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第三話 『アイドル』 Cイヌニャン編

 株式会社戦隊ヒーロー本社地下の訓練室で、ブラスターの放たれる音が響いていた。3D投影された幾つもの的に次々と穴があいていく。


 腕を組んで壁にもたれていた熊山が、それを見て口を開いた。


「全て問題ないな。それだけ出来れば十分だろう。予定通り週末のイベントの際にサプライズを仕掛ける。分かったな? 期待してるぞ」


 熊山の目の前にいる人物はブラスターをベルトに差し込み、そして、敬礼をした。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 何十匹という着ぐるみ達が会場を埋め尽くしていた。入口には、『ゆるキャラ祭りin代々木2034』と書かれた大きな看板が掛かっている。代々木公園野外ステージ前で行なわれている毎年恒例のイベントだ。寒いというのに客も多くいる。


「元気出しなよ、赤司君……」


 ベンチに座る菰田は缶コーヒーを片手に赤司に声を掛けた。隣の赤司が、『あ』に濁点を付けたような音で返事をする。

 二人ともレンジャースーツを纏い、フェイスガードを上げていた。


「……サンボ振興連盟様は喜んでたらしいじゃないか。それに、来日中のロシア大統領も褒めてたってさ。日本人はやっぱり狂ってるってね」


「それ、褒め言葉ですか?」


「先峰君を見てごらんよ。豪警の車を壊したのにケロっとしてるよ?」


「あいつは馬鹿なだけですよ」


 二人の静かな雰囲気に対し、辺りは賑やかだった。子供達が走り回り、ステージ上ではゲストの女性アイドルが短いスカートを履いて歌をうたっている。


 戦隊ヒーローの三人は着ぐるみ警戒のために会場に派遣されていた。ただし、一般警備は大手警備会社『セムコ』の制服職員が務めており、これといってすることがない。


 赤司は溜息をつき、背もたれに大きく寄りかかって空を見上げた。何かが飛んでいる。


「あれ? うちのタコですね」


「本当だ。戦隊ヒーローのロゴが入ってるね。キムさん達、来てるのかなあ……」


 そんな会話をしていると、見計らったかのように男が声を掛けてきた。


「ようようよう、お二人さん。お疲れちゃん!」


 黒縁のメガネを掛けた軽そうな男、撮影班班長の木村だ。木村は大昔のテレビディレクターのようにカーディガンを肩から掛け、本のような黒い板状の物を脇に挟んでいた。


「あ、木村さん。お疲れ様です……」


 赤司が頭を下げると、木村はいやらしい笑みを浮かべた。


「聞いたよ、赤司ちゃん。この間破壊したバイク、ブラフなんちゃらっていう世界に数台しかない数千万円のプレミア物だったらしいじゃ~ん。そんな貴重な物に乗ることが出来たなんてラッキーだね~。で、減給されたの?」


「減給はされませんでしたけど、特別手当は取り上げられました。ハハハハ……」


 乾いた笑い声をあげる赤司を見た菰田は、気の毒そうな顔をし、話題を変えた。


「ところでキムさん。こんな所でどうしたの?」


「みんなの華麗な仕事振りを撮影しようと思ってね~」


「華麗って、会場を巡回してるだけだよ」


 菰田がそう言うと、木村は黒い板状の物を手に取った。


「そうなんだけどさ~、せっかく新兵器を手に入れたから試したくってね。これ、うちの開発班が作った、チャチャチャン、『携帯型リモコンヘリコントローラ』! 出先でもタコちゃんを操れるんだぜ。こんな風にさ……」


