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第六話 『色男』 Cブロブン編

「赤司君、折り入って話があるんだ……」


 訓練室で練習をしている最中、先峰がいつになく真剣な面持ちで相談を持ち掛けてきた。普段は飄々としている彼が思い悩むとは余程のことだろう。

 赤司は腰を据えて耳を傾けた。


「……実は、御影君のことなんだけど……僕とキャラが被ってない?」


 それはない。即答しそうになる。御影は弱冠二十歳で豪壮警備の現場主任も経験しているという、いわば業界のエリート。それに対し先峰は見た目ばかりを気にする単なる馬鹿だ。


「さ、先峰君には誰にも真似出来ない先峰君の良い所があるよ……」


 一応、濁して返事をする。すると珍しく先峰は声を荒げた。


「そんな余裕振ってる場合じゃないよ! 赤司君もリーダーの座を奪われるかも知れないからね。とりあえず見せたいものがあるんだ。ついてきて」


 そうしてオペレータールームの隅にある撮影班ブースに向かうことになった。


 そこには、今から出掛けようとする木村がいた。


「お。先峰と赤司ちゃ~ん。どうしたの? 二人揃って」


 相変わらず軽い調子の木村に対し、先峰は重々しく願い出た。


「木村さん、前回の映像を見せてくれないですか?」


「ああ、良いよ~。総集編版もほぼ編集済みだけど、速報版とどっち見る?」


「編集済みかあ……それ、新たに僕達が手を加えることって出来ます?」


 映像の責任者にそのお願いは失礼だろう。赤司は先峰を咎めようと声を掛けた。


「先峰君。それは……」


 ところが、木村から意外な答えが返ってきた。


「良いよ~。俺ちゃんはパトロールしにワゴンを走らせてくるから、好きにやんなよ」


 赤司は慌てて木村に尋ねた。


「い、良いんですか? そんなこと許しちゃって」


「もちろん編集済みの映像を消して貰っちゃ困るよ。でも最終的に何を放送するかは社長が決めるんだよね。素材を好きに使って良いから二人で編集してみなよ。それでさ、俺ちゃんの編集したものと、どっちが良いか社長に決めて貰えば良いんじゃない?」


 木村は二人に微笑み掛けた。その笑顔を見て赤司はゾッとした。これは、ヤバい。


「先峰君。木村さんが編集済みって言ってるんだし、俺達は何もしないほうが良いんじゃないかな……」


 そう言って先峰のことを見ると、彼は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「ハハ。遠慮なくやらせて貰います」


 駄目だ、こいつ。空気を読めていない。


「あ、そう。頑張ってね。じゃあ俺ちゃんは今日は直帰するから、また明日~。じゃ~に~」


 そう言って木村は本当に出掛けてしまった。

 それを見届けた赤司は先峰を怒鳴った。


「どうすんだよ! 木村さん笑ってたけど怒ってるぞ! 社長にも怒られるからな!」


「じゃあ、明日の朝、二人で木村さんに頭を下げる?」


「はあ? なんで俺まで謝んないといけないんだよ」


「あのさあ、赤司君。前向きに考えようよ。僕達でそれなりのものを作ればさ、今後の演出に意見を言えるようになるかもじゃん。赤司君は今までの演出に百パー満足してるの?」


「ま、まあ、納得できない部分もあるけど……」


「じゃあさ、やろうよ。とりあえず木村さんが編集した映像を見ようか」


 先峰が椅子に座ってタッチパネルを操作すると、目の前の画面に戦隊ニュース総集編版が映し出された。赤司も先峰の隣の席に腰を下ろす。


 ♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……


 その映像を見た赤司は違和感を覚え、静かに呟いた。


「これは……俺達の扱いが酷くないか?」


 先峰が腕を組んで深く何度も頷いた。


 この日は、会社で待機していた赤司と先峰が現場に先に到着したのだが、初登場の御影を目立たせるためにクリーチャーを倒すなという指示が出ていた。

 指示通り苦戦する振りをしているところにパトロール先から御影と菰田が到着。御影がクリーチャーを軽々と倒すという展開だった。

 画面の映像は、大筋は事実の通りなのだが、赤司と先峰の扱いが完全に脇役になっていた。良い所が一つもない。菰田に至っては完全に空気だ。


 先峰が冷めた笑みを浮かべながら話し始める。


「僕達の攻撃シーンは全てカット。やられているところは過剰に演出。僕の見た速報版よりも更に酷くなってるよ。しかもね、速報版だとオープニングは僕達が会社で着装するシーンからだったのに、これだと御影君がガズティーを運転するシーンになってるね……」


