第五話 『僕と握手』 Cクリーちゃん編
「……ウィンターソード!」
そう叫びながら先峰が刀を振り下ろした。
目の前にいる手足と垂れた耳の生えたピーナツの着ぐるみが、奇声をあげながら悶える。
「今よ! レッド!」
桃が言う。赤司はその声を受け、銃を構えた。
「みんな、声を揃えて叫ぼう! くらえ!」
「ウィンターショット!」
体の数箇所がパンッパンッと弾け、ピーナツの着ぐるみはその場に倒れた。
『お疲れ! 良いんじゃねえか、そんな感じで』
イヤホンから熊山の声が聞こえる。
するとピーナツの着ぐるみが起き上がり、中から菰田が出てきた。
「着ぐるみの中って暑いね」
汗まみれだ。それを見て赤司は心配そうに菰田に声を掛けた。
「お疲れ様です。全ステージクリーチャー役って辛くないですか? 俺もやりますよ」
「いいって、いいって。レッドがいないと舞台が栄えないからね」
再び熊山の声がする。
『その通りだ! ビジュアル面を考えたら菰田がクリーチャー役になるのは順当だろ!』
少しは歯に衣を着せたほうが良い。せめて前歯一本だけでも。そう思いながら着ぐるみを脱ぐのを手伝っていると、先峰が近付いてきてヘルメットを外した。
「赤司君、リハーサルはもう終わり?」
「そうだな。あとは本番だよ。社長! 休憩入って良いですか?」
『休め! ただし、本番用の着ぐるみがそろそろ届くはずだから荷受だけは忘れんなよ』
隊員達は遊園地の野外ステージにいた。
オールシーズン寒中水泳を楽しめる屋内プールを備えた遊園地、ウィンターランド。今回のスポンサーだ。そのスポンサーの意向により、春休み期間中、ヒーローショーを行なうことになったのだ。
今日はその初日だ。本番用の着ぐるみが急遽変更になったこと以外は特に問題も無く、順調に準備は完了した。
舞台袖に行くと、木村が女性と話をしていた。
「お疲れちゃん! 良かったぜ~。特に菰田さんの動きの気持ち悪さが最高だったよ~」
「あ、お疲れ様。休憩? お弁当の差し入れを持ってきましたよ」
その女性は潔子だった。普段はスーツ姿なのだが、今日はデニムパンツに丈の短いコートという出で立ちだ。メガネもいつもの物とは違っていて、一瞬知らない人に見えた。
「あれ? 潔子さん、今日は休みでしたよね?」
赤司がそう尋ねると、潔子は嬉しそうに微笑んだ。
「今日のステージを見るためにわざわざ休みを取ったんです。そのせいで演出家の社長がオペレータールームから離れられなくなっちゃったけど、後悔はしていない!」
服装のせいだけではなく、どことなく普段と雰囲気が違う。
「良いことでもあったんですか? なんか……ちょっと、可愛いらしい、ですね……」
「ちょっと? ちょっとだけ? なんてね。服装のせいで印象が違うだけでしょ」
その意見を否定すべきか否か迷っていると、桃が駆け込んできて賑やかに捲し立てた。
「あ、潔子さん! ちょっと聞いて下さい。赤司先輩が酷いんですよお。私に、歌が下手だって言ったんです!」
「ちょっ、篠原隊員! なんでそういうこと言いつけるんだよ!」
事実、桃は歌が下手だった。
今日のスケジュールは、二時から握手会、その後、戦隊ニュース挿入歌『わたしの心にブラスター』を桃が披露し、ヒーローショー本番という流れになっている。
リハーサルを見た限り、元アイドル桃はダンスだけしたほうが良さそうに思えた。
「桃ちゃん。歌が下手でも生きていけるから、頑張ってね」
潔子のその一言が最も攻撃力を持っていたらしく、桃は無言で弁当を食べ始めた。
そんな様子を気にも留めず、潔子が赤司に言う。
「……ところで、本番用の着ぐるみは届きました?」
「社長がもうすぐ届くって言ってましたけど……あ、来たみたいですね」
話の最中、外からトラックがバックする際の警報音が聞こえてきた。すると、潔子が慌てて立ち上がった。
「荷降ろし手伝ってきますね」
「あ、じゃあ俺も行きます……」
トラックの荷台にはビニール製の緩衝材に巻かれた着ぐるみが入っていた。それを配送員達と一緒にステージの上に下ろす。