 木村が機械の画面を見ながら操作をすると、どこからか一台のタコが飛んできた。そのタコはステージ前の観客席の上を旋回し、それから群集の向こう側に姿を消した。


 木村が興奮気味に叫ぶ。


「見える! もう少しで見えるぞ! うお、見えそうだ!」


 赤司と菰田がキョトンとその様子を眺めていると、木村は突然振り返り、二人の狭い隙間に無理矢理尻を押し込んできた。


「あ、そうそう、これも見てよ……」


 機械を差し出される。その画面にはアイドルのローアングルの映像が映っていた。


「え? 何を見ろと?」


 赤司が呟く。木村はそれを気にも留めず、話を続けた。


「これさ~、うちの他のカメラの映像も見られるんだよね。ほら」


「ああ、その機能を見ろと言ったんですね……」


 機械の画面は次々と切り替わり、上空からの映像や会場入口の映像などが映し出された。木村が画面を見ながら嬉しそうに喋る。


「この機能を使えばさ、非番の日でもうちの部下がどんな画を撮っているかチェック出来る訳よ。便利だろ~?」


「は、はあ……働き者ですね」


「あ! あいつら撮り方がなってねえなあ。女の子の撮り方が分かってねえよ。クリーチャーと勘違いしてんのかあ? ちょっと説教してくるわ。じゃ~に~」


 木村は足早にその場を去った。

 再び静かな雰囲気が漂う。


「あの人、俺のことをからかいに来ただけですよね……」


「いや、キムさんなりに赤司君のことを励ましに来たんだと思うよ」


「アイドルの際どい角度からの映像を見せてですか?」


 皮肉を込めたつもりだったのだが、菰田からは意外な言葉が返ってきた。


「そうだね。あのアイドルの娘、可愛いしね……」


 菰田はウットリとステージを見つめた。

 ステージ上のアイドルはどう見ても十代。それに対し菰田は四十過ぎだ。彼が未だに独身なのはそういう訳かと赤司は邪推した。ただ、法に触れない限りどういう趣味があろうと責めることは出来ない。見れば、観客席にいる人達は大きなお友達ばかりで、菰田と同年代と思われる人もチラホラいる。

 赤司は、菰田の顔をしみじみと見ながら呟いた。


「人其々趣味は異なります。鼻から白い息が出るほど寒い日にウチワを振り回すのも有りだと思いますよ。負い目に感じることはないですよ……」


「え? 突然何を言ってるの、赤司君」


「え? ロリコンなんですよね? 親子ほども歳の離れた娘に好意の視線を送るなんて」


「違うよ。酷いなあ……あのショートカットの健康的な感じが、僕の娘に似ているなあって思ってただけだよ」


「あれ? 菰田さんって、独身、ですよね?」


「ああ、知らないのか……僕はね、赤司君くらいの歳の頃、そう二十代前半、結婚をしていたんだよ。当時の僕はアクション俳優をしていてね……」


 それから延々と菰田の話は続いた。売れない俳優時代の話、経済的理由で離婚したこと、定期的に娘と面会していること。更に、社長熊山との出会い、イベント会社時代の話、今の会社の立ち上げについてなど、延々とだ。

 重い、その上、長い。赤司は切りの良いところで逃げるように立ち上がった。


「そ、そろそろ警備に戻りましょう。俺、先峰君と交代してきますよ」


「あ、うん。そうだね。じゃあ、僕は客席のほうを見回るね」


 そうして二人は別々の方向へ重い体を引きずるように歩き出した。


 節約のためにレンジャースーツの電源が入っていない状態だった。レンジャースーツの人工筋肉は単なる布のように見えるが、その繊維は硬質マイクロチューブという細い管で出来ている。そこに生体電気の流れに合わせてオイルを流入させることにより、膨張、収縮し、強い力が生まれるのだ。

