解放
自らの足で着たのか、連れて来られたのか、
ただ分かっているのは、身動きが出来ないこと、部屋がかなり広いこと
天井も壁も真っ白いこと、蛍光灯が6つの内、1つ切れ掛かっていること
あと窓がないことである。
今までの出来事が全て夢現 (ゆめうつつ)だったのか
それにしては感触や臭い、全てが鮮明に思い出される。
そんなことを考えていると
見えない位置から扉が開く音がし、その方向から
カツカツと僕に近づく足音が聞こえる。
そして間もなく目線に入って来たのは幼馴染の彼女だった。
「目覚めたようね、気分はどうかしら?」
「こ・・・こ・・・は?」
「警察病院の施設よ」
「・・・・・・」
「あなたの住んでいた地元の警察病院で、
ここは地下3階にある隔離病棟よ。」
「・・・・・なぜ?」
「あなたが病気だからよ」
「き、きみ・・・・は・・・・何者?」
「私はあなたの担当している精神科医よ。
どうやら薬が効きすぎたようね、意識がかなり混濁しているわね。」
「・・・・・」
「あなたは“犯罪者”よ!」
「・・・・!?」
「まず幼い頃に両親を襲い、妹も手にかけようとしたが
近所のおじさんによってあなたは保護された。
そのおじさんの力によって全てを闇に葬った。
あなたはその時の記憶を忘れていた。だが高校を卒業し、一人暮らしを始めたときに
全てを思い出したあなたは口封じにまず妹、そしておじさんを襲った。」
「・・・・じょ・・・じょう・・・」
「冗談じゃないのよ?笑えないでしょ?」
「!?」
「そしてあなたは“妹”に似た女性を見つけては次々に犯行に及んだ。
捕まえた時には完全に精神がおかしくなっていてね。
このまま裁判にかけて精神異常でつき返されるのがオチ!
そこであなたに“まともに”なって頂くために催眠療法などいろいろと使って
あなたの幼馴染のフリして精神を呼び戻したのよ。」
「で・・・でも・・・・・僕は・・・・」
「犯行に及んだ記憶がない?そうでしょうね。
今のあなたはあなたであってそうではない。
犯行に及んだのはあなたの中の別の人格。
記憶までは共有されないから厄介なのよ、ただ1つ1つ人格を消して行けば
最後に残った本人に会える。今のあなたが犯罪を行っていなくても
あなたの体は罪を償って貰うわよ!」
「い・・・いや・・・・いやだ・・・・・よ」
全ての記憶が無いまま時が過ぎて行き
どれくらいの時が経ったのか、僕はようやく部屋の外に出る事ができる。
白い壁ばかり見ていた僕は頭がおかしくなりそうだった。
だが、彼女の言ってる事が本当なのなら、僕の中には違う僕が存在し
その僕が全てを破滅へと導いた事となる。
罪の意識がない。
仮に全てが真実だとして本当にそんなことで罪を償えるのか?
僕は無実の罪で投獄され、話の内容では裁判にかけられ
恐らくは死刑、よく無期懲役だろう。
そしてこの部屋から出る時間がやってきた。部屋の中に幼馴染の彼女と、
柔道の有段者と言わんばかりの体の大きい警官が二人入って来た。
手に手錠をかけられ、腰に紐を通される。前と後ろに挟まれながら部屋の扉に近づく。
微かに外にも人の気配を感じる。
「先生、質問良いかな?」
「しゃべってる時間はない。さっさと出ろ!」
「待って!良いわ、何かしら?」
「このまま外に出ると無実の男が罪を償わせに刑務所か拘置所送りになるよね?」
「あなたの体が罪を犯した。その所有者のあなたが償うのは当然でしょ?」
「確かに。でも本当に罪を償わせるならば、罪を犯した人間が行うべきだよね?」
「それが出来るならね。あなたの場合は別の話。あなたはあなたなのよ!」
「・・・・・人の罪を背負わされている気分でしかないよ。」
「そればかりは何とも言えないわね。」
「さあ、もう良いだろう?歩け!」
警官に促され扉へと向かう。
この扉を越えるとこれからの人生はエスカレーターのように進み
上まで辿り着く頃には真っ逆さまに落とされるのだろう。
僕が犯行に及んだなんて信じられない。あんなに大事に思っている妹、おじさん・・・
それを手にかけたなんて・・・・・何かが間違っている。
これもまた悪い夢なんだ。夢の中で見る夢・・・・それもあるはずだ!