そして、赤司が代表として伝票にサインをしていると、その背後で潔子がバリバリと音を鳴らしながら緩衝材を剥がし始めた。
「……潔子さん、休みなんですから、そんなことしないで良いですって」
「違うの。早くこの着ぐるみを見せたいのよ……ジャーンッ」
「ジャーンッて、普段そんなこと絶対言わないですよね? 一体どうしたんですか?」
「まあ、この着ぐるみを見てみなさいよ……」
それは、青いオーバーオールを履き、頭に赤いリボンをつけた、不気味な猫の着ぐるみだった。
初めからクリーチャーを意識して作られたものらしく、両腕は太い触手になっており、目はカタツムリのように飛び出している。しかし不気味な点はそこよりもむしろ、微妙に崩れた体形や顔のパーツの位置にあった。鼻からヒゲが生えていたり、所々角張っていたり、足が極端に短く大福のようだったり、とにかく何かが変だ。
「……これね、私がデザインしたの。社長からお前は着ぐるみやゆるキャラに詳しいからデザインしてみろって言われて、頑張っちゃった。昔からぬいぐるみとかが好きで、こういうのを作ってみたかったんだ……どう、可愛いでしょ? 私の自信作。名前は『クリーちゃん』」
手の込んだ冗談かとも思ったが、どうやら違うようだ。潔子は我が子を愛でるようにクリーちゃんを撫でている。きっと、本当に心底可愛いと思っているに違いない。
「あ、はい、良いですね……赤いリボンとか、可愛いと思います……」
「でしょ! 他の人にも見せてくるね」
そう言って潔子は舞台袖に走っていった。直後に声が聞こえてくる。
「……菰田さん! 本番用の着ぐるみ届いたので、早速着て下さい!」
「後でね。今ご飯中だから……え。なんで引っ張るの? 潔子さん、痛い痛い痛い……」
赤司はステージの上で苦笑いをした。その時、熊山から通信が入った。
『おい、赤司。クリーちゃん届いたな。どうだ、凄え禍々しいだろう。潔子がデザインしたんだが、さすがだな。クリーチャーの恐ろしさと憎たらしさを見事に表現している』
それを聞いて赤司は小声で念を押した。
「社長、それ、絶対に潔子さんに言ったら駄目ですからね!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
午後一時半。開場。大勢の客が入ってくる。ところが座る場所は早い者勝ちにもかかわらず、誰も席に着こうとしない。おそらく本番の前に握手会があるからだろう。当初は本番後に握手会の予定だったのだが、クリーちゃんの到着遅延の可能性などを考慮し、先に行なうことになったのだ。客達は広場に展示してあるウラパトやガズティー、着装車などを見物している。
その間に赤司達は舞台袖で衣装に着替えることにした。衣装はレンジャースーツのダミーだ。本物では着脱が困難な上、稼働時間に限りがあるからだ。
しばらくして、準備を終えた赤司は会場を覗き見てみた。ステージの目の前には赤、青、ピンクの長机が置いてあり、目的とする隊員の色の前に客達が集まり出している。そろそろだ。
♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……
二時丁度。戦隊ヒーローのテーマが流れ、赤司達三人は舞台に踊り出た。
「みんなー、今日は来てくれて、ありがとー」
桃がマイクを握り、司会を務める。舞台慣れしていることもあってスムーズな語り口だ。赤司と先峰は何も考えず、その進行に合わせ、頭を下げたり、手を振ったりした。
「……それでは、握手会を始めますっ」
桃の合図と共に三人同時に回転しながら舞台を飛び下りる。机の前には大行列が出来ていた。桃の前には男性客が、先峰の前には若い女性達が並んでいる。それに対し、赤司の前には子供達が群れをなしていた。中には、「勝負だ!」と言って、足を蹴飛ばしてくるガキもいる。
なぜ自分だけ。赤司は愛想笑いをしながら生意気な子供達の手を力一杯握ってやった。
そうして握手会をこなしていると、子供達の列に場違いな人物がいることに気がついた。上から下まで黒の服に身を包んだ男。歳は二十歳前後だろうか。端正な顔立ちをしている。ただし、先峰のような中性的な感じではなく、野性味ある風情だ。