 しかし当然、電源が入っていなければただの重い鎧になる。その重量、バックパックや装飾も含めると、約四十キロ。歩くのも一苦労だ。


 会場の入口に着くと、青いスーツの男、先峰が、複数の女性達に囲まれて楽しそうにしていた。赤司は、そこに割って入るのは面倒と思い、離れた所から無線で声を掛けた。


「こちら赤司。先峰君、入口の警備を交代するから、休憩にしなよ」


 すると遠くにいる先峰が手を振り、無線から浮かれた声が聞こえてきた。


『今、ファンの人達と親睦を深めていたんだよ。僕はこのまま入口で美し過ぎるチビッ子のママ達を守っているから、レッドはあっちで着ぐるみと遊んでいると良いよ』


 女性達のはしゃぐ声も聞こえる。赤司は溜息をつき、フェイスガードを下ろして元いた場所に戻ることにした。その時、突然イヤホンから囁き声が聞こえてきた。


『赤司君……』


「うお! ビックリしたあ。潔子さん、不必要に強制通話を使わないで下さい。着信ランプが点灯していないのに突然声が聞こえると怖いんですよ」


『失礼ね、私の声が怖いなんて。ところで赤司君。レンジャースーツを着用中は、本名ではなく、色で呼び合うというルールになっているでしょう? 守って下さい』


「討伐作戦中でもないのに、個人通話を聞いていたんですか?」


『返事は?』


「あ、はい。分かりました。ルールは守ります……で、警備中の俺達をなんで監視してるんですか? たまたまかも知れないですけど、さっきは木村さんにも会いましたよ」


『それは……たまたまですね。私はゆるキャラ祭りの臨場感を味わうために、ゴーグルカメラの映像や音声を楽しんでいただけですよ』


 赤司は会場中を眺めた。三頭身の着ぐるみ達が蠢いている。


「ゆるキャラねえ……面白いですか? 兜を被った動物ばかりですよ」


『イヌニャンが人気だからね』


「はい? なんですか、イヌニャンって?」


『知らないの? 第二次ゆるキャラブームの先駆けだよ。かつて、クリーチャー出現により各自治体が自主規制を行なって一瞬でゆるキャラは絶滅したの。でも十六年前、まだクリーチャー防衛も整っていない時に、愛知県犬山市が成瀬家犬山城拝領四百年を記念してゆるキャラを復活させたの。それが犬山城マスコット、戦国武将イヌニャン。長い間、たった一人のゆるキャラとして活動していたのが、近年になって評価されたんだよ』


「詳しいんですね……」


『女子にとっては常識です』


「女子って、潔子さん、来年はミソですよね? もう女子っていう歳じゃ……」


『…………』


 イヤホンの向こうからとてつもない殺気を感じ、赤司は慌てて次の話題を振った。


「あ、その、あれです。その、イヌニャンって、犬ですか? 猫ですか?」


『もちろん猫に決まっているじゃない』


「もちろん猫、なんですね……」


『あ、ほら、今ステージにいる。あれがイヌニャンだよ』


「え? あのアイドルの娘ですか?」


『違います。その隣です。まあ、ある意味、ゆるキャラ界のアイドルだけどね』


 ステージの上には、兜を被った白い猫の着ぐるみが立っていた。


「他のゆるキャラとの違いが分からないですね……」


『何を言っているの! 全然違うじゃない。あの歴史を感じさせる凛々しい顔立ち、ふくよかな体、それに兜の前立てに成瀬氏の家紋、丸にカタバミがあしらわれているでしょ。イヌニャンが守護する犬山城は築城約五百年、天守閣は現存するもののなかで最も古いものなの……』


 それから、歴代城主や文化財保護法についてなど、延々と説明が続いた。


 厄日だ。今日は精神を痛めつけられてばかりいる。

 強制通話は携帯端末側から切断することが出来ないため、潔子の声をBGMに赤司は会場の巡回を始めた。

 着ぐるみ達を眺める。見れば見るほど、どれも似ている。その違いを比較するため再びステージに視線を向けた時、赤司は異変に気が付いた。


「オペレーター……」


『ん? 何?』


「今すぐレンジャースーツをオンにして下さい!」


 潔子も状況を察したらしく、すぐに対応は行なわれた。


『分かった! 隊員一同レンジャースーツ起動させます。充填開始……』


 赤司はステージに向かって走った。充填率が高まるにつれ体が軽くなっていく。


「こちらレッド! クリーチャー出現。目標はステージ上、戦国武将イヌニャンです!」


 イヌニャンの体は小刻みに震えていた。そして、両手から一本ずつ刀のような鋭く長い爪が徐々に生えてきていた。その爪が其々約一メートルに達した時、イヌニャンは吼えた。


「ワオォォォォォン!」


 突っ込んだら負けだ。


 イヌニャンはアイドルに向かって走り出した。

 間に合わない。そう思った時、客席から黄色い影が飛び出し、イヌニャンの前に躍り出た。菰田だ。爪と刀のぶつかり合う音が響く。

 同時に潔子の指示が届いた。


『クリーチャーはイエローに任せて、レッドとブルーは避難誘導を優先して下さい! 撮影班、準備は出来ていますか?』


『こちらキムキム、オッケーだぜ』


『放映開始します! 音声も繋ぐので注意して下さい。五秒前、四、三、二……』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『番組の途中ですが、戦隊ニュースをお送りします……』