「で、どうすんだよ」


「とりあえずオープニングを僕達の出動シーンに戻そう」


 先峰がタッチパネルを操作し、当日の日付が書かれたフォルダを開く。そこには幾つものファイルが並んでいた。タコ八台分の映像と、各隊員のゴーグルカメラ映像、各種音声のデータだ。

 先峰はタコ1のファイルを開いた。すると、画面に赤司と先峰の着装シーンが映し出された。それを切り取り、本編の映像を差し替える。

 迷いもなく器用に操作する先峰を見て、赤司は感心した。


「よく編集の仕方知ってるな」


「うん。休みの日に自分の映ってる場面だけを切り取って保存用に編集したりしてるんだ」


「何やってんだよ……」


 会話をしているうちに最初の部分の編集は完了したらしく、先峰が誇らしげな顔をした。


「最初のほうはこんな感じかなあ。早速再生してみるね」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 ♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……


 勇ましい音楽と共に、画面にテロップが表示される。


『株式会社戦隊ヒーロープレゼンツ』


『戦隊ニュース』


『メイクアップ戦隊

 ディモールレンジャー』


 コスメティックブランド、ディモール。今現在のスポンサーだ。同ブランドは新たにメンズカラーコスメを販売することになり、戦隊ヒーローに広告依頼をしてきたのだ。


 背景で赤司と先峰が着装し、ウラパトの運転席に赤司がまたがる。先峰は不必要に高くジャンプをしてサイドカーに跳び乗った。

 勢い良くウラパトが発進し、画面は上空からの映像に切り替わる。そして、車を何台も追い抜いていく赤司達の姿のところで主題歌は終了した。


 映像が再び切り替わって開けた土地に建つビルが映り、画面下にテロップが表示される。


『中野区 東都海洋大学講堂前』


 アップになった入口の看板には、『深海の生物展』という文字が書かれていた。


 再び引きの画になる。辺りには誰もいない。ただ、画面中央奥のほうで薄ピンク色の何かが動いている。

 そこへ赤司達の乗ったウラパトが到着した。ドリフトしながら停車し、二人はフェイスガードを上げた。赤司が遠い目をして呟く。


『あれが今回の目標か』


 先峰が応じる。


『どうやら、そのようだね』


 二人の視線の先には、機嫌の悪そうなオッサンを思わせる着ぐるみがいた。全身が薄いピンク色で、大きな鼻と口を備えた顔から直接手足が生えている。気味の悪い容姿だ。そのクリーチャーのアップが映し出されると、テロップが表示された。


『醜いマスコット、ブロブン』


 同時にヒロノブによるナレーションが流れる。


『ブロブン。世界で最も醜い動物と言われる深海魚ブロブフィッシュをモデルとした、醜い動物保存会のマスコットだ!』


 映像では確認出来ないが、隊員達はこの間に潔子からブロブンの説明を受けていた。


 ナレーションが終わると先峰が台詞を口にした。


『フッ。醜いマスコットとは、美しさを広める戦士にとって打って付けの敵だね』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「……と、ここまではどう?」


 画面を示し、先峰が赤司に尋ねた。赤司は顎に手を当てて頷いた。


「良いんじゃない? それにしてもヒロノブ先生のナレーションはいつも熱いね」


 先峰はヒロノブに然して興味がないらしく、淡々とタッチパネルを弄った。赤司と先峰が倒れる無様な姿が流れる。

 それを苦々しげに見ながら先峰は口を開いた。


「次に、カットされちゃった僕の攻撃シーンを復活させるね」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面に映る二人はウラパトを降り、ブラスターを構えながらブロブンに近付いた。


 ブロブンは爪も触手もなく、加えて動きが遅い。警戒すべきは大きな口くらいだった。距離を取って銃撃すれば難なく倒せただろう。しかし、そうする訳にはいかなかった。この時二人は、熊山から、『お前らは倒すな。御影を待て』という指示を出されていたのだ。


 赤司はブラスターをソードモードに切り替えた。


『プラズマオン!』


 刀身が眩しく輝く。赤司はブロブンに向かって走り出した。


 ブロブンは動こうとしない。一刀両断出来てしまいそうだ。その時、赤司はブロブンの目の前で立ち止まり、猫をネコジャラシで挑発するかのように刀を振った。明らかに不自然な動きだ。それを誤魔化すように赤司は台詞を口にした。


