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第四話 『お客様は神様』 Cモーニン編

 会議室のモニターには、ブルー、イエロー、ピンクが空を見上げる映像が映っていた。その映像を背景に、主題歌も担当しているヒロノブによるナレーションが流れる。


『こうして新たな仲間が加わった。次はどんなクリーチャーが現れるのか! 行け! 戦隊ヒーロー! 戦え! 我らが、株式会社戦隊ヒーロー!』


 戦隊ニュースには生中継の速報版と月に一度の総集編版がある。この映像は総集編版だ。その編集済みの映像では、レッドがいないことになっていた。


 フッと画面が消える。熊山がリモコンを操作していた。


「……という訳でだ。今月から桃が加わった。シフトの確認などは各自で行なってくれ」


 桃の入隊を知らなかったのは赤司達三人だけだったため、彼女の紹介は随分とおざなりなものだった。


 株式会社戦隊ヒーロー三階、会議室では、各班の代表者と戦闘員によるミーティングが行われていた。同社では熊山のワンマン体制を象徴するかのように部署という概念が希薄だ。その為、担当する業務の種類によって『班』という棲み分けだけが存在する。


 桃の紹介を含む前回までの報告が終了すると、営業班から資料が配布された。

 赤司は、資料に目を通し、呟いた。


「よっしゃ、久しぶりにスポンサーがスポーツ団体じゃない」


 それを聞いた隣に座る桃が、赤司に尋ねる。


「スポーツ団体がスポンサーだと嫌なんですか?」


「技とかを限定されることが多いんだよ。以前カバディ振興会がスポンサーだった時は大変だったね。攻撃中ずっと『カバディカバディ』言わされたから」


 無駄話を咎めるように潔子が咳払いをする。それを聞いて赤司と桃は姿勢を正した。


「さて、急で申し訳ないが、本日から新しいスポンサーとの契約開始だ」


 熊山の発言により室内がざわめいた。当然だ。通常であれば契約開始までには短くとも一ヶ月の準備期間が用意されている。その間に綿密な打ち合わせやリハーサルを行なうのだ。いくらなんでも発表と同時に契約開始は無理があり過ぎる。


「お前らの言いたいことは分かる。しかし、スポンサーからのたっての希望だ。無下には出来ない。なんせ、今回の取引は今までで最も大きなものだからな」


 手元の資料には、大手食品メーカーの名前が書かれていた。


「戦闘班は今日から、『末永乳業戦隊、ミルキーレンジャー』を名乗って貰う。難しい技の指定などはないから台本に目を通すだけでなんとかなるだろう。安心しろ。ちなみに、契約期間は一年だ! うまくいけば延長も有り得る!」


 複数の唾を飲み込む音が聞こえる。


 特殊警備業者は国から助成金が支給されてはいるものの、それだけではとても会社の運営など出来ない。精密機器の維持だけでも多額のコストが掛かるのだ。それを考えると、長期契約という安定した収入はとても魅力的だった。


 各人が様々な考えを巡らせていると、突然、菰田が手をあげた。


「社長、この特記条件に記載されている、『わざと攻撃を受ける』というのは?」


 熊山は一瞬だけ菰田に視線を向け、それから全員に対し説明を始めた。


「台本を見れば察しがつくと思うが、末永乳業が今一番売りたい商品は、栄養補助食品、『骨骨(ほねほね)元気』という乳飲料だ。コップ一杯で四日分のカルシウムが摂取できるという体に良いんだか良く分からないものなのだが、とりあえず俺達はそれを世間に普及させる必要がある。そこでだ、攻撃は肘鉄や膝蹴りといった骨っぽいものを中心とする……」


