0.ソードマスターと剣技
「ソードマスターLv1、剣技Lv1か。お主はこれから剣を武器に冒険者として生き、その身を世界の人々の役に立てるべく魔物と戦うがよい」
教会の神父――バラハはそう言った。
膝をついて神父から成人の儀を受けている少年――クレア・ガラットは至って冷静だった。神父からいきなり冒険者になれと言われても、彼は騒ぎ出すこともなく受け入れる。
「クレア・ガラット、これより冒険者としてその身を世界の人々のために役立てます」
今教会で行われているのは『決意の儀』という15歳になると取り行われる祭事だ。
村にあるこの教会はそれほど大きくないが、それでも一人の若者を送り出す儀式を全うしたと言えた。
「クレア、聡明なお前のことだから心配はしていないが、冒険者は辛い職業であると心せよ。強い魔物は世界中にはびこっている。それら全てがお前の敵だ」
年の割にこの神父には歴戦の戦士のような貫禄があった。それもそれのはずで、彼はクレアに剣技を教えた人物であり、昔はこの村の冒険者として名を挙げた豪傑である。
「分かっております。これからも剣の腕を磨き、日々精進することをここに誓います」
「うむ。では、これを持っていけ。しばらくはお前の役に立つだろう」
神父は右手に握っていた一振りの剣を、両手を掲げたクレアに手渡した。ずっしりとしたそれは、革の鞘に入った両刃の剣であった。
「これは師匠が使っていた剣ではないのですか? 私がいただいてよろしいのですか?」
たしかな年季を感じさせるその剣は、長い間使われたにも関わらず目立った錆や刃こぼれは見られない。よほど念入りな手入れが施されているのが一目で分かる。
「もう不要な物だ。使わないものを教会に置いておいたところで倉庫の肥やしになるだけだ。お前が立派な冒険者になる期待を込めて、これをくれてやる」
「であれば心して頂戴いたします。必ずやこの名――世界中に轟かせて見せます」
クレアはバラハに宣言し、教会を後にした。
「アルド、エレン……あの子は行ったよ。きっと、クレアには数々の困難が待ち受けているだろう。それでも、君たちが見守っていてくれるのならば、私は自信を持ってあの子を応援したいと思っているよ」
教会にあるステンドグラスから差し込む光を見ながら、バラハは呟いた。
クレアの両親であった彼らはもうこの世にいない。しかし、バラハは一人でクレアを一人前の男に育て上げた。
そして、ついにクレアは旅立ちの時を迎えたのだった。
クレアがいる村はトルネ村と言う。トルネ村を出て一時間ほど西に行くと『冒険者都市アルトリア』へと続く大きな街道に出ることができるのだが、そこまでは小さな一本道が続き魔物がよく出る。
注意しつつ、クレアはその小道を進んでいた。
「相変わらずこの付近は伐採したほうが良いな。視界が悪くて魔物がいるのかすら分からない」
魔物の出現する可能性があり中々手を出せていない道は、人の伸長よりも高い雑草や、所狭しと並んだ木々によって獣道のようになっている。距離にすると街道までそれほどないが危険であることに変わりはなかった。
周りに注意しながら歩いていたクレアは突然足を止め、一点に視線を向けた。
それは常人なら気にしないであろうかすかな音だったのだが、クレアはそれに一早く気付いた。
その音のした方向に静かに近づきながら腰に下げた剣を抜刀し様子を伺う。
「ゴブリン……三匹か」
そこにいたのは緑色の皮膚を持った獣人――ゴブリンだった。
ゴブリンはトルネ村の周辺でよく見かける魔物だ。大きさは人の腰くらいで、右手には武骨な棍棒を手にしているのが特徴とされている。本来は集団で行動していることが多いが、今いるゴブリンたちははぐれゴブリンと言ったところだろう。
ゴブリンたちがクレアに気づいている様子はなく、獲物を探すようにあちこちを散策しているらしいが、クレアは迷うことなく茂みから飛び出し、一匹目のゴブリンを目掛けて突撃した。
突然の強襲に三匹のゴブリンは皆驚いているようだったが、クレアには一切関係なかった。村の近くをうろついているゴブリンに情けなど必要ない。
クレアは剣をゴブリンの胴体めがけて横に薙ぎ払った。
「グギャャァァァァ!」
たったの一撃で一匹目のゴブリンを絶命させ、クレアはすぐに二匹目を視界に捉える。横に薙いだ剣の勢いをそのままに、二匹目のゴブリンの首をはねた。
そして、一瞬のうちに残るは一匹となる。
最後に残ったゴブリンは殺された仲間を見て恐怖しているようだった。おろおろとどうすればいいのか分からないようで、棍棒をでたらめに振っている。
しかし、クアラはそのゴブリンを一振りで仕留めたのだった。
あのゴブリン達以外の魔物とは遭遇することもなく順調に進み小一時間ほど歩いてやっとのこと、クアラはアルトリアへと続く街道に出た。
道幅にして馬車がすれ違うことのできるほど広いこの道は、アルトリアの交易を支えている重要な交易路だ。人々も多く行きかっている。
そんな道をたった今、村を出たばかりの少年が歩くのだから多少の緊張はあってもいいのだが、彼はそんなことをお首にも出さずに一目散に西にあるアルトリアを目指した。
アルトリアのある西には塔が見える。まだ距離があるにも関わらず見えるということは、かなりの高さがあるようだ。
「あれが、俺たち冒険者の目標か」
クレアはその頂上を見つめた。天に届くのではないかというその巨塔の頂こそ、冒険者の夢見る最高の栄誉を与えるとされていた。
その塔を見つめながら、クレアは止めていた歩みを再開させたようとした――が。