第八話 『特撮』 Cリベルタス編
路上には銀色のワゴンが停車していた。
その中で独り、木村がディスプレイを見ていた。画面には、酔いつぶれた女性、少女とホテルに向かう会社員、立小便をする芸能人などが映し出されている。
木村はそれらを見て、いやらしい笑みを浮かべた。
それは彼の趣味だった。木村はパトロールと称しては毎晩のようにワゴンを走らせ、街の人々を観察しているのだ。
しばらくして木村は窓の外に視線を向け、嬉しそうに呟いた。
「良い被写体発見。追跡開始~」
レバーを操作すると、一台のタコが路地裏に向かい、画面に廃墟ビルの内部が映し出された。
「……お、おい、なんだよこれ……嘘だろ……」
映像を見た木村は慌ててタコを引き戻そうとした。
瞬間、画面が暗転した。タコが破壊されたようだ。こちらの存在を気付かれている。そう考え、運転席へ移動するために操作卓を離れた時、窓ガラスが砕け、幾つもの赤い弾丸が木村の体に突き刺さった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
ミーティング開始前、会議室で潔子が桃に声を掛けた。
「あれ? 可愛らしいスカーフをしているのね。とても桃ちゃんらしい色合いね」
「あ、あ、ありがとうございます。わ、私のお気に入りなんです……」
「どうしたの? 急に慌てて」
桃があたふたと手を振っていると、自動扉が開き、赤司がやってきた。
「おはやしゃっしゃーす」
眠たそうな顔だ。しかも、上下スウェット、足元はゴムサンダルという出で立ちだ。
「あ、あれ? 赤司先輩、今日は非番ですよね?」
桃が尋ねると、赤司は面倒臭そうに愚痴を零した。
「社長がすぐに来いって言うから、わざわざ来たんだよ。あれ? 社長は?」
その質問に潔子が答える。
「社長なら朝一に出掛けて、まだ戻ってきていないですよ」
「は? 人のこと呼び出しておいて、なんですかそれ。クマーチャーめ!」
「おい、赤司。クマーチャーっつうのは、なんだ?」
いつの間にか赤司の背後に熊山が立っていた。
「あ、いや、新種の、クリーチャー、ですかね……ハハハ」
「……くだらねえこと言ってねえで早く席に着け。緊急ミーティング始めるぞ」
その言葉を聞いて、菰田が手をあげた。
「社長、まだキムさんが来ていないですが……」
熊山は席に着きながら深刻そうな顔で口を開いた。
「ああ。全員に伝えたいのは、そのことだ。さっきまで警察に行ってたんだが、実は、キムが昨夜十一時頃、何者かに襲われた。熱傷があるらしく、プラズマ兵器で撃たれたようだ」
「え! 今、キムさんは?」
「未だに意識が戻ってねえみたいだが、命に別状はない。まあ、あいつは死なねえさ」
熊山は顎をしゃくれさせて息を吐き出し、誰に言うでもなく話を続けた。
「……犯人は捕まってねえ。キムは撮影中にやられたらしいんだが、タコ一台が破壊され、ワゴンの映像データが消されていた。おそらく撮っちゃいけねえものを撮ったんだろうな」
赤司が身を乗り出す。
「じゃあ、口封じのために命を狙われたってことですか?」
「そうだな。ちなみにだ、犯人が捕まらねえ限り、狙われたのではなく狙われているだ!」
御影が落ち着いた調子で尋ねる。
「木村さんは今どこにいらっしゃるのですか? プラズマ兵器による攻撃ということは、犯人は素人ではない可能性が高いですよね? 危険ではないのでしょうか?」
「あいつは新宿医大病院に入院している。今のところは警察がいるから大丈夫だろう。あとで護衛もかねて見舞いにでも行くさ。それよりもな、危険なのはキムだけじゃねえぞ」
「どういうことでしょう?」
「撮影班のワゴンは誰の目から見ても中継車だ。犯人の気持ちになってみろ。映像データは本当にワゴンの中だけなのかって考えるんじゃねえか? つまり、どこかに電波が飛ばされ、うちの他の社員も映像を見たかも知れないと考える。違うか?」