「骨っぽいって……」


 赤司が呟く。


「……更にだ、菰田の指摘の通り、わざと何度も何度も攻撃を受ける。そしてお前らはこう言うんだ。『骨が丈夫なお陰で助かったぜ!』ってな」


「『骨骨元気で今日も骨元気! 折れてなーい』って! いくらなんでも無茶でしょ! どうして毎度毎度こういう条件を飲んできちゃうんですか!」


 そう言って赤司は営業班を睨んだ。すると熊山が真剣な面持ちで口を開いた。


「営業は営業の仕事をした。お前らはお前らの仕事をすれば良い。違うか?」


 険悪になりそうな雰囲気を察したのか、菰田が熊山の話に補足をした。


「まあ、赤司君。本当に攻撃を受けなくてもさ、受けたように見えれば良いだけだよ。それに、もう決まったことなんだから、まずは出来る限り頑張ろう」


 赤司は不服そうな顔をしながらも頷いた。


 全ての議題を消化し、赤司が会議室を後にしようとした時、熊山が声を掛けてきた。


「おい、赤司。全ての責任は俺にある。文句があるなら俺に言え。分かったな?」


 その言葉を聞いて、赤司はただ目を伏せた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 ミーティング後、菰田と先峰はパトロールに向かった。本社待機となった赤司は台本を一通り読み終えると、独り地下へと向かおうとした。その時、後ろから桃に声を掛けられた。


「どちらに行かれるんですか?」


「おう、篠原隊員。これから訓練室で特訓。監視作業は撮影班とオペ班がやってくれるから戦闘班はひたすら特訓だよ。やられた振りの練習もしないといけないしな」


「不満があっても、ちゃんとやるんですね……」


「そりゃ、仕事だからねえ。それに不満って言っても、俺達のほうが営業班に迷惑を掛けてるからな。俺達が何かやらかす度に文句も言わず取引先に頭を下げに行ってるんだぜ。凄えなって思うよ。俺には絶対出来ない仕事だね。だから……うーん、特訓だ!」


「……あの、私も、特訓に付き合わせて貰って良いですか?」


「あ、ああ、もちろん……」


 訓練室に着くと、赤司は袖を捲り、ウェイトトレーニングのマシンに向かった。


「さあ、まずは今日もムキムキすっかね」


 その様子を見た桃が笑う。


「本当だったんですね」


「は?」


「先峰さんが言ってたんですよ。赤司先輩は体力馬鹿だから筋トレばかりしてるって」


「真性馬鹿に言われたくねえよ! それからさ、なんで俺のことだけ『先輩』って呼ぶの?」


「先輩だけが私のことを篠原隊員って呼ぶからですよ」


「いや、それは、その、ほら、年下の女の子って何て呼べば良いか分かんないじゃん」


「年下っていっても、そんなに年齢離れてませんよね? 私、もうすぐ二十歳ですよ?」


「そうなの? 十代なかばだと思ってた」


「そんな訳ないじゃないですか。特殊警備員資格取得可能年齢は十八歳以上なんですから」


「そっか、そうだよな……俺と二つ、三つしか離れてないんだ……同年代だな」


 そう言うと、桃が突然顔を赤らめた。


「……あの、桃って、呼び捨てでも、良いですよ」


「それは駄目だよ! かと言って、『ちゃん』とか『さん』も違うんだよなあ……」


 赤司は話をしながらトレーニングマシンに手を置いたが、『体力馬鹿』という言葉が頭をよぎり、その場を離れ、壁に掛かっている練習用ブラスターを手に取った。


「篠原隊員が撃ってるとこ見たことないや。やってみてよ」


 そう言ってブラスターを桃に渡し、シミュレーターを立ち上げる。すると室内に幾つもの移動する丸い的が投影された。桃が慎重に両手で銃を構える。赤司は壁際のソファに腰を掛け、その様子を見守った。

 銃声が響く。最初の数発は的を捉えたが、以降は外れ、ダミーの弾丸は空中で姿を消した。


「ハハハ……銃の腕はいまいちなんだね」


「ほっといて下さい!」


 桃は負けず嫌いらしく、険しい顔をして更に銃を撃った。


「ところでさ……」


 赤司が言う。


「……桃って名前は本名なの?」


 桃は銃を撃ちながら質問に答えた。


「違いますよ。社長が考えた芸名です。アイドルの時は本名を名乗ってましたけど」


「やっぱそうだよな。都合良くレンジャーピンクが桃っていう名前な訳はないよなあ。本名は? 聞いても差し支えない?」


「大丈夫ですよ。本名は桃子って言います」


「は? 芸名と変わんないじゃん。まるでピンクの戦士になるのが運命だったみたいだね」


 桃は時間を掛けて狙いを定めたが、またもや的を外した。


「そうなんです。私が入社したのは運命なんですよ……私、小さい頃にクリーチャーに襲われたことがあるんです。もうおぼろげな記憶ですけど、その時の感情だけは心に残ってて、ずっと怖かったんですよね、クリーチャーが。でもある日、テレビで赤司先輩が戦っている姿を見て、勇気付けられたっていうか、運命感じちゃったんですよ。これだ!って……そういう気持ち、たくましい先輩には理解出来ないですよね?」


