第九話 『大逃走』 Cサンダー編
「どうしたの功治、風船いらないの?」
母親が幼い少年に向かって笑顔で語り掛ける。
少年は怯えながら父親の影に隠れた。
「……仕方が無いなあ。じゃあ、お母さんが貰ってきてあげるね」
行っては駄目だ。少年はそう思った。しかし声が出なかった。目の前のウサギの着ぐるみがあまりにも恐ろしかったのだ。
あれは、何か違うモノだ。
直後、母の指が地面を転がり、幾つもの悲鳴があがった。風船が空を舞い、アスファルトの上に血の花が咲く。ウサギが、突然鋭い爪を振り回したのだ。
幼い少女が胸を切り裂かれ、大の男が投げ飛ばされる。誰も殺戮を止められない。
それを見て父が叫んだ。
「功治は早く逃げなさい!」
父は母のもとへと駆けていった。少年は言われた通り一目散に逃げた。背後から湿った音が響く。そして、離れた所で振り返った時、その景色は見えた。
胴体を貫かれた父が、ウサギの掲げる爪の先に、だらしなくぶら下がっていたのだ。
父の姿は次第に歪み、やがて、刀で突き刺された菰田の姿に変わった。
ジリジリと目覚ましが鳴る。
赤司は勢い良く体を起こして額の汗を拭った。そして、また夢を見ていたのだと悟った。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
二〇三四年六月。お台場の女神像騒動から一週間が経過していた。
赤司、先峰、桃の三人は、レンジャースーツを着用して港区豪壮警備地下駐車場に集合していた。
周りには紺色と水色のレンジャースーツを着た集団がひしめいている。豪警とセムコの特殊警備員達だ。そして壇上では、豪警特殊警備部部長、猿谷が演説を行なっていた。
「……皆さんに集まって貰った目的は他でもない、ニュージャージーフライドチキンのマスコット、ニュージャージー親父の撤去だ! ご存知の通り、東京、神奈川二六〇店舗の人形のうち既に何体もの親父がクリーチャー化している……」
猿谷は猿というよりゴリラのような風貌をしている。彼は大手警備会社の部長でありながら特殊警備員指導責任者代表も務めており、戦う部長として業界で名が知れている。その為、ゴリラなのに多くの警備員達から羨望の眼差しを受けていた。
「ねえ赤司君。ニュージャージーおじさんっていうのは固有名詞だと思うんだ。それをニュージャージー親父って言い換えるのはおかしくない?」
厳粛な雰囲気の中、隣の先峰がくだらないことを言う。赤司はそれを無視した。
「ねえ赤司君。暑いね。暑い上にマッチョが多くて暑苦しいよ。赤司君並みに暑苦しい」
しつこく話し掛けてくる先峰に桃が笑いながら応じる。
「確かに赤司先輩は暑苦しいですよねえ」
赤司は無駄話をする二人を見て思った。こいつらは絶対に他の会社では働けない。加えて自分だけは違うと考え、気取った顔で会話を聞き流した。
すると、誰かが肩を叩いてきた。
「お疲れちゃん! 赤司ちゃ~ん、真面目な顔なんて似合わないぜ~」
黒縁のメガネを掛けた男、それは木村だった。
「木村さん! なんでこんな所にいるんですか!」
大きな声でそう言うと、周りにいる人達の視線が一斉に赤司に集中した。
「赤司君。こんな静かな場所で大声を出すなんて有り得ないよ……」
「そうですよ先輩。社会人として常識に欠けてます……」
くっそー。赤司は怒りを抑え、ぎこちない笑みを浮かべて木村に再び話し掛けた。
「木村さん、怪我は大丈夫なんですか?」
「見ての通り元気溌剌よ。医者には安静にしてろって言われたんだけどさ、隣のベッドの菰田さんが昔話ばかりしてうるさいんだも~ん。だから病院を抜け出してきちゃったよ」
あの日、木村も菰田も無事に済んだ。プラズマ兵器による攻撃は熱傷を伴い、痛々しい傷跡を残す反面、出血が少なく致命傷になり難い。とはいえ、十発以上の弾丸を受けたり、腹を貫かれたりした状態で命を取り留めたのは奇跡に近かった。