それを聞いて赤司が再び発言する。
「昨夜は俺、遅くまで会社にいましたけど、映像は送られてきていませんでしたよ」
すると先峰がにやけた顔で尋ねた。
「赤司君、そんな時間まで会社で何してたのさ?」
「べ、別に何してたって良いだろ……」
誤魔化す赤司のことを、桃と御影が探るような目で見ていた。
「まあ、キムはいつもの人間観察でもしてて、送信を止めてたんだろう。ただ犯人はそんなこと知らねえ訳だから、用心に越したことはねえ。お前ら、しばらくは一人で行動するな」
その後、今後しばらくの具体的な予定が説明され、ミーティングは終了した。
開発班はワゴンの整備、営業班は取引先への説明、オペ班と撮影班は会社からタコを操作するための設定変更、といった具合に、各班すぐに其々の業務に取り掛かった。
ただし、戦闘班に関しては本日に限り即時解散となった。
「……赤司先輩、昨日の夜は会社で何をしていたんですか?」
「き、筋トレだよ。分かってて聞いてんでしょ?」
「隠さなくても良いじゃないですか。やましいことがあるんじゃないかって誤解されますよ」
「また体力馬鹿って馬鹿にすんだろ!」
「馬鹿になんてしないですって。もー、怒んないで下さいよお。機嫌直して下さい。あ、そうだ。一緒にお昼ご飯でも行きませんか?」
赤司は不貞腐れたように答えた。
「良いけど。俺、思いっ切り寝巻き姿だから、外食するなら着替えてきたいんだけど」
「じゃあ、どこかで待ち合わせします?」
「それか、とりあえず俺の家まで一緒に来る? ウラパト使えっかなあ……」
そう言うと赤司は、仕事中の潔子に大きな声で話し掛けた。
「潔子さーん。ウラパト借りてっても良い?」
「良いですよ。でも、燃料はちゃんと入れておいて下さいね」
赤司は桃のほうに向き直って尋ねた。
「ウラパト乗れるってさ。サイドカー好きでしょ? どうする?」
既に答えを決め付けられている提案に対し、桃は諦めたように頷いた。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
年季の入った木造アパートの前にバイクを停め、赤司は小気味良い音をたてて鉄製の階段を上がっていった。桃は、戸惑いがちに、その後に続いた。
今時珍しいディスクシリンダー式の鍵を開ける。
「玄関で待ってて」
そう言うと赤司は奥の部屋へと姿を消した。桃は、居心地悪そうにそわそわと辺りを見た。
「男の人の独り暮らしって感じですね……」
桃が障子の向こう側の影に向かって声を掛けると、着替え中の赤司からすぐに返事がきた。
「散らかってんだろ? もう七年もここで暮らしてるからなあ」
桃は指を折って数えた。
「え? 七年っていうと、十五歳で独り暮らしですか?」
「そ。高校の時からだね」
「よくそんなこと、ご両親が許しましたねえ」
「……ああ、俺、両親とも小さい頃に他界してんだ。ずっと親戚の家に世話になってて、当時は早く独立したいって思ってたんだよ。それで中学卒業して独り暮らし始めたんだ」
「え……あ、なんか、ごめんなさい……」
「は? 別に気にしないよ。昔の話だし。それに偉そうに独立とか言ったけど、実際には独り暮らしを始めてからも親戚には世話になってて、孤独だった訳じゃないしな」
明るく話をする赤司の声を聞き、桃は返答に困った。
すると赤司がまた話し出した。
「結局まともに独り立ちしたのは高校卒業して戦隊ヒーローに入社してからだなあ。あ、笑えるのがさ、俺が入社するまで隊員は菰田さんしかいなくて、社名だけ戦隊で実際には戦隊になってなかったんだよ。ちなみに、その頃の菰田さんはレッドだったんだぜ」
「へえ、あの菰田さんが……」
桃の「あの」という言葉の意味を察したのだろう。赤司は菰田について語った。