『お前は深海魚なんだろ? 一本釣りしてから捌いてやるぜ!』


 ブロブンが刀をジットリとした目で追い、静寂が漂う。


 数分して、ようやくブロブンは動いた。口で刀を捕らえようとしたのだ。赤司は慌てて刀を引いた。その瞬間、ブロブンが右の拳を振った。赤司が地面に転がる。

 もちろん当たった振りだが、画面に映る赤司は大袈裟に苦しそうにした。


『くそ! 油断したぜ。このままではやられてしまう』


 ところがブロブンは再びジットリとした目で様子を窺うだけだった。

 戸惑いながら赤司が再び口を開く。


『く、くそ! ああやって俺の動きを見張っているのか! 少しでも不審な動きをしたら攻撃してくるに違いない! どうすれば良いんだ!』


 その台詞が終わった時、先峰の叫びが響いた。


『クールブラスト!』


 同時に赤い弾丸がブロブンを襲った。

 画面が切り替わり、先峰のアップになる。


『そんな魚を生で食べたら腹を壊すかも知れないよ。まずは十分に火を通さないとね』


 そして先峰は、立て続けにブラスターを放った。


『クールブラスト! クールブラスト! クールブラスト……』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 映像を見ながら赤司は冷めた表情で唸った。


「うーん。ここの攻撃は『クールブラスト』って言っちゃったからカットされたのでは?」


 先峰は拗ねた調子で言葉を返してきた。


「クールにブラスターを撃ったんだから、クールブラストで良いじゃないか」


「技名にはスポンサーのディモールさんの名前を入れるっていうのがルールだろ。それに前から言おうと思ってたんだけどさ、ブラスターの弾って高温だぜ? むしろホットだろ」


「赤司君はさあ、変なところで細かいよね。だからモテないのさ」


「関係ねえだろ!」


「分かったよお。じゃあ、技名を叫んでるとこの音声は消すよ」


 先峰は不服そうに作業を開始した。


「あとさ、テンポが悪くない? 俺が刀を振ってるシーンってカット出来ないの?」


「出来るけど、そうすると尺が足りなく……ああ、良いこと思い付いちゃったよ。ブロブンが動いている映像を再生と逆再生を繰り返して何回も使えば良いんだ。見てて」


 先峰が操作をすると、ブロブンが素早く何度も右腕を振る映像が流れた。

 それを見た赤司は笑いそうになりながら先峰に話し掛けた。


「ちょ……あの動きの遅いブロブンが漢気溢れる応援団みたいな動きになってるよ?」


「プププ……もう一度、戦闘シーンの最初から流すね」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面に映る二人は、ブラスターを構えてブロブンに近付いた。


 ブロブンは応援団のように右腕を絶えず振っている。


『プラズマオン!』


 赤司は刀を構え、ブロブンに向かって走り出した。

 その直後、赤司は殴り倒された。


『くそ! 油断したぜ。このままではやられてしまう』


 ブロブンは相変わらず右腕を振っている。


『くそ! ああやって俺の動きを見張っているのか! 少しでも不審な動きをしたら攻撃してくるに違いない! どうすれば良いんだ!』


 その台詞が終わると画面が切り替わり、先峰のアップになった。先峰は無言でブラスターを連射し、何発もの赤い弾丸がブロブンを襲った。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「若干シュールだけど、許容の範囲かな……」


 赤司がそう言うと、先峰は嬉しそうにテキパキと作業を進めた。


「じゃあ、この調子で僕達の攻撃シーンを全て復活させて、見苦しいシーンは短くするね」


 次々と戦闘シーンが編集されていく。赤司はその様子を黙って見守った。


「……このシーンはどうしたら良いかなあ?」


 唐突に先峰が問い掛けてきた。画面には二人が化粧をしている最中の姿が映っている。


 現在、隊員達はスポンサーからの依頼により戦闘中に化粧をすることになっていた。ピンチに陥った際、『メイクアップ』と叫んで化粧をするとディモールレンジャーは強くなるという設定だ。

 しかし実際に化粧をしてみたところ、思いのほか時間が掛かることが判明した。叫びからメイク完了まで数十秒は必要だったのだ。改めて映像でそれを確認すると、非常にテンポが悪い。