「だからって、ここに来る理由にはならないですよね?」
赤司がそう言うと、木村はニヤリと笑った。
「今回の任務はスポンサー付きの正式な仕事だぜ。君らの雄姿を撮影しない訳にはいかないだろ? もちろん無許可で放映は出来ないから生放送は無理だけどさ」
そう。木村の言う通り、この仕事はある意味スポンサーからの依頼だった。
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二日前のことだ。会議室に集まった全員に対し、熊山が告げた。
「次のスポンサーは、日本政府だ!」
その言葉の意味が分からず、室内はざわめいた。熊山が話を続ける。
「順を追って話すぞ。女神像騒動の後、公安が調査をしたところ御影和馬の経歴は出鱈目だってことが判明した。豪警で二年勤務する前、あいつはセムコにも所属していたんだ。国家機関のセキュリティ情報など特定秘密を盗むのと武器調達が目的だったみたいだな」
それを聞いて桃が疑問を呈した。
「御影さん、あ、御影は、私と同じ二十歳ですよ? 二年以上前に警備員は出来ませんよ」
「まあ、年齢詐称だな。ついでに学歴や住所など個人情報はほとんど嘘だった。ただな、御影和馬っていう戸籍は存在したんだよ」
「じゃあ、実年齢や家族とかは判明しているんですね?」
「ああ。だが戸籍上の御影和馬は十七年前に失踪していた。その当時の年齢が二十歳だ」
赤司は呆れたように口を挟んだ。
「は? 三十七歳ってことですか? その戸籍はどう考えても別人のじゃないですか」
「そう思うだろ? ところが家族や知人に御影の映像を提示して確認したら、本人に間違いないって言うんだ。つまり、他人が整形をして成りすましているか、そうじゃなければ……」
「十七年間、歳を取っていない……」
「毛の一本でも残してくれりゃ遺伝子情報から確かなことが分かったんだが、不思議なことに奴の体組織は全く見つからなかった。まるでクリーチャーのようにな」
「真っ黒、ですね」
「その通りブラックだ。しかも十七年前と言えば、あれがあった年だ……」
熊山の言葉を聞き、赤司と桃は唾を飲み込んで声を揃えた。
「フィフティーの惨劇」
「偶然だと思うか? クリーチャー出現と御影が行方不明になった年が一緒なんて。で、キムが撮影した廃墟ビルを調べたら、何らかの生体実験をした形跡が出てきたんだよ。まだどんな実験が行なわれていたか調査中だが、ただ、一目で分かる場違いな資料が残っていた……」
熊山はそこで大きく息を吸い、全員を見据えた。
「……それは、お台場女神像と、東京、神奈川にあるニュージャージーフライドチキンの地図情報だった。既にここ数日、ニュージャージー親父がクリーチャーになったという報告が複数ある。そこでだ! ここからが本題だ。政府から、うちを含む東京都の特殊警備業者に依頼がきた。東京、神奈川のニュージャージー親父を狩れってな。もちろん、報酬ありでだ!」
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赤司と桃が出発の準備をしていると、豪警部長、猿谷が声を掛けてきた。
「おう。君達は熊山のところの社員だろ?」
業界の大物が自分達に声を掛けてきたことに驚き、赤司は即答した。
「あ、はい。良く分かりましたね」
「当たり前だ。そんな派手なスーツを着てる奴らが他にいるか」
「は、はあ……」
「一緒に仕事をする上で忠告だ。今日はクリーチャー相手に近接格闘なんかするなよ。それから攻撃の度に技の名前を叫ぶな。以上だ。よろしくな」
猿谷が去っていくのを見届けると、桃が言った。
「凄いアウェイな感じですね。ひょっとして私達嫌われてません?」
