轢いちゃうのか! その3
土沢建司はトラックに戻った。しかしすぐに発進する気が起こらない。腹が立って仕方がなく、このまま運転するのは危険だと感じたからだ。気分を落ち着かせるため、たばこを1本吸った。
謝ったと同時に、再度飛び込み自殺をするとほのめかす。バカげているにもほどがある!! ドライバーがどれだけ迷惑すると思っているんだ。
土沢建司は、相手が男でなくてよかったなぁと心から思った。男だったらその場でぶん殴っていたはずだ。
今日はたまたま停まれたようなものだ。あと1メートルも、いや50センチもなかった。ホント、すんでのところとは真にこのことだ。
それに、彼女が本当の本当に自殺を望んでいたのだとすると、その思いはきっと果たせなかったにちがいない。あの減速の度合いからいって、轢いてしまったとしても、死ぬまではいかなかった。怪我をしたというところだろう。大きな障害が残って一生苦しい人生を送ることになったはずだ。あの女子高生、そういうことが分かっているのだろうか!?
そういえばあの娘、もう一言呟てたな。「テンセイし損ねちゃった」って。なんだ、なんのことだ。土沢建司はわけが分からない。とにもかくにも、まったくもって災難な日になってしまった。せっかく早く帰れて、旨いビールでも飲めると思っていたのに。
なんだかぐったりしてしまって、土沢建司は呑みに行く気も起こらず、その晩はコンビニ弁当で済ませてしまった。
翌日、走りながら昨晩のことを何度か思い出した。
思い出すたびに腹が立つ。ドライバーの立場を、少しは考えろってもんだ。どんな状況でだって、轢いちゃったらドライバーの方が悪いんだぞ! 逮捕されちゃうんだぞ!
そしてまたあの不思議な一言も思い出す。「テンセイし損ねちゃった」。
テンセイって言ってたよな。謎のキーワードだ。一体それってどういう意味だ。土沢建司は分からない。なんだよ、テンセイって。おれの聞き間違いで「先生」だったとか? でも先生だと、し損ねちゃうって変だよな。「県政」? それも意味が合わない。何なんだよいったい!! 土沢建司は走りながら首を傾げる。あまり、いや、まったく読書とは無縁な男のこと、なんのことか皆目分からなかった。まぁ若い子たちが使う言葉なんだろうな。そう納得したが、それでも妙に心に残った。
その日も搬入がスムーズで、比較的早く帰社できそうだった。
しかし会社の近くまで戻ったとき、またもや横断歩道に人影があった!!