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妹は兄の名前を知らない  作者: ながる


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16/40

兄:連休とは

 千早の話が出たから、何か訊かれるかとは身構えてた。

 高山が、千早と俺を会わせたいんだろうってことも透けて見えてる。頑なになる方が不自然だってのも解ってる。だけど、あいつらと友達の仮面を被って付き合うような真似はしたくない。したくないのに、求められればいくらでも出来そうな今の自分が嫌だった。

 何か言いたそうな、そんな目でしばらく黙っていた朋生はどこから行き着いたのか、一番訊き辛いだろう質問をストレートに口に乗せた。


「……以前のお兄は、千早さんのことが好きだったの?」


 昨夜思い出していた過去を、朋生も一緒に見ていたのかと一瞬錯覚する。

 責めるでも、問い詰めるでもない、淡々とした言葉は、それが“変わった”ところなのかと訊いている。


「誰が、そんなことを?」

「高山さん」


 高山、が。病室の『まずい』って顔は、そっちの……

 今でもそうなんじゃないのかと、高山の声が頭の奥に囁く。


「そんなこと、ない。……ごちそうさま」


 逃げ出すように立ち上がり、食器をシンクに下げる。

 高山は気付いていた? だから、言い訳をさせろなんて。どちらにしても、言い訳なんていらない。俺は、自分の気持ちに気付いてさえいなかった。


「あたしに誤魔化さなくてもいいじゃん……」


 朋生の声に棘が混じる。受け答えに齟齬があったと気付いて、「違う」と口にしかけたけど、続く千早が今はフリーだという発言に引っかかる。

 朋生は自分がそうだったように、惹かれていた人間に会うことで“心”が戻ってくると思っているのか。俺が、千早を好きだった気持ちが戻ってくると?

 新しい彼女の目の前で、あいつに惹かれていたことを()()()()()()()()ように? それで、フリーな千早となら付き合えるだろうって?

 シンクの縁に乗せた手に、変な力が入った。


「――俺も一緒だと思うな」


 腹の底で何かがぐるりと蠢いていた。怒りに似ている、怒りじゃないもの。

 朋生。“何か”は戻ってるんだ。これは、見極めたくないものだけど。

 俺は代わりにシンクの中の茶碗を睨みつける。白地に、濃い青の細い縦縞模様。線と線の間に何も見えないことを確認するかのように。

 

 あいつはきっかけをくれただけだと、朋生は食器を持って隣に立った。「ごめん」と謝る声に、茶碗から視線を外して彼女を見下ろす。謝ってほしかった訳じゃない。朋生が俺も戻したがっているのは知ってる。努力もしてないのは、俺の方だ。


「お義姉(ねえ)さんになるなら、ああいう人がいいなって」


 朋生の中では未来が見えてる。俺よりもだいぶ現実的に。

 その未来では、朋生はもう結婚してるんじゃないのか。俺より後になるとは思えない。朋生が誰かに嫁いだ後、俺は――どうするんだろう……


 そのまま、洗い物を手伝っても良かった。

 でも、なんだか、隣に並んでいたら、余計なことをしでかしそうで、自分の役割を思い出すためにも口に出す。


「……俺は()だけで手一杯だ」


 家事も手伝わない兄貴は、さっさと部屋に退散して――ままならない感覚を、肺の奥から細々と吐き出した。



 * * *



 大型連休も始まろうという週末、朋生が冷蔵庫に貼ってあるシフト表の前で難しい顔をしていた。


「……お兄、全然連休じゃないんだけど」


 不満気に口を尖らせても、間の平日まで休みになって、十連休とか十一連休とか言ってる奴等とは違う。


「非番と休みが続いてるとこがあるだろ」

「だって、非番は……たまに、二日連続で休みだったりするじゃん。それがこの平日のとこだったら良かったのに」

「それは言えるな。平日出勤は休日手当がつか(うまみが)ない」

「そうじゃなーくーてー」


 はぁって大袈裟に溜息をついて、朋生は恨めしそうにこちらを見ながら、ソファで薄めのハードカバーの本を開いている俺の隣に腰掛けた。


「温泉でも行こうかと思ったのに」

「今からじゃ取れないだろ?」

「日帰りだよ。一泊にするなら二部屋とるんだろうし……そうしたら一人で行くのと変わらないし。ドライブがてら、砂湯(すなゆ)川湯(かわゆ)ならいいかなって」

「……? 別に、それなら一日あればいいだろ」

「お兄、運転代わってくれないし! せっかく温泉入るのに、ずっと運転してたら疲れ取れないじゃん。だから、次の日も休みの方がいいかなって……」


 ぼふっと音を立てて背もたれに寄りかかり、そのまま天井を見上げている。

 朋生の運転なんて、怖くて隣に座ってられない。


「別に、運転は苦じゃない。風呂上りに仮眠時間くれるなら、非番の日に行ってもいい」

「ホント?!」


 ぱっと明るくなった顔がこちらを向く。


「どこか行こうって言ったらいつも渋るのに! 言質取ったから! 気が変わらないうちにカレンダーに予定書きこんじゃうからね!」

「温泉なら久しぶりに行きたい」


 ばたばたとカレンダーまで駆け寄って、その日に大きな花丸をつけてる。

 日勤だけじゃなくなったから、朋生との休みの兼ね合いも悪くなって、出掛けることも激減していた。朋生も非番の日は悪いと思うのか、誘われる回数も減って、断らずとも近所のスーパーくらいにしか行ってない。

 友達は友達で色々忙しいようで、今は彼氏もいないから、俺が通勤に車を使ってしまうと、朋生ひとりではなかなか動けないのが現状だった。大型連休中にどこにも行けないというのは、俺でもさすがにちょっと可哀相かなと思うというものだ。

 温泉ならほぼ別行動でいられるし、温泉地のある弟子屈(てしかが)町までは車で一時間半程度。悪くない提案だった。


「お昼何にしよ。温泉もどこか調べなきゃ」


 うきうきとソファに戻ってきて、スマホを取り出す朋生。画面に走らせる指先もどこか楽しそうで、ここ最近浮かない顔ばかりしていたのが嘘のようだ。現金だな、と思うと同時に少しほっとしている自分に気付く。他人の機嫌なんて、どうでもよかったのに。

 煩わしいものならまた押し込めたのだろうが、そういう感じでもなかったので、まあいいかと本に意識を戻して文字を目で追う。ほどなくして朋生がよっと身体を寄せ、スマホを本の上に差し出した。


「ここは?」

「……いいんじゃないか」

「って、思うでしょ。こっちもねぇ……」


 一旦スマホを引いて、違う画面に変えると、再び差し出す。


「お昼付きなんだって」

「……へぇ」


 というやりとりをその後数回繰り返して、文字を追えなくなった俺は、差し出されそうになるスマホを手で押しとどめた。


「わかった。どこでもいいから、決まったら教えてくれ」


 そのまま立ち上がって部屋へ避難する。

 前言撤回。どっちにしたって、煩わしいに変わりはない。

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