「そりゃ、俺達のせいで特殊警備員は偏見の目で見られてるからな。猿谷さんの言う通り、普通は近接格闘なんてしないんだよ。他の警備員を見てみな。ブラスターは刀に変形しない小型の物だし、ショットガンは折り畳めない。クリーチャー戦は即時討伐が基本で、遠距離からブラスターで動きを封じて、ショットガンで吹き飛ばすだけなんだよ」
「え! プラズマソードは?」
「腰にある小さなナイフみたいなのがプラズマ刀だよ。あれは戦うための物ではなくて、施錠された扉をこじ開けたり、人を威嚇する警棒代わりにしたりするんだよ。大前提として、他の会社はクリーチャーだけを相手にしている訳じゃないからな」
話を終えた時、後ろから車のクラクションが聞こえた。振り返ると、先峰の運転する軽トラックがゆっくりと近付いてきた。
なぜか先峰は悲しそうな顔をしている。
「赤司君。赤司君と別行動なんて嫌だよ……」
今回の作戦参加人数は八十四名。其々二人体制になり、一チーム当たり六、七体の人形を港区資源ゴミ集積センターに運ぶことになっている。赤司と桃はガズティーで担当箇所を廻ることになったが、先峰は他社の警備員とチームを組むことになったのだった。
先峰は助手席のセムコ社員に急かされ、涙を拭くジェスチャーをしながら出発していった。
桃が手を振りながら呟く。
「赤司先輩と先峰さんって、本当に仲が良いですよね」
「やめろよ。気持ち悪い」
そう言って、赤司はガズティーに乗り込んだ。
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神奈川県横浜市某ホテルの一室で、黒い人影がパソコンの前に座っていた。
人影はそこに映る映像を見ながらほくそ笑んだ。するとパソコンのスピーカーから声が聞こえてきた。
『シャドー様、人間ガ私達ノ宿主ヲ回収シテイマス』
その報告を聞いて、黒い人影は落ち着いた口調で答えた。
「ああ。特殊警備員達のゴーグルカメラ映像で確認している。分裂はもう済んだか?」
『ハイ』
「では、適当なタイミングで実行に移そう。私が合図をしたら動け。今度は失敗するなよ」
通信を終えた黒い人影は立ち上がり、窓から外を見下ろした。
「出来損ないの人類よ。私が新たなステージへ導いてやる」
日の光に照らされたシャドーと呼ばれる人影、御影和馬は、冷たい笑い声をあげた。
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「……では早速、撤去させて貰いますね」
赤司は一件目の店の責任者への挨拶を終え、作業に取り掛かることにした。プラズマソードを立ち上げ、それをニュージャージーおじさんの首にあてがう。
すると、つい先程まで笑顔だった責任者が物凄い剣幕で駆け寄ってきた。
「ちょと! 話が違うじゃないですか。回収してから処分するんじゃないんですか! 人目のある所でマスコットを解体しないで下さいよ!」
急遽行なわれることになった作戦のため、連絡に齟齬が生じているようだ。予定では現場で解体することになっていたはずだ。
しかし赤司は、ややこしいことになるのは面倒と思い、愛想笑いをして、とりあえず店側の言う通りにすることにした。
「あ、そういうことになってるんですね。分かりましたあ。ハハハ……」
桃と一緒に人形をガズティーの荷台に運ぶ。責任者に再度挨拶をし、運転席に座って走り出す。そして、離れた場所で車を道路の脇に停めた。
「篠原隊員。後ろの人形を人の形が残らないほど分解してくれる。運転中にクリーチャー化して暴れ出したら厄介だからさ」
桃が頷き、荷台に移ってプラズマソードを抜く。赤司はハンドルにもたれて作業が完了するのを待つことにした。
しばらくすると、桃が沈黙を埋めるように話し出した。
