シュピーゲル・ミロワール
こんばんは、テラー(terror)のテラー(teller)になってみたい遊月です!
第2幕。
いよいよ「ワンダーランド」の跡地に足を踏み入れたゆりと時弥。彼女たちの行先に待っているものとは……?
本編スタートです!
入ったそこは、当然のことながらすっかり人の気配などなくなった「死んだ場所」だった。
錆びた門扉はもちろんのこと、色褪せた看板に描かれた、ウサギを象ったような奇妙なキャラクターが陽気に飛び跳ねているイラストであったり、錆びきって、風に吹かれて時折キィキィと音を立てる観覧車であったり、馬の塗装が剥げてしまっているメリーゴーランド、コースが所々腐り落ちているジェットコースター。
かつての明るさをそこかしこに残しているからこそ、その亡骸はとても不気味だった。
夕焼けの中で静かに佇むその姿に、物悲しさすら感じる。
それが、20年ほど前に閉園した遊園地、「ワンダーランド」だった。
ここで、先輩に何かがあった……。
どんな場所であれ、それは確かだから。
わたしは、ゆっくりと歩みを進めた。
目に入った遊具はもうとっくに使い物にならないし、正直どうして早く取り壊さないのかと思ってしまうほどボロボロな内装だった。そもそも、何で時弥と絢伽先輩はこんな所に来たんだろう?
……考えようとして、やめた。
時弥は昔から「そういう」やつだったし、絢伽先輩とは付き合っているのだ。別にわたしが追及することではない。
『そんな中途半端な興味の対象になってられるほど、私暇じゃないから』
先輩から向けられた言葉がまた胸を締め付ける。
わたしは、先輩がしてきた要求に答えられなかった。だけど、もし先輩の身に起こったことを突き止めて、それで先輩を元に戻せたら。
そうしたら、わたしが本気なんだって認めてくれるんですか……!?
思わずそう叫び出したくなるのを堪えながら、わたしは園内を歩き始める。壊れた遊具たちがひどく不気味だけど、そんなの構ってられない……!
どんどん先に進もうとする手を、いきなり掴まれる。
「おい、ゆき! そんなに闇雲に歩き回るなって!」
「は?」
「とりあえず、そっちの方は行ってねぇから。一応歩いた順思い出すから、俺と一緒に来いよ、な?」
……怖いのか。
精一杯余裕に見せようとしてるけど、どうやらひとりにされるのが怖くて呼び止めた、って感じらしい。
まったく、そんなんでよく絢伽先輩をここに連れて来ようなんて思ったね。
「わかった、じゃあ早く案内してよ」
でも、時弥の言うことにも一理ある。先輩と全然関係のないところを探したって仕方ないし。
呆れ半分、反省半分で、わたしは時弥の後をついていった。
結果、寄ったのはトイレばかり。それからちょっとした遊具。埃と雨風で付いた泥にまみれて、雑草まみれの遊園地の中で、トイレの周囲の一角はかなり通りやすくなっている。こんなところのトイレを使う人が相当数いるっていうことだった。
もちろん、時弥たちもそのうちの1組ということで。
「…………」
「いやぁ、全部見て回ったら帰ろうって言っててさ……」
白々しい言い訳には耳を貸さずに「中には入ったの?」と尋ねる。早く探さないと、じきに夜になってしまう。そうしたら先輩が変わってしまった手がかりなんて探せなくなってしまうかもしれない。
返ってきたのは、不貞腐れたような「いや?」という声。
「ふーん」
そっか。
ちょっとだけ安心した。
絢伽先輩がこんな汚いところで……なんて嫌だから。
塗装の剥がれた不気味な馬ばかりのメリーゴーランドと、またトイレと(そこにも入らなかったらしい)、フレームが錆びていくつかゴンドラが落ちてしまっている観覧車の脇を通り抜けて(いちいちビクビクしてる時弥にイラついた)、ようやく辿り着いたのが、ミラーハウス『シュピーゲル・ミロワール』だった。
ドイツ語とフランス語で「鏡」を繰り返しただけという、何となく頭の悪そうなネーミングだったけど、そんなことに構っている暇はない。
「ここに入ってから、変わったんだっけ?」
「あ、あぁ……」
頷く時弥の顔からは何とか保っていたはずの余裕はなくなっていて、もうガタガタ震えてしまっている。
なに震えてるんだ、この幼馴染みは。思わず呆れてしまう。
彼氏でしょ? あんたは絢伽先輩と付き合ってるんでしょ? あぁ、もう!
