3.ギルド登録
「へぇ、そっちの国では20で成人なのか」
この周辺でも村はいくつかあるが、大抵は15歳で成人として認められ、生きる道を示される。やはり国ごとによって考え方は千差万別であるようだ。
「といっても、子供の頃から鉱山に籠って鉱夫として働いていたから、半ば成人のようでもあったがな」
クレアはスレイの肉体の秘密を聞いたような気がした。鉱夫として子供の頃から働いていれば、このような体格を身に着けてもおかしくはない。もちろん、持ち前の伸長などはあるのだろうが。
「鉱夫か、それは大変そうだな。俺がやったことは精々畑の世話くらいだ。あとはたまに剣の修行程度だな」
「そういえば、クレアも剣などぶら下げていたな? まさか、クレアも塔に挑べくしてアルトリアへ?」
「そうだ。俺はあの塔の頂上に用がある。あそこに行かなくては俺の人生は始まらない」
「ほぉ、その志はまことのようだ。やはりあの剣はただの飾りではないようだな。剣を知らぬ私から見ても、あの剣は中々の業物だと分かる。それを持っているクレアが普通の武人だとは思えんな」
壁に立てかけられている鞘に入っている剣をスレイは見つめていた。
「あれは、村にいる俺の剣の師匠からもらってきたんだ。もう使わないからお前が持って行けってな」
今頃になってクレアは村が少しだけ懐かしく感じていた。普段であれば今頃、剣の修行を終えてバラハと村の子供たちを交えての食事をとっているころだが、今はこうして赤の他人と相部屋になっている。それが少しだけ、自分の成長を感じさせた。
「クレアは良い師についたようだな。私にも槍を教えてくれた師がいるが、そのようなものをくれたことは一度もない。師は私に言ったぞ『槍を教えて欲しくば、鉱夫となるなりして自分だけの槍を持ってこい』と、あれは幼い頃の自分からすれば耳を疑ったものだ」
スレイは昔を思い出しているのか、どこか遠い目をしていた。それが悲しいのか嬉しいのかまではわからない。
「そうだ。今思いついたのだが、クレアはギルドの登録を済ませたか?」
何を思いついたのか、スレイはクレアにずずいと迫り質問したが、スレイの考えがまるで分からなかったクレアは深く考えなかった。
「いや、まだだけど――」
「であれば! 明日一緒に行こうではないか! そして、もしよければ私と共に塔に挑もうぞ!」
彼は興奮気味にクレアに提案したが、クレアは簡単には首を振らなかった。手で彼の提案を制する。
「俺は自分の目で確かめるまで仲間を作るつもりはない。だから、明日はスレイ――お前の実力を見させてくれ。ついでに俺の技量も確認しろ。互いに納得できたなら、そのとき初めて、お前とパーティーを組もう。それでいいか?」
クレアは決して情だけでパーティーを組むほど愚かではない。そこには確かな損得勘定があり、どちらに天秤が傾くかで決定する。
その考えを聞いたスレイは心なしか嬉しそうに頷いたのだった。
翌朝、クレアとスレイは起きてすぐにギルドに向かう準備を整えて部屋を出た。とは言っても、クレアは腰に剣を、スレイは背中に槍と大きな盾を背負って終了だ。大して時間は掛からなかった。
二人が一階の酒場に降りていくと、夜の仕込みを始めているらしいラムザがいた。
「こんな朝早くにもうお出かけ?」
「えぇ、今日から俺たちの初仕事が始まるので気合を入れていこうかと」
「そうとも、私たちは最高の栄誉を手に入れる冒険者になるのだからな」
二人の気合にはかなりの温度差があったが、どうやら両人のやる気だけは間違いないようだ。
「やる気は結構だけど、二人ともご飯は食べたの?」
ラムザの言葉に二人は顔見合わせ、首を左右に振った。その様子を見て、ラムザは肩を竦めざるを得なかった。
「朝ごはんも取らずに塔に行くなんて馬鹿者たちはこっちにいらっしゃい。簡単なものだけど作ってあげるから、持って行きなさい」