 話を聞き終えた赤司は立ち上がり、桃の手からブラスターを取り上げた。


「いや。凄え分かるよ。その気持ち……」


 そう言って片手で銃を連射する。飛び回る的は全て撃ち落とされた。

 桃はそれを見て驚嘆の表情を浮かべながら呟いた。


「凄っ」


「先峰君だったらもっと早く正確に撃つよ。しかも、床を転がりながらね」


「え? 床を転がる意味はあるんですか?」


「さあ……彼にとっては意味があるみたいだよ」


 二人は声を揃えて笑い、それからアクションの練習をすることにした。その時、突然サイレンが鳴り響いた。続けてスピーカーから潔子の声が聞こえる。


『世田谷区北烏山にクリーチャー出現。隊員は直ちに現場に急行して下さい!』


 赤司と桃は顔を見合わせて大きく頷き、一階へと急いだ。走りながらイヤホンマイクを装着し、服を脱ぎ始める。ロッカールームに服を投げ捨ててインナー一枚の姿になり、出動ハッチに向かう。ハッチでは回転灯を輝かせながらシャッターが開き始めていた。


『木村さん! リモコンヘリは?』


 潔子が確認する。


『現場に三台、菰田さん達の所に二台向かわせてるぜ。赤司ちゃん達はとっくに追跡中!』


『それでは赤司君と桃ちゃんの着装シーンから放映始めます! 二人とも準備は良い?』


「オッケー!」

「はい。大丈夫です」


『では、放映開始します。五秒前、四、三……』


 二人は壁に四つ並んでいる大の字の窪み、『R』と『P』に其々走った。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『番組の途中ですが、戦隊ニュースをお送りします……』


 オペレータールームの画面には赤司と桃の姿が映っていた。


『着装!』


 ♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……


 二人を覆い隠していく機械のアップ映像が流れる。木村が撮影と編集を平行して行ない、マニア受けする画に仕上がっている。同時にテロップが表示される。


『株式会社戦隊ヒーロープレゼンツ』


『戦隊ニュース』


『末永乳業戦隊

 ミルキーレンジャー』


 ♪チャチャーン、チャンッ。


 主題歌が流れているうちに潔子は二人に指示を出した。


「……充填完了。現場に到着するまで一旦マイク音声をテレビから切り離します。赤司君、ウラパト起動済みです。現地までのマップデータ転送も済んでいます」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「さすが、仕事が早い!」


 着装を終えた赤司は戦隊ヒーロー専用バイク、ウラパトカスタムにまたがった。桃も赤司に促されてバイクの右側に取り付けられたサイドカーに乗る。エンジンは既に温まっている。赤司は子供のような笑みを浮かべ、フェイスガードを下ろした。アクセルを大きく捻って急発進し、駐車場を抜け、タイヤを地面に擦らせながら左折する。サイドカーが大きく振られ、桃が叫んだ。


「キャー! こーわーいー!」


「ちょっと、篠原隊員うるさい!」


「だって、だって、いやー! 風が冷たくて顔が痛い! やばい、泣きそうです!」


「フェイスガードを下ろせよ!」


「あ、そうか……はあ……あ、慣れたら楽しくなってきました」


 赤司は何も言わず、更に加速した。イヤホンからは潔子の声が聞こえてきていた。


『……現場は成城ストア烏山店の地下一階食品売り場です。まだ警備局から一次警報が発令されたばかりでクリーチャーの詳細などについては不明です』


「こちらレッド。オペレーター、ブルーとイエローは?」


『おそらく全員同時に現場に着くと思います』


「負けてらんね。先に着きます!」


『こちらブルー。僕達の方が先に着くよ。ハンドルを握っているのは僕だからね』


 先峰の背後から、『スピード出し過ぎ!』という菰田の声が聞こえた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 現場ではタコが待ち受けていた。住宅街の真ん中に位置するスーパー、成城ストアは、既に避難が完了し、入口の防火シャッターが下ろされている。