「今更ですけど、先輩、筋トレをしてて良かったですね」
「は? ああ。お陰で強制ハイジャンプをしても怪我をしなくて済んだよ」
「違いますよ。木村さんが襲われた日、先輩が会社に遅くまで残っていたから御影に映像を目撃したと誤解された訳じゃないですか。それがなかったら女神像の討伐が遅れてましたよ」
「まあな。俺達がニュージャージーおじさんに襲われたから、リベルタスに気付くことが出来たんだもんな。もし女神像が海を渡っていたら品川辺りは壊滅してただろうな」
「先輩は、持ってますよね。運命的な、何か……」
「なんだよそれ。褒めてんの? 馬鹿にしてんの?」
「もちろん褒めてるんですよ……はい。分解終わりました」
振り返ると、荷台にはジグソーパズルのようなプラスチック片が散らばっていた。
「ず、随分バラバラにしたね……」
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「おい、戦隊君!」
セムコの社員がそう言ったが、先峰は、自分が呼ばれているとは気付かなかった。
「おい! そこの青いスーツの君だよ!」
「はい? あ、僕ですか?」
「そうだよ! ボーっとしてないで、ガタイが良いんだからもっと運んでくれよ!」
先峰の目の前には、何十体もの解体されていないニュージャージーおじさんが山積みになっていた。担当箇所の回収を終えた先峰は、いち早く資源ゴミ集積センターに到着していたのだ。その為、続々と集まってくる人形を巨大な圧縮処理機に運ぶ作業を任された。
単純作業は先峰からしてみればクールではなく、乗り気のしないものだった。しかし、他社の警備員の目もあるので、嫌々ながら目の前の人形に手を伸ばした。
その時、おかしなことに気が付いた。ヒビ割れたメガネを掛けたニュージャージーおじさんの耳に、イヤホンマイクが装着されていたのだ。
「シャドー様カラ合図ガキタ。行クゾ……」
その人形は喋った。
先峰は咄嗟にブラスターを手に取った。しかし仕留めることは出来なかった。それよりも先に人形が走り出したのだ。しかも、それは一体だけではなく、その場にいる全てのニュージャージーおじさん達が同時にだった。
おじさん達は全員同じ方向に向かっている。先峰はブラスターをしまい、レールショットガンを抜いて発砲した。一体の人形が吹き飛ぶ。
「おい! 避難区域外で無警告発砲はするな!」
誰かが叫ぶ。すると他の誰かも叫んだ。
「いや、これは緊急事態だ。撃っても良いのでは!」
更に他の誰かも言う。
「それよりも避難が先だ!」
「どれだけの地域の避難をすると言うんだ!」
「まずは本部に連絡をして指示を仰げ!」
人数が多い上、面識のない者同士なので統制が取れていない。
「とにかく一匹でも多く倒しなよ!」
先峰がそう言って素早く装弾し、銃を撃つと、他の警備員達も戸惑いながら銃を構えた。
他社の警備員が所持するレールショットガンは装弾数十二発のフルオート式。折り畳めないので携帯は不便だが、戦隊ヒーローの物に比べて殺傷能力が高い。それにもかかわらず、先峰が全弾命中させて六体倒したのに対し、ほとんどの者は数体ずつしか倒せていなかった。それどころか、弾が切れて成す術がないと嘆いている。
先峰はプラズマソードを伸ばし、センター職員の私物だろうか、近場にあった自転車の鍵を破壊してそれにまたがった。すると先程まで一緒に仕事をしていたセムコ社員が怒鳴った。
「おい! 特殊警備業法八条に則って占有取得するならば書類を作成しろ! だいたい、どこに行くつもりだ!」
先峰にはその言葉の意味が分からなかった。どこに行くも何も、敵を追うに決まっている。
「クリーチャー達を倒しに行くのさ!」
叫ぶと、別の警備員が先峰の肩を押さえた。
