2.再会
「『一番安いお部屋は50G』って、店の名前を看板がわりに使うとか斬新すぎるだろ……」
『一番安いお部屋は50Gです』などというふざけた店だが、本当に50Gなのであればたしかに客寄せとしては機能するだろう。
なぜなら、クレアが見つけた他の宿はどれも一泊で300Gほどだったのだ。それを考慮すると、半額以下のこの宿は中々に魅力的だった。村を出たばかりのクレアに金銭的な余裕などあるはずもない。
彼は仕方なくこの宿の扉をくぐった。
最初の印象は悪くなかった。というか、村を出たばかりのクレアからすればかなりの優良物件だった。店の正面にはカウンターがあり、そこには数多くの酒とグラスがずらりと並んでいる。店の至る所で塔帰りの冒険者がここで一杯引っかけていた。
木製のテーブルの数もかなりのものだ。てっきりクレアは酒場と間違えたのかと誤解するところだったが、カウンターから女性が出てきたので尋ねてみることにした。
「あの、ここは宿屋……でいいんですよね?」
こちらを見つめてきたのは前掛けを付けた妙齢の綺麗な女性だった。
「えぇ、そうよ。もしかして宿をお探しで?」
「はい、あぁ……店の名前を見てやってきたんですが、本当ですか?」
さすがのクレアもあの店の名前を口に出すことは憚られた。
「もちろん、嘘ではないわよ。ただ条件つきなのだけれど、それでもいいかしら」
やっぱりか、とクレアは肩をバレない程度に竦めた。50Gで一泊できるなんて旨い話があるわけがないのだ。
「その条件をお聞きしてから決めてもいいですか?」
「いいわよ。まぁ、もったいぶるほどでもないんだけど、相部屋なのよ」
この一言でクレアは思わず狼狽えた。
「あぁ、言っておくけど、女の子とは一緒にならないわよ、坊や」
この女性はクレアを明らかに子ども扱いしているようだったが、彼は彼女が思っているほど子供ではない。
「……そうですか。よかったです。これで落ち着いて眠れます。であれば、相部屋でも構いません。はい50G」
あっさりとお代をカウンターに置いたクレアに対し、女性は拍子抜けしたようだ。てっきりクレアが赤面するところが拝めると思っていたにも関わらず、彼の反応は至って冷静だったのだ。
「ガハハハッ! この小僧、中々面白いこと言いやがるぜ! 女と一緒じゃなくて落ち着いて寝れるってよ! 姉御、こいつは大物になりますぜ。どうやら、冒険者のようだしな」
近くのテーブルにドカッと腰かけている男がクレアの腰に目を向けた。そこにはバラハからもらった剣がある。彼女も男の視線を負ってクレアの腰を見た。
「あら、本当だわ。あなた、冒険者なの?」
なんだか彼女の見る目が変わったようにクレアには感じた。
「えぇ。まだ駆け出しで何も分からないのですが、一応」
愛想良く苦笑いしながらクレアは答えた。すると、彼女はなぜか愉快そうに笑顔を浮かべた。
「今日はルーキーに愛されているのかしら。ついさっき、あなたと同じように新米の冒険者さんがやってきたのよ」
「へぇ、それは偶然ですね。もしかしたら、その人と戦友になるかもしれませんね」
クレアの話を聞いてなのか、彼女は手のひらをポンと合わせてとある提案をしてきた。
「もし良かったらなのだけど、その人と相部屋にしましょうか。ルーキー同士、語り合いたいこともあるんじゃない?」
彼女の提案はクレアにとっても悪いものではなかった。50Gの宿に歴戦の猛者がいるとは考えられないが、古株の冒険者と相部屋になるよりかはマシだと思えたのだ。
「それはありがたいです。俺も緊張してしまって」
「なら、そうしましょうか。ついてきて、案内するわ」
如何にも初心な少年を気取っていたクレアを訝しむことなく、彼女はカウンターの脇にある階段を上がっていったので、クレアもそれに続いた。
「そういえば、名前を言っていなかったわね。私はこの摩訶不思議な宿兼酒場を仕切っているラムザよ。よろしくね」