「あの体形は本人曰く役作りらしいよ。確かに当時の菰田さんは太ってなくて凄えカッコ良くてさあ、俺、あの人に憧れて戦い方とか必死に盗んだからね……」
話を終えたタイミングで赤司が奥の部屋から顔を出す。
「お待たせ。どこに行く?」
桃は赤司の姿を見つめながら返事をした。
「どこでも良いですけど……なんで、下にインナーを着用してるんですか?」
「え? 自分だって着てるじゃん。これ、温かくない?」
「私は今日出勤だったから着てるんですよ。とっくに暖かいですし、防寒の必要はないじゃないですか。第一、それ洗ってるんですか?」
「篠原隊員、そのスカーフやっぱり似合うね」
「え? あ、ありがとうございます……で、それ洗ってるんですか?」
「良し! じゃあ、NFCに行こう!」
桃はそれ以上の追及はせず、溜息をついて赤司の言うがまま従った。
ニュージャージーフライドチキンは通りを挟んですぐそこにあった。横断歩道を迂回して徒歩数分という距離だろう。
二人は木村のことについて話をしながら、その道程を歩いた。
木村の身を案じ、それから犯人は何者なのかという予測をする。御影の言っていた通りプラズマ兵器は一般人が簡単に所持出来るものではなく、公的機関か特殊警備業者でなければ、違法な手段を用いない限り入手は出来ない。ベタな発想ではあるが、木村は暴力団関係者の取引でも撮影したのではないかという結論に至り、二人は表情を暗くした。
「実感湧かないですよね。人間を警戒しないといけないって、なんか変な感じです」
「まあな。でも実際にはさ、クリーチャーによる死傷者数よりも人による殺傷事件のほうが圧倒的に多い訳だし、不思議なことではないんだよな……」
そんな会話をしているうちに二人は店に到着した。
店頭にはバケツのようなチキンの容器を持ったニュージャージーおじさんの人形がいる。赤司はその人形に親しげに挨拶をし、カウンターへ向かった。桃も一応人形に頭を下げ、店内に入った。
「あれ?」
突然赤司が声を発した。
「どうしたんですか?」
「いや。ニュージャージーおじさんがいつもと違うんだよ。いつもは手ぶらなんだけど……」
そう言って赤司は後ろを振り返った。桃もつられてそちらを見る。
そこには、右手をバケツに突っ込み、こちらを向いて立っているニュージャージーおじさんの姿があった。徐々に右手が引き抜かれる。その手には小型ブラスターが握られていた。
「クリーチャーだ!」
赤司の叫びと同時に桃は足を振り上げてニュージャージーおじさんの右腕を蹴った。赤い弾丸が店の天井に向かって飛び、店内にいる人々の悲鳴が響く。
赤司は一気に間合いを詰め、伸びたままの右腕を取り、関節を極めてニュージャージーおじさんを引き倒そうとした。ブラスターが床に転がる。しかし、引き倒すまでには至らず、赤司は投げ飛ばされた。
その間に、桃はブラスターを拾い上げ、構えた。
「くらえ!」
ニュージャージーおじさんは素早く体を横に反らした。ブラスターの弾がメガネと耳をかすめ、そのまま店外に向かって飛び、窓ガラスが砕け散る。
「二人同時ニ相手ヲスルノハ難シイカ……」
ヒビ割れたメガネを中指で整えながらニュージャージーおじさんはそう呟き、店外へ逃げていった。
赤司と桃はすかさず後を追ったが、店を出ると、既に敵の姿はなかった。
「くそ! 逃げられたか」
二人が辺りを見渡していると、小さな声が聞こえた。
『……こちら……』
見ると、店の入口にイヤホンマイクが落ちていた。ブラスターの弾がかすった際にニュージャージーおじさんが落としたようだ。
『……病院の襲撃は失敗した。計画を変更してリベルタスを今すぐ目覚めさせる……』
イヤホンから漏れるそれは、恐ろしいほど冷たい男の声だった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
