4.いざ、塔へ!
「こちらに必要事項の記入をお願いします。ここに記載される情報は、当ギルドで大切に保管させていただきます。もちろん、他者への公開は一切行いませんので、安心して記入してください」
差し出された紙をクレアと膝裏を蹴られたスレイは早速確認したが、内容は複雑ではなかった。
まず名前、出身地、年齢だ。これらは当たり前だが、次から冒険者としての重要事項が続く。個人の特技、スキルLv、現在のLvなどがこれに該当する。
そこで、クレアは一つだけ気付いたことがあった。
「すいません。自分のLvなんですが、まだ分からないんですよ」
「私もクレアと同じく、自分のLvが分からん」
「あぁ、そうでした。少し待っていてください」
少し慌てた様子でカウンターの奥に引っ込んだ受付嬢だったが、すぐに戻ってきた。ただ、戻ってきたのはいいが、なぜか一人の老婆を連れていた。クレアから見てかなり腰の曲がった老婆であり、年齢もかなりのものだということがわかる。
「ギルドマスター、彼らにLvの確認をお願いします」
ギルドマスターと呼ばれた老婆は辛うじてカウンターの高さを超えていたため、なんとかクレアと顔を合わせることが出来た。
クレアはその老婆と目を合わせた――瞬間だった。まるで頭の中を覗き見られたような気がしたのだ。それはとても奇妙で薄気味悪い感覚だった。
そして、スレイも同様に老婆と目を合わせていた。
「こっちのちっこいのはLv2だ。そんでこの筋肉だるまはLv1」
老婆がクレアとスレイを指さすと、彼らの腕にある刻印が刻み込まれた。
「これは?」
ちっこい呼ばわりされたことなど気にも留めずに、クレアはこの刻印について受付嬢に尋ねた。
「これは冒険者の方々のLvを表すものです。そして、これこそがあなた方が冒険者である証です」
クレアの腕にはダイヤ型のマークが二つ刻印されていた。一方のスレイは一つだけ刻印されている。どうやらLvが上がると、このダイヤの刻印が増えていく仕組みのようだった。
「クレアのLvが2である理由はなんなのだ? 私と同じで冒険者になったばかりだろうに」
その質問にはクレアではなく、なぜか老婆が答えた。
「そこのちっこいのはここに来る途中で三匹のゴブリンを仕留めている。だから、筋肉だるまよりもLvが高いのさね」
クレアは驚いていた。それは演技でもなく本当に驚いていた。自分の過去を知られていることがあまりに衝撃的だったのだ。
「あまり気にしないでください。マスターは魔物を討伐した瞬間を断片的に捉えているだけで、あなたの過去全てを覗いたわけではありません」
受付嬢がクレアのために補足説明を入れる。それを聞いたクレアはなんとか冷静さを取り戻した。
「おい、ちっこいの。お前のソードマスターのスキルLvも2に上がっている。お前は《ソニック・ブーム》を扱えるはずだ。塔に入ったら試してみるがよかろう」
老婆は冒険者の持つスキルについても詳しいようだ。もしかしたら、ありとあらゆるスキルを熟知しているのかもしれない。
「ありがとうございます。早速ですが、俺たち二人で塔に入りたいのです。今から入ることはできますか?」
登録を終えたばかりの冒険者が塔に入ることを許されるかは分からなかったため、クレアは唯一その点だけが気がかりだった。
「無論じゃ。フルーレ、案内しておやり」
「かしこまりました、マスター。では皆さん、こちらへどうぞ」
最初にクレア達に紙を差し出した彼女――フルーレはカウンターを出てクレア達を促した。てっきり二人は外に出るのかと思ったが、意外と入り口はすぐそばにあった。
「こちらが入り口です」
建物の中央から少し奥に行くと、鉄製の巨大な門があった。その門はとても人の手で開けることは不可能な大きさであり、まさに生と死をわける境界のようにクレアには感じた。
スレイもまた、この扉の異様さに驚いているようだったが、足が竦むなどということはなかった。むしろ、彼はこの先を待ち望んでいるようにさえ見える。
「この門への出入りの際は、必ず私たちギルド事務官にお申し付けください。勝手な塔への出入りは、ギルドからの永久追放となることもありますので悪しからず」
ギルド側で冒険者を管理しているからこその決まりだろうか。魔物に食い殺されてしまえば死体は残らない。つまり、生死の確認が難しくなる。おそらく、冒険者の出入りを台帳に記入しているのだ。
「分かりました。フルーレさん、案内助かりました」
「うむ。フルーレ殿助かった。では……参ろうか、クレア」
「あぁ、行こう」
二人の顔に緊張の色は見られない。あるのは興奮と高ぶり過ぎている戦意のみだった。
「では、扉の開錠を行わせていただきます」
フルーレが扉に触れると緑色に扉が発光し始め、やがてゆっくりと開いていく。
そして、完全に扉が開ききったことを確認した二人は、同時に足を塔に向けて踏み出した。
「お二人の無事をお祈りしています」
背後にフルーレの祈りの声を聞きながら、彼らは身に着けている武器に手をかけたのだった。