轢いちゃうのか! その1
なにしろ今日は順調だった。土沢建司は、実に幸せな気分でハンドルに手を添えていた。「フフフ~、将棋のフ~♪」などと鼻唄も出てしまう。
土沢建司の仕事はルート配送。トラックに満載した菓子パンを東京から新潟まで毎日運ぶという業務だ。単純ではあるが、大型車の遠距離輸送ということで、それなりに気を使う仕事だった。
今日は納品もスムーズで、行きも帰りも渋滞なし。暗くならないうちに会社に到着だ。仕事をしっかりこなしたうえで早く帰れるのだから、これはもう、勤め人として幸せな気分に満ち溢れて当然というものだ。
時刻は間もなく18時半。5月の空は、うっすらとだが、まだ明るさが残る。いやぁこんなに早く帰れるなんて、いったいいつ以来だろうなぁ。土沢建司は思わずニヤニヤしてしまう。外の明るさもウキウキ感に一役買っている。こりゃあサッとシャワーなんか浴びて、軽く呑みに出ちゃってもいいなぁ。さらに表情が、ゆるゆるに緩む。
そこに、目に飛び込んできたのは!!!
「うわぁわぁわぁぁぁ~」
前方の横断歩道に人がつっ立っている。土沢建司はとっさにブレーキを踏み込んだ。
「うわダメかぁ~!!!!!」
トラックに乗り続けること20と1年。職業ドライバーにとって車は自分の手足となっている。だからブレーキを踏んだ瞬間、その車がどれくらいで停車できるかパッと分かる。土沢建司の感覚では、それは停まれるかどうかギリギリのところだった。
考えるヒマもない100分の1秒の世界。足先と手先が勝手に動こうとする。(足先)最大限ブレーキをべた踏みするか! (手先)ハンドルを切るか! しかしその、人を撥ねないようにと取る行動も、大きな危険をはらんでいる。べた踏みすれば横滑りを起こす危険が、ハンドルを切れば対向車や他の通行人を巻き込む危険が、共にある。
土沢建司は二次被害のリスクを恐れ、さらなる手段は封じた。もちろん考える時間などない。すべては無意識の動きだ。ベテラン運転手の一瞬の感覚だった。
「キィーーーーーーーーーッ」
トラックは耳をつんざくようなブレーキ音を響かせる。今にもタイヤが滑り出しそうな感覚。怖い!! 力任せにブレーキを踏み込んじゃいたい衝動を別の自分が「待て! やめろ!」と抑えつける。横滑りを起こしたら終わりだ。わぁ轢きたくない!! 停まれ停まれ停まれぇ~~、停まってくれぇ!! みるみる人影が近づいてくる。いや、みるみる人影に近づいていく。スロービデオにも似た、事故直前の不思議な感覚。あぁもうダメだ、撥ねてしまう!!! 轢いてしまう!!! ダメだぁ~~。
「シャシャシャァァ~、ガッタ~~ン」