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⒊過去⑵ 彼との出会い

よろしくお願いします。

毎回長さはバラバラですが、キリのいいところまで。

 彼、小野裕也様は職場の温泉宿をよく利用するVIPだった。

 数ヶ月に一度の会談のための利用だけでなく、個人的にも宿泊するような方。

 もちろん私のような下っ端が直接担当することはなく、女将さんについて補助する時にご挨拶をした程度。しかも3年間で数回のみで、個人的な話などしたこともなかった。


まぁ「若い子がいるなんて珍しい」という視線は頂いたけれども、それも下卑たものではなく純粋な驚きだったようで次からはいつも「よろしく」の一言だけだった。



 ある休日、私はいつものごとく街に出て来てぶらぶらとしていたが、その日はとても困ったことになっていた。

悪質なナンパにあっていた。

いやナンパというのもおこがましい。

暴力的な匂いはしないもののとにかく強引で、少しでもこの場を動けばあっという間にどこかに連れ込まれてしまいそうな雰囲気をヒシヒシと感じ、1時間以上も膠着したこの状態に心身ともに疲弊しきっていた。

 せめて言質を取られないように言葉少なにきっぱりと断りのみを繰り返していると、急に腰を抱かれて引き寄せられた。

ついにきた!という気持ちに泣きそうになっていると、聞こえてきたのは落ち着いて品のいい声だった。


「ごめん。本当にごめん、こんなに待たせて。遅くなったけど、さ、行こっか。」


 見上げた顔に見覚えはあれど、パニック状態で最初は誰かわからなかった。

呆然としているうちに促され、歩き始めてからしばし。


「あの、小野様…」


「よかった!喋らないから誰かわかってもらえてないかと思った。いつ『変態!!』って叫ばれるか気が気じゃなかったよ。」


「まさかそんな!あの、小野様…」


 立ち止まり、お礼を言おうとするも


「しっ!そのまま歩いて!」


 と、強い口調で言われて困惑しつつも慌てて歩く。


「多分、まだ見られてる。さっきのヤツら」


 と言われ顔面蒼白になり、足が震えてくる。

するとさらに引き寄せられ、私は密着しつつも危うげには見えない足どりで歩き続けることができた。

 繁華街をまるで目的地があるかのように歩くことに、だんだんと焦りを覚えてくる。

運悪く駅とは反対方向だ。

さっきのヤツらがいたら怖いけど、これ以上お客様にご迷惑はかけられない。

どこか店に入って時間を潰してから駅方面に戻ろう。

 そう決意し小野様に声をかけようとした瞬間


「理々子ちゃん、だよね?女将さんがそう呼んでた気が…今日は一日休み?」


 逆に話しかけられて言いかけた言葉を飲みんだ。肯定すると


「お昼…は流石にもう食べたよね?夕飯…にはまだ早いし…どっかカフェっていうわけにも…」


「あの、小野様?」


 思案しながら独り言を言っているようだが、私を見ながらなのできっと私に関わることのはずだ。


「あぁ、ヤツらね、着いて来てる。

こんなオッサンからは取れると思ってるのか、あるいはカモフラだと思ってるのか…どこかで巻かないと、また理々子ちゃんに声かけてくるよ、多分」


 その言葉に血の気が引き、再度力が抜けていく。


「大丈夫、怖がらないで。

お茶程度だと離れていかないかも知れないし、変な時間の飯もファミレスとかしか開いてなくてついてこられそう。

まっすぐ帰るのも危ないよね。ということで…」


 着いたのは映画館だった。


 お客様にご迷惑を、という気持ちは確かにあるのだけれど、怖すぎて「一人で大丈夫」などとは言えなかった。

単館上映の映画は元々観るつもりだったらしく、「ホント趣味が偏ってるし、若い子は知らないと思うし付き合わせるのは心苦しいんだけど…」と言って私の心を軽くするよう気遣ってくれた。


 正直、映画は意味不明だった。

わからなすぎてどこを面白いと言えばいいかもわからず、助けてもらって奢ってももらったのに感想はモゴモゴしてしまった。

 小野様はわかっている、というように苦笑でそれを流し、「俺も駅」と言って送ってくれた。


 道中何度もお礼を言いながら、菓子折りでも持って行くべきか…でも一泊うん万の宿に気軽に泊まれるような方には何を…?などとぐるぐる考えていた。

 しかしその思考もすぐに軽快な話題に雲散霧消してしまった。


楽しかった。


何気ない話題とお互いのことを話した。

正確には知らなかったが、小野様の年齢は28歳だった。映画が好きで、でも最近は忙しくてDVDを買うことが多くなり、さらにそれも見れないでどこまで積めるかの限界に挑戦している状態なこと。

私はバイトから今年正式に就職し、やっと最近休日を楽しめるようになったため毎回街に出てきてること。

 他にも色々まさかVIPのお客様に話すようなものではない話題ばかり、気安い雰囲気に後押しされて楽しいおしゃべりをしてしまった。


 駅に着くとさも自然な感じでこう言われた。


「連絡先、教えて」


 固まっている私に、


「もう大丈夫だとは思うけど、ちゃんと無事帰れたか確認したいから。」


 もうこれ以上のご迷惑は…!と泣きそうになる私に「あ、もしかして警戒してる?」と思ってもみないことを言われた。


「滅相もございません!あの!実はスマホ持っていないんです!」


 怪訝そうな顔をしているところに、取り乱してバッグを開いて見せてまでしまった。

呆気にとられた小野様は信じてくれたが「忘れたんじゃなくて、持ってないの?」と不思議そうに言った。


「両親が他界して、親戚も連絡を取るような人もおりませんで…お金もなかったので維持費が、などと言っていたらそのまま今の今でも持っていないんです」


 なるべくライトな感じに言ったつもりだ。


 その意を汲んで、「そうなんだ」と流してくれた。

しかしホッとしているところに爆弾を落とされる。


「じゃあ次の休みの日、いつ?一緒に買いに行こう?」


 何を言っているのかこの方は。


 懸命にオブラートに包んで「いや、それおかしいやろ」と伝えた。


「でも、ケータイは持っていた方がいいよ。

通話してれば厄介なナンパ避けにもなるし、警察に通報することもできる。」


 防犯グッズというには弱いけど、ていうか俺は生活必需品だと思ってたけど、それでなくても危機管理の一つになるよ。


 なるほど、と思った瞬間


「嫌なら俺が買ってあげる?」


 いや、もっとおかしいやろ。



 だが結果的に私は6日後の休みを白状させられ、待ち合わせ場所と時間を復唱させられるに至った。

 明らかにおかしな話なのにVIPな方は何かが違うのか、私には長い物に巻かれるしかなかった。

 まぁ、その日の昼食をご馳走させてもらって、なんとかお礼にしよう。

舌の肥えた方にお礼になるかはわからないけど、でもお礼って気持ちだよね?

だって次の休みの日の10時って、お礼の品買う暇ないよ?

これ以上はベストを尽くせない。


 でもどこかでわかっていた。


 本当は職場の重要な方なんだから、女将さんに相談したらいいんだ。

さらに約束をしてご迷惑をおかけするなんて、考えなくても筋が通らない。


 本当に本当は私が会いたいって思っていたからなんだって、この状況に困惑でなくて嬉しさからドキドキしていたんだって、だから嫌悪感や警戒心なく流されたんだって、どこかでわかっていた。


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