6.悲鳴
そして、彼らはさらに塔の探索を続けた。今日が初の塔内入りということもあり、二人は一階層の攻略に邁進した。最初にブラックゴブリンと出会ってすぐにメイジゴブリン達と遭遇するなど、多様なゴブリン達との戦闘が続いた。魔法を得意とするメイジゴブリンだったが、クレアの身体能力が彼らの詠唱を上回り、次々と敵を殲滅していった。
「かなり進んできたな。時間もどれくらい経ったか分からなくなってきた」
「そうだな、いやしかし、本当にクレアの戦いは見事であるな。魔物を見つけては斬り伏せていくその姿は、まるで鬼神のようだ」
「誰が鬼神だ。俺はやれることをやっているだけだよ」
クレアは自分の力を過信してなどいない。誰よりも自分の力量は理解している。だから、本当に危険だと思ったときはおとなしく下がり、スレイの援護を待っていた。
「魔法を扱う敵であれば、如何に敵に高速で接近し、瞬殺するかが重要であるからな。その点、クレアの剣戟はそれに適っている」
「褒めても何も出ないぞ?」
クレアからすると、剣を扱う上で最も重要な事は速さである。威力こそ重要だという奴もいるかもしれないが、数々の攻撃を掻い潜り、敵の弱点を一撃で貫いたほうが疲労が少ない。
元々、クレアが持っている剣のサイズはカテゴリーで言えば片手剣に相当する。筋力を鍛えることで一撃の威力は上がるかもしれないが、そんなことをするのであれば大剣に持ち替えたほうが早い。
「槍を扱うスレイからすれば、あまり見慣れない戦闘スタイルかもしれないな」
「いやそんなことはないぞ。私だってこの重たい盾をそこらに捨てれば、クレアと同じかそれ以上の速さを誇るぞ」
自信満々にそう答えたスレイだったが、今のは失言だった。
「ほぉ~、いいことを聞いた。なら、次の魔物はその重たい盾を捨て、単騎で魔物たちを撃破してくれ。俺は端のほうでゆっくり休ませてもらう」
ゆっくりと歩むスピードを落とし、クレアはスレイの後方に回った。
「おいおい、クレアよ。今のはほんの冗談で――」
スレイがクレアの機嫌を取ろうと必死になったときだった。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
暗い通路に女性の悲鳴が響き渡った。
「先に行く」
クレアはすでに走り出していた。槍と盾を持っているスレイを待っている暇などなかった。
「クレアよ! 無理するんじゃないぞ!」
スレイの気休めの助言を受けて、クレアは通路の奥へひた走る。
声の反響具合からしてそれほど距離は離れていない。しばらく走っていくと、転移門のある広場ほどではないが広い空間が広がっていた。
そして、そこにいたのは一人の少女だった。周囲にはゴブリン達がうようよいるのが窺える。ざっと数十はくだらないだろう。
考えている暇などなかった。クレアはすぐに彼女の元に向かうべく、身近なゴブリンたちから剣を振るっていく。
すると、近くでやられていくゴブリンの悲鳴が響いたためか、ゴブリン達は少女からクレアへと視線を移した。
ブラックゴブリン、メイジゴブリン、ゴブリンの三種がいるが、なるべくブラックゴブリンとメイジゴブリンから片付けていく。遠距離攻撃が可能な奴らを後にするのは得策ではなかった。
クレアは最小限の動作でゴブリンたちの急所を貫いていく。無論、彼らもただでやられてはくれない。弓と魔法がクレアに殺到する。
「簡単にはやられないぞ」
絶命したゴブリンの首を掴んで即席の盾とし、クレアは攻撃を防いだ。
この絶体絶命とも言える彼我の戦力さを前に、ゴブリンを盾にして攻撃を防ぐという案を思いつくクレアの冷静さはさすがの一言だった。