 しばらくすると、遠くから青いパトランプと大きなブラスターを屋根に載せた車が近付いてきた。戦隊ヒーロー専用カー、ガズティーカスタムだ。過剰な装甲が施されたその車は、店の前でドリフトしながら停車した。本来、公道でやってはいけない運転だ。



 少し遅れて赤司は到着し、フェイスガードを上げて舌打ちをした。


『一位先峰チーム! 二位赤司チーム! 三位撮影は~ん』


 木村の声がイヤホンから聞こえ、銀色のワゴン、撮影班も到着。隊員達は乗り物から降りて店の前に集合した。クリーチャーが建物内から出られないという安心感もあってか、辺りには野次馬達が集まっている。


「赤司君、僕に勝とうなんて一日早いよ」


「明日には勝てるんだな……」


 どうでもいい話をしていると、熊山の声が聞こえてきた。


『俺だ! 契約初日にクリーチャーが出現とは、末永乳業にアピールする大チャンスだ! 絶対に決め台詞をするぞ! ただし店内の状況は未だ不明だ。既に全員いるなら今すぐその場でやっちまえ! 台本は頭に入ってるよな?』


 赤司、菰田、桃は大きく頷いた。そして、揃って先峰のことを見つめた。


「僕? 僕は完璧に決まっているじゃないかあ」


 頭に来るほど当てにならない。


『それではお願いします。マイク音声、テレビに繋ぎます』


 潔子が容赦なく話を進める。もう、やるしかない。


「高品質の牛乳の……」


 桃が片手を腰に当ててコップを持つ仕草をしながら言う。


「優れた力を引き出して……」


 菰田も同じ仕草をしながら言う。


「健康と豊かな生活に貢献する……」


 先峰も同じ仕草をしながら言う。


「美味しさ広める美味しい戦士……」


 赤司がコップの中身を飲み干す仕草をしながら言う。


「ミルキーピンク!」

「ミルキーイエロー!」

「ミルキーブルー!」

「ミルキーレッド!」


「四人合わせて、末永乳業戦隊、ミルキーレンジャー!」


 決まった。それを見ていた人々から盛大な拍手が起こる。

 四人は予想外の成功に戸惑いながら観客に頭を下げ、従業員通用口へと向かった。


『建物内の地図を送ります。それから状況確認が出来るまでテレビ音声を止めますね』


 潔子の言葉と同時にゴーグルに成城ストア内の地図が表示される。直後、イヤホンから木村の声が聞こえてきた。


『赤司ちゃん、俺も中に入っていいかな~?』


「建物内の状況は不明なんですよ? 武装していない人が入ったら死ぬかも知れないです」


『俺は……良い画が撮れるんだったら死んでも良いぜ』


「それは勝手ですが、目の前で死なれると後味が悪いんでやめて下さい」


『ちぇっ。じゃあタコちゃんだけで我慢しとくよ。八台ぶち込むから、よろしく!』


 木村との会話を終えると、赤司は通用口の扉を開けて中に入った。

 薄暗い階段を下り、店内への両開きのスイングドアをくぐる。ガサガサと音が聞こえる。四人はブラスターを構えて慎重に店内を進んだ。

 音の出所を探る。そこには調理前のモツのような細長い触手が何本も蠢いていた。この手の触手は攻撃範囲は広いが力が弱い。打たれた振りをするには好都合だ。

 隊員達は目配せをして四方に散り、目標がいるであろう店内中央に向かって間合いを詰めていった。クリーチャーの暴れている音が大きくなる。間違いない。確かに敵はそこにいる。


