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第二話 『三人の戦士』 Cナスビーノ後編

 その生物が初めて発見されたのは十七年前のことだ。



 二〇一七年一月。


 初売りで賑わう新宿の電気量販店の前で、オランダ生まれのウサギの着ぐるみが風船を配っていた。冬休み期間と言うこともあり街には家族連れが多く、販促の一環としてヘリウムガス入りの風船を無料で配布していたのだ。

 その販促戦略は功を奏し、小さな子供達はウサギの着ぐるみに駆け寄った。大人達も子供に引きずられてウサギの周りに集まっていた。


 事件発生時、そのウサギの着ぐるみの周りには子供、大人合わせて三十名近くの人が集まっていたという。


 午後一時。着ぐるみの中の人が別の人に交代するためウサギは一旦店内に戻った。

 だが、風船は終日配布すると看板に書いてあったので、ウサギの着ぐるみが退がった後も多くの人がその場に残り、再登場を待った。

 ウサギは大量の風船を持って、すぐに店内から戻ってきた。無秩序に子供達がウサギに近付いた。しかし、多くの子供は手を伸ばさず、何かに怯えた。

 大人達にしてみれば、さっさと風船を受け取り、買い物の続きをしたかったのだろう、ある母親が子供の代わりに風船を貰おうと、ウサギの着ぐるみに手を伸ばした。

 ところが差し出されたのは、風船ではなく、鋭い爪だった。

 ソーセージのような物が四本、地面に転がった。母親は手を引っ込めた。その手は、指が無くなっており、血に塗れていた。


 後に、『フィフティーの惨劇』と呼ばれる事件の始まりである。


 幾つもの悲鳴がこだまし、風船が空を舞った。その風船の下には、血の池が出来上がっていた。長さ三十センチほどの爪を携えたウサギの着ぐるみが、辺りの人々を切り刻んだのだ。

 勇敢にもウサギに飛び掛かった者も何人かいたが、尋常ならぬ力でことごとく投げ飛ばされてしまった。誰も、駆け付けた警官さえも、ウサギを止められなかった。


 事件発生から三十分後、機動隊の出動により事態は収拾に向かう。

 早々に取り押さえることは断念。大量の銃弾が用いられ、ウサギの着ぐるみは活動を停止した。

 容疑者の生死を確認しようと警官達が着ぐるみの頭を取り外したところ、中には、ドロドロに溶けた『何か』が詰まっていた。


『何か』。謎の生命体、クリーチャーの残骸である。


 その後の調べで、ウサギを着る予定だった従業員が店内に残っていたことが判明。無人の着ぐるみが突然動き出したという証言が得られた。


 死者、警官と民間人を合わせ二十四名。負傷者、五十六名。今現在においても、クリーチャー襲撃事件において最大の犠牲者数である。

 世界で初めて発見されたクリーチャー、ウサギの着ぐるみは、活動を停止するまでに五十発の弾丸を撃ち込まれたことから、C(クリーチャー)フィフティーと呼ばれることとなった。


 その後、日本を中心に世界各地で同様の事件が発生。瞬く間にクリーチャーの存在は認知された。しかし、今をもってしてもなおクリーチャーの正体は掴めておらず、判明していることは数えるほどしかない。

 まず、クリーチャーは着ぐるみなど人の形をしたものに寄生する。寄生後の能力には個体差があり、フィフティーのように鋭い爪を持ったもの、触手のあるもの、外骨格を持つもの、動きの速いもの、と様々だ。ただし、いずれも知能が低く凶暴であるということは一致している。

 次に、クリーチャーは死体を残さない。体液が強酸なのか、活動停止と共に急速に酸性化するのか、倒されたクリーチャーの体は、着ぐるみ部分だけを残して酸性を示す液体に変化してしまう。その為、タンパク質を採取することも出来ず、研究が一向に進んでいない。

 生体の捕獲が目下の目標ではあるが、過度のストレスを与えると自爆してしまうという特性もあり、成功に至っていないのが現状である。


 クリーチャー出現からしばらくの間、研究が進まないのと同様、防衛面についても対応が遅れた。政府内部において管轄は警察庁か防衛省かで揉め、頻発する襲撃事件に対し、都度、場当たり的な対応をするという時期が二年は続いただろう。