 いつものアナウンスと、いつもの曲が流れる。オペレータールームのディスプレイには避難誘導をする赤司達の姿が映っていた。そこにテロップが重なる。


『株式会社戦隊ヒーロープレゼンツ』


『戦隊ニュース』


『チャンバラ戦隊

 スポチャンレンジャー』


 主題歌が終わると再びアナウンスが流れた。


『この番組は株式会社戦隊ヒーローと、スポーツチャンバラ振興協会の提供でお送りします』


 無事に番組が始まったことを確認すると、潔子は背後に立つ熊山に話し掛けた。


「まさかクリーチャーが現れるなんて……予定が狂いましたね」


「凄え偶然だな。しかし、これはチャンスだ。最大限に利用するぞ」


 熊山は不敵な笑みを浮かべ、マイクに向かって怒鳴った。


「俺だ! まずは怪我人を出さねえようにしろ。それからクリーチャーはすぐに倒すな!」


 スピーカーから声が聞こえる。


『こちらブルー! 避難ですが、着ぐるみを着た人達に歩くのが遅いから脱げと言ったんですけど、これは皮膚だと言い張って脱ごうとしません! 避難遅れそうです!』


 それを聞いた熊山は苛立たしげに指示を出した。


「ああ? 犠牲者が出たらうちの評判が落ちるだろ! 無理矢理脱がせよ!」


『フフ……そういう指示を待っていました』


 オペレータールーム全体が凍りついた。潔子が冷めた調子で言う。


「社長。また余計なことを……」


「ま、まずかったか……お、おい先峰。おーい先峰。先峰君?」


 先峰からの返事は無かった。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 ステージ上では菰田が、光る刀、プラズマソードで戦っていた。その間に順調に避難は進んだのだが、ステージの近くにアイドルの女の子が取り残されていた。

