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妹は兄の名前を知らない  作者: ながる
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22/40

兄:対抗意識?

 病院の待合室には結構な人数が待っていて、朋生は少しその集団から離れるようにして座っていた。

 何人か、ぐったりと椅子に倒れ込んでる様子を見て、朋生にも横になるか聞いたけど、「大丈夫」と遠慮がちに言うだけだった。出る直前までソファで横になっていたから、身体を起こしているのはまだ辛いはずだ。


「じゃあ、よしかかってもいいから」


 なるべく、何でもない風を装って、上着のポケットから文庫本を取り出す。出がけに一冊放り込んでおいた物だ。

 表紙を開くか開かないかのタイミングで、左半身に朋生の重さと熱さを感じる。今朝、抱き上げた時も思ったが、その躊躇いの無さと信頼はどこから来るのだろう。『兄』としての振る舞いを、俺は去年の夏にやめたはずだったのに。

 ここ数ヶ月で思い直しはしたものの、今度は『兄』とは違う衝動が先に立つようになった。自分の中で、「それは兄じゃない」と「兄だから大丈夫」が何度も対立する。

 多分、朋生はまだ気付いていない。気付かせたく、ない。朋生が俺を“兄”としていたいのなら。

 朋生の視線を知っていて、そちらを見ないように文字を追う。

 朋生の瞳が伏せられても、しばらくの間、俺はその小説の最初の三行を何度も読み返すことになった。



 * * *



 病院を出て、高山のジャケットをクリーニングに持って行く。家に帰ったら、回しっぱなしで出て来た洗濯物も干さないと、と考えていたら、朋生がコンビニに寄れと言った。


「何か買うのか?」

「お兄、朝から何も食べてないでしょ。もうお昼過ぎてるし、何か食べて」

「別に、心配しなくても、腹が減れば何か食べる。カップ麺くらいあるだろ?」

「お兄は時間で食べた方がいいよ! じゃあ、あたしにゼリー買ってきて。そのついでにお兄のご飯も買うこと」


 点滴で少し調子が戻ったのか、うるさいことを言いだす。

 コンビニなんていつでも行けるのに。

 飯のことについては反論しても無駄なので、おとなしくコンビニに車を向けた。

 朋生を車に残して店内に入ると、おにぎりを適当にひとつ掴む。ゼリーはどこだと冷蔵の棚を見ながら歩いていて、三玉入りのうどんが目に入った。

 煮込みにすれば、朋生も食べられるだろうか。

 料理なんて何年してないだろう。自分のためには今でもする気はないけれど、朋生に食べさせるのなら、やってもいい。

 これでもう、今日は外に出なくても済むと気が付いて、ワンパック持ち上げる。結局、ゼリーは店の中を半周くらいしてようやく見つかった。

 

 渡したビニール袋を確認するように覗き込んで、朋生は少し首を傾げた。

 

「お兄、うどん食べたかったの?」

「いや。それは夜に」

「??? お肉とか、ないよ? 野菜は少しあるけど」

「肉、食えるのか?」

「え? あたし? ああ、今なら作り置きできるかも?」

「馬鹿。病人は寝てろ」

「え? じゃあ、誰が……高山さんか、千早さん、呼ぶの?」


 全然、全く、これっぽっちも、俺が台所に立つ姿は考えないらしい。高山の名前は出るのに。


「……呼ばない」


 ちょっとムッとして言うと、ぽかんと朋生は俺を見つめた。

 歩いて行ける距離のコンビニから家まではすぐで、沈黙の時間は長くはなかった。いつもの場所に車を停めてしまうと、俺は朋生の膝からビニール袋を取り上げて、ドアを開ける。


「俺は料理が出来ない訳じゃない」


 一拍置いてからの「え!?」っていう全力の驚きに、構うことなくそのドアを閉める。

 高山の料理の腕が上がってなければ――朋生の弁当を羨ましがるくらいだから、変わってないだろう――俺の方がまだ料理が出来ると言えるはずだ。

 誰にともなく強がって、家の鍵を開けて朋生を待つ。

 慌てて車を降りてきた朋生は、ドアを押さえる俺の前でわざわざ立ち止まった。


「お兄が作るってこと?!」

「何か? 早く入れ」

「あ……う、うん」


 朋生の後を追うように居間に入ると、彼女が振り返った。思わずぶつかりそうになる。


「……急に止まるな」

「本当に、お兄が作るの?」

「大丈夫だ。俺は食べられないものは作らない。でも昼はもう面倒だから、高山の作った粥の残りでも食っとけ。一眠りしたらゆっくりやる。お前は寝てろ」


 まだ半信半疑の顔をした朋生を部屋に追い立て、ドアを閉めてしまう。

 忘れないうちにと、そのまま洗濯機へと向かった。




 洗濯かごを足元に置いて、居間で順番に干していく俺を、部屋着に着替えた朋生がお粥を食べながら眺めていた。

 高山の服も皺を伸ばしつつ干し終えると、後は靴下なんかの細々とした物になる。組にした靴下を洗濯ばさみで留めていき、さて次、と手に取ったものに朋生がむせこんだ。

 けほけほと咳込みながら、音を立てて立ち上がり、こちらへ来たかと思うと洗濯バサミに伸ばしていた手からそれを奪い取った。


「そ、それ、と、これはいい!」


 熱のせいじゃなく、顔を赤くして、洗濯かごの中からそのショーツと対のブラジャーを取り上げると、ハンガーを一本持って部屋にそそくさと入っていく。

 俺のは平気で一緒に洗って一緒に干す癖に……と思ったところで、そういえば朋生の下着は今までここにかかっていたことはないなと気が付いた。

 下着だけ見て興奮する趣味は無いけれど、本人が目に入るとうっかり想像しそうにはなる……かもしれない。

 余計なことを考えないように、俺は残りの洗濯物に手を伸ばすのだった。

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