思わず怒鳴りつけたくなるのを我慢して、「行こう」と時弥と一緒に『シュピーゲル・ミロワール』の中に入っていく。
えぇ、と言いたげな顔は、睨みつけて封殺する。
真っ暗かと思っていたミラーハウスの中は、夕焼けのおかげかだいぶ明るく照らされていた。
「わりとよく見えるね」
「お、おぉ」
赤く照らされた鏡の迷路を、いつの間にか繋がれていた手を引きながら歩く。
右を見ても、左を見ても、わたしと時弥の姿が見える状態というのは、何となく落ち着かない。わたしたちは【ここ】にいるはずなのに、真正面にも、右にも左にもわたしたちが見えている。本当に、わたしたちはわたしたちなの?
そもそも、わたしってこんな服着てたっけ?
時弥ってこんなに背が高かったっけ?
髪型はこんなだったっけ?
いま、一緒にいるのは誰だっけ?
わたしは誰の手を引いているの?
混乱しそうな頭で見た鏡に映っていたのは。
誰だかわからない小さな子の手を引いているわたしの姿で。
「ひっ――――!?」
「うわっ」
慌ててその手を振り払ったら聞こえたのは、時弥の声。
あれ、わたしどうしたんだろう。小さな子なんてこんな所にいるわけないのに!
「あっ、ごめん!」
震える声でやっと返した。
だけど、そんなわたしの声に時弥は答えない。
「え?」
慌てて辺りを見回す。いつの間に日が沈んでしまったのだろう、ミラーハウスの中は数センチ先も見えないほど真っ暗になっていた。で、さっきまで聞こえていたはずの声も聞こえない。
「時弥……?」
呼んでも、声が返ってこない。
こんな真っ暗なところで、こんな状況で? 普通そんなことする!?
「時弥、ふざけないでよ! あのさ、こんなことしてる場合じゃないでしょ!? 絢伽先輩がどうしてあんな風になったか知るためにここに来たんでしょ!? ねぇ、時弥! 時弥……!!」
こんなよくわからない場所で。
あんなものを見た後で。
どうして急にいなくなったりするの?
声を振り絞って呼んだ。
それでも声は返ってこなかったけど、遠くの方で物音がした。
「時弥!」
その音を辿るように、とにかく走った。
ほんとに信じらんない! まさか、怖くなって先に出ていったとか? ありえる、あのヘタレ男なら普通にありえる! ほんっとありえないよ、あいつ! もう殴りつけて罵倒して、心折ってやる!
そんなことを思いながら、ようやく見えてきた光に向かって飛び出した……!
「あれれ~? もう暗いからミラーハウスには入れなかったはずなんですけど。大丈夫ですか~?」
目の前にいたのは、ウサギの耳を付けた可愛らしい顔をしたお姉さんだった。
「それとも、勝手に入っちゃいました? ダメですよ、そんなことしちゃ。気をつけてくださいね!」
……え、何これ。
「えへへ、ごめんなさい☆ あなた、私の従妹に似てるからついお姉さん面しちゃった! では、引き続きワンダーランドをお楽しみくださいね♪」
ワンダーランド。
わたしの目の前に広がっていたのは。
すっかり日が暮れた夜。
そこかしこで証明が輝いて、アトラクションで遊んだり著作権的に危うそうなパレードを楽しげに見たりしている人たちで賑わった遊園地、「ワンダーランド」の姿だった……。
さぁ、迷える観劇者たちよ! 物語は新たな局面に入りましたよ!
と言いつつ、わりと王道の展開かもしれませんね(^_^;)
「ワンダーランド」でゆりちゃんが見るものとは……? 知ることとは……?
次回以降のお楽しみです。
ではではっ!!