瞬く間の内にゴブリンの数を減らしていく。
「あ、危ない! 避けて!」
クレアは少女の声を聞いて、瞬時に体を沈めた。クレアの頭上をメイジゴブリンの攻撃である火球が通過する。
「よく言った少女よ!」
その魔法を放ったメイジゴブリンは突然の槍の一突きで仕留められた。
「遅いぞ、スレイ」
「まぁ、間に合ったのだから、そう怒ることもないであろう。来るぞ」
なんとか追いついたスレイはクレアと互いの背中を合わせ死角を潰し、互いで互いを援護しあう。
彼らは一撃も加えられることなく、次々にゴブリン達を葬っていく。まさにその様はパーティーと呼ぶに相応しいものだった。
「スレイ、右へ」
「おうよ」
クレアに向けて放たれた火球を、視線を向けることなくスレイはクレアの一言で避ける。
「この感じは燃えるな、クレアよ!」
「何がだ?」
近くのゴブリンを相手にしながらクレアは応じる。
「少女を守りつつ戦う様は、さながら勇者のようではないか!」
近づいてきたゴブリンを槍で払いのけ、一刺しにしつつ会話を続けるスレイ。
「勇者ねぇ、にしては相手が寂しいけどな。ゴブリンどもじゃ役者不足もいいところだ」
「そう言うでないぞクレア、私たちはまだこれからであろう? これからどんどん上へと登り詰めれば、最強とも言える敵と巡り合うだろう」
「それもそうだな」
途中、少女に近づこうとしたゴブリンを捉えたクレアは、握る剣に意識を集中させて習得したばかりのスキル《ソニック・ブーム》を発動した。ゴブリンに向けて見えない斬撃が飛んでいき、強烈な一撃が脳天を直撃した。
「なんと便利な。そういえば、その技は初めて使ったのではないか?」
「あぁ、なんとなく使い方が頭の中にあったんだ。こうすればスキルが発動するって誰かに教わったわけでもないのに」
「ふむ。なるほどな。ところでクレアよ、ゴブリンどもは片付いたぞ」
「ん? あぁ、本当だ。気付かなかったよ」
クレアが剣を振るおうとしたところで、スレイの言葉が耳に入り周囲を見渡すと、辺り一面にあるのはゴブリンの死体のみだった。
すると、奇妙な光景を二人は目にした。
最初に倒したゴブリンたちが僅かな光芒となり、消え失せたのだ。そして、それは時間を置いて次々とゴブリン達が光となって消えていく。
「なるほど、どうりでこの塔がきれいなわけだな。冒険者が片っ端から魔物を討伐していたら、今頃死体の山になっているに違いない」
「そうだな。死体の山が築かれた塔を登るのは勘弁だ」
クレアには仕組みまでは分からなかったが、これがこの塔の力であることは分かった。
「あ、あのっ!」
二人が消えていくゴブリンを眺めていると、恐怖で立ち上がることもままならないであろう少女が、なんとか立ち上がり声を上げた。それにすかさず反応したのは言うまでもなくスレイだった。
「美しい少女よ、無事か? ゴブリン達は御覧のように全て蹴散らし――」
少女に近寄ったスレイは、彼女を抱きしめようとでもしたのか両手を広げているが、その腕が何かを抱きしめることはなかった。
彼女が求めたのは偽のおっさん筋肉だるま勇者ではなかった。
「助けてくれてありがとう!」
実際に彼女を助けた本物の勇者であるクレアであった。
ひしと抱き着く彼女は、クレアへの感謝と共に、体の震えを伝えさせた。あの状況で恐れを抱かないはずがない。
クレアは決して女に慣れているわけではなかったが、ここでこの少女を突き放すようなことはしなかった。特にその少女にかける言葉を持たなかったが、安心だけは与えてあげたかった。
だから、少しだけの力を込めて抱きしめ返した。
それが、後々のクレアにとっていい選択になったのかどうかは誰にも分からない――。