「メイクアップ宣言から完了までのシーンは切っちゃえば?」


 赤司が提案すると、先峰は肩をすくめ、鼻から息を吐き出しながら首を振った。


「短絡的過ぎるよお。ここってさあ、今回の見せ場の一つだよお?」


 その態度が気に入らず、赤司は不機嫌そうに言った。


「じゃあ、どうすんだよ」


「うーん……あ、そうだ。エフェクトを使ってみようか」


 先峰がタッチパネルを操作する。赤司は何が行なわれているのか全く分からず、ただ映像の完成を待った。


 しばらくすると、先峰のメイクアップシーンが再生された。

 画面の中の先峰が『メイクアップ!』と叫ぶ。すると星のような輝きが散らばり、先峰の体が光に包まれた。やがてその光が収まると、先峰のメイクは完了していた。

 それを見て赤司は賛嘆の声をあげた。


「なにこれ、凄えじゃん! 先峰君は単なる馬鹿だとずっと思ってたけど、こういうことも出来る馬鹿だったんだな! これさ、俺のメイクシーンも同じように出来るの?」


「う、うん……出来るよ。やる?」


「あ、ちょっと待って。俺にキラキラは似合わないからさ、炎とか被せられないかなあ?」


「素材があれば出来るけど……」


 そう言って先峰は過去の映像データを漁り出した。


「……あ、良いのがあったよ。豪警の車が爆発するところ。早速映像を編集するね」


 そして、二人のメイクアップシーンが完成した。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面に映るブロブンは、応援団のように右腕を絶えず振り続けていた。

 二人は幾度も突撃を繰り返したが、その度に振られる拳に弾き返され、地面を転がった。


 赤司が体を起こし、膝をつきながら先峰に提案をする。


『こうなったら、あれしかない』


 二人はベルトの右側、普段はレールショットガンの弾薬を収納している箇所から、メイクキットを取り出した。『シャキーンッ』と効果音が鳴る。そのキットこそ、ディモール春のニューアイテム、ディモールメンズコフレだ。


『メイクアップ!』


 二人が同時に叫ぶと、画面いっぱいに光が広がった。


 光の中から先峰の姿が現れる。先峰は紫の口紅と銀色のアイシャドウを施していた。


『ディモールブルー』


 そう言って先峰は、何本ものメイクブラシを指の間に挟み、肩膝をついて腕を交差させた。


 直後に何かが爆発するシーンになり、火柱があがる。その炎の中から赤司は現れた。赤司の顔には、オレンジのアイシャドウと赤いチークが施されていた。


『ディモールレッド』


 赤司は先峰の背後で横を向いて真っ直ぐに立ち、片手で顔を覆った。


『メイクアップ戦隊 ディモールレンジャー』


 二人は声を揃えた。ナレーションが流れる。


『説明しよう。ディモールレンジャーは化粧をすることでパワーアップするのだ!』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「先峰君、凄え良いよこれ! それにしても先峰君は化粧映えする顔だねえ。奇抜なメイクなのにサマになってるよ。それに比べて俺は駄目だな。サッカーのサポーターみたいだよ」


 赤司がそう言うと、先峰が真面目な顔で話し出した。


「そんなことないよ。赤司君もサマになってるよ。大胆に塗られた赤い色が、赤司君の荒々しさというか、たくましさを見事に表現しているね。男の中の男って感じだよ」


「いやいやいや、それを言ったら、先峰君のメイクは見事にクールさが演出されてるよ」


「いやいやいや……」


 日頃はいがみ合ってばかりいる赤司と先峰だが、共同作業をしているうちに不思議な連帯感が生まれ、しばらく互いを褒めあった。


 そうしているうちに、再生のままになっていた画面は御影の登場シーンになった。二人は慌ててそちらに視線を戻した。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 メイクをした二人はブロブンを囲み、連携してパンチやキックを繰り出した。