「そっちにも現れたの?」
報告を聞いた潔子はマイクに向かってそう言った。
『そっちにもって、他の所にも現れたんですか?』
スピーカーから赤司の声が聞こえる。
「先程木村さんが入院している病院にニュージャージーおじさんが現れたという報告があったの。幸い、社長と菰田さんが現場にいたので全員無事でしたけど、敵には逃げられました」
『やっぱり……』
「やっぱり?」
『実は、敵がイヤホンマイクを落としていったんです。そこから、『病院襲撃を失敗した』っていう声が聞こえました』
「クリーチャーが、ブラスターだけではなく、イヤホンマイクも使っていたというの?」
『はい。どちらもうちの会社のものとは違う型でしたけど……あ、それから、『リベルタスを今すぐ目覚めさせる』とも言ってました』
「リベルタス? 間違いなくリベルタスって言ったのね?」
『え? 何か心当たりがあるんですか?』
「……リベルタスっていうのは、ローマ神話に登場する神様の名前なの。それは、日本ではこういう名前で親しまれています。『自由の女神』って……」
ここ数日、お台場に設置されている地震観測計が不審な振動を検知していた。深夜から未明にかけて一定のテンポで海浜公園が揺れていたのだ。不正な工事が行なわれているのではないかと調査も行なわれたが、未だ原因は不明だった。
「……巨大な生き物の足音のようなものを聞いたという証言もあるの。ひょっとしたら」
『お台場の自由の女神はクリーチャーに寄生されている?』
「考えたくはないけど……」
『着装車とタコの手配をお願いします! 俺達はすぐにお台場に向かいます!』
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
赤司はウラパトを運転しながら考えを巡らせていた。
あんな巨大なものがクリーチャーになり得るのか。前例がない。思えば、近頃は前例の無いことばかりだ。マネキンがクリーチャーになったり、クリーチャーが言語を解したり、武器を使用したり。そして、暗殺など計画的行動をしたり。
そういえば、あの指揮を執っていたと思われるイヤホンから聞こえてきた声、いつか、どこかで聞いたことがあるような気がする。
そう思った時、サイドカーに座る桃が話し掛けてきた。
「どうして私達は狙われたんですかね? 他には木村さんしか襲われていないんですよね?」
「さあ……俺か篠原隊員が映像を目撃したとクリーチャーに思われたのかもな」
「だから、どうして?」
「知るかよ。とりあえず今は、これからの戦いのことだけを心配しよう……」
そうだ。巨大な銅像にどう対処すれば良いか考えなければならない。
首都高に入り、更に加速する。おそらく目的地まで三十分ほどだろう。着装車よりも先に到着するのは確実だ。本当に女神像が動き出したら、まずは避難誘導をする必要がある。
桃がお台場海浜公園周辺の情報を調べ、二人は現場到着後の作戦を練った。
そうして、レインボーブリッジを過ぎ、海浜公園に到着した時、早速異変に気が付いた。地響きのような音が聞こえてきたのだ。
そちらに視線を向けると、遠くに巨大な人影が海沿いを歩いているのが見えた。緑色したそれは、紛れもなく、自由の女神像だった。
「近道するぞ!」
赤司は大通りを外れ、木材で舗装された遊歩道に乗り入れた。
「こちら赤司! クリーチャー出現。目標はお台場海浜公園、自由の女神です!」
遊歩道が上り坂になり、地面から五メートルほどの高さになる。それでも、次第に目の前に迫ってくる女神像は見上げるほどの大きさだった。
女神像はこちらには目もくれず、レインボーブリッジ方面に向かって歩いていた。海を渡るつもりなのかも知れない。