 世間からは着ぐるみや人形が消え、殺伐とした雰囲気が漂った。

 その混迷の時期に、商魂たくましい民間企業が動いた。大手警備会社二社、『豪壮警備』と『セムコ』がクリーチャー対策部門を設立。自治体や企業と契約し、街の防衛に当たったのだ。

 彼等は法の隙間を縫って市街戦を目的とした強力な武装を考案した。その当時、医療用補助器具として開発されたばかりの油圧式人工筋肉、後の『レンジャースーツ』と、玩具や工業機械として扱われていた『プラズマ放射器』および『レールガン』を武器として採用したのだ。

 それは脅威的と言って良いほどの効果を発揮し、クリーチャー防衛は安定した。

 現在はいずれの武器も、兵器もしくは準模造刀および準模造銃という扱いを受け、規制対象となっているが、クリーチャー討伐に有効という既成事実によって、特殊警備員資格保持者に関しては使用が認められている。



 二〇三四年一月。


 東京都武蔵野市、カクイ百貨店吉祥寺店前に、茄子の着ぐるみの姿をしたクリーチャーが出現。速やかに避難が行なわれ、討伐態勢は整えられた。しかし、討伐に駆け付けたのは大手警備会社の人員ではなく、中小企業の社員であった。

 各自治体や地元に根差した企業と契約を行なっていない、唯一の、広告収入のみで運営されている警備会社、『株式会社戦隊ヒーロー』。


 クリーチャー・ナスビーノ三世の討伐は、同社の三人の戦士に託された。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『……三人合わせて、ロシアン戦隊、サンボレンジャー!』


 画面には三人の戦士が映っていた。三人は脇を締めて前傾姿勢の構えで立っている。


 ♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……


 株式会社戦隊ヒーローのテーマ、インストバージョンが流れる。大型ディスプレイの映像を見て、オペレータールームのスタッフ達は再び拍手をした。


 三人が音楽に合わせてナスビーノに向かって走り出した時、スタッフ達と一緒にディスプレイを見ていた社長、熊山が、他の画面に視線を向けた。その画面にはイエローの顔が映っていた。イエローはさり気なくカメラに視線を向けながら自身の口元を指差している。


「おい。イエローのマイク音声をテレビ放送から切り離せ。菰田が何か言いたいみたいだ」


 熊山がそう言うと、オペレーターの潔子がすぐに応じた。


「イエローのマイク音声、テレビから切り離します」


 目の前の卓を操作する。直後にスピーカーから菰田の声が聞こえてきた。


『お疲れ様です社長。菰田です。サンボ振興連盟様の件について、状況は十分に把握しています。それを踏まえた上、恐縮ですが、あのクリーチャーに関節技は困難と思われますので、他の技での攻撃に切り替えをお願いしたいのですが』


 その提案を聞いた熊山は険しい顔をしながらも頷いた。


「分かった。先方に確認をしよう。結果については後で連絡する。それまでは無難にこなしてくれ。頼むぞ」


『ラジャー』


 菰田の返事を聞くと、熊山はすぐに電話を手に取った。

 やり取りの終了を察し、潔子が即座に言う。


「マイク音声、テレビに戻します」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




 無線のやり取りを聞いていたレッド、赤司は、菰田に感謝を伝えるために走りながら頭を下げた。それに対し菰田は、片手を広げて気にするなというジェスチャーで応じた。

 先峰が意味も無く前回り受け身をし、片膝をついて喋り出す。


「でも、どうなんですかねえ、サンボって。登場シーンの前傾の構えとか微妙ですよね」


 モデル並みのルックスをしているブルーこと先峰瞬は、常日頃、格好のことばかりを気にしている。それを考えると、『微妙』という愚痴は彼らしいと言えば彼らしい。だが、その発言を聞いた赤司は、顔を、表から見れば赤いが、青くした。そして慌てて先峰のほうを向き、口の前で両手の人差し指を重ねて『×』を作った。