 勝てる。そう思えた時、ブロブンが捨て身の体当たりをした。赤司の体が後方に飛ぶ。


『レッド! 大丈夫か!』


 先峰は叫び、赤司のもとに近付こうとした。するとブロブンが左の拳を振った。先峰も地面に倒れる。それを見た赤司は、横になったまま苦しそうに呟いた。


『メイクをしても、俺達二人では倒せねえのか……』


 ブロブンが重たい足音を鳴らし、赤司に近付く。


 その時、赤い弾丸が画面を横切り、ブロブンの顔面が弾けた。赤司と先峰は弾丸の飛んできた先に視線を向けた。そこには、御影と菰田が立っていた。

 画面が切り替わり、御影のアップになる。御影はブラスターを構えながら台詞を口にした。


『どうだ? 俺のワイルドな弾丸の味は?』


 普段の御影はとても礼儀正しい青年だ。しかし、熊山からワイルドという設定を与えられたため、戦闘中の口調は乱暴な感じになっていた。


 御影の台詞が終わると、ブロブンが攻撃対象を彼に切り替え、やや早足で歩き出した。


『そうかい。余程気に入ってくれたみたいだな。じゃあ、本気で相手してやるか』


 そう言うと御影は銃をベルトに戻し、メイクキットを取り出してブラシを構えた。


『メイクアップ!』


 指揮棒を振るかのように大きく腕を動かす。目元、口元に徐々に色がのせられていく様子が接写される。

 そしてブラシを回転させて箱にしまい、刀を納めるようにメイクキットをベルトに差すと、画面に御影の顔全体が映し出された。黒い口紅、ダークシルバーのアイシャドウとノーズシャドウ。悪魔のようなメイクだが、なぜか格好良い。

 御影は左手で右肘を押さえ、右手を顔の左側に甲を前に向けて並べた。


『ディモールブラック』


 巻き舌気味の綺麗な発音がスピーカーから響いた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「悔しいけど、カッコ良いね……」


 画面を見ながら赤司がそう呟くと、先峰が苛立たしげに言った。


「ほら! 僕とキャラが被ってるだろ? 『クール』を『ワイルド』に言い換えてるだけじゃないか。それに、赤司君のピンチを救うのは僕の役目って決まってるんだよ!」


「そ、そうなんだ……で、このシーンは編集する?」


 先峰は腕を組んで悩み、しばらくすると手を叩いた。


「この時ってさあ、菰田さんが目立たなかったじゃん。だから、御影君のアップを菰田さんのアップに差し替えようよ。他のカメラに菰田さんのアップ映像があるはずだから」


 楽しそうに先峰は作業を開始した。すると画面に菰田の丸い顔が映し出された。

 それを見て二人は下を向いて笑いを堪えた。画面の菰田は唇が紫色になっており、更に顔全体が薄っすら黄色くなっている。菰田は戦闘中にメイクをする自信がないという理由で、事前にメイクをして現場にやって来ていたのだ。

 赤司は声を震わせながら先峰に尋ねた。


「でも御影君を菰田さんに差し替えると、しばらく台詞のない時間が生じちゃわない?」


「そうだねえ……あ、じゃあさあ、放送用の音声には入ってなかったけど、この時、赤司君って菰田さんに話し掛けてたよねえ? その声を入れよう。それからあ、御影君のアップってメイク前と後の二回あるんだけど、どっちも差し替えで良いよね?」


「え? 二回目はどう考えてもブラックのメイク完了の姿じゃないと無理があるだろ」


「じゃあ、二回目の顔のアップは菰田さんのレンジャースーツを黄色から黒に塗り替えておくよ。それで良いよね……エイッ!」


 先峰がタッチパネルを叩くと、画面に赤司と先峰が倒れている姿が映し出された。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『メイクをしても、俺達二人では倒せねえのか……』


 その時、赤い弾丸が画面を横切り、ブロブンの顔面が弾けた。

 赤司と先峰は弾丸の飛んできた先に視線を向けた。そこには、御影と菰田が立っていた。

 

 画面が切り替わり、紫色の唇をした菰田の顔のアップになる。同時に赤司の声が流れる。


『寒い日にプールに入った人みたいですよ!』


 ブロブンが攻撃対象を菰田達に切り替え、やや早足で歩き出した。

 それを見た御影は、メイクキットを取り出してブラシを構えた。


『メイクアップ!』


 指揮棒を振るかのように大きく腕を動かす。目元、口元に徐々に色がのせられていく様子が接写される。

 そしてブラシを回転させて箱にしまい、刀を納めるようにメイクキットをベルトに差すと、御影の顔は、菰田の顔になっていた。

 再び赤司の声が流れる。


『寒い日にプールに入った人みたいですよ!』


『ディモールブラック』


 巻き舌気味の綺麗な発音がスピーカーから響いた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面を見つめ、二人は肩を震わせていた。