その様子を見て、桃が敵から奪ったブラスターを構えた。狙いを定め、引き金を絞る。直後に赤い弾丸が女神像の顔面で弾けた。
「クリーチャー! そこで止まりなさい!」
桃が叫ぶと、女神像がこちらを向き、勢い良く走ってきた。それは予想以上の速さだった。
「おいおいおい! 巨人はゆっくり動くもんじゃねえのかよ!」
「リバティー!」
女神像はそう叫びながら、赤司達の進行方向の遊歩道を右手の松明で破壊した。
赤司は一瞬ブレーキを掛けようとしたが、間に合わないと判断し、あえてアクセルを全開にした。前輪が持ち上がる。そして砕けて競り上がった木片に後輪が当たり、車体は大きくジャンプした。
「なー!」
赤司と桃は声を揃えて叫んだ。破損箇所を飛び越え、向かいの道に着地する。
「先輩、こんなシーンを映画で見たことあります!」
「篠原隊員、これは映画じゃないよ……」
「リアリティー!」
再び女神像が叫びながら腕を振り下ろした。赤司はハンドルを左に大きく切り、階段を下った。背後から遊歩道が破壊される音が響く。
「こ、これ、避難誘導をしてる暇がないな。少しでも長くあいつを引き付けて、街のみんなには自主的に逃げて貰おう。篠原隊員はブラスターで威嚇射撃をして!」
桃が頷くのを確認し、赤司はドリフトターンをした。女神像に向けて加速し、足元をすり抜けて海岸を目指す。
桃が振り返って銃を放つと、思惑通り女神像が追いかけてきた。
時速約百キロ。道が悪くこれ以上は出せそうにない。女神像は辺りの木々や建造物を破壊しながらもすぐ後ろにつけていた。時折砂を撒き散らしてターンをし、撹乱を狙うが、あまり意味がない。ブラスターも、銅で出来た体にダメージを与えているようには思えない。
「せ、先輩、ひょっとして私達は絶体絶命のピンチですか?」
「賢いなあ。良い所に気が付いたね」
「何で余裕振ってるんですか! どうするんですかこの状況!」
「安心しろ。こういう時には、あいつが現れるって決まってんだよ!」
「あいつ?」
そう桃が呟いた時、何者かの叫びが聞こえた。
「クールショット!」
空気の擦れる音が響く。あいつだ。あいつに違いない。
女神像の足が弾け、速度が落ちた。どうにか危機を切り抜けた赤司と桃は声のするほうを向いた。そこには、御影と銃を構える先峰の姿があった。その背後には着装車が停まっている。
「先峰君! 助かったよ」
ウラパトを着装車の隣に停めてそう言うと、先峰が遠い目をしながら口を開いた。
「うん。でも、あまり役に立たなかったみたいだよ……」
先峰の視線の先を見ると、女神像がほぼ無傷の状態で立っていた。御影が言う。
「ショットガンでもダメージを与えられないのでは倒す術がありません。近隣の人々の避難が完了したら私達も逃げましょう」
尤もな意見だが、赤司は、その見切りの早さが少し受け入れ難かった。
「まずは、やれることをやってから考えよう。俺達が逃げても、結局誰かが倒さなければいけない敵なんだ。とりあえず、俺と篠原隊員が着装を終えるまで時間を稼いでくれ」
御影は渋々頷いてフェイスガードを下ろし、先峰と共に女神像に向かって走っていった。
赤司と桃は急いで着装車へ向かい、桃が先に大の字の窪みに体を収めた。
「着装!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
潔子は、赤司と桃の着装の操作をし終えると、現場の四人に対して通信を行なった。
「あまり無理はしないで下さい。既に警備局を通じて自衛隊にも連絡済みです……」
すると被せるように御影の声がスピーカーから流れた。
『オペレーター。自衛隊はどれくらいで到着しますか?』
「それは……クリーチャーに対して重火器を使用したという前例がないので、おそらく……」
『おそらく、相当の時間が掛かるということですね? では、自衛隊到着まで時間を稼ぐ必要はありませんね?』