やがて男は赤司の目の前にやってきた。赤司は戸惑いながらも仕事と割り切って、その手を握った。すると、男は話し掛けてきた。
「戦闘班班長さんですよね?」
「え? あ、はい。一応、リーダーやってます」
「期待しています……」
そう言って男は人混みの中に姿を消した。何者だろう。赤司に対して班長という呼び名を使う者は社内でもいない。熱烈な戦隊ヒーローのファンだろうか。
疑問に思いながらも、赤司は、子供達の相手を続けた。
握手会終了後、十五分のインターバルを置き、桃のライブが始まった。桃はダミーのレンジャースーツの上から更に衣装を羽織り、ステージ中央で歌っている。
客席には、桃の顔写真入りのウチワを持った一団がいた。
「桃子ちゃーん! ステージに帰ってきてくれて、ありがとー!」
一団は泣き叫んでいる。桃はテレビにほとんど出演していないマイナーアイドルだったらしいが、熱狂的なファン達がいるようだ。
桃はそのファン達に微笑み掛け、サビの部分を歌った。
♪ときめいて わたしの心にブラスター
だって あなたはわたしのヒーロー ズッキュン! Ah……
「……ズッキュン、アァン」
舞台向かって右側、上手の舞台袖で菰田が曲に合わせて歌っていた。
「菰田さん、気持ち悪いですよ」
赤司はダミースーツの上に服を着ながら冷めた調子で声を掛けた。
「気持ち悪いって酷いなあ。この歌、良い歌だと思わない? それにしても、やっぱり桃ちゃんは舞台に立っているほうが可愛く見えるね。僕、思わずファンクラブに入っちゃったよ」
「は? ファンクラブなんてあるんですか?」
「社長が桃ちゃんが所属していた芸能事務所からファンクラブの権利を買い取ったんだよ。ちなみに今入会すると限定のウチワが貰えるよ」
「やっぱりウチワが好きなんじゃないですか……」
「え? なにか言った?」
「……そろそろ準備した方が良いんじゃないですか、って言いました」
「そうだね。じゃあ後で舞台で会おう」
予定ではこの後、桃がアイドル時代の曲を三曲歌い、その流れのまま本番に突入する。桃のライブにゲストでやってきた着ぐるみが突然暴れ出すという設定だ。
菰田は鼻歌を歌いながら舞台の裏側へと向かった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
全ての曲を歌い終わった桃は、台詞を言い始めた。
「今日は私だけじゃなくて、もう一人ゲストが来ています。誰だと思う? みんなも大好きなあのキャラクターです! それでは登場して貰いましょう……」
舞台奥の出入口の幕が開く。そこには、クリーちゃんが立っていた。
「クリーちゃんです!」
え、誰? という空気が会場中に漂う。
当初の予定では、そこそこ知名度のあるキャラクター、ピーナツ犬スノーピーが登場することになっていたため、この様な状況になってしまった。
クリーちゃんの姿に怯え、数人の子供が泣いている。しかし、そのどんよりとした雰囲気を無視し、桃は話を進めた。
「クリーちゃん。今日は来てくれてありがとう。まずはみんなに挨拶をしようか?」
そう言って、自分のすぐ横を手で示す。クリーちゃんはその位置に向かって歩き出した。ところが、足が短いためだろう、なかなか辿り着かない。
静寂に耐えかね、桃は叫んだ。
「がんばって! クリーちゃん!」
え、何を? 会場は意味の分からない緊張感に包まれた。
クリーちゃんがどうにか所定の位置に辿り着くと、桃は心から嬉しそうにした。
「良かったね、クリーちゃん! さあ、挨拶をしようか」
その言葉に促され、クリーちゃんは頭を下げて両方の触手を床に叩き付けた。すると凄まじい音が鳴り、床にヒビが入った。
「クリーちゃん……随分なご挨拶ね……」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
「う、うーん……」
その様子を舞台袖から見ていた赤司は唸り声をあげた。嫌な予感しかしない。
「赤司君、どうかしたの?」
先峰が声を掛けてくる。
