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7.新生活

「クレア、朝だよ!」

 そんな元気な声でクレアの一日は幕を上げる。いや、正確には一週間前からそうなった。

その一週間前とは、クレアが彼女――ルーシア・メルカラットをゴブリンの群れから助けた日のことである。


 クレアがなぜあんなところに一人でいたのかとルーシアに尋ねたところ、罠に嵌ってしまったのだという。塔の中には極稀に魔物が局所的に発生するポイントが存在するのだ。そこに運悪くルーシアが足を踏み入れてしまったということだった。


 その日から彼女は毎日、クレアとスレイのいる宿『ゴジュ』へとやってきていた。

 寝間着から着替えることもできていないクレアだが、ルーシアを迎えるために扉を開いた。

 「あぁ、早いなルーシア。悪い、まだ準備ができてないんだ……少しだけ待っていてくれるか」

「大丈夫よ。クレアの支度は私が手伝うから」

 亜麻色の髪がぴょこぴょこと尻尾のように揺れ動く、それが彼女の心境を表しているようだった。


「い、いや、着替えくらい自分でできる!」

「だめよ。どうせ脱いだ服だってそのままにするんでしょう?」

「ちゃんと畳むから、な?」

 クレアはたじたじになりながらも、ルーシアの侵入を拒もうと試みていた。朝の時間くらいはゆっくりしたいと思うのは贅沢ではないだろう。

「ん? おぉ……ルーシアではないか、朝早くからクレアのお迎えとはやるな」

 まだベッドで眠っていたはずのスレイがむくりと体を起こした。

「ほら、スレイもまだ着替えてないから、下でラムザさんの朝ごはんでも食べておいで。なるべく早く下に行くから。な?」

「本当でしょうね?」


 クレアは首を縦に素早く振った。それ以外の選択肢などなかった。

「……分かったわ。じゃ、下で待ってるから」

 不満げではあったが、ルーシアは廊下を階段のある方へ進んでいった。

 それを見送ったクレアはゆっくりと部屋に戻り、膝をつき顔を両手で覆った。


「こんな……こんなはずではなかったのに!」


 彼は己の行動を悔いていた。

 すると、スレイがベッドから立ち上がりクレアに近寄った。

「分かってるさ。私もルーシアがあのような勘違いをするとは思わなかった。抱きしめ返しただけで好意があると思われるとは……」

 ルーシアを助けたときにクレアは彼女を安心させるべく抱きしめ返したが、それが今の状況を作り出していた。


「まさか、宿を調べ上げられ、挙句パーティーへ加入。その後に毎朝部屋まで来るようになるとは……さすがに、想像の範疇を超えていたな……」


 ルーシアは言うまでもないが冒険者である。塔にいたということは必然的にそうなるが、彼女は魔法士だったのだ。中でも冒険者のバックアップを務めるヒーラーであった彼女は、まだ二人しかいないできたてほやほやのパーティーに加入したいと申し出てきた。

 そのときはクレアとスレイは素直にありがたい申し出だと感謝し、後日彼女の実力を確認したところ問題がなかったので、加入を認めた。


「しかしだクレアよ、ルーシアの治癒魔法は中々のものだぞ? ここで彼女を手放すのは非常におしいところだ。そして……なにより、彼女は私たちのパーティーの花でもある」

 スレイの言いたいことはクレアも重々理解している。

 ルーシアの治癒魔法は優秀だった。彼女は出会った当時Lv2であったが、この一週間でLv4となり、基本的な治癒魔法を覚えた。それによってクレアとスレイの塔の攻略スピードは格段に上がった。

 本来ならば、どちらかが傷を負ったところで一日の冒険を終了しなければならないが、ルーシアの治癒魔法で傷を癒し攻略を継続できるのは大きかった。


「そして、あの可憐な美しさも相まって、いよいよ女神のようではないか」

「女神は言い過ぎだろう……」

 クレアはこう言うが、ルーシアの容姿は誰もが認める美しい少女だ。長い亜麻色の髪を横で結わえ、さっぱりとした印象を与える。そして、きりっとした瞳は意思の強さを感じさせた。

「それに、ルーシアはクレアを好いているのは間違いない。よって、クレアには彼女との末永い付き合いを所望する」

 自分はまるで関係ないとでも言いたげな余裕な表情を見せるスレイだった。

「別にルーシアと顔を合わせるのは問題ない。可愛いと思っているのも事実だ」

「ならば――」


「だが、まるでストーカーのように付きまとわれてはゆっくり休むこともままならない。それさえ改善してもらえれば、俺は十分だ」

「ふぅむ、それもそうか……ただ、どうすればいいのかその方法がな……」

 冒険者が悩むべきポイントとは思えないが、二人は割と真面目に考えていた。これでは、ルーシアの度重なるお部屋突撃によりクレアの精神ダメージが蓄積し、予想できない結果が生じる可能性もなくはなかった。

「私が思うのは、クレアが正直に今の気持ちを伝えることだと思うが……」

「俺もそれが出来たら苦労してない。単純的な答えとしてそれは正論だろう。問題は伝え方だ」

 そこで、スレイはふと思いついたような顔になった。

「おい、何を思いついた?」


 すかさずクレアがスレイを問い詰める。

「いや、これは解決になっていない……むしろ、悪化の一途を辿るに違いない……」

「もうそこまで言ってるんだから白状しろ。お前に危害は加えないから」

「本当か?」

 存外疑り深いスレイだ。そんな彼にクレアは無言かつ無表情で頷いた。

「ルーシアと共に住めばよい」

 クレアはスレイの予想外の答えを聞いて、しばらくフリーズした。

「おい、聞いているのか?」


「……あぁ、それで何がどのように解決するのか、詳しく教えてくれ」

 期待しないでおこうとクレアは肝に銘じた。

「よかろう。ようはストーカーのように彼女に付きまとわれるのが嫌だという話だろう? ならば、ルーシアにお前の悪いところを見せればよいのだ。共に暮らせば互いの悪いところなど見たくなくても目にしてしまうものだ。好いていた気持ちも冷めていくだろう」

 方法だけ聞くととんでもないように思えるが、結果までのプロセスを聞くと以外と良くできていた。

「驚いたな……てっきり、ストーカーをやめさせるなら一緒に住めばいいという話だと思った。家に押し掛けるなんて同居してたら無理だしな」

「そんなへりくつを言ってどうする……私は真剣に友の悩みを考えているのだ」

 筋肉ばかりの無骨な男だとクレアは思っていたのだが、スレイの対応を鑑みて再考する必要があるようだった。


「まぁ、理屈は分かったよ。実行はしないけどな」

「なぜだ? 効果はあるに違いないぞ!」

「なんでそんなにお前がやる気出してるんだよ?」

 食い気味にクレアに詰め寄ったスレイの様子がどこかおかしかった。それを問われたスレイは、本人が気付いているかは知らないが目を泳がせていた。

「おい、ルーシアに何を吹き込まれた! 言え! でなけば、お前を極刑に処す!」

「な、何を言っている? なぜそこでルーシアの名前が出てくるのだ? 今日のクレアは様子がおかしいようだ。今日の塔攻略は休むが良い。それではな!」

「お前図星だな!」


 スレイはそそくさと用意を済ませていたため、すぐに部屋を出て行った。そして、後に残ったのは、友人に騙された寝間着姿のクレアただ一人だった。




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