潔子がどのように答えようか迷っていると、別の声がスピーカーから聞こえてきた。
『こちらイエロー。もうすぐ僕も現場に到着する。この目で状況を確認しないとハッキリとしたことは言えないけど、一つ考えがあるんだ……』
木村の見舞いに行っていた菰田は、ニュージャージーおじさんによる襲撃の後、すぐ会社に戻って既にガズティーで出動していた。
『……だからブラック。申し訳ないけど、もう少し耐えて欲しいんだ』
御影は返事をしなかったが、銃を構える姿が画面に映っていた。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
無線のやり取りを聞いていた赤司は、ブラスターをソードモードに切り替えた。
やはり頼りになるのは菰田だ。彼を信じて時間を稼ごう。銃が駄目なら刀で削れば良い。先峰と御影が女神像の足を狙って何度かレールショットガンを撃ち込み、女神像のドレスの裾が破けて足が僅かに露出している。そこを狙えば切断出来るかも知れない。
他の隊員に手で合図を送って銃撃を一旦止めさせ、赤司は一直線に目標へと走った。振り下ろされる松明を横に転がってかわし、後ろに回って敵の死角に入る。そして、プラズマソードを巨大な右足首、アキレス腱の辺りに向けて横向きに振った。
しかし、刃が数センチ進入したのみで振り切ることが出来なかった。赤司は両腕に力を入れて無理矢理刀を押し込んだ。激しく火花が散る。溶接作業をする板金工になった気分だ。
「リバティー!」
叫びと共に女神像が右足を上げ、赤司を踏み潰そうとした。赤司は咄嗟に走って避けた。続いて左足が襲ってくる。避ける。右足。避ける。左足。避ける。右。避ける。左。避ける。
「た、助けてー!」
全力で走りながら赤司は情けない声を発した。
「ロック! トライアングルクールショット!」
三方向から散弾が飛び、女神像の右足が後退した。桃が叫ぶ。
「先輩! 今のうちに逃げて下さい!」
赤司は滑り込むように三人のもとに戻った。そして刀をしまい、全員に対して言った。
「分かったか? 刀での攻撃は危険だ。距離を取ってショットガンで一箇所を狙うんだ」
「なんで偉そうなんですか?」
「来たぞ! 散れ! 狙うのは機動力を削ぐため、右足首!」
四人は散開し、其々女神像から数十メートルの距離を取った。立て続けに銃声が響く。
レールショットガンは本来近距離の敵を粉砕するとどめの武器であり、また携帯用に折り畳み式となっているため、一発毎に装弾の必要がある。ベルト右側に用意されている弾薬数は各自六発。すぐ底を突くのが目に見えている。
案の定、しばらくすると全員残り一発となった。女神像は、右足の金属が剥がれてきてはいるものの、未だ平然としている。赤司達は最後の一撃に賭けることにした。四方向からの一斉射撃、クアドラングルなんたらショットだ。
弾薬を装填し終えた四人は視線を交え、互いの意思を確認するように頷いた。
「次はワイルドでいくか。くらえ!」
赤司の言葉に合わせ、全員同時に叫ぶ。
「クアドラングルワイルドショット!」
空気の擦れる音が響き、女神像が大きくよろめいた。やったか。しかし、女神像は倒れなかった。涼しげな緑色の顔でストレッチでもするかのように足首を回している。
もう逃げるしかない。そう思った時、ガズティーが走り込んできた。砂煙があがる。赤司達は期待の眼差しをそちらに向けた。車から菰田が降り立ち、女神像を見上げて呟く。
「うわあ。凄い迫力だねえ」
赤司は菰田に駆け寄り、苛立ち気味に声を出した。
「暢気なことを言ってないで、素敵アイデアがあるんですよね!」
菰田は頷いて、早速指示を出した。
「オペレーター、着装車のカタパルトをクリーチャーに向けて下さい。レッド、ガズティーの荷台に予備の燃料ボンベがあるから、それをカタパルトにセットして」
