生まれ変わり
私の人生は充実した、満足できるものでした。
農業と言う、自然と戦い、助け合い、対話する産業に関わって行けたことを誇りに思います。
まさか、あそこで倒れるとは、死因は脳卒中ですかね。
最後が畳の上では無く、農家の軒先で死ねるというのも、私らしくて良いではないですか。
少し、心残りを言うなら、この国の人々にもっと技術をお教え出来たらと思います。世界には、まだまだ技術を必要としている国が多くある。
まぁ、私の弟子が頑張ってくれるでしょう。
しかし、何故こんなにも思考することが出来るのでしょうか?まさか死んでいなかった。
そんなはずは無いと思いますが、あの時、体から離れて、太陽とも違う、ロウソクの火のような、静かな光の中へ吸い込まれましたから。
しかし、色んなことを思い出します。
これが走馬灯と言うやつでしょうか?死んだ後に走馬灯は見るものなんですね。
「ノア、ノア。起きなさい」
誰かを呼ぶ声がします。
そして、私の肩を揺らします。
まさか、死後の世界ですか?何だか、とても現実味を帯びています。
さて、どんな世界が広がっているのか。
「あの、どなたでしょうか?」
脊髄反射で言ってしまいました。
眼の前に広がった光景は、青い目と金色の髪をした美しい女性の顔でした。
「何を言っているの、愛しいノア。寝ぼけているの?」
「ちょっと、待て下さい。」
彼女が私の顔を両手で包み込みます。
いつも感じていたような、安心感と厚みのある温かみが頬に伝います。
とっさに彼女の手を掴み、頬から遠ざけます。
その時、眼に入った物を疑いました。
自分の手です。
すごく小さい、まるで子供の手です。
まじまじと自分の手から腕、お腹と見ていきます。
脚は真っ白な布団が掛かっていたので解りませんが長さが短いようです。
服も割烹着のような物に刺繍が付いている物を着ています。
一通り自分の身体を確認し、彼女の方を見ました。
私を心配そうに見つめています。
「ここは、どこでしょうか?」
「何を言っているの?ここは貴方の家ですよ」
「……。鏡を持って来て頂けませんか?」
彼女は眉を寄せながら、分かったわと言い部屋から出て行きました。
扉が閉まると部屋を見回します。
部屋は8畳ほどの大きさで、壁は漆喰、家具は木目が綺麗なタンスが2つ、机が一つと椅子が一つ並んで、床は絨毯が敷いてあります。
さて、どうしたものか。
もう一度、自分の身体を確認します。
どうやら、小学校の低学年ほどの子供に成ってしまったようです。
ここは、死後の世界なのでしょうか?混乱しているのか、頭が回りません。
「ノア。持ってきましたよ」
ドアをそっとノックした後、静かに扉が開き、トレーを持った彼女が入って来ました。
トレーの上には木製のコップと手鏡がありました。
彼女がコップを口元まで持ってきたので、コップを受け取ります。
彼女に促されるように口に含むと熱い液体が口の中に広がります。
味は甘酸っぱい、独特の雑味を持ったものでした。
この味を私は知っています。
ブドウ酒であるワインです。
アルコールは熱を加えて飛ばしているようです。
私はほっと、息を吐いた後、コップをトレーの上に置きました。
「ありがとうございます。」
「どうしたの、ノア?貴方が貴方で無いようよ」
「…。」
彼女は私の頭を撫でながら言いました。
どうした物でしょう。
どうやら私は、この少年に乗り移ってしまったようです。
そう考えると途端に恐ろしくなりました。
未練なく死んだはずの私が有ろうことか、これからの未来がある少年の身体を奪ってしまったと考えたからです。
「鏡を取って頂けませんか?」
彼女はそっと、花の模様が彫られている木製の外枠の手鏡を取りました。
その手鏡を受け取ると手の震えを押さえんながら、顔を見ました。
その瞬間、ものすごい勢いで、少年の物と思われる記憶が流れ込んできました。