 赤司は救出も兼ねて参戦しようと、ブラスターを抜いた。


「ソードモード!」


 そう言って銃のグリップを後ろに引き倒すと、銃身から弦楽器の弓に似た棒が伸びた。


「プラズマオン!」


 唸るような音が鳴り、棒の周辺の空気がプラズマ化して光る刀が出来上がる。


 プラズマソード。棒を覆うプラズマによって触れる物を溶断する武器だ。生物ならば一瞬にして切断が可能。時間を掛ければ金属を切ることも出来る。


 赤司は刀を片手で構え、すり足気味に走った。スポンサーから刀でのみ戦えという指示が出ているのだ。スポーツチャンバラ、略してスポチャンを広めるのが今回の使命だ。

 ステージの直前で高く跳び、宙返りをして着地する。


「スポチャンレッド参上!」


 決まった。あとは派手に打ち合うだけ。ところがイヌニャンは、二対一は分が悪いと判断したのか、転げるように入口のほうへ逃げ出した。


「ちょっ……ブルー! そっちにクリーチャーが逃げた。食い止めてくれ!」


 赤司は無線で先峰にそう伝え、走りながら菰田に向かって叫んだ。


「奴は俺が追います。爪のあるクリーチャーは大嫌いなんですよ。イエローはこっち側で奴が逃げられないように見張ってて下さい」


「分かった」


 力を込めると人工筋肉が膨らみ、パックパックから白い煙が噴き出した。しかし追いつくことが出来ず、イヌニャンは会場入口を通って外に出てしまった。


「ブルー! 行ったぞ!」


『ごめん。見失った』


「は? あんなでかいのどうやったら見失う……」


 入り口に辿り着くと、その答えはすぐに分かった。


「なんだよこれ……」


 そこにはおびただしい数の空の着ぐるみが散らばっていた。中には引き裂かれたようなものもある。イヌニャンはこの中に紛れたに違いない。


「おいブルー。どうやったらこんなことになるんだよ!」


「え? 避難する人の身包みを無理矢理剥いだらこうなるんだよ」


「そ、そうか。わ、分かった……で、どうすんだよ、これ!」


 着ぐるみが山になっていて、どれがクリーチャーなのか全く分からなかった。


「レッド、前向きに考えようよ。敵は息を殺して隠れているんだよ。つまり、逃げることが出来ないってことだろ? 端から順に着ぐるみを刻んでけばクールに解決さ」


 余裕な素振りが鼻に付くが、一理ある。赤司は渋々その提案を飲むことにした。


「じゃあ、レッドはあっちから。僕はこっちから刻むね」


 二人は黙々と地面に転がる着ぐるみに刀を突き立てていった。


 すると、潔子の叫びに近い声が聞こえてきた。


『ちょっと! 二人ともストップして下さい! それはヒーローとして画的に駄目です。不審者が無抵抗のゆるキャラ達を惨殺しているようにしか見えないから!』


 赤司は不服そうに反論した。


「どれがクリーチャーか分からないんじゃ、こうするしかないですよ」


『私なら分かります……木村さん、会場入口を集中的に映してくれます?』


『はいよ。潔子嬢の願いなら聞いちゃうぜ』


 数台のタコによる撮影が始まった。

 赤司は手持ち無沙汰になり、辺りをフラついた。


『赤司君……』


 潔子の囁きが聞こえる。


「はい?」


『その、足元の着ぐるみが、イヌニャンだよ……』


「え?」


 瞬間、近くのうつ伏せになっていた着ぐるみが起き上がり、鋭い爪を突き上げてきた。赤司は体を反らし、間一髪でそれをかわした。


「あっぶな」


 赤司が体勢を崩している隙にイヌニャンは再びステージ方面に向かって走り出した。二人でそれを追う。菰田が進行方向を塞ぐ。

 三人は、会場の中央でイヌニャンを取り囲んだ。


 今回のクリーチャーは足が速い。会場を囲んでいるのは仮設テントとステージ、その横の大きな幕だけだ。油断をすれば公園の外に逃げられる可能性がある。今回は決め台詞を言う暇はなさそうだ。


 三人は慎重に間合いを詰めた。菰田がイヌニャンに対し喋り出す。


「スポチャンは遊びから生まれた自由度の高い剣術だ。一対一の対戦はもちろん、大人数対大人数の合戦、一対複数の乱戦、といった種目もある。つまり、一対三の対決、これはルールに則った正式な試合だ。いざ、尋常に勝負!」


 菰田は高く跳び、刀を振り下ろしながら叫んだ。


「くらえ! 押さえ打ち!」


 イヌニャンは片手を上げて爪で攻撃を凌いだ。そこを先峰が狙う。


「くらえ! 扇打ち!」


 左から右に水平に振られた刀をイヌニャンが胴体をくの字にしてかわす。


「くらえ! 掬い打ち!」


 赤司が右下から左上に向けて刀を振る。イヌニャンは体を反らした。

 今だ。ここから刀を切り返し、扇打ちをすれば胴体は真っ二つだ。


 その時、イヤホンから指示が聞こえた。


『待て! まだ殺るんじゃねえ! 出来るだけ引っ張れ!』


 熊山の声だ。

 赤司は腕を止めた。同時にイヌニャンの爪が喉元に迫ってくる。それをバク転でかわし、一旦距離を取る。赤司は舌打ちをして自分を撮影しているであろうタコを睨んだ。再び熊山の声がする。


『こっちには考えがあるんだ。とりあえず指示に従え。分かったな?』


 先程の技が決まっていればスポンサーも喜ぶ勝ち方だったはずだ。赤司は不満げに呟いた。


「どうする? イエロー」


 その問いに菰田は落ち着いて答えた。


「あの敵の場合、長期戦を覚悟するなら問題は逃亡だろうね。だから均等に三人で周りを取り囲んで、一人ずつ攻撃かな。狙うのは、機動力を削ぐために、足」


「うん。じゃあ俺から攻めるよ。二人は防衛を頼む!」


 赤司はそう言うと刀を中段に構え、一気に距離を詰めた。二度、三度と爪と刀が交わり、プラズマの火花が散る。

 敵は二本の刀を自由自在に振り回しているようなものだ。手強い。だが胴体の幅が太いためだろう、時折、体の中心に隙が出来ている。赤司は刀をイヌニャンの膝に向けて真っ直ぐに突き出した。