「先峰君。御影君が菰田さんに変身するのはやり過ぎじゃないかな?」


 赤司が笑いながら尋ねると、先峰が飄々と返事をした。


「大丈夫だよ。ここから先では顔のアップはないから不自然にならないよ。この調子で御影君のカッコ良いシーンを減らしていこう。次のシーンはこれだね……」


 既に編集の趣旨が変わってきていた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面に映る御影は、ブロブンに武器を使わず素手で勝負を挑んだ。おそらく、真面目に戦えば簡単に倒せてしまうと察したのだろう。


 しばらく御影とブロブンの打ち合いが続く。やがて赤司も参戦した。目の前で近接格闘が行なわれ、血が騒いでしまったのだ。

 ところがその時、放送用の音声には含まれていないが、熊山から指示が下った。それは、『赤司、戦うな。やられろ』というものだった。


 赤司がわざとらしく地面に転がる。ブロブンは倒れている赤司に向かって拳を振り落とそうとした。その瞬間、御影が跳び蹴りを放ち、ブロブンは泣きそうな顔で後退した。

 御影が刀を構えて台詞を言う。


『汚ねえ面だな。俺がこの刀でメイクしてやるぜ!』


 そして、プラズマソードでブロブンの顔面を十字に切り付けた。


 その間に赤司は起き上がり、戦う御影を見ながら呟いた。


『助かったぜ。お前が仲間で本当に良かったぜ』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 映像を見終えた赤司は先峰のほうを向いた。


「さて、どうしましょうか、先峰先生」


「うん。過去の映像から適当なのを拾ってきて、差し替えちゃおう」


 先峰は次々とファイルを開き出した。それを見ながら赤司は独り言のように呟いた。


「適当なのねえ……例えば、先峰君がブラスターを撃つところとか?」


「あ、これなんてどう?」


 そう言って先峰は編集をした。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 画面に映る御影は、ブロブンに武器を使わず素手で勝負を挑んだ。

 しばらく御影とブロブンの打ち合いが続く。やがて赤司も参戦した。しかし、直後に赤司は地面に転がった。

 ブロブンが倒れている赤司に拳を振り落とそうとする。その時、何者かの声が響いた。


『待てい!』


 赤司がそちらに視線を向ける。

 そこには、手足の生えたピーナツがいた。


『僕は正義のピーナツ、スノーピーだ! トウ!』


 スノーピーは高く跳んだ。しかし彼は何かにつまずき、地面を転がった。

 その間に赤司は起き上がり、転がるスノーピーを見ながら呟いた。


『助かったぜ。お前が仲間で本当に良かったぜ』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 映像を見終えた赤司と先峰は、いよいよ声を出して笑い始めた。


 そうして、楽しそうに更に編集作業をしていると、突然後ろから声を掛けられた。


「お疲れ様です。赤司班長、先峰さん」


 驚いて振り返ると、そこにはパトロールから戻った御影と桃がいた。


「お、おう、御影君。も、もうこんな時間か、お疲れ様……」


 赤司はしどろもどろに返事をした。すると桃が話し掛けてきた。


「お疲れ様です。二人で何してるんですかあ?」


「あ、えーっと、この間の戦いの編集。木村さんにしても良いって言われたんだ……」


「私が非番だった時のですよね。楽しそう。私も仲間に入れて下さいよ」


「え……どうしよっかな……み、御影君も参加する?」


 赤司は気不味そうに御影の顔を見た。


「もう定時ですし、班長達の邪魔をしてはいけないと思いますので、すみません、私は先に退社をさせて頂きたいと思います」


「そ、そっか……あ、ところで御影君。俺のこと、班長って呼ばないで良いからね」


「ですが、私の直属の上長ですので……」


「ああ、じゃあ、上司命令っていうことで、班長って呼ばないこと。これで良い?」


「は、はい。承知しました。赤司さん」


 その後、御影を見送ると、桃が赤司の隣に座った。


「私、ディモールのファンデ愛用してるんで、この時、参加したかったんですよねえ。回想シーンでも良いんで、私の映像って入れられないですか?」


 桃の無茶なお願いを先峰は快く承諾した。


「じゃあ、スノーピーのところに回想シーンということで桃ちゃんの映像を入れようか」


 そう言って先峰は手馴れた調子で編集を施した。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 赤司はブロブンに殴られて地面に伏していた。

