夏の旅人と冬の住人
遠い、遠い、何処かの国に夏至の都と云われるとても、とても暑い都がありました。
その都は、一年中真夏の様に太陽の陽射しを一身に受けギラギラした陽射しの照り返しと蒸せるほどの暑さに包まれた都でした。
そんな都でしたから、そこに棲む者達は皆、“ゆき”と、いう物を知らず、何処かの遠い夢物語だと思う者ばかりでした。
そんななか、一人だけ“ゆき”をひた向きに信じ続けるものがいました。彼女はいつも、いつも、見たことのない“ゆき”について考えて居りました。
そこで彼女は北にあると云われる冬の村を探す旅に出ることにします。
それを聞いた人々、もちろん彼女の家族や友は反対し、なかには嘲笑う者もおりましたが、それでも彼女は旅に出ることに躊躇いはなく、むしろ決意を硬くし旅立ちました。
北に向かって来る日も、来る日も歩き続け、旅の途中の町や村で冬の町について聞いて行き、そうしてやっと彼女は冬の町にたどりつきました。
夢にまで見た“ゆき”は美しく白銀に煌めき天から舞い降りてきて、見渡す限りを白く染め上げ、微かに届く日の光を纏い眩い煌めきでもって彼女を一瞬にして虜にして仕舞うほど壮麗な景色でした。
ですが、どうでしょう?
それだというのに、冬の町はヒッソリと、静かに何処か排他的ですらあるのです。
不思議に思い近くの家に聞いてみることにします。
――コンッ、コンッ――
「すみません、誰かおられますか?お訊ねしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
しばらくすると、扉に近づくのっそりした足音が聞こえ、そして、ゆっくりと扉をほんの20センチほど開き、そこから家の住人は顔を覗かせ口をひらきます。
「…なんだね、こんな所まで来て、聴きたいこととは…」
「はいっ、訊きたいことというのも、この町について訊きたいのです。
どうしてこの町はこんなにも静まり返っているのですか?」
「そんなことかい、そりゃ、みんな寒いからさ」
「でも寒くても、ほら、外はあんなにも綺麗なのに…」
「綺麗?あれのどこが?あれは寒さの化身だ、どこが綺麗なもんかっ、あんなもの」
「どうしてですっ、私は今日、初めて“ゆき”をみましたが、とても美しいと感じました。そして、出来ることなら私の生まれ育った都の家族にも見せてあげたいと思うほど美しいのに……」
「…その“ゆき”とは何のことを言っているのだね?」
話を取り合ってくれていなかった相手からここで初めて質問をされました。
可笑しなことに、冬の町の住人は“ゆき”を知らない、いえ、知らないのではなく、空から降るそれを“ゆき”と呼んですらいなかったのです。
「では、あなたたちはあの空から降る白くて冷たい羽のようなものをなんとゆうのですか?」
「ああ、そおういうことか、俺らはあれを"ゆき"とは言わんし、あれとか、それとか、あいつとか、これとかいっているだけだな、あなたがたの所ではあれを"ゆき"というのですか……ふーん"ゆき"ですか、あの水の結晶を……」
「?水の結晶?"ゆき"とは水の結晶のことなのですか?……水があんな姿になるのですか?」
「そうですよ、知らなかったのですか?」
「ええ、知りませんでした。何も…でも、それを聞いて改めて私は"ゆき"を美しいと思いました。」
「…決めましたっ、私、ここの皆さんに"ゆき"を好きになってもらうようにします!皆さんの棲むこの場所がどれだけ素晴らしいのか、私、皆さんに知って欲しいですっ」
彼女のその決意は町に棲む人々にとっては良い迷惑でしたが、彼女は自分のすべきことを見つけと言わんばかりにキラキラとした瞳で、町の人々に"ゆき"の美しさと、自分の住んでいた都の話、それから自分が"ゆき"に憧れた理由などいきいきと語った。
町の人々は彼女の言葉に耳をかしませんでしたが、最初に興味を持ったのは町の子供達でした。彼女の生気に満ち満ちた瞳に心底嬉しそうに話すその姿は子供達の好奇心を動かすのに十分なものでした。
子供達と仲良くなると、"ゆき"をつかって遊びをするようになりました。"ゆき"の上を滑ったり、"ゆき"を固めて動物の形を作ったり、"ゆき"をかけあったり……
その姿はほんとうに楽しそうに町の人々の目にはうつりました。彼女の"ゆき"と戯れるその姿はいきいきと楽しさに溢れ、そしてなにより美しかったのです。
気に留めていなかった町の人々は今まで見向きもしていなかった"ゆき"に興味を持ち、ついに彼女や子供達と一緒になって遊び始めました。
一緒になって遊んでみると、もう、楽しくて、愉しくて仕方がないではありませんか
そうして、一人、二人、二人が三人を呼び三人が一人を二人をと呼んでいって、町の人々みんなで、一緒に遊びました。
その日、町の人々は今まで自分達がどうして家から出ずにいたのか、心底不思議に感じるくらい、楽しく、みんなで笑いあい、一番賑やかな日を味わいました。