「いやね、クリーちゃんの動きが妙にリアルだなあって思ってさ。見てみなよ、ほら、あの触手なんて、先端まで綺麗に波打ってるぜ」
「菰田さんは、いつもそんな感じだよ」
「どんな感じだよ!」
そう突っ込みを入れた時、背後から声が聞こえた。
「ごめん! 本当にごめん。骨骨元気を飲み過ぎてお腹を下しちゃったよ……」
振り返ると、そこには菰田がいた。赤司と先峰は無言になった。
「……ずっとトイレに入ってたんだ。舞台は平気? あれ? なんでクリーちゃんがいるの?」
三人は舞台を見つめた。クリーちゃんは涎を垂らしながら触手を振り回している。
「あれ、本物のクリーチャーですよ……まずい! すぐに避難誘導しないと!」
赤司がそう言うと、イヤホンから熊山の声が聞こえてきた。
『待て! 赤司!』
「はい?」
『映像とお前らの会話で状況はもう分かっている。それを踏まえた上で聞くが、赤司、お前はあのクリーチャーを見て、どう思う?』
「え? あ、その、ぜ、前衛的なデザインだと思います……」
『馬鹿、そんなこと聞いてねえよ。あのクリーチャー、足が短えと思わねえか?』
「そうですね。胴体の下に潰れた大福が二つ付いている感じです」
『あれ、歩き辛いよな? 少なくともステージからは下りられねえだろ』
「言われてみれば、その通りですね」
『やれ』
「は?」
『そのまま舞台を続行しろ。生の討伐劇なんか披露する機会はそうそうねえぞ』
「そんな! 危険で……」
そこまで言った時、先峰が会話に割り込んだ。
「社長! そういう判断をしてくれるから僕は社長についていくんです。やりましょう」
「ちょっと、先峰君!」
『もちろん客を危険な目に合わせる訳にはいかねえ。菰田、お前はすぐに着装して客席を見張れ。ただし、お前は海外旅行中ってことになっているから出来るだけ姿は晒すな。赤司、すぐそこの搬入口を開けろ。着装車を舞台袖の真横につける。お前と先峰と桃は舞台の合間に本物のレンジャースーツに着替えろ。分かったな?』
渋々赤司は頷いた。
「じゃあ、桃ちゃんにこのことを伝えないと。彼女、イヤホンを装着していないでしょ」
菰田のその言葉で赤司は思い出した。
「あ、そろそろクリーちゃんが暴れて篠原隊員が殴られるシーンです!」
瞬間、桃が舞台袖に吹っ飛んできた。菰田が咄嗟に受け止める。
「痛ったぁ……」
そう言いながら桃は振り返り、菰田の姿を認めると、立ち上がって怒鳴り始めた。
「ちょっと! 菰田さん、本気で殴り過ぎですよ! 手加減して下さい!」
「え? 僕は殴ってないよ」
「あれ?」
そこでようやく桃は状況を察したらしく、目を丸くした。
「……あのクリーチャーは本物なんですね。どうりで……しばらく見ない間に菰田さんの腕が伸びたなあって思ってたんですよ」
「しばらく見ない間って。ライブ直前まで僕と一緒にいたじゃない」
赤司は慌てて口を挟んだ。
「まあまあ……篠原隊員、とりあえず社長から続行命令が出てるんだ。舞台に戻って台本通りに進行してくれる? すぐ俺達の登場だから。それから、ちゃんとイヤホンを着けとけよ」
桃は、納得出来ていないのか、頬を膨らまして舞台へ走っていった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
舞台に戻った桃は両手を広げてクリーちゃんに語り掛けた。
「クリーちゃん、一体どうしたの?」
クリーちゃんは触手を振るった。桃は当たった振りをして舞台の上を転がった。
そこへ赤司と先峰が駆け込んでくる。
「桃! 大丈夫か!」
赤司はそう叫びながら桃を抱き起こし、耳元で囁いた。
「大丈夫? 篠原隊員」
「え? もう桃って呼ばないんですか?」
「は? とりあえず早く起きて」
桃が立ち上がると、赤司はクリーちゃんを指差して叫んだ。
「クリーちゃんはクリーチャーになったんだ!」
「クリーちゃんがクリーチャーに?」
桃が復唱する。
「クリーチャーがクリーちゃんに?」
先峰が言う。
「先峰君! クリーちゃんがクリーチャーだよ。クリーチャーとクリーちゃんが逆!」
