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⒏過去⑺ 生い立ち③

説明会は読み飛ばす人用要約:

将来の職場の温泉宿にバイトで入りました。

 一人で出席した入学式後、4月、5月と私の時間は穏やかに過ぎていった。


 勉強に手は抜けないが、今までずっと勉強ばかりしていた生活だったのでそれも苦にはならない。

 金持ち喧嘩せずとはよく言ったもので、おっとりした善良な女の子達とは存外気が合い仲良くなった。

 スマホを持っていないことも、少々驚かれたものの学校と寮の往復で24時間顔を合わせるためそれほど問題にならなかった。



 おじさん一家と離れて本当に現金がなくなり、オヤツも買えない状態だったので、学校に申請して土日に時々単発のバイトをすることにした。

 寮の外出自体は申請さえすれば親に報告はいくが自由である。

 むしろ本気の習い事などがある子は毎週末外出していたりしたが、平日は街まで出るのにも時間がかかるため外出は事実上無理だった。


 高校生のバイト代はたかが知れていてメインのオヤツ代と日用品程度で消えていった。

 それでも金額以上に心が満たされたのはきっと、いつまた誰かの事情で引っ越すかも知れないという不安から解放されて、消えものではない「自分のもの」を躊躇いなく買えたことだった。



 ゴールデンウィークも過ぎた頃、何気なく全校集会で通達があった。

 いきなりのピンチだった。

 寮が改修工事で夏期休暇中退寮しなければならないなんて。


 一月暮らすにはいくらぐらいかかるのだろうか。

 住む場所は…敷金礼金とは一月でも必要なのだろうか?


「バイトしなきゃ…」


 口から漏れた言葉を拾ってくれた友達に問われるまま答えた。

 頼るつもりのあったわけではない。

 あまりに呆然としすぎて、自分でも状況整理をしながら懸念事項を全て口にした。


 ウチに来ればいいよ!


 その言葉にハッと我に帰る。


「そんな迷惑かけられないよ!」


 遠慮しなくていいのに…と言いつつも、私のその剣幕に感じるところがあったのだろう。

 それ以上は続けられなかった。


 誰かのお宅に"お邪魔する”のはもうまっぴらだ。


 その時点で問題の解決方法に目処なんてたってないし、世間は子供に対して厳しいことを知っていた。

 しかしやっと自分の家ではなくても、いてもいい場所、いるのが当たり前の場所、安心して自分の物が置ける場所を手に入れたのに、もう私はのたれ死んでも元には戻れないと思っていた。


 だからその子が「親にも何か方法がないか相談してみる」と言ってくれたけど、期待していなかったし、その次の休日から私は一人バイトを探し始めた。



 数多の情報の中で、私が目をつけたのは山小屋のアルバイトだ。

 高原のペンションなどでの住み込みのバイト。

 夏休み期間中食と住が確保され、未経験の学生アルバイトでも可とのこと。

 しかし、それにも問題があり…私はそこまで行くための交通費さえ捻出できなかった。


 バイトをするためのバイト…

 しかももうゴールデンウィークは終わり、これからの土日だけで稼がなくてはいけない。


 道筋はたったが、実現可能かギリギリだった。


 そんな時例の友達から紹介されたのが後の職場であった。

 短期では使い物にならない。

 これからの土日の全てを研修期間に当て、もし試用期間中に無理と判断されたらその時点で夏休み期間中の住み込みバイトはなしとなる。


 正直キツイ仕事らしいんだけど…と言われても、私には後がなかった。


 最悪研修期間中でもバイト代は出るので、それを交通費にして住み込みバイトの場所までの足がかりにしよう。


 私は一も二もなくお願いした。


 スマホも持っていなかった私は、それだけでも格段に情報漏えいのリスクが減る。

 そして長期の確約があり、後がないため根性が座っていた。

 少しでも稼ぎたいため土曜日の始発で来てそのまま働いて泊まり、日曜日の早朝からまた働き夕方に学校に戻る生活。


 私は無事にバイト先を手に入れ、夏を無事に乗り切った。

 更にこの先いつ急な出費などがあるかもわからないので、その後も3年間同所で同じペースを保ってバイトをし続けた。

 そして「理々子ちゃんは成績もいいって言うし、引く手数多だとは思うんだけど…」と高校卒業時には就職のお誘いを受けた。


 就職は縁故がほとんどで、でも若い人は特にすぐにやめてしまう。

 その中良く働き、辞めない実績のある若い女の私は貴重だった。


 奨学金制度を利用しての大学進学。


 ムリ、ではないだろうし、貯めたバイト代で初期費用もなんとかなる。

 ここのバイトを経験すれば、新たなバイト先でもがんばってやっていけるような自信もついた。

生涯賃金も大卒者の就職先の方が良くなるだろう。


 だが、私は父方の祖父の他界と同時に本当におじさん一家との連絡も途絶え、身寄りがなかった。

 アパートや、就職先や、体を壊して入院した際の保証人になってくれる人はいない。


 そして呆然として連絡先も交わせなかった小学校の時の友達、中学生の時は腫れ物扱いをされる田舎で友達もできなかった。

 高校では仲の良い友達もできたが、卒業後はそれまで曖昧になっていた生活環境の違いが否が応でも突きつけられる。過ぎ去った日々のような親密な繋がりは保てないだろう。


 そんな中で同僚という括りでも得た縁を手放さなくて良いことは、私にとってとても重要な就職動機になった。

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