きっとそうだ・・・・・
「どうした?無理にでも連れて行くことになるぞ?」
「ブツブツブツブツブツブツ」
「何を言って・・・」
・
・
・
・
・
目が覚めると真っ暗な部屋の中で一人眠っていた。
そこは妹の住んでいたアパートの部屋だった。
ザァーっという音に気がつき、目を向けると
そこには砂嵐を起こしているテレビが写っていた。
かなりの大きな音にも驚いた。
普通なら目が覚めた時点で気づきそうなものである。
確か近所の部屋は全て空き家になっていて、夜中にこんな音を立てていようとも
文句も出ない。そのお陰で目を覚ますこともなく・・・・・
・・・・目を覚ます?なぜ僕は寝ている?こんな音の中で寝れるのか?
それに何故妹の部屋に?すでに空き家になっているし電気も止まっていたはず・・・
何故、何故付いている?何故、僕はここに居る?
ふとテレビに入っていたビデオが最後まで達したのか
自動でリバースが作動し、テープが巻き戻され始めた。
「砂嵐はビデオテープの映像だったのか・・・」
誰に伝えるでもなく思わず声を出してた。
そして程なく状況を理解する間もなく、ビデオテープが再び再生された。
何度も繰り返し見た映像が流れ始めた。
妹の笑顔が眩しい。とても楽しそうだ。ああ、妹に会いたい・・・
だがそんな気持ちも徐々にテープが後半に近づくにつれ
暗いものへと変って行く・・・。
・・・僕の中に何かが引っかかる。
何とも不思議な気持ちだった。
分かっているのに喉元まで出掛かっているのに出ないような・・・・・
「・・・・・オニイチャン」
僕は後ろから聞こえた声へ振り向いた。
そこには“妹らしきモノ”が立っていた。
黒く深く闇に満ちた形から妹の姿に見えるそのモノはこちらを見ている。
ビデオは妹が襲われるシーンが丁度流れていると音で分かった。
僕はその時、“妹らしきモノ”を見て全てを思い出した。
あの日、僕は妹を送ったあと、妹の部屋を訪れていた。
そして後をつけ妹をこの手で・・・・・・。
・・・・・・違う。
僕の中で引っかかる何かが鮮明になってきた。
大きな銀色の扉には大きな鎖と錠前が付けられていた。
いつの間にかその扉の前に僕は立っていた。
「・・・・お兄ちゃん」
そこには妹が立っていた。
思わず抱きしめたが、紛れもない感触、妹の体温、息づかいも聞こえる。
この現実味のない世界で妹は現実に存在する。
「お兄ちゃん、扉を開けて・・・」
僕は何となく胸ポケットに手をやると鍵が入っていた。
その鍵で錠前が開くと誰に教えられた訳も無く理解していた。
そして錠前に鍵を差し込み、右へとまわした・・・瞬間!?
物凄い勢いで錠前は落ち、鎖も続けて下へと金属音を立てながら滑り落ちていく。
「やっと自由になれたね。おめでとう。
さみしいけど私、これでお別れです。
元気でね。お兄ちゃん・・・」
何がなんだか分からないまま、次に目を覚ました時には自宅の部屋で眠っていた。
一体どこからどこまでが夢で現実だったのか分からないまま時計を見ると朝だった。
とりあえず歯を磨き、顔を洗い、寝癖を整え、朝食を作り、食べ、
着替えて外に出てみた。
妹の謎について毎日が大変だった。
だけど今は何事もなかったように清々しい気分だった。
本当に多重人格で頭がおかしいのかと思える自分もいた。
でもやっと僕の中で謎に終止符が打つことができ、
止まった時間もこれからは進むことだろう・・・多分?
ただ思い出せないこともある。
「そういえば、僕には幼馴染の彼女っていたかな?」
-完-