二階の廊下を歩いている最中に彼女――ラムザは見た目の割に可愛らしくウィンクしてみせた。
おとなしいようでありながら、もしかしたら案外お茶目な人なのかもしれないと、クレアは感じた。
「俺はクレアと言います、よろしくお願いします。あの一つだけ気になったことがあるんですが、聞いていいですか?」
少し聞きづらいことではあったが、クレアはどうしても聞きたくなってしまったのだ。
「あぁ、店の名前でしょう? あれは私もどうかしてると思うのだけど、今ではすっかりこの街に馴染んでしまっているの。冒険者には50Gを略されて『ゴジュ』と呼ばれているわ」
質問の内容を先回りされてしまったが、クレアは話を続けた。
「『ゴジュ』ですか、それは……なんというか凄い略称ですね。あの名前はラムザさんが?」
「いえ、あんなセンスのない名前を私が付けるわけないじゃない。あれは私の夫が付けたのよ。冒険者達が気楽に集まれる家のような場所を作ろうってね。だから、ここは相部屋にして格安で提供しているの」
「どおりであんなにお客さんがいた訳ですね。さっきの皆さんの顔を見れば分かります」
「あいつらはただバカ騒ぎがしたいだけよ、っと着いたわよ」
この店についての話をしていると、たどり着いたのは何室かあるうちの一室だった。他の部屋も宿として貸出を行っているらしい。
木製の割にしっかりとした扉をラムザはノックした。
「ちょっといいかしら、事前に言っていた相部屋の方が来たのだけれど」
すると、部屋の中でドスッという音と、ミシミシという木が軋む音を立ててから扉が開いた。
クレアも相部屋の人間がどんな奴かが気になったようで、ラムザの横から覗き見て、固まった。それは相手も同じだった。二人して口を開かずにそのまま立ち尽くす。
「ん? どうしたのあなたたち――」
『あぁぁぁぁぁ!』
ラムザの問いかけも無視して彼らは同時に指さして叫びあった。
「あら、知り合いなの? なら、私はいらないわね。仕事に戻るから、じゃぁねぇ~」
彼女は自分の仕事が減ったと思ったのか、彼らを残して一目散に一階の酒場へと続く道を戻っていった。
そして、残されたのは彼らだけだった。
「まさか、同じところの宿にやってくるとは思わなかったぞ少年」
「それはこっちのセリフだ。よくこんなヘンテコな名前の宿を選んだな。普通はもっとまともそうなところに行くだろう」
相部屋の相方はアルトリアに来る途中の街道で声をかけてきたスレイだった。
ラムザに置いてきぼりにされた彼らはとりあえず、立ち話もなんだからということで一旦部屋に入ることにした。そして、部屋にある二つのベッドにそれぞれ腰かけ、今の状況について話し合っているところである。
「たしかにヘンテコな名前ではあるが、あの名前だからこそここを選んだというのもある。少年もそんな冒険者の一人だろう?」
「その『少年』ってのはやめてくれよ。俺はクレア・ガラットだ」
「おぉ、そうだった。私は少年の名前を聞いていなかったな。クレアか良い名だ。せっかく相部屋になったのだよろしく頼む。私のことはスレイと呼んでくれて構わない。私もクレアと呼ばせてもらおう」
スレイは体格に見合ったゴツゴツとした手をクレアに差し出した。
「そうだな。なんとなくだが、お前は悪い奴じゃなさそうだ」
クレアはスレイの手を握り返す。
「失敬だな。私は立派な冒険者となるべくこのアルトリアを訪れたのだぞ? 悪いことをしてどうするというんだ」
やはり、こいつはこれが素らしいとクレアは思った。これほどに真っすぐな心情を抱いている冒険者のほうが少ないだろうに。
「俺のお前に対する第一印象は『変な奴』だったんだが、それが良くなってきたぞ。今では、純粋なおっさんだ」
「おっさんというほどの年でもないが、俺はまだ20だぞ? 20で決意の儀を終えてここに来たのだ。というか、変な奴だったのか……」
少し落ち込んでいる様子のスレイだが、クレアは面倒だから気にしなかった。