 絶体絶命だ。そう思えた時、画面が瞬き、柔らかな光が広がった。その光の中に桃の姿が浮かび上がる。敬礼をする桃、ダンスをする桃、刀を構える桃、桃の過去の名場面集だ。

 そして、エコーの掛かった桃の声が響いた。


『がんばって、レッド! レッド ッド ド ド ド……』


 その声を聞いて赤司は我に返り、ゆっくりと立ち上がった。


『助かったぜ。お前が仲間で本当に良かったぜ』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 映像を見ながら桃はウットリとしていた。


「先峰君、これだと俺が篠原隊員のこと好きみたいじゃん」


 赤司がそう言うと、先峰ではなく桃が咄嗟に言葉を返してきた。


「不服ですか?」


 非常に険しい目をしている。赤司は怯えながら返事をした。


「あ、いえ、こ、光栄です……」


 先峰はそのやり取りを気にも留めず、自身の仕事に対し悦に入っている様子だった。


「さあ、クライマックスだね。とりあえず再生するよ」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 顔面に十字の傷を負ったブロブンは、よろめきながら逃げ出そうとしていた。

 その姿を確認すると、御影はフェイスガードを下ろし、レールショットガンを抜いた。カシャカシャと音が鳴り、銃身が伸びる。

 御影は狙いを定め、落ち着いた声を発した。


『逃がすかよ。ワイルドに決めてやるぜ……ロック!』


 一瞬だけゴーグルカメラの映像に切り替わり、照準が赤に変わる様子が映る。


『くらえ! ディモールショット!……ね…………』


 空気の擦れる甲高い音が鳴り、直後にブロブンの体は吹き飛んだ。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 その映像を見て、赤司は疑問を抱いた。


「銃声と被って聞き取り辛かったんだけど、御影君、技名の後に小声で何か言ってない?」


 問い掛けられた先峰は特に表情も変えずに応じた。


「そう? じゃあ、マスターの音声を確認してみようか?」


 音声ファイルを開いて時間を指定すると、御影の技名の後の声が単独で流れた。


『……死ね。出来損ない……』


 御影のものとは思えない恐ろしく冷たい声だった。それを聞いた赤司は顔を引きつらせた。


「これは……ちょっとワイルド過ぎるよね……」


 桃も同じことを思ったらしく何度も頷いた。

 先峰が笑いながらタッチパネルを弄る。


「じゃあ、この音声は消しとくね」


 作業をする先峰を見つめ、赤司はダルそうに呟いた。


「ここの編集はこれ以上やりようがないよな。一応御影君のお披露目の戦いだし、とどめを刺す人まで差し替える訳にはいかないもんなあ……」


「そうだねえ……赤司君が満足したなら、このくらいで全体の編集作業も終わりにしようか」


 二人は頷き合い、清々しい顔をして大きく伸びをした。

 すると、桃がつまらなそうな顔をして意見を口にした。


「私が編集に参加したばかりなのに終わりにしちゃうんですか? もう一度最初から見直しをさせて下さいよ。オープニングテーマを私の歌にするとか変更の余地はあると思います」


 赤司と先峰は互いの考えを探るように目を合わせ、そして、笑い出した。


「遠慮しないで、やれるところまでやっちまうか?」


 赤司が開き直った調子でそう言うと、先峰が袖を捲ってタッチパネルに向かった。


「そうだねえ。スノーピーの映像とか、やっぱ活用したいしね……」


 そうして、三人による編集作業は深夜にまで及んだ。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 翌朝、会議室のモニターには男性隊員四名が空を見上げる映像が映っていた。澄み渡る空に桃の笑顔が浮かび上がる。

 そして、ナレーションが流れた。


『こうして美しい顔の男達は醜い敵を撃破した。次はどんなクリーチャーが現れるのか! 行け! 戦隊ヒーロー! 戦え! 我らが、株式会社戦隊ヒーロー!』


 桃が歌う中途半端なバラードが流れる。


 そこで熊山はリモコンを操作して映像を消した。熊山の前には、赤司と先峰と桃が立っている。三人とも自信に満ち溢れた顔だ。


「どうですか?」


 赤司が前のめりに尋ねると、熊山は額を掻きながら話し始めた。


「色々と言いたいことはあるんだけどよお。とりあえずアレだな。お前ら、今後……」


「今後?」


「撮影班ブースへの立ち入りは禁止だ!」


 以降、戦闘班による演出への口出しは一層非難されることとなった。

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