「え? クリーちゃんがクリーチャーでクリーチャーがクリーちゃんってこと? つまりクリーちゃんはクリーちゃんだしクリーチャーはクリーチャーだね」
「クリーちゃんはクリーちゃんだけど、クリーちゃんはクリーチャーになったんだよ!」
「クリーチャー、クリーチャー、ややこしいよ!」
「二人とも! クリーちゃんのために争わないで!」
もちろん台本にないやり取りだ。赤司は強く咳払いをし、次の台詞を口にすることにした。
「このままではライブに来てくれたお客さん達が危険だ。戦うぞ!」
しばしクリーちゃんとじゃれ合う。その間に赤司は小声で桃に伝えた。
「この後、篠原隊員の着装シーンがあって、俺と先峰君が一旦退がるだろ? その時に俺達は本当に着装してくるよ」
桃は頷き、舞台に倒れて台詞を言った。
「ああ! クリーちゃんは強いわ! こうなったら着装よ!」
桃は舞台奥の出入口に行き、腕を交差させて叫んだ。
「着装!」
出入口の幕が閉じる。幕の向こう側で桃は服を脱ぎ、ヘルメットを被っているはずだ。
再び幕が開くと、桃はピンクの戦士に変身していた。
「ウィンターピンク! さあ、私が戦っているうちに二人も着装をしてきて!」
「ラジャー!」
赤司と先峰が舞台袖に向かい、桃は、独りステージ上に取り残された。
「さあ、クリーちゃん! 勝負よ!」
そう言った時、桃はあることに気が付き、慌ててイヤホンマイクに囁いた。
「赤司先輩。この展開だと、私はダミーのスーツで戦うことになるんですけど……」
『…………』
「黙ってないで何か言って下さい!」
するとイヤホンから菰田の声が聞こえてきた。
『僕に考えがある。少ししたら適当に助けを呼んで』
「わ、分かりました……」
桃はジワジワとクリーちゃんに近付き、適当なところで再び床に倒れた。
「ああ! クリーちゃんは強いわ! 着装したのに敵わないなんて。誰か助けて!」
その時、客席から声が響いた。
「待てい!」
菰田の声だ。桃はそちらを向いて叫んだ。
「その声は! イエ……え?」
桃の視線の先にはピーナツの着ぐるみが立っていた。
「僕は正義のピーナツ、スノーピーだ! トウ!」
スノーピーは高く跳んだ。下にレンジャースーツを着込んでいるのだろう、かなりのジャンプ力だ。しかし、彼は舞台の縁に足を引っ掛け、クリーちゃんの目の前に転がった。
「しまった。視界が悪くて距離感が……ゴベッ!」
クリーちゃんの触手が振り下ろされ、スノーピーの腹にめり込んだ。
「スノーピー!」
桃は叫び、急いでスノーピーをクリーちゃんの手の届かない所まで引きずった。
「ぼ、僕は駄目みたいだ……君に出会えて本当に良かった……ガクッ」
「スノーピィィィィィ!」
再び叫んでから、小声で問い掛ける。
「菰田さん、大丈夫ですか?」
「へ、平気……でも、しばらく動けそうにない……」
桃は救いを求めるように舞台袖を見つめ、マイクに囁いた。
「赤司先輩。着装はまだ完了しませんか?」
『もう少し待って……あ、菰田さんのブラスターがここにある! 篠原隊員、それっぽい台詞を言って! そしたら、そっちに本物のブラスターを投げるよ!』
「わ、分かりました……」
桃は唾を飲み込み、覚悟を決めて両手を天にかざした。
「こうなったらこれよ! 舞い降りよ! 悪を切り裂く光の剣、ウィンターソード!」
直後、ジョギングでもするかのように着装を終えた先峰がゆっくりと舞台に戻ってきた。
「お待たせ、ピンク。はい、これ」
先峰は桃にブラスターを手渡しした。桃は小声で礼を言った。
「あ、ありがとうございます……って、私が痛い人みたいになってるじゃないですか!」
「赤司君がついでに持ってけって言ったんだよ」
「え! 自分で提案したくせに……だいたい、私はいつ本当の着装が出来るんですか?」
「そのままで良いんじゃない? 見てみなよ。あのクリーチャーは弱いよ。ほとんど移動出来ないし、触手もそれほど長くないし、その気になれば僕一人でクールに秒殺だね。だから台本通りに楽しもうよ」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
先峰が着装を終え、赤司は着装車に向かった。その時、潔子がやってきた。