「そ、それでどうするんですか?」
「ボンベを叩きつけると同時に銃撃するんだよ。液化ガスに引火すれば大爆発だよ」
赤司は大きく頷き、急いで用意を始めた。すると潔子の声が聞こえてきた。
『菰田さん。人以外の物の発射では正確に狙いを定めるのは無理ですよ』
「大丈夫。僕は絶対に的を外さないから、敵の胴体付近に飛ばしてくれさえすれば十分だよ」
そう言うと菰田は、ガズティーの屋根に飛び乗り、レールショットガンを構えた。
準備が完了し、全員が様子を見守る。
『それでは、発射五秒前、四、三、二……』
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
同時刻。新宿医大病院のベッドの上で木村が目を開けた。
見舞いに来ていた熊山はそれに気付き、安堵の表情を浮かべて声を掛けた。
「ようやく目を覚ましたか。どうだ気分は?」
「しゃ、社長、俺は……」
「半日気を失ってたんだ……しかし、お前は変わり者だが、クリーチャーに命を狙われて益々箔がついたな。医者から聞いたんだが、ブラスターを十五発もくらってたらしいぞ。もし死んでたら、伝説のカメラマン、C(カメラマン)フィフティーンって呼ばれてたかもな」
熊山はそう言って大きな声で笑った。それを見て木村は、まだ犯人が捕まっていないと察したのだろう、痛む体を起こし、慌ててこう告げた。
「社長、あ、あいつを急いで捕まえて下さい……」
「あいつ?」
「何体ものニュージャージーおじさんの形をしたクリーチャーに、何か指示を出していたんです。あいつは、御影和馬は、クリーチャーの仲間です!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
カタパルトから撃ち出されたボンベは女神像の腹に当たり、そのまま爆発することなく地面の上に落ちた。
銃声さえ聞こえなかったことに疑問を抱き、赤司は振り返った。そして、目の前の光景を見て、喉が裂けそうな勢いで叫んだ。
「菰田さぁぁぁぁぁんっ!」
赤司の視線の先には、腹をプラズマソードで貫かれた菰田の姿があった。スーツのオイルと血が流れ出している。しかも、その刀を握っているのは、レンジャーブラック御影だった。
「御影ぇ! てめえ何やってんだよぉ!」
プラズマソードの刀身を伸ばし、二人のもとへ走る。すると女神像が左腕を振り下ろし、目の前に巨大な本が立ちはだかった。
手前で高く跳び、その本を蹴って御影に向かって刀を振り下ろす。御影は、菰田から刀を引き抜き、冷静に赤司の攻撃を受け止めた。菰田の体が車の屋根から地面に落ちる。そちらに気がいった刹那、赤司は御影に横腹を蹴飛ばされた。
『赤司君、落ち着いて! 今すぐブラックスーツの電源を落とします』
潔子からの通信を聞くと、御影は突然笑い出した。
「残念ながら、このスーツは既に私に寄生されています。そちらから操作は出来ませんよ」
「じゃあ、破壊すれば良いんですね!」
人知れず間合いを詰めていた桃が御影のバックパックに向かって刀を振った。御影はそれを跳んでかわし、女神像のもとへ駆けていった。
女神像が左手の本をトレイのように持ち替える。御影がその上に乗る。
「リベルタスは、我々の自由と解放の象徴。何十体もの同志を融合、犠牲にして作り上げた最強のクリーチャーです。そう簡単に破壊されては困るのですよ!」
女神像が松明を捨てて菰田の体を拾い上げ、その両手を咥えた。口から菰田がぶら下がる。
「最強とは言っても、さすがに自衛隊や米軍が所持する兵器には敵いません。申し訳ありませんが、目的地に着くまでイエローには人質になって貰いますよ。行くぞ! リベルタス」
「逃がすか!」