「いくぞ」


 赤司の合図で四人は棚の影から姿を出し、クリーチャーに対して銃を向けた。

 そして、全員、愕然とした。


「こ、これは……」


 菰田が呟く。続けて、赤司も口を開く。


「しゃ、社長、こいつは最強のクリーチャーです。俺達では倒すことが出来ません」


 四人の目の前には、頭巾を被った牛の着ぐるみがいた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「おい、これ……」


 ディスプレイを見つめる熊山が目を見開きながら呟いた。その呟きに応じるように、同じく画面を見ていた潔子が表情を硬くして説明をした。


「末永乳業のマスコットキャラ、ホルスタイン忍者モーニンですね……」


 熊山は潔子に向かって大声を出した。


「なんでこんな所にいるんだよ!」


「おそらく試飲会でも催していたのでしょう」


 スピーカーから複数の声がする。


『社長! どうしたら良いですか!』

『社長……』


 熊山は頭を掻き毟り、鼻息を荒くしながらマイクに向かった。


「お、お前ら……いいか、絶対に手を出すな。そいつは大事なお客様だ。丁重に扱え!」


 その発言の直後、潔子は台本を棒読みしているかのように淡々と言った。


「さて皆さん。状況も確認出来たことですし、マイク音声をテレビに繋ぎますね……」


『ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ!』


 赤司が慌てて止めに入ったが、潔子は硬まった表情のまま卓を操作した。


「……繋ぎます」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 四人は黙って唾を飲み込んだ。

 とりあえず小声で打ち合わせが出来るよう全員フェイスガードを上げる。


「どうしますか?」


 そう言いながら赤司は菰田に視線を向けた。モーニンを見つめる菰田は、笑っていた。


「いやあ、美味しそうな牛だなあ……」


 急いで菰田に駆け寄り、耳元で囁く。


「落ち着いて下さい。あれは食べようとしてはいけない類の牛です」


「あ、ああ、そ、そうだね……」


 いつに無く冷静さを欠いているようだ。菰田でさえこんな状態では、どうすることも出来ない。赤司は救いを求めるようにタコを見上げた。すると熊山から指示が下された。


『そ、そうだ。そのクリーチャーを手懐けろ……』


「は?」


『末永乳業のモーニンは、クリーチャーに寄生されても優しさを失わないってことを世間にアピールすんだよ! おい、菰田。お前だったらどうにか出来るよな?』


 無理とは思いながらも全員が希望を託すように菰田を見る。


「やってみます……」


 菰田は真剣な面持ちでそう答え、生鮮売り場へと走った。


「みんな! モーニンは牛、つまり草食動物だ。幸い、ここには売るほど野菜が置いてある!」


「そりゃあ食品売り場ですから……」


 桃が言う。菰田は話しを続ける。


「僕がエサを与えて、モーニンと仲良くなるよ!」


 菰田はホウレン草を無造作に握り、モーニンに近付いた。モーニンは何もしてこない。

 考えてみると、モーニンの両腕からは何十本という触手が生えており、先程から全員モーニンの射程圏内に入っている。それなのに誰も攻撃をされていない。ひょっとしたら本当に優しいクリーチャーなのかも知れない。そんな期待が高まった。