 ところが全身が突然重たくなり、刃が届かなかった。イヌニャンが赤司の腹を蹴飛ばす。赤司は吹っ飛び、地面を転がった。


 膝をついて体を起こし、フェイスガードを上げて訴える。


「痛っ……ブルー、イエロー、ま、まずい……スーツの充電が切れた……」


「えー、嘘でしょー」


 菰田と先峰は声を揃えた。菰田が続けて言う。


「どうして出動前に確認しなかったの……って、責めても仕方がないよね。ブルー、ここであいつを二人で囲むのは困難だから、ステージに追い込もう」


 先峰が頷き、二人は走り出した。


 赤司もノソノソとステージに向かう。すると先峰が叫びながら突進してきた。


「そこどいて!」


 体が重くて避けることが出来ない。


「ドハァッ!」


 続けて菰田もバックステップで迫ってくる。


「ちょっとレッド! 危ない!」


「なっ……ゴフゥッ!」


「ごめんレッド! 離れてて!」


 役に立たないどころではなく、完全に邪魔者だ。赤司は思い立ち、潔子に連絡をした。


「オ、オペレーター! 既に分かってると思うけど、レンジャースーツが落ちました。充電をしたいので着装車を手配出来ないですか!」


 時間的に難しいことを承知の上で願い出ると、噛み合わない言葉が返ってきた。


『サプライズ計画実行します。出動して下さい』


「は?」


 直後にステージ横の大きな幕が地面に落ちた。幕の向こうには、着装車がウイングを開いた状態で停車していた。赤司は状況が飲み込めず呆気に取られたが、すぐ我に返って着装車へ向けて走った。分からないことだらけだが、とりあえずこれで充電が出来る。


 トラックのスロープに辿り着くと、背後から気配がした。また誰かに突撃されると思って身構えた時、小さな人影が赤司を追い抜いた。


「お先に失礼します!」


 それは、インナーを着用した若い女性、ステージにいたアイドルだった。


「へ?」


「着装!」


 アイドルが大の字の窪みに体を収め、叫ぶ。機械が彼女を覆い隠す。しばらくしてそれらの機械が取り払われると、そこには、ピンク色の戦士が立っていた。


 赤司は茫然とその場に立ち尽くしていたが、足元にカタパルトのレールが現れたので、慌てて横に跳んだ。スロープから転げ落ちる。同時にピンクの体がイヌニャンに向けて打ち出される。


「スポチャンピンク、見参!」


 ピンクはイヌニャンの顔面に跳び蹴りをくらわした。


「蹴っちゃったー!」


 赤司は叫んだ。すると、いつの間にか傍に立っていた菰田が、話し始めた。


「スポチャンはチャンバラごっこから生まれた剣術だが、元々は護身術として創始された実用的なものなんだよ。その名残もあって、一部種目においては蹴りが認められているんだ」


 この状況でなぜ冷静に解説出来るんだ。感心していると、潔子の声が聞こえた。


『ブルー、イエロー、詳しいことは後で説明します。クリーチャーが倒れているので、今のうちにピンクを中心に決め台詞をお願いします』


 菰田は指示に従い、赤司のもとから走り去っていった。


「イエロー、待って! 俺を置いていかないで!」


 赤司の声が虚しく響く。赤司の見つめる先、ステージの上に三人が並んだ。


「子供の頃の思い出と……」


 イエローが刀を構えて言う。


「護身の技を内に秘め……」


 ブルーが刀を構えて言う。


「えっと、チャンバラバンバンバン……」


 ピンクが刀を構えて意味不明なことを言う。台本を把握していないようだ。


「スポチャンイエロー!」

「スポチャンブルー!」

「スポチャンピンク!」


「三人合わせて、チャンバラ戦隊、スポチャンレンジャー!」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『三人って! 俺は? 俺の存在はどうなってるんだよ!』


 スピーカーから流れる赤司の声を聞いて熊山が舌打ちをした。


「さっきから赤司の奴がうるせえな……」


「社長、ご安心下さい。とっくに彼の音声はテレビ放送から切断しています」


「おう、それは助かった。偶然とはいえ、最高のピンク登場を演出できたんだ。ケチがついたら堪んねえからな」


 熊山は笑みを浮かべ、マイクに向かって指示を出した。


「今回はピンクを中心に戦え! 他はサポートに回るんだ! 分かったな?」


『ラジャー!』


 赤司を除く三人の戦士の声がスピーカーから響いた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 赤司は体の重さと動揺によって立ち上がれずにいた。着装車の傍で横座りし、ハンカチを噛むような仕草をする。するとピンクが走ってきた。手を差し伸べにでも来たのだろう。


「すいません。それお借りします」


 ピンクは赤司のプラズマソードを奪い取り、走り去った。


「え?……ちょっ! それがないとチャンバラで戦えないよ!」


 ピンクは振り返りもせず、二本の刀を構えてイヌニャンのもとへと向かった。


「ワワワンワン! ワオォォォォォン!」


 イヌニャンが立ち上がり、吼える。逃げることは諦めたようだ。戦いに挑もうとする決意が窺える。あの状態のクリーチャーに対し、付け焼刃の二刀流では苦戦するだろう。赤司は自分の出番が訪れるに違いないと考え、着装車から充電ケーブルを引き出してバックパックに差し込んだ。

