トリビュナル・ド・ヴェリテ
おはようございます、遊月です!
とうとう完結です……!!(滑り込みパターン)
本編スタートですよ!
「ここに、あなたを連れて来たかった……」
先輩に手を引かれてやって来た、『シャトー・ド・レーヴ』の細い暗がり。
その先にあったのは、高校の体育館くらいの広さがある小部屋。
耳元で囁かれる先輩の声を信じられない気持ちで聞きながら、その小部屋『審判の部屋』に通されたわたしは、部屋の様子をただ眺めていることしかできないでいた。
部屋の中では、たくさんの人が涙を流していた。
もちろん、体には傷を負っていない。
トリビュナル・ド・ヴェリテ……「真実の法廷」。
この場所で行われていることがどんなことは、大体察しはついた。
取り調べ。聴取。尋問。
きっと、色んな言い方ができる。
でも、そこに共通している1つのことがある。
そこでは、どんな嘘も許されない。
みんな、隠していることの1つや2つはある。どうしようもない、どうして隠しているのかわからないような事だってあるけど、中には本気で隠してること……他の人に知られてしまったら生きていけないようなことだってある。
そんなことまで、話さなくてはいけないの?
戸惑ううちに、わたしは先輩に背中を突き飛ばされる形で、薄暗い「法廷」に1歩前に進んだ。
そして、優しい顔をした尋問官が現れる。
「あれ、あなたさっき外で会った子……?」
そう言った声で、目の前で真面目そうに法服を着た女の人がわたしに先輩のことを教えてくれた、可愛かったお姉さんだとわかった。
お姉さんは、少しだけ驚いたような顔でわたしを見てから、「そっか」と苦々しげに呟いて、真面目そうな顔に戻った。
「それでは、1つずつ質問を始めます」
そこから語られたルールは、およそ通常の質問とは言い難いものだった。
「今より、貴女はこちらの質問に対する回答をする義務を負います。回答を拒否する権利はございません。また、当法廷で行われる回答に虚偽があってはなりません。回答を拒否した場合、万が一虚偽が認められた場合には、回答者である貴女に厳罰を執行する権利を、我々は有しております」
それが、唯一にして絶対のルール。
ここでは訊かれたことを絶対に答えなくてはいけない。しかも、嘘をついてもいけない。
厳罰って……? そう訊こうとしたわたしの耳に別室から聞こえてきた、まるで動物みたいに悲鳴。
人ではいられないくらいの苦しみが待っている、とお姉さんの、恐らく悲鳴の理由を知っているからこその険しい顔が物語っていた。
訊かれる内容によっては、わたしが積み上げてきたものが全部否定されてしまいそうな事柄。そして、きっとこういう場合のパターンとして、きっと訊かれるのはそういうことなのだ。
「では、質問です。あなたは、現在後ろにいる四辻 絢伽にどのような感情を抱いていますか?」
いきなり核心を突かれた。そう思った。
きっと、彼女が聞きたい答えは決まっている。
でも、これは本当にわたしにとって大切な、秘めておかなくてはいけないようなものだから。
嘘にならない程度に、隠さなきゃいけない。
「尊敬できる、先輩だと思っています」
「どのようなところが?」
「絵が上手で、それで教えるの上手で、誰にでも優しくて、……」
「他には?」
「他、には……」
「はい、他には……他、には……」
言わないといけない。
言わなきゃ、「厳罰」が待っている。きっと、さっき聞いた悲鳴を、今度はわたしがあげることになる。そんなのは嫌だ。そんな怖いの、絶対嫌い。
でも、先輩にわたしが抱えている気持ちを知られるのも嫌だった。
だってわかってるから。
先輩が優しいのは、わたしが部活の後輩で彼氏……時弥の幼馴染みだからだって。決して、わたしを特別扱いしてくれているわけではない。
それがわかっているから、わたしは3人で揃うときはなるべく先輩たちと距離をとりながら過ごしたりもするくらいなのに。
そこまでして隠してる気持ちが、たぶんこの先を口にすると抑えられなくなる。隠しきれずに、爆発する。
そんなわたしを知ったら、きっと先輩からは軽蔑される。
だから、この気持ちとは関係のないことを答えなきゃ……!
必死に考えるわたしに、ぽつり、と。
「本気なのに、隠すんですね」
機械のような声音で言われたその言葉は、たぶん罠だ。そんなのわかってた。
だけど、その言葉だけは認められなかった。
あぁ、認めなくていいんだ。だってここでは、嘘をついちゃいけないんだもんね。
そこまで頭を整理できた頃には、わたしの体はもうお姉さんに掴みかかっていて。無抵抗なその体を組伏せて馬乗りになって。口からは、今まで人前で言ったことのないような罵詈雑言が飛び出していた。
本当にわたしが言ってるの?