赤司は女神像にしがみ付いた。しかし、いとも簡単に振り落とされてしまった。
「赤司君、そこどいて!」
先峰がガズティーで突撃する。女神像はそれを苦もなくかわし、足を振った。ガズティーが横倒しになる。先峰は小さな窓から放り出された。
女神像は、勝利を見せびらかすかのように、ゆっくりとレインボーブリッジに向かって歩き出した。その後ろ姿を見ながら赤司は泣きそうな声で訴えた。
「潔子さん……リモート機能で、俺をあいつの頭上に飛ばして下さい……」
レンジャースーツは神経を流れる生体電気を読み取り、着用者の意のままに動くようになっている。ただし、医療用補助器具として開発されたなごりで、神経に障害を負った状態でも機能するよう外部からの信号で動かすことも可能となっていた。
『それは駄目です。そんな無理な動きをさせたら、人体の可動域を超えてしまう可能性があります。下手をしたら赤司君まで……』
「分かってて言ってるんですよ! 大丈夫です。俺は死なないです。だから潔子さん……」
瞬間、赤司の脳裏に赤い景色がフラッシュバックした。ウサギの着ぐるみが人に爪を突き立てている景色。それを思い出し、赤司は更に言葉を続けた。
「……潔子さん、このままじゃ菰田さんが死んじゃうんだよ。どうしてそんな簡単なことが分からないんですか! 俺は死なない! 菰田さんも死なせない! 絶対にだ!」
『でも……』
潔子が呟いた時、馴染みのある声が会話に割り込んできた。
『俺だ……』
熊山の声だ。
『……携帯タココントローラーで状況は確認した。おい、赤司。その約束、絶対に守れるな?』
「当たり前じゃないですか」
『分かった。おい、潔子。赤司の希望通りにしろ。これは命令だ』
少し間を置いてから、潔子の、意を決したような声が聞こえた。
『……分かりました。では赤司君、出来るだけ助走をつけて目標に近付いて下さい。そして私が合図をしたらジャンプをお願いします。そのタイミングで高く飛ばします』
「オッケーですよ!」
そう言って赤司は走り出した。再び潔子の声が聞こえる。
『即席だけどハイジャンププログラムを用意しました。足が千切れたらごめんなさい……』
「え? は、はあ……って、もうやるしかないでしょ!」
異変を察したのか、女神像が振り返る。
『五秒前、四、三、二、一、発射!』
バックパックから白い煙が噴き出し、太腿とふくらはぎの人工筋肉が膨れ上がる。
「いっけー!」
赤司の体は弾丸のように飛び上がった。その高さ十メートル以上。下肢に激痛が走ったが、赤司はそれを堪え、プラズマソードを逆手に持って一気に振り下ろした。
激しい火花が散る。振り下ろされた刀は女神像の頬に突き刺さり、顎の筋肉にまで達した。女神像の口が大きく開いて菰田の体が落ちる。それを桃が受け取り、即座にその場を離れる。
赤司は突き刺さったままの刀にぶら下がった。あわよくばこのままダメージを与えたい。しかし御影がブラスターを放ち、赤司と刀は砂地の上に放り出されてしまった。
強引なハイジャンプの影響により全身が痺れている。その身動きの取れない赤司を、女神像が手を伸ばして持ち上げた。そして、菰田と同様、口に含もうとした。
その時、声が聞こえた。
「ハハ。口の中はブロンズ製じゃないんだね」
十数メートル先に先峰が菰田のレールショットガンを構えて立っていた。
「クールショット」
空気の擦れる音と同時に女神像の口中が破裂し、暗緑色の液体が大量に流れ出る。
女神像は、手にしている物を全て放り投げ、暴れ出した。自らの体を殴り、銅製の皮膚を剥がし、所々から触手を伸ばして地面に転がった。やがて、その体は形を崩し、溶け出した。
隊員達は、呆然とその様子を眺めた。御影の姿は既にそこにはなかった。ただ、耳のイヤホンから恐ろしく冷たい男の声が聞こえてきた。
『……チッ。こいつも出来損ないだったか……』