5.初戦
扉の奥は暗い石造りの廊下が続いていた。その道には等間隔でランタンが設置されており、僅かな光を頼りに二人は進んでいった。
クレアとスレイは道中一言も話していない。これが緊張によるものではなく、彼らの集中力故であることは言うまでもないが、それほどこの空間は異様だった。魔物が出てくるような場所はなく、ただしばらく真っすぐな道が続いていたのだが、いきなり道が開けた。
そこは円形の広場のようなところだった。ただ広いだけで特に何もないように見えたが一つだけ気になるものがあった。
「クレア、あれはなんだろうか?」
スレイが指差したところには大きな扉が設置されていた。クレアはスレイの質問に答えるべく何に使うのかを考えていたが、中々思い浮かばなかった。
すると、突然その扉が光だした。その光とともに扉が開き、中から姿を現したのは様々な装備をした冒険者達だった。
その光景を見てクレアは合点がいった。
「あれは塔内を移動するものらしいな。考えてみれば当然か、攻略した塔の中を一々登っていたら時間がいくらあっても足りない」
「なるほど、それは便利だな。どれ、あれを使って最上階に行こうではないか!」
クレアはそんな馬鹿なことを言うスレイの膝裏をまたも蹴飛ばした。
「痛いぞ……クレア。なぜ、膝裏を執拗に狙うのだ?」
「足を振り上げるのが面倒だからだ。大体な、あれで最上階に行けたら他の冒険者だって同じことを考えるに決まっているだろう」
「む。それもそうか」
やはり、こいつは馬鹿だとクレアは思った。
「さっさと先に進むぞ」
まだ膝裏をさすっているスレイを意にも介さず、クレアは広場を抜けてさっきと同じくらいの幅の道に入っていった。
「待つのだ、クレア! 意外と膝の裏が痛いぞ、ちょ、ちょっと待ってくれ~!」
スレイは必死にクレアの後に続いた。
広場よりもさらに奥に進んだ二人は、いよいよ魔物の気配を感じ取った。
「足音がするな。金属音とかじゃないから、冒険者のものじゃないだろう」
「つまり、私の出番というわけだな?」
地面の振動を捉えるべく、クレアは地面に耳をつけた。
「多いな……4、5匹くらいか? こっちの道を真っすぐ進んでいるみたいだ。もうすぐで見えるはずだ」
「ふぅむ。ではクレアよ、私の後ろへ」
スレイは背負っていた盾を構え、反対の手で槍を構えた。クレアはとっさにスレイの言いたいことが分かった。丈夫な盾と長大な槍は敵を引き付けるのに適している。身軽なクレアは漏れてきた敵か、あるいは隙をついて敵を攻撃する役を担うのが適切と思われた。
「分かった。お前の実力を試させてもらうぞ」
クレアはスレイの後方に移動し、バラハから授かった剣を構えた。
そして、時間を置かずして魔物たちは姿を現す。
人間のように手足を持つ獣人ゴブリンだ。だが、今回のゴブリンはクレアがアルトリアに来る途中に倒した奴らとは一味違い、黒い皮膚を持っていたのだ。
「ブラックゴブリン……弓を使うぞ。スレイ、気をつけろ」
奴らは背中に矢筒を背負っており、両手には矢をつがえている。そのままこちらに突撃してきた。数は5匹だ。
スレイは矢を受けないように盾を正面にかざしながら、じりじりと相手との距離を詰める。クレアもまたスレイの後ろから様子を伺っていたのだが、スレイの背中を見て、クレアは意外だと感じていた。てっきり猪突猛進の如くブラックゴブリン達に突貫していくのかと思ったのだ。それが、慎重なまでのガードに徹している。
「お前はよく自分の役割を分かっているんだな」
気づけばクレアは自分の思ったことを口に出していた。スレイはこんな状況でもクレアの言葉を聞き逃さなかった。
「おう、私は友を守る盾だ。私の仲間を決して傷つけさせはしない!」
もはや、この段階で彼は合格だった。クレアはスレイを共に戦う仲間として認めていた。
ブラックゴブリンたちとの距離が槍の届く範囲に近づいてきたことを悟ったスレイは、膝に力を溜め、一気に前に出た。
「うおぉぉぉぉ!」
スレイの体格から繰り出される槍はまさに一撃必殺だった。ブラックゴブリンの喉元を貫き、一撃で絶命させた。
「今だ、クレア!」
「分かってる」
一体のブラックゴブリンを仕留めたことで周囲のゴブリン達には動揺が広がっている。クレアが攻撃を仕掛ける絶好の機会だった。
クレアはスレイが飛び出したときにはもう動き出していた。
狙うのはスレイの左側面に位置するゴブリンだ。なぜなら、スレイが槍を持っているほうだからだ。もしかしたら、スレイであれば避けられるかもしれないが、盾を持っているほうよりは危険だ。だから、クレアはスレイの安全も考慮していた。『仲間を守る』という彼の言葉をクレアは忘れてなどいない。
虚をつかれて呆然としているゴブリンに、クレアは腰だめからの一撃を急所に放ち、こちらも一撃で絶命させた。
「やるではないかクレア! 私も負けていられんな!」
クレアの雄姿を見て、スレイは俄然やる気を出したようだ。
「無理すんなよ。膝裏が痛いんじゃないか?」
「それはクレアのせいだろう……」
馬鹿話をするほどに彼らには十分な余裕があった。まるで長年コンビを組んできたような巧みな連携を見せ、あっという間にブラックゴブリン5匹を仕留めた。
「クレアよ、お主の剣技はすばらしいな。あぁも簡単にゴブリンを両断せしめるとは」
「それはお前もだろう、スレイ。最初の一撃はとてつもない威力だった」
二人は互いを称えあった。それは互いの実力を深く知り、そして認め合ったからに他ならない。
クレアはスレイに手を差し出した。
「スレイ、俺はお前と共にこの塔に挑みたい。力を貸してくれ」
すると、スレイは急に笑い出した。
「はっはっはっ、そうだろうそうだろう。私の力が欲しいか! よかろう! 共にこの塔の頂を目指そうぞ!」
暑苦しい奴と思いながらも、クレアはスレイと握手を交わしたのだった。