 ところが、それは杞憂だった。ピンクはまるで自分の手足のように刀を扱っていた。イヌニャンの攻撃は突きを中心とした素早いものだが、それを避けるのではなく、全て刀でいなしている。しかも後退せずに前進しながらだ。その動きは、時に暴力的で、時に繊細、まるで舞踏を舞っているかのようだった。時折散る火花は、その舞のための演出にさえ思える。


「強え……」


 その上、魅せやがる。もはや圧倒的勝利は確実だろう。


 イヌニャンの動きが鈍くなったのを見計らい、ピンクは片腕を高く掲げた。その時、イヌニャンの角のような兜の前立てが急激に伸びた。それが二本の刃となって勢い良く振り下ろされる。

 ピンクは後方に跳んだ。それを追い、イヌニャンが頭から襲い掛かる。ピンクが高く跳び、イヌニャンの肩を踏んで背後に回る。イヌニャンがすぐに振り返り、なぎ払うように爪を振るう。


 ガキンッ。


 高い音が鳴った。ピンクがその爪を刀で受け止め、一瞬の膠着が生じた。


 二本の爪と二本の角、イヌニャンは四刀流。ピンクのほうが不利。参戦するならば今だ。赤司は腕の端末を操作し、ゴーグルの表示を確認した。残り稼働時間、二分。いける。

 赤司は充電ケーブルを引き抜き、走り出した。そして大事なことを思い出した。


「武器がないじゃん!」


『赤司君、何をしているの?』


 潔子から冷静な指摘が入る。


 そうしているうちにイヌニャンが頭と腕を振り回した。さすがに四方向からの攻撃を刀のみで防ぐことは出来ず、ピンクはバランスを崩しながら後ずさった。

 ピンクは隙だらけ。危険だ。ところがそこで、イヌニャンの動きが止まった。


「四本の刀で襲い掛かってくるなら、僕達も四本で良いよね?」


 先峰が角を刀で受け止めていた。爪は菰田が封じている。

 一匹と二人は一旦散開した。後方に跳びながら菰田が言う。


「敵の武器を削ろう。僕は右の角の根元をやる。ブルーは左を頼む」


「オッケー」


 菰田と先峰はイヌニャンを中心に息を合わせて線対称に動いた。左右から同時に間合いを詰める。そして二人は、体を横に回転させながら両手で刀を斜めに振り下ろした。

 イヌニャンの兜が飛ぶ。その頭は、耳が無く、団子のようだった。


「ピンク! 今だ!」


 ここぞとばかりに赤司は叫んだ。

 ピンクは走って高く跳んだ。イヌニャンも跳ぶ。そして、二つの影は空中で交差した。


 一匹と一人が、距離を置き、背中合わせに着地する。


「必殺、スポチャン斬り」


 そう言って、ピンクがプラズマソードをブラスターモードに切り替えて刀身をしまうと、イヌニャンは全身から体液を噴き出しながら地面に倒れた。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「マイク音声、テレビから切り離します……お疲れ様です。完璧でした。あとはラストシーンだけですけど、赤司君、赤司君はカメラに映らないように気をつけて下さい」


『え! なんで!』


 画面に映る赤司を除く三人は、ステージの上に立ち、空を見上げた。


『以上をもちまして、戦隊ニュースを終了いたします……』




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 一段落すると、ピンクがフェイスガードを上げて、赤司にブラスターを差し出した。


「あの、これ、ありがとうございました」


 赤司はそれを乱暴に受け取り、そして、質問をした。


「一体どうなってるの? 君は、え? ん? 何者?」


「本当はステージの最後に、『アイドル辞めてヒーローになります』って宣言して、着装を披露するだけだったんですけど、予定が狂っちゃいました。皆さん、ビックリされました?」


 上目遣いに尋ねるピンクに対し、赤司達三人は大きく何度も頷いた。


「じゃあ、サプライズは成功ですね。良かったあ……あ、いけない。まだ自己紹介をしていませんでしたね。えー、私、本日より株式会社戦隊ヒーロー戦闘班に配属されました、レンジャーピンクこと、篠原桃と申します。よろしくお願いしますっ」


 桃は敬礼をし、首を傾げてニコリと笑った。

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