轢いちゃうのか! その2
土沢建司のトラックは停まった。人を轢く、本当にギリギリのところで。
かろうじて横断歩道の手前だった。いやそれは、かろうじてなどというものではない。横断歩道に前タイヤが入っていた。
立ち尽くす人物の、足が見えないほどに接近していた。うそ偽りなくギリギリだった。土沢建司は「お」と「う」の間の、英語的発音のようなよく分からないため息をついた。
立っている人間は、制服を着た少女だった。よほど怖かったのか、あらぬ方に視線をくぎ付けにして、ガタガタと震えている。
「バッカやろう……」
土沢建司は怒りがわき上がり、車内で吐き出すように呟いた。
じっと立っていたということは、自殺なのだろうか。それならそれで、人の迷惑が掛からないところでやれってもんだ。なにもトラックに轢かれることはないだろ。トラックにはドライバーの生活がかかってるんだぞ!
久しぶりに仕事が早く終わってよろこんでる、しがない運転手の幸せな時間。それをテメェ勝手にぶっ潰してくれるなってもんだ。
女子生徒は顔を手で覆っている。泣いているようだった。
歩道から友達らしき女の子がタタタと走り寄り、肩を抱いてゆっくりと端へと誘導する。
女子は足がすくんでしまったのか、引きずられるように歩いていく。
猛烈に腹が立っていたが、しかし道交法はなにより歩行者優先が当然のことだ。何時いかなる時も止まれるように、というのが鉄則だ。それがたとえ飛び込み自殺であろうが。土沢建司は怒るわけにもいかず、しかしこのまま立ち去るのも悔しいので、車を端に停めて、ひとつ深呼吸して運転席から出て行った。
「大丈夫かぁ?」
怒鳴りつけたかったが、一応気遣う言葉をかけた。泣いている女子生徒と、それを慰める女子生徒。この状況で大声をぶつけるのはとてもまずい。大丈夫かともう一回声をかけた。恐怖が強かったのだろう。立っていた女子生徒は助けた子に凭れかかって傾むいている。
「君、知り合いなの?」
慰めている方の女子生徒が、小さくこくりと頷いた。友人なら心配ないだろうと、土沢建司はホッとして、じゃあと言って彼女たちに背を向けた。まったくもって迷惑このうえないが、しかし実害を受けているわけでもない。そしてまた土沢建司が彼女に害を加えたわけでもない。結果から言えばちょっとしたニアミスで、なんでもなかったのだ。ここは立ち去るしかない。
「あの……」
土沢建司の背中に声がかかった。
「本当にごめんなさい」
横断歩道に立ち尽くしていた方の女子生徒が、顔を上げて一言言った。
「本当にごめんなさい」
土沢建司が黙っていたので、繰り返した。
「いや……」
抑えろ抑えろと、自分に言い聞かせ、深呼吸した。抑えが効かなくて、これまで何度喧嘩をしたことか……。
「いいってことよ。お互いなんでもなかったんだから」
静かに言った。相手が女子生徒ということで、うまく抑制できた。
「はい。本当にごめんなさい。でも……」
―――ん、でも? でもってなんだ?
立ち去ろうとした土沢建司は振り返った。
「でも、またやってしまうかもしれません」
「なんだと!」
思わず大声が出た。しかし土沢建司の剣幕に、抱きしめていた女子生徒の方がマズいと気付き、ずるずると引きずるように引っ張っていってしまった。さすがに追っかけるわけにはいかず、土沢建司はその場から女子生徒たちを睨みつけるしかなかった。