「無茶するな。ショットガンの弾もないのにどうやって戦うんだ。死んじまうぞ」
「格闘すれば良いだけだよ! うちの隊員だったら駄目と言われても殴りに行くよ!」
そうだ。特に赤司ならば絶対にそうする。
先峰は制止を振り払い、ペダルに力を込めた。レンジャースーツを着た状態の脚力ならば相当なスピードが出るはずだ。見た目の悪いママチャリだが、仕方がない。
先峰は自転車を加速させ、無線を操作した。
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赤司は、七体目の人形の回収を終え、ガズティーの運転席に着いた。
「意外と早く終わりましたね。結局クリーチャーはいませんでしたし」
助手席にいる桃の言葉を聞いて、赤司は微笑んだ。
「大袈裟に考え過ぎだったのかもな。この調子なら作戦は三時間くらいで終わるだろ」
そして車を発進させようとした時、イヤホンから声が聞こえた。
『こちら先峰!』
「お、そっちも撤去作業終わったの?」
『赤司君! 応援に来て! クリーチャーが大量に現れた!』
「は?」
続けて潔子からも通信が入る。
『東京、神奈川の各地でクリーチャーが出現! 二百体以上のニュージャージーおじさんがクリーチャー化した模様です!』
赤司と桃は言葉を失った。あまりにも数が多い。
『僕の目の前にそのうちの三十体くらいがいるよ! 一人で戦闘中なんだ!』
桃がカーナビを操作し、先峰のGPS情報を調べる。
「先峰さんは品川区にいますね。大崎の近くを南下しています」
「よっしゃ、ここからそんなに遠くないな」
そう言って赤司はパトランプを点灯させ、ガズティーを急発進させた。環七通りを平和島方面へ猛スピードで進む。現在地は三茶付近だ。
「先峰さんは何に乗ってるんですかね。狭い道をかなりの速さで移動してますよ。このままいけば十分ほどで合流出来るかも知れないです。あ、そろそろ左折して下さい」
ハンドルを切ってしばらく進むと、数体のニュージャージーおじさんが、背筋と指先をピンと伸ばし、膝を高く上げて走っていた。
桃が窓から身を乗り出してブラスターを放つ。それは命中したのだが、敵はこちらに見向きもせず逃げてしまった。
逃げた敵を追うよりも、まずは先峰を助けなければ。そう考えた時、すぐ先の曲がり角からニュージャージーおじさんの大群が現れた。赤司は思わずブレーキを踏んだ。
車の右側を、左側を、屋根の上を、人形達が凄まじい勢いで通り過ぎていく。そして、その最後尾に先峰の姿があった。先峰は自転車に乗りながら刀を振り回している。
スピードを出し過ぎて止まれなかったのか、視界が悪くて気付かなかったのか、先峰もガズティーを通り過ぎ、走っていってしまった。
赤司は慌ててUターンをし、後を追った。
「先峰君、お待たせ! 白馬の騎士みたいでクールだね!」
先峰の右側につけてそう言うと、先峰は息を切らしながら悔しそうに答えた。
「赤司君には一番見られたくない姿だよ! 桃ちゃん、助手席のドアを開けて!」
桃が言われた通りにすると、先峰は開いたドアに掴まって車に飛び移った。運転手を失った自転車が形を崩しながら転がる。
先峰は桃の隣に座って深呼吸をし、話を始めた。
「おじさん達は全く攻撃してこないよ。しかも防御力が低い。でも、数が多いし、逃げ足がとにかく速いんだ。もう僕は疲れたよ。赤司君、飲み物ない?」
「え? 骨骨元気ならあるけど」
「そんなドロドロしたもの飲みたくないよ!」
「口つけちゃいましたけど、濃厚フルーツオレいりますか?」
「どうしてドロドロしたものしかないのさ!」
良かった。先峰は元気そうだ。そう思った時、潔子から通信が入った。
『先峰君! 大丈夫? 怪我してない? 大変だったでしょ?』
「僕は大丈夫に決まってるじゃないかあ。クールにたった一人で何体も敵を倒したよ」
