甲号後編
しむる。なんかこう、口から煙のような何かが出ていると錯覚するほど疲れた。霊魂かもしれない。死ぬのかな…
部屋の片隅に寄り掛かりながらそのままボケーッと時間が過ぎるのを待つ。きっと火がおとされた機関車もこうなんだろう。
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透き通るようなほどきれいなワイシャツを着て、漆黒のズボンを穿く。元々は合わなかったズボンは自分で微調整してぴったりだ。タックが増えているのは上着でごまかせる。詰め襟の制服を着る。黒い羅紗の制服に磨きあげられた金ボタンと襟の動輪章が映える。最後に制帽だ。ピカピカの制帽は国鉄職員の誇りの証。おじいちゃんに一度見せたかった制服姿だ。今度制服の改正があるみたいだから、今のうちだし。
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部屋に入るなり口論になった。曰く、鉄道ほどの男職場はない、そんなところに行って何ができる、とか、退屈な女というものについてのことだ。
一方で言い返すことは、そんな退屈な生き方は嫌だということ、そしてこれまでやってきた職務のこと。法律の上で機関士と機関助士は同等の責任を持ち、そして旅客や荷主は運賃を払って命や荷物を預けている。それは比較的安いが、それは鉄道員に対する信頼が為せることだ。その信頼にさらに答えられる人間になりたい。そんなような大演説で返した。祖父は完全に黙り混んでしまった。何か、居たたまれないような感じがしたので、踵を返して襖に手を掛ける。そのときに
「それで、幸せかい?」
その一言が胃腸の底に沈んでいった。何一つ返す事なく、部屋を出て、襖を閉めた。
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家の中ではもちろん帽子を脱いでいる。無駄に蒸れるしね。祖父と別れて、居間を通ろうとしたとき、時期悪く母がやたらとたくさん生地布をもって居間に入ってきた。いや、まて、なんだその量は。母はボクの制服姿見て絶句していた。確かに男子学生のような服装だし、ピカピカに磨きあげられた記章類は怪しい光を浮かべている。
三部作予定が狂った。
次で完結のハズ。