わった。

 声を掛けられたら学年と名前・得意種目を言うことになり、それぞれの競技ごとに分かれて行った。

 鶴崎先輩は一言で言うとオールラウンダーで、短距離でも長距離でも何でも卒なくこなしていく。

 それは理論に裏打ちされた技術でもあり、『走り幅跳び』でさえ美しく思えるものだった。


「ほら、そこ。ぼさっと見ていないで、練習を続けろ!」

「先生、鶴崎先輩を見たいんですが……」

「気持ちは分かるぞ。だがな、俺の指導が無意味だと思うとな……」

「先生、そんなことは……ない……と思うような……?」

「そこ、断定してくれ!」


 他の競技と違って、陸上部は一本ごとの集中力がものを言うスポーツだ。

 だから普段は和気あいあいとしていて、この雰囲気がとても好きだった。

 そして、とうとう鶴崎先輩が、『棒高跳び』のゾーンに入ってきた!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一人ずつ飛んで一言アドバイスを貰った後、『棒高跳び』グループのミーティングになった。

 今回は鶴崎先輩が来ているので、主に質問会となっている。


 突然の来訪だったので、質問を考える時間もなかった。

 だから、『どうしたら高く飛べますか?』とか『普段、何を食べていますか?』とか『美容の秘訣は?』という、当たり障りのない質問ばかりがさっきから飛び交っていた。

 そして、私の番が来た。一瞬だけ、左足首に目が行ってしまう。


「気になる……かな?」

「あ、いえ。……はい」

「貴女も記録を伸ばしたいタイプなの?」

「はい。でも、さっき友達が聞いたのと一緒の質問になっちゃうので」


「正直、私に翼があったなら、高さなんて気にしなかったと思うな」

「それは鶴崎先輩が、優秀な選手だからです。あっ……」

「ふふ、ありがとう。この足のはね。一種のおまじないなの」

「怪我ではないんですか」

「怪我はしたわ。でも、その時に助けてくれる人がいたの」


 鶴崎先輩は、静かに語りだした。

 それは多くの質問を総括したような回答だったと思う。


「地面を踏みしめ高く舞い上がった時、私達には翼が生えるの。それは一瞬かもしれない。でもね、そこには多くの羽根が集まっていることを決して忘れないで」

「羽根……ですか?」

「今日食べた朝ごはんを覚えてる? 起きた時の、朝陽のまぶしさは?」

「日頃の感謝……って事でしょうか?」


「うんうん、何でも良いの。その何気ない感動・喜びを力に変えられることが出来たなら、飛び立つ力に変わるよ」

「鶴崎先輩! ありがとうございます」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

「それって、カッコイイ彼氏を捕まえる力にも変わりますか?」


 グループ内が一瞬のうちに、爆笑の渦に巻き込まれる。

 最後に質問したのは、ムードメーカーの親友だった。

 病弱だった私には、明るい日差しの下で運動が出来ること自体奇跡だった。


 言葉の持つ重みで言えば、鶴崎先輩には敵わないだろう。

 でも、いつの日か記録を出し、鶴崎先輩のように『空の素晴らしさと毎日の美しさ』を伝えたい。

 そこでふと、父の職業しごとを思い出した。

 今度帰ってきたら、父に鶴崎先輩の教えを一番に伝えようと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 父が助けた鶴が娘の前に……。 楽しく読ませていただきましたー。
2023/04/25 19:54 退会済み
管理
[良い点] 素晴らしいな、と感じました。 後半で完全にやられましたね。 鶴崎先輩ってのが女の子だというのが、徐々にフラグになって、確信に変わり、 現代版「鶴の恩返し」って素敵だな、と思いました。 […
2020/12/16 16:54 退会済み
管理
[一言] 娘と父親で、どんな会話が繰り広げられるのか。 ちょっと想像すると楽しそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