二人の会話を聞いた赤司と桃は、わざとらしく咳払いをした。
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潔子が胸を撫で下ろしていると、熊山が小声で話し掛けてきた。
「おい。政府から極秘通達がきた。えらいことになってるぞ……」
熊山から詳細を聞いた潔子は、険しい顔をして頷いた。
「分かりました。三人にはそのことを伏せて防衛にあたらせます」
そう言って、呼吸を整えてからマイクに向かう。
「……三人が合流出来て本当に良かったです。丁度、新たな情報がきたところですし」
『何か分かったんですか?』
赤司の声だ。
「クリーチャー達の目的地が判明しました。横浜市磯子区の国立新生物研究所です」
『どうしてそんな所を目指してるんですか?』
「それは……分からないですけど、絶対に施設への侵入は阻止しましょう。豪壮警備が施設の防衛体制を敷き始めていますが、三人も最善を尽くして……」
言葉を言い終えるよりも先にスピーカーから調子の良さそうな声が響いた。
『こちらキムキム! 最新情報をお届けしちゃうよん。都心部のクリーチャー達は防衛網を一点突破する算段みたいよ。第二京浜国道に集合し出してるぜ~』
潔子は、それを聞いて三人に施設付近以外で防衛させる方法を思い付き、こう言った。
「そのルートだと、人の多い横浜駅前をクリーチャーの集団が蹂躙するってことですね!」
すると赤司から思惑通りの返答がきた。
『そんなことさせませんよ! 先回りして横浜の手前で待ち伏せします!』
これで三人は巻き込まれずに済むだろう。潔子は目を閉じて、独り頷いた。
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赤司達はニュージャージーおじさん達とは違う道を通り、第二京浜東神奈川付近に先回りをした。ガズティーの最高時速は二百キロを越える。クリーチャーが全力を出そうが、速さだけならばこちらの圧勝だ。既に自治体に連絡もして近隣の避難は終えている。
三人は誰もいない道路の上に降り立ち、横一列に並んだ。
しばらくすると、遠くに大勢のニュージャージーおじさん達の姿が見えた。こちらに勢い良く向かってきている。赤司達は武器を構えた。ここを通り過ぎるであろうクリーチャーを一匹でも多く仕留めなければならない。唾を飲み込む。
ところが意外なことに、敵は徐々にスピードを落とし、目の前で停止した
「ヤア、戦隊ヒーロー。マタ会エタナ」
先頭の、ヒビ割れたメガネを掛けているおじさんが言った。おじさんの背後には約五十体の同じ顔をした人形が並んでいる。
「よ、よう、ニュージャージーおじさん。丁寧にご挨拶してくれるとは思わなかったよ」
赤司が刀を構えながらそう言うと、ニュージャージーおじさんは笑い出した。
「私ハ、ソンナ名前デハナイ。私ノ名ハ、サンダー。カズエル・サンダー、ダ……」
「そいつは自己紹介してくれてありがとうよ。ニュージャージーおじさんって、文字数が多くて呼ぶのが面倒臭いと思ってたんだよ」
サンダーは赤司の言葉を無視し、更に話を続けた。
「……ソシテ私達ハ、カズエル・サンダーズ、ダ!」
「♪ラーラーラー、ララ、ラーララ、ララー……」
突然その場にいるサンダー達は、声を揃えてNFCのテーマソングを歌い始めた。
「おいおいおい! こんな所で合唱をしてて良いのかよ! 目的地には行かねえのかよ!」
赤司が尋ねると、合唱を背景に再び先頭のサンダーが話し出した。
「アワヨクバ、オ前達ヲ倒セ、ト、指示ヲ受ケテイル。ココデ勝負ヲシヨウカ」
先峰がそれを聞いて言う。
「ハハ。ずっと僕一人にやられっぱなしだったのに?」
「マダ本気ヲ出シテイナカッタダケダ」
「プププ……そんなこと真顔で言ってる奴、久しぶりに見たよ」