 菰田はいよいよモーニンの目の前に辿り着き、ホウレン草を握る右手を差し出した。

 パクリッ。菰田の腕が肘までモーニンの口の中に収まった。


「痛いじゃないか!」


 菰田は反射的に左手でモーニンの顔面を殴り飛ばし、右腕を口から引き抜いた。


「あー!」


 赤司が叫ぶ。


『安心して下さい。今のはテレビに映っていません!』


 潔子がなだめる。


「骨が丈夫なお陰で、殴っても拳を故障しなかったね」


 先峰が言う。


「先峰さん、それ言っちゃ駄目!」


 桃が叫ぶ。


「ンモモモモォォォォ!」


 モーニンも叫ぶ。グダグダだ。


 先程まで穏やかだった触手が暴れ出し、それを避けるため四人は店内を走り回った。だが、触手の数が多く、かわしてもかわしてもきりがない。


「クールじゃないなあ」


 走りながら先峰が呟き、ブラスターをソードモードに切り替えた。


「くらえ! オメガスライサー!」


 瞬時に何本もの触手が切り落とされる。


「出ちゃった。オメガスライサー!」


 赤司がそう言うと、桃が質問をしてきた。


「有名な技ですか?」


「知る訳ないだろ! オメガスライサーなんて!」


『お前ら! 攻撃するなよ!』


 熊山の裏返った声がイヤホンから響いた。


「しかし……」


 赤司が反論をしようとした時、誰かが肩を叩いた。振り返ると、冷静さを取り戻した様子の菰田が、人差し指を唇にあてがいながらマイクに拾われない音量で囁いた。


「カメラに映らない所で触手の本数を減らそう。さすがに今の状況はきつ過ぎるよ」


 赤司は細かく頷いた。そして二人は左右に散り、先峰と桃に同様の提案をした。

 触手を避けながら四人でモーニンを取り囲み、菰田が優しくモーニンに声を掛ける。


「さあ、モーニン。怖くないよ。良い子だ。落ち着こうじゃないか」


 近付くと、案の定、触手を振り抜かれた。菰田は攻撃を受けた振りをして近くの棚に飛び込んだ。缶詰が床に転がり、やかましい音が響く。

 その隙に赤司は滑り込むようにモーニンに近付き、プラズマソードで根元から触手を何本も切り落とした。すぐに離れる。おそらくテレビには吹っ飛んだ菰田の画が映っているはずだ。

 先峰が駆け寄ってきて、親指を立てて囁く。


「グッドスライスッ」


「先峰君。小声なのに、どうして君の発言はうるさく感じるんだろう。不思議だよ」


「いやあ、それほどでも」


 赤司はその言葉を無視し、菰田のもとへと向かった。


「イエロー! 大丈夫か!」


 わざとらしく声を掛け、引っ張り起こしながら耳打ちをする。


「とりあえず、これで敵の攻撃は落ち着くと思います」


「うん。あとは心苦しいけど、他の警備会社さんが到着するまで耐えるしかないかな」


「やっぱ、そうするしかないですよね……」


 不本意な戦略ではあるが、するべきことは定まった。耐え抜くだけだ。

 そう思った時、モーニンの腹にある四つの乳房が膨らみ、先端から液体が噴射された。危険と判断し、四人は咄嗟にそれを避けた。液体を浴びた食品が棚もろとも煙をあげて溶ける。モーニンは立て続けに液体を飛ばした。次々と辺りの物が溶けていく。


「熱っ!」


 赤司は声をあげた。少量の液体を左前腕に浴びたのだ。スーツが侵食されていく。


「まずい! 誰か洗い流す物をくれ!」


「これを使ってください!」


 桃が冷蔵庫から飲料パックを取り出し、赤司に向かって投げる。


「サンキュー!」


 赤司は受け取ったパックの蓋を開け、それで腕を洗った。

 すると熊山の怒鳴り声が聞こえた。


『おい! お前、それ『骨骨元気』じゃねえか! そういう使い方するなよ!』


 聞こえない。聞こえない。聞こえていない。赤司は自身に言い聞かせた。


 腕の熱は収まり、侵食も停止した。しかしスーツには僅かに穴が開き、そこからオイルが漏れ出していた。


『レッドスーツ圧力低下。肘より先のオイル流入を遮断します』


 潔子の声と同時に左腕が重たくなる。


『おいおいおい! レンジャースーツがいくらすると思ってんだよ!』


 熊山が嘆いている。しかしそれどころではない。モーニンは相変わらず液体をばら撒いている。このまま無抵抗では戦隊ヒーロー全滅も有り得る。悩んでいると、突然菰田が叫んだ。


「みんな! モーニンを捕獲しよう」


 赤司はその提案を聞き、菰田に近付いて小声で言った。


「菰田さん、捕獲したらクリーチャーは自爆しますよ」


「それで良いんだよ。僕達が直接手を下すよりはマシでしょ? モーニンの死亡は不可抗力ってことにしよう。もうそれしか方法はないよ」


 赤司は納得し、桃に指示を出した。


「ピンク! 二階に雑貨売り場がある。ロープを持ってきてくれ!」


 それを聞いた桃は頷き、即座に階段を上った。

 残った三人は引き続き店内を走り回った。時間と共に足場が悪くなっていく。しばらくすると、先峰が赤司に耳打ちをした。


「赤司君、もう限界だよ。彼には挽き肉に生まれ変わって貰おうよ」


「もう少しだけ我慢しよう。捕獲して自爆させるんだ」


 二人に向かって液体が飛んでくる。ギリギリでかわす。狙いの精度が上がってきているようだ。床を転げた先峰は左手に刀を持ち替え、右手でレールショットガンを掴んだ。殺る気だ。