「ねえ! どうしてこんな所に着装車があるの? それに、私のクリーちゃんの様子がおかしいんだけど、何があったの!」
「潔子さん……あの……実は、あいつは、正真正銘のクリーチャーです……」
「え……嘘でしょ? そんな……」
潔子は今にも泣き出しそうな表情でうつむいた。胸の締め付けられる思いがしたが、討伐しなければならない現実がある。赤司は意を決し、ハッキリと潔子に伝えることにした。
「俺が奴を破壊します。潔子さんは客席にいて下さい」
潔子は何も言わず、うつむいたままその場を去っていった。
『赤司、早くしろ……』
イヤホンから熊山の声が聞こえる。赤司は静かに頷き、大の字の窪みに体を収めた。
「着装!」
熊山の操作により着装車が動き出す。機械が体を覆い隠し、人工筋肉が装着されていく。
『着装完了! 充填も正常に進行中だ!』
機械が取り払われ、赤司は足を一歩前に出した。すると目の前に二本のレールが現れた。
『おい、赤司! 気分転換にカタパルトで登場しろ!』
「え? こんな近距離でですか?」
『安心しろ。出力を調整して舞台のど真ん中に着地させてやる。ヒーローが飛んで現れたらカッコ良いだろ? お前はリーダーだ。その美味しい役目をくれてやる!』
「は、はあ……じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます……」
そう答え、赤司は先峰と桃に無線で連絡をした。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
『……着装完了。台本通りに俺を呼んでくれ。そうしたらビックリする登場の仕方をするよ』
赤司からの連絡を受け、先峰と桃は顔を見合わせて頷いた。
桃がクリーちゃんに向かって走り、またもや打たれた振りをして床に転がる。
「ああ! クリーちゃんは強いわ。何度挑んでもまるで歯が立たない……」
「やっぱり最後はあいつに頼るしかないのか……」
先峰の台詞を聞いて桃は立ち上がった。
「そうね。客席のみんなもそう思うでしょ? じゃあ、みんなで声を揃えてレッドを呼びましょう! いくわよ。せーの!」
「レッドー!」
瞬間、ステージ上を上手から下手に向かって赤い物体が横切り、直後に何かが壁に激突する音が響いた。
そしてしばらくすると、下手の舞台袖からヨロヨロになったレッドが現れた。
「何があったー!」
先峰と桃は声を揃えて叫んだ。
「ウィ、ウィンターレッド、さんじょう……」
苦しそうに台詞を言う赤司に先峰が近付き、耳元で囁く。
「見事な惨状だよ。悲惨の『惨』のほうね。ビックリする登場の仕方ってこれだったの? だとしたら相当ビックリしたよ。ハハ。大成功だね」
「少しは心配しろよ……」
先峰が赤司をからかっているうちに、桃は容赦なく話を進行させた。
「これでもう怖いものなんてないわ! だって私達は……」
三人が横一列に並ぶ。
「春でも夏でも秋でもウィンター……」
桃が客席を指差して言う。
「冬ももちろんウィンターランド……」
同じポーズで先峰が言う。
「娯楽と冒険のレジャーレンジャー……」
赤司がふらつきながら拳を握り締めて言う。
「三人合わせて、遊園地戦隊、ウィンターレンジャー!」
戦隊ヒーローのテーマ、インストバージョンが流れる。
三人は舞台の上を跳び回り、クリーちゃんに攻撃をする振りをした。
頃合を見計らい、赤司が二人に話し掛ける。
「そ、そろそろ決めよう。篠原隊員はレンジャースーツを着てないから先峰君が積極的に何発か攻撃してくれ。奴の動きが鈍ったら俺がお客さんと声を揃えてウィンターショットだ」
指示に従い、先峰は助走をつけてクリーちゃんに跳び蹴りをした。するとクリーちゃんは後ろ向きに倒れ、そのまま起き上がれずに床の上でもがき出した。
「あ……」
三人、声を揃えて呟く。もう引くことは出来ない。
「い、今よ! レッド!」
桃の台詞を受け、赤司はレールショットガンに手を掛けた。
その時、クリーちゃんの大福のような足が突然伸び、筋肉質な立派な二本の足に変形した。クリーちゃんはゆっくりと立ち上がり、客席を睨んだ。