「ハッハッハ……私達ヲ数体倒シタノデ好イ気ニナッテイルノダロウ? ダガ、ソレハ意味ガナイノダ。リベルタスガ複数ノ同志ヲ融合サセテ作ラレタノニ対シ、私達ハ一ツノ肉体ヲ分裂サセテ作ラレタ。言ワバ、私達ハ全員デ一体。数体倒サレタトコロデ手足ニ少シ傷ヲ負ッタ程度ノコトダ。ソシテ聞ケ! コノ寸分ノ狂イモナイ合唱ヲ。私達ハ意識ヲ共有出来ルノダ!」
赤司は大きく頷いて、笑みを浮かべながら言った。
「良く喋るな。分かったぞ。お前が脳味噌の役割をしてて、お前を倒せば良いんだな?」
「残念ダッタナ! 私ハ只ノ代表者。私達ハ全員ガ脳デアリ……」
「全員ガ目デアリ……」
「全員ガ手足デ……」
「アル……」
あちこちから響く声を聞いて、赤司は怒鳴った。
「うるせえ! アナログステレオ野郎!」
その時、先峰が赤司の肩を叩き、小声で話し掛けてきた。
「ねえねえ、赤司君。これを運ぶの手伝って。桃ちゃんはショットガンを構えて」
赤司は先峰の持っている荷物を見て、何をしようとしているのか察した。
「ハッハッハ……完全ニ統制ノ取レタ連携攻撃ノ恐怖ヲ味ワ……」
「よいしょっと!」
サンダーの話の最中、赤司と先峰は荷物を投げた。サンダー達はそれを楽々とかわした。
「ヤケニナッタカ? コンナ攻撃、当タル訳ガナイダロ。サア、連携攻撃ノ恐怖ヲ……」
「日本政府ショット!」
桃が叫んだ直後、サンダー達の足元の荷物、燃料ボンベが大きく破裂した。
「味ズワェェェェェ! ギャァァァァァ!」
サンダー達の悲鳴があがる。
「二十体くらいは逝ったかな。残りを狩るぞ!」
赤司の掛け声を合図に、三人はプラズマソードを構えて敵に襲い掛かっていった。
「オ、オイ、話中ニ攻撃スルナンテ、ズルイゾ!」
三人はサンダー達の言葉を無視し、刀を振り回した。
「マ、待テ! 一度落チ着イテ私達ノ話ヲ聞……グアァァァァ!」
「話ヲシヨウト言ッテイル者ヲ斬ルナン……チョエェェェェ!」
「ソレデモ正義ノ味方カ! オ前ラ酷……イギャァァァァ!」
「ナ、ナンカ、ヤバイゾ。コイツラ、頭ガオカシイ!」
次々とサンダー達の残骸が地面に散る。するとヒビ割れたメガネのサンダーが叫んだ。
「コ、コウナッタラ、必殺! 逃ゲル!」
赤司は、そのサンダーの前に立ちはだかった。
「お前はうちの近所のサンダーだろ? 七年間世話になったから、俺が直々に斬ってやる」
「チョ、マ、イヤホン付ケテルノ私ダケ、私イナイト、シャドー様ト連絡ガ……」
「一刀両断、日本政府ソード!」
メガネのブリッジが切断され、そして、サンダーの体は中央から真っ二つに割れた。
残ったサンダー達が散り散りに逃げていく。
「先輩! 追いますか?」
「いや。集団はばらけたんだ。研究所に向かおう」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
国立新生物研究所の前で、猿谷は、レールショットガンを連射していた。
「だから店先で解体しろって言ったんだ。おらおら、さっさと装弾済みの銃をよこせ!」
部下から銃を受け取って更に連射すると、サンダー達の頭が次々と吹き飛んだ。
「きりがねえな……」
呟いた時、通信が入った。監視に向かわせていた部下からの報告がイヤホンから聞こえる。
『部長! プラズマ兵器で武装したクリーチャーの一団がそちらに向かっています。その一団の先頭には……』
猿谷は、その言葉を遮るように口を開いた。
「ああ、分かってるよ……もう目の前にいる……」
猿谷の視線の先には、ブラスターを持ったサンダー達の集団がいた。
そして、その先頭には、黒いレンジャースーツをまとった戦士が立っていた。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