有無を言わさぬラムザの様子から、二人は急いで彼女の元に向かった。
それからすぐにカウンターに引っ込んだ彼女が持ってきたのは、サンドウィッチだった。それもかなりの特大サイズが一個。
「ラムザ殿……これはいささか大きすぎないだろうか。私ならなんとかなるかもしれないが、まだ少年のクレアには量が多い――」
あまりに大きなサンドウィッチを前に、クレアがどんな顔をしているか気になったスレイは隣の席を伺ったが、その光景を見て言葉を失った。
「はむっ、むぐっ、むぐっ、はむっはむっ、むぐむぐ」
特大サンドウィッチを貪っている少年の姿があったのだ。休むことなく食事を進めていくその姿はまるで獲物に食らいついている狼のようであった。
「どうやら、ボウヤには丁度良かったみたいね。これなら心配しなくていいでしょう」
「そ、そのようだな。私はクレアを誤解していたかもしれない。こやつは大物になるぞ」
言っておくが、クレアはただ食事をしているだけだ。何も『大物』だなどと言われることはしていない。ただ、そんな些細な光景すらどこか普通の人間とは違うように、スレイとラムザには思えたのだった。
「まさか、あの特大サンドウィッチを完食するとは思わなかったぞ」
「何言ってるんだよ。あれくらい腹に入れられないようじゃ、冒険者失格だろうが。しかも、ラムザさんのタダ飯だぞ。ありがたくいただかないでどうする」
二人はラムザの特大サンドウィッチを速攻で平らげると、ラムザにお礼を言い、すぐにギルドのある街の中心部へと歩を進めていた。
まだ、日が完全に出ていないためか少し肌寒いが、今の彼らに寒さなど関係なかった。ただ、あの塔に早く登りたいという思いが、彼らの足を前に進める。
「私は、お前のような小さな体のどこにあのサンドウィッチが消えたのか、疑問でならないぞ」
「さぁな、俺も知りたいくらいだ」
彼らがそんな馬鹿話を続けていると、遠くに大きな屋敷のような建物が見えてきた。はた目には洋館のように見えるその建物には、多くの旗があちこちで風に靡いていた。
その旗は冒険者ギルドであるアルトリアを象徴する旗である。
「あれが私たちの所属するギルドか」
「だな。さっさと行くか。サンドウィッチの消化も進んできたしな」
「いや、早くないか? お前の胃袋はどうなっているのだ……」
クレアは腹ごなし気分でギルドへと向かった。
二人は新米とは思えないほど堂々とギルドの門をくぐった。
「ほう。これは中々だな」
「あぁ、これは中々だな」
二人が目を向けたのは、数多くの冒険者達の装備だった。大剣、双剣、片手剣、槍、ハンマー、弓。ありとあらゆる装備が彼らの目を惹く。田舎者の彼らにはそれらの装備があまりに珍しく目移りしていた。
「凄いな。どれも見たことがない武器と防具ばかりだ」
「あやつらの顔立ちも普通の人間達とは違うな。まるで、幾度の戦場を駆け抜けた猛者たちのようだ」
ギルドの中で装備を身に着けている中には女性もいる。しかし、彼女達も周りの冒険者に引けをとっていなかった。
「ほら、ぼーっとしてると邪魔になる。行くぞ」
クレアが様々な装備に見惚れているスレイを引っ張り、端のほうにいる受付嬢に声をかけた。
「あのギルドの登録をお願いしたいんですが」
受付嬢の顔立ちはさすがと言っては失礼かもしれないが、綺麗だった。冒険者都市であるアルトリアの受付嬢がそこらの女性に見劣りするようでは、面目丸潰れもいいところだろう。
「分かりました。えぇと、そちらの方も一緒ですか?」
まだ冒険者たちを眺めているスレイに受付嬢は目を向けた。
「えぇ、この馬鹿も一緒です」
クレアはスレイの膝裏を蹴飛ばした。
「痛っ! クレアよ、そんな乱暴な……」
やっとこちらを向いたのが良いタイミングだと思った受付嬢は、二人に一枚ずつ紙を差し出した。