まずい。三人はすぐさま真剣な面持ちになり、刀を構えた。スノーピーも立ち上がって格闘の構えを取る。クリーちゃんは今にも客席に向かって走り出しそうだ。
「おい、クリーちゃん……」
赤司は、話し掛けた。
「……客席に行こうとしてみろ。全員で攻撃して一瞬で賽の目状に刻むぞ。ただし、もしステージの上に留まるなら、俺が一対一で、素手で勝負してやる。悪くないだろ?」
クリーちゃんが、言葉が通じたかのように振り返る。
赤司はブラスターをスノーピー菰田に預けた。
「レッド。クリーチャーとの交渉なんて成立する訳ないよ!」
「でも、俺がこいつを破壊するって言い切っちゃったんですよね」
言い終えると同時に赤司はクリーちゃんに向かって走り出した。
クリーちゃんは二本の足が生えたことで人間に近い形になった。身長2メートル強。少し大きい人だと思えば格闘戦は可能なはずだ。
クリーちゃんが触手を振るう。それをくぐり抜けてカウンターパンチを決める。すかさずミドルキック。再び振られた触手を腕でガードし、更に攻撃。赤司は戦いながら言った。
「なあ。お前は愛に包まれて生まれたんだ。それなのにお前は、いや、お前達は、どうして破壊や殺戮を繰り返すんだ……答えてみろよ!」
叫んだ時、赤司のジャンピングハイキックがクリーちゃんの頭部に直撃した。
「ああ、チャームポイントのリボンが……」
客席から声がする。見ると、客席の最前列に潔子が座っていた。赤司は思わずクリーちゃんと距離を取った。
やり辛い。防御の姿勢を取り、赤司は考えた。どこを攻撃すれば良い。そして思い付いた。足だ。元々のデザインに無い部分を取り除けば良い。
「くらえ! ウィンターローキック!」
膝の側面を蹴られ、クリーちゃんがバランスを崩す。赤司は体勢を低くし、刈るように足を振った。クリーちゃんは足元を掬われ、仰向けに倒れた。
高く跳び、回転しながら肘で膝頭を狙う。全体重を掛けると、骨の砕ける音が響いた。
「キティティティティー!」
クリーちゃんの叫びを無視し、赤司は更に集中的に足を攻撃した。
そうして、やがてクリーちゃんは立ち上がれない状態になった。勝負はついた。
赤司は苦しみもがくクリーちゃんを見下ろし、思いを巡らせた。さすがに絶命させるにはレールショットガンで粉砕するしかないだろう。しかし。
顔を上げる。潔子と目が合う。その瞳は悲しげに濡れている。赤司は銃を抜くことが出来なかった。
すると潔子が立ち上がり、客席に向かって叫んだ。
「みんな! レッドを応援しよう! 声を揃えて、ウィンターショットって叫ぼう!」
その言葉を聞き、赤司は覚悟を決めて銃を抜いた。
「やれば良いんでしょ。やれば」
レールショットガンを回転させて一気に銃身を伸ばし、構える。
「くらえ!」
「ウィンターショット!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
翌日以降、着ぐるみはスノーピーに変更され、そして、約二週間の公演は終了した。
「おはようございます。赤司君」
ミーティングの直前、会議室で潔子が挨拶をしてきた。赤司はずっとウィンターランドに出勤していたため、潔子と顔を合わせるのは久しぶりだった。
「あ、おはようございます……あ、あの、潔子さん! 今度、着ぐるみのことについて教えて下さいよ。一緒に、なんか、可愛いものでも考えませんか……なんてね……」
「フフ……私の指導は厳しいですよ」
潔子のメガネが光った気がした。それを見たら、なぜだか安心した。
「おーい、全員集まってるか?」
熊山が入室し、ミーティングが始まる。
「……ウィンターランドの件は大成功だった! また夏休みにでも契約してくれるそうだ。詳しい報告は担当からする。その前にだ、今日はまず紹介したい奴がいる。入れ!」
その言葉に促されて男が入室し、皆の前に立った。
「初めまして。私、本日より株式会社戦隊ヒーロー戦闘班に配属になりました、レンジャーブラック、御影和馬と申します。宜しくお願いします」
それは、握手会に現れた黒服の男だった。