そんなことを思うくらいに、口汚い。
「決まってんじゃん! 本気だから隠すんだよ、本気だから打ち明けられないんだよ! だって言ったら……!!」
何が起こるかは、わかっている。
「言ったら今まで通りじゃいられなくなるじゃない!」
もう、止まることなんてできない。
「好きだよ、大好きだよ! 可愛いし綺麗だし時々お茶目だし近くにいたらいい匂いするしよく笑うし……! それに、本当に優しい人だから……!!
なんで時弥なんかと付き合ってんの? あいつただのスケベじゃん、先輩が変わったきっかけを探すのだって躊躇してビクビクし通しだったし、そのくせすることだけはしてさ……! どうして時弥だったの、わたしの方がきっと、」
「気持ち悪い」
小さな声で、でも確かに。
先輩は、言った。あの日……他の上級生と一緒になってわたしを拒んだあの日と同じ瞳で。
思わず立ち上がったわたしを、更にきつく睨みながら。
「ねぇ、私がずっと我慢してたの知ってる? 気付いてたんだよ、そういう目で見られてたの」
静かな口調で、でも確かな強さで。
「本当に……! 気持ち悪かった! 何で時弥先輩だったか? 小金井さんのこと相談したのがきっかけだけど? ずっと、いつまでも付きまとってさ、そういうの駄目なんだよね!
ワンダーランドのミラーハウスに入れば入れ替われる、なんて噂に縋って、それでも追いかけてきて……!」
言葉は続く。
「ていうか、普通思わなくない? 変わった、ってなに? 嫌われたとかそう思う前に変わった理由を探すの?」
「黙れ」
「で? 理由探してどうすんの? あ、何か見つけた弱味で脅して、それでもとに戻そうとか思ってたんだ……。ふ~ん、ほんとに小金井さんって、」
「黙れ」
「気持ち悪いよね」
「黙れ……っ!!」
そうか、先輩は入れ替わってたんだ。
ワンダーワンド、最後の噂。【ミラーハウスに入った人が別人のようになって出てくる】って、こういうことなんだね。
あの日の先輩は、入れ替わってたんだ。そして、今わたしの目の前にいる先輩も、きっと偽者だ。だって、あの日と同じ目をしてる。
「……っ、…………、ーーーー」
え、何言ってるかわからないよ、偽者さん。首絞められてるのに声出そうとしたって出ないのも知らないなんて、やっぱり偽者なんだね。
でも、ほんとに先輩そっくりの顔してるなぁ。悔しいけど、こんなに近くで見られてほんとに嬉しいかも……♪
ぐったりして、もう何も言わない【偽者】を、無心で見下ろす。
もう、近くで法服のお姉さんが言っている言葉もよく聞こえない。焦った口調で、本当に悲しそうな怒り顔をしているけど、全部どうでもいい。
わたし、どうなるんだろ。
もしかしたら、もう外には出られないのかな。
でもね、先輩を探すのは諦めないよ。本物の先輩はきっと、まだどこかにいるはずだから……。
会えるといいな、待っててね。
* * * * * * * *
夜の帳が下りた、廃遊園地前。
時弥はひとり、震えていた。
付き合っている高校時代の後輩の絢伽(絢伽は今も高校生である)が変貌した、と幼馴染みのゆりに言われて、再びこの場所に足を運んだが、そこで彼は恐ろしい思いをした。
ゆりに手を引かれて入ったミラーハウス。
そこで、いつの間にか自分の手を引いているのが見知らぬ幼女になっている鏡像を見てしまったのだ。
慌てて手を振り払って外まで逃げてきたが、幼馴染みを置いて帰るのも気が引けて、外で震えながら待っているのである。
しかし、ゆりがなかなか出てこないのである。携帯はずっと通話中で繋がらず、連絡もとれない。
「そろそろ帰るか……」
不気味な空気に圧倒された時弥がそう呟いたとき。
「ただいま~」
「あっ……!」
待ちわびた姿が、ようやく見えた。どこかすっきりした様子の幼馴染みに、ふと問う。
「変わった……理由、見つかった?」
「ん、もういいかなって。たぶん、今まで先輩我慢してくれてたんだよ。優しい人だしさ。最後それだけ謝ったら、もう距離置こうかな、って」
「…………」
まるで別人のような言葉に、思わず時弥は言葉を失う。
「ていうか時弥も知ってたんだよね、きっと。今まで無理させちゃっててごめん」
「いや、俺の方こそ悪かったよ。どうしても、はっきり言えなくて……ん?」
ふと、寂しげに笑う幼馴染みの姿に何か違和感を覚えたが、それは近くでした物音への驚きで容易く掻き消された。
「もう行こっか」
「……、そうだな」
ぬかるんだ道を、車が走っていく。
前書きに引き続いて、遊月です!
とうとう終わってしまいました……(ホラーってこういうのでいいんですよね?)
また次の作品更新でお会いしましょう!
ではではっ!!