「お待たせしました!」


 その時、桃の声と共にロープが飛んできた。


「素敵タイミング!」


 赤司はジャンプしてロープをキャッチし、それを解いて先端に輪を作った。


「くらえ、違う、召し上がれ! ミルキーラッソ!」


 ミルキーラッソ。紛れもない単なる投げ縄だ。最先端の武器を所持しながら、カウボーイごっこをすることになるとは思いもしなかった。


「ウンモォォォォォ!」


 牛の本能が働いたのか、モーニンが走り出して投げ縄は的を外れた。


「いらっしゃいませ! ミルキートラップ!」


 菰田が叫ぶと同時にモーニンがロープに足を取られて転倒した。

 ミルキートラップ。いわゆる括り罠と呼ばれる鹿や猪を捕らえる古典的狩猟法だ。

 先峰と桃が急いでモーニンをグルグルと縛り付ける。予定通り捕獲は成功だ。熊山も潔子も何も言ってこない。おそらく自爆させることを黙認したのだろう。


「終わった……」


 赤司が溜息と共にそう呟いた時、モーニンが再び吼えた。


「ウモー!」


 直後にゲボリッと音が鳴り、その口元から大量の涎が流れ出た。涎がロープを溶かす。拘束を脱したモーニンは勢い良く駆け出し、階段を上り始め、そして、液体を噴射した。液体は階段を上り切った所にある正面出口に向かって飛び、防火シャッターを溶かした。外の景色が広がる。そこには大勢の人達の姿があった。

 もう一度液体を噴射されたら犠牲者が出る。赤司はそう考え、レールショットガンを握った。その時、桃の声が響いた。


「当たれー!」


 空気の擦れる音が鳴り、モーニンの片足が吹き飛ぶ。見ると、桃はレールショットガンを構えていた。モーニンが階段を転げ落ちる。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「とうとう派手にやってしまいましたね……」


 ディスプレイを見ながら潔子は呟き、それから無言になった。

 熊山は苦渋に満ちた表情を浮かべて拳を握り締めた。


 幾つも並んだ画面には隊員達の顔のアップが映っている。全員、指示を仰ぐかのようにカメラを見つめている。


『社長……』


 赤司の声がスピーカーから流れた。


『……社長、俺達は宣伝屋でスポンサーは大切なお客様です。でも、それ以前に俺達は正義の味方でもあるんです。正義の味方にとって最大のお客さんは街の人々じゃないんですか! みんなの命を守る、それが俺達の最も優先されるべき仕事です!』


 その言葉を聞いた熊山は、眉間に皺を寄せながらも口元に笑みを浮かべた。


「……だよなぁ……おい、お前ら! そのクソ牛野郎を好きなように料理しやがれ!」


『ラジャー!』


 隊員達は嬉しそうに声をあげ、フェイスガードを下ろしてモーニンに向かっていった。

 熊山は、清々しい顔をしてディスプレイを見つめた。


『くらえ! ミルキーエルボー!』

『ミルキーキック! 略してミルキック!』

『オメガスライサー!』

『うわぁ、美味しそうなハムだ……』

『ウモモモモォォォォォ』

『そっち持って、そうそう、いくぞ。オリャ!』

『ウモー!』

『ミルキーブラスト! ミルキーブラスト! アーンド、ショット!』

『うわぁ、美味しそうなミンチだなあ……』


 熊山はディスプレイを真顔で見つめながら、静かに零した。


「お、おい……君達、やり過ぎ……」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 翌日、緊急ミーティングが行なわれた。


「えー、急な話だが、末永乳業との契約は昨日で打ち切られた……」


 契約期間一日。株式会社戦隊ヒーローに新たな記録が生まれた。

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