赤司は、ドリフトさせながらガズティーを研究所の前に停めた。
車を降りると、そこには負傷した豪警とセムコの社員達がいた。
「お~い、赤司ちゃん! 来るの遅いぜ~」
木村の声がしたのでそちらを見ると、着装車と木村の姿があった。ワゴンの修復が間に合わなかったので、木村は着装車で移動をしていたようだ。
「木村さん、今の状況は?」
「俺ちゃんが来た時にはクリーチャーが侵入した後だったよ。今は施設内で豪警が戦闘中~」
「じゃあ、俺達も研究所の中に入って奴らを狩れば良いんですね」
そう言うと、熊山から通信が入った。
『いや行くな。もう今回の任務は終了だ。後は自衛隊が処理をする』
「自衛隊? 女神像の時には全く動かなかったのに、今回は随分と登場が早いですね」
『そりゃあ、日本滅亡の危機だからな……』
「なんですかそれ?」
赤司が尋ねると、熊山は溜息をついて話し出した。
『もう現場に着いちまったんだ。隠してもしょうがねえな。間もなく、そこら辺一帯は焼夷弾で爆撃される。クリーチャーもろとも施設を丸ごと燃やしちまうんだよ』
「え? どう見ても避難が完了してないですよ」
『見なかったことにしろ。箝口令が敷かれている』
「社長、冗談ですよね! 研究所の人や豪警の警備員を見殺しにするんですか!」
『まあ、聞いて驚け。実はなあ、その施設には某国で猛威を振るった殺人ウイルスが保管されているんだとよ。ワクチンは存在せず、感染力抜群らしい。そんなもんがクリーチャーの手に渡ってみろ。日本は滅びるぞ』
「こんな人口の多い地域でそんな物騒な物を研究してたなんて……」
『公表もされずに国内に持ち込まれていただけでも大問題だ。ウイルスは厳重に保管されているから持ち出しに時間が掛かる。だから、その間に全部を燃やしちまうんだ。これで人類の大勝利。後は犠牲者の情報を隠蔽すれば終わりだ』
赤司は、静かに告げた。
「俺は、救助に行きます……」
すると熊山が今まで聞いたことのないほどの大声で怒鳴った。
『馬鹿野郎! 俺達はボランティア団体じゃねえんだ! 一円にもならねえ仕事に命を懸ける必要なんてねえんだよ! ここまでは政府の依頼で防衛をしていただけだ。今日のことは忘れろ。絶対に死にに行くな! これは命令だ。いや、頼みだ!』
赤司は拳を強く握り締め、考えた。そして、木村のほうを向いた。
「……木村さん、着装車からでも生放送って出来ますか?」
「え? あ、ま、まあ、一通りの機材は揃ってるから出来るぜ……」
それを聞いて、赤司は大きく頷いた。
「社長、俺がスポンサーになります」
『あ? お前、なに言ってんだ?』
「一括で支払いは出来ないんで今後の給料から天引きでも良いです。俺がスポンサーになるんで、今から戦隊ニュースの生放送を始めて下さい。施設内に人がいるってことが世間に知れれば、そう簡単に爆撃なんて出来ないと思うんです」
『…………』
熊山が黙っていると、桃と先峰が言った。
「社長、私もスポンサーになります!」
「僕もスポンサーになるよ!」
イヤホンから菰田の声もする。
『社長、い、一応、僕もお金出します。だから、スポンサー名は『戦隊ヒーロー』で』
隊員達の言葉を聞き終えると、突然熊山は豪快に笑った。
『お前ら、一円もまけてやらねえぞ』
続けて熊山は次々と担当者に指示を出した。
しばらくして、潔子の声が聞こえる。
『やっぱりこうなったのですね……さて、スポンサー様方、準備は良いですか?』
赤司、先峰、桃は、笑みを浮かべて頷いた。
『それでは放映を開始します! 五秒前、四、三、二……』
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……
多くの家庭のテレビから勇ましい音楽が流れ、三人の戦士の姿が映し出された。