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12.過去11 外堀

ここから動き始めますよー

「言ってくれたらよかったのに。

 理々子、小野様とお付き合いをしているんだって?」



 そうして数ヶ月が過ぎた頃、突然女将さんから言われた。


 何を言われているかわからずに無言でいると、隠そうとしていると思われたのか続けられた。


「そりゃあいい加減なことをされたら困るけど、あんたがそういう子じゃないことは十分知ってるんだから咎め立てしやしないよ。」


 話を聞くと、昨夜ご宿泊されたときに唐突に小野様から言われたらしい。

 曰く、付き合っている、結婚前提で、近いうちにもしかしたら仕事を辞めさせるかもしれない、と。


「女将さん、すみません。ご報告するべきでした。

 確かに小野様と以前肉体関係がありました。

 ですが…以前は私も勘違いをしていましたが、本当に違うんです。

 私は『家政婦』だったんです。小野様には本当に恋愛関係にある方が別にいらっしゃって、半年前に私との関係は解消されています。

 その後は業務に支障をきたさないようにできる限りしてきましたが…。

 お客様とトラブルを起こして申し訳ありませんでした。

 私、退職させていただきますね。

 あの、図々しいお願いなのですが、次の職を探す間、住まわせていただけませんでしょうか?

 できる限り短い期間になるよう努力いたしますので…」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 立て板に水の如き私の言葉に目を見開いた女将さんは、そこから怒涛の勢いで問いただしてきた。

 私は何もかも正直に話した。


 それでも「あんたの勘違いってことはない?あの、悪い方への…」と言われたので、直接はっきり小野様に言われたことまで話してしまった。


 女将さんは怒ってくれた、小野様に対して。


 そんな心の隙間に入って寂しさに漬け込むようなことを!と。


 まぁ私もそう思う。

 私みたいな女に好きだと言葉を与えて優しくして、身体を繋げたら舞い上がって勘違いするに決まってるではないか。


 抱き合うのが家事労働の「報酬」になるだなんて…わかるわけない。


 彼の言う「察してくれたらいいのになぁ」だって、親も死んじゃって友達もいなくて、恋人だっていなかった私にはハードルが高かった。


 というか今だって、彼が何故、今、「私と交際している」なんてそんな嘘をついたのか推し量ることはできない。

 本当に寿退職するのではないのだからなんでそんなすぐにバレる嘘をとも思うが…

 あぁ、そんなに顔を合わせるわけではないが、全く顔を合わせることがないようにしたくなったのか。



 今回の件に関して、私は悪くないと思う。


「察する」ことができなかったが、はっきりと言われてからは立場をわきまえたし、態度も女将さんですら気付かなかったほどお客様と従業員の適切な関係だった。


 ひどいのは彼の方だと思う。


 でも、それはそれ。


 何か問題が起こったとき、殊に男女間の問題なんてレイプのような明らかな犯罪でもない限りはお客様に明らかなペナルティを与えることなんてできやしない。

 お客様とトラブルをを起こした従業員は扱いにくいという事実は変わらないのだ。

 しかも片や何代にもわたって懇意にしている常連のお客様、片や勤め始めて数年の従業員。


 女将さんは「辞めなくていい。顔を合わせづらいならそう取り計らう」と言ってはくれたが、オーナーはどう言うだろうか。

 ならば他の料亭を紹介すると女将さんは言ってくれた。

 同じく一見さん御断りな宿で、他県だからもう小野様と会うこともないだろう。

 なんだったら数年間働いて、ほとぼりが冷めたらこちらに戻ってくればいい、と。


 だがそんなところはお客様とトラブルを起こした従業員を抱えることにはもちろん難色を示すだろう。

 それをお願いすることで、女将さんにどれほどの負担をかけるのか。

 さらに最悪な場合、女将さんの従業員への管理不行き届きが噂されるのでは…そんなことを考えたらその申し出を受ける事なんてできるはずなかった。


 ここにきてまた、私は私以外のせいで迷惑な存在になり、居場所を追われることになった。


 私が就職先斡旋の申し出を固辞してあくまで退職の希望を伝え了解を得た時、女将さんの表情を見たくなくて、私はずっと俯いていた。

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