人々は遠くからやって来た旅人に感謝します。
「ありがとうっ、あんたのおかげだっ、こんなに楽しいのはいつぶりか分からないっ」
「そうだよっ、こんな楽しいことは生まれて初めて知った」
「ええ、自分達の棲んでいる場所がこんなにステキだと感じたのは初めてだわ」
「「「「ありがとうっ、旅の方」」」」「いいえっ、私も、みなさんと“ゆき”を思う存分楽しんで、もっと、もっとこの場所が好きになりました。
こうやってみなさんと戯れなければ、私も“ゆき”をただの冷たい水と捉えて仕舞っていたかもしれません。みなさん、ありがとう。」
町の人々に感謝の言葉に感極まり彼女もまた満面の笑みでこたえました。
町の人々は感謝を表すため、彼女を町に向かいいれ、数日の間彼女と町の人々は“ゆき”と戯れ、夜になれば家の暖炉を囲みおおいに騒ぎ明かしました。
ですが、町の人々はそれだけでは町の人々の気がすみませんでした。
そこで町の人々は相談して彼女が町を離れて行って仕舞う前に何か出来ることがないか話し合って彼女のためにとみんなである物を用意しました。
そうしてついに、彼女が町をでて行く日が来ました。
「みなさんっ、今日まで良くしていただいて本当にありがとう。都の人達にいい土産話ができました。」
「いいえっ、こちらこそ感謝してもしきれないことを貴女から教えていただきました。」
喋り終わると町の人々は目で合図をおくりあい、何人かの町の人々が彼女の前にでて三つの物を差し出しました。
「??あの、これは、一体…」
「この町から貴方への感謝の気持ちです。どうぞ受け取って下さい。」
「良いんですか?」
「ええ、もちろん。」
「そのぅ、これらはなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。それはですね、この町の木で“ゆき”の象を再現した物です。これは私たち男衆から」
木で作られたそれは彼女の手のひらに収まるくらいの細やかな細工の施された可愛らしいものでした。
「それから、こちらは町の女衆からでして、町を抜けてもしばらくは寒いでしょうしマフラーをと」
差し出されたマフラーにも先程のものと同じように“ゆき”を象った模様がしっかりと目にはいる。真っ赤な色とは対照的な真っ白い“ゆき”が編まれていた。
「そして、これは町の者全員から、この町に伝わるけして溶けない“ゆき”、不思議なことに水晶の中に“ゆき”が入り込みそのままの象で残ったと云われています。きっと貴女の都に着いても溶けずに残っているはずです。」
そう言って町の人から渡された三つの品物を彼女は大事そうに抱えお礼を言って町から離れました。
町から出ても後ろから町の人々が大きな声で「ありがとう、ありがとう」と言うのが聞こえていた。離れる度声が小さくなり、聞こえるか聞こえないかの処で彼女は足を止め振り返ると未だに別れた町の入口にたくさんの人々が見送ってくれている。
彼女は嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。自分がしたい事をしたいようにした、ただ、それだけの事だった、感謝されるようなことでもないと、そう思っていた。寧ろ自分の方が彼等にもっと感謝したかった。だが、旅の身で渡せる物等ある筈もなかった。それが口惜しい……
でも、それ以上に胸がじんわりと暖まるのを感じて
「―スウッ、ありがとー!!みなさん、ホントーにっ!ありがとー!!」
力一杯声を張り上げる。
それから、また町を背にして歩き出す。
彼女は故郷に帰ると、家族は彼女が戻って来た事を大いに喜びました。
家族は皆、もし彼女が“ゆき”を見つけたらそこから帰って来なくなるかもしれないと、そう、思っていたのです。
それを聞いた彼女は言います。
「確かに“ゆき”は美しかったわ、でもあのまま帰らなかったら、自分に嘘をつく事になっていたわ」
「だってね、私“ゆき”を初めて見た時に思ったの、ああ、この景色をみんなに見せてあげたいって、そして、なんで隣には誰も居ないんだろうって……」
彼女は少し淋しそうに、でも、眼差しには深い暖かさをもって家族にそう、話しました。
感動するほど美しかった、なのにその嬉しさを一番に伝えたい人は隣にはいない…それがとても淋しかたのだ。
それから彼女は冬の町の人々と過ごした日々に、楽しかったこと、嬉しかったことを家族に沢山、沢山喋り、最後に冬の町の人々から貰った品物を見せました。
あの、溶けることのない“ゆき”を家族に見せると初めて見る“ゆき”に目を輝かせて喜んでくれました。
それからというもの、彼女の家には“ゆき”見たさに都の人達が訪れるようになり、
さらに、この目で“ゆき”を見るために冬の町に向かう人まででる始末
そんなもんだから、夏至の都と冬の町は交流を交わすようになり、
今では夏至の都の人達も冬の町の人々も
どちらの人か分からないのです。
めでたし、めでたし。