 マイクの音声が放送に乗っている。そう伝えたつもりだったのだが、何をどう勘違いしたのか、先峰からは投げキッスが返ってきた。駄目だ、こいつ。


 赤司に比べ菰田は落ち着いていた。彼は顎に手を当ててブルーを見ながら頷いた。


「ブルー。それは良いところに気が付いたね。投げ技や関節技で戦う格闘技サンボは、柔道と違ってタックルや脚を掴んでの投げが認められているんだ。だから重心を低くする姿勢は、攻撃、防御、どちらにおいても有効な姿勢なんだよ」


「へえ、じゃあ前傾の構えは理に適ったものなんですね」


「うん。そうだよ。だから、これからも前傾の構えをやろうね」


「はい。教えてくれてありがとうございます」


 なんとなく教育番組のような展開になった。誤魔化せたに違いない。赤司は自分自身にそう言い聞かせ、前を向いた。


 三人でナスビーノを取り囲む。すると菰田が呟いた。


「それにしても……あのナスビ、美味しそうだなあ」


 加えて腕でよだれを拭きとるようなジェスチャーをしている。


 さすがだ。赤司は感心した。熊山の提案により三人にはキャラ設定がなされていた。レッドは熱血、ブルーは冷静、そしてイエローは食いしん坊。その思い付きとしか言いようのない安直な設定を、赤司と先峰は完全に無視しているが、菰田だけは律義に守っていた。

 四十歳をとうに過ぎている小太りな男、菰田信行は、社内で最も真面目な人物だ。その性格もあって、隊員三名のリーダーは表向き名前に『赤』が付くという理由からレッド赤司となっているが、実際には菰田が全体をまとめている。菰田がもしいなかったらテレビ放送などとても無理だっただろう。


「本当に美味しそうだ……」


 まだ言っている。


「こんな季節に新鮮な茄子を頂けるなんて……」


 まだ言う。


「食べ方は浅漬けが良いかな……」


 更に言う。


「いや、焼くか?」


 自問している。


「それにしても、美味しそうだ……」


 少ししつこい。


 そろそろ戦ったほうが良い。そんな雰囲気が漂った時、熊山から連絡が入った。


『菰田。待たせな。サンボ振興連盟に確認が取れた。全員、黙って聞け。サンボの技ならば何を使っても良いとのことだ。ただし! 国際サンボルールに則り勝ちを収めるという条件付きだ。なお、銃火器の使用は最低限ならば良いが、打撃技は駄目だ。分かったか?』


 三人は黙って頷いた。サンボの技のみ使用という条件は厳しい。だが、腕ひしぎ十字固めだけに限定されていた先程に比べたら大分マシだ。

 赤司は胸を撫で下ろした。と同時に、何者かに背中を撫で上げられた。振り返った瞬間、赤司は腹を触手で殴られ、後ろに大きく吹っ飛んだ。余計なことに気を取られてクリーチャーのことを薄っすら忘れていた。

 ナスビーノが触手をグルグルと回しながら近付いてくる。あんなもので殴られたら耐久性に優れたレンジャースーツを着ていても、タダでは済まないだろう。

 触手が大きく振り上げられる。


「デ、デジャヴ!」


 赤司が叫んだ時、赤い閃光が走り、触手が弾かれた。

 見ると、先峰が銃を構えて立っていた。


「デ、デジャヴ?」


 小さく呟く。


「どうだい? 僕のクールな銃弾の味は? もう一度くらっとくかい?」


 そう言って先峰が更に数発ブラスターを放った。ロック機能も使用せずに動き回る触手に器用に銃弾を命中させている。その隙に赤司は立ち上がった。


「ほら、クールだろう! ほら! ほら!」


 先峰はまだ撃っている。


『おいおいおいおいおい、撃ち過ぎだ』


 熊山が苛立った声をあげる。


「クールブラスト! クールブラスト! クールブラスト! クールブラスト……」


 先峰は銃を連射している。


『おい。クールブラストってなんだ! サンボブラスターだろ? おい、誰か、銃を乱射しているその馬鹿を止めろ!』


 熊山は更に苛立っている。

 赤司は溜め息をついて熊山に訴えた。


「社長、お言葉ですが、その状態の『その馬鹿』は誰も止められないですよ」


 すぐさま潔子から指摘が入る。


『赤司君、その言葉、放送されています』


「あ、しまった!」


『赤司! お前、馬鹿! お前も馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!』


 ホップ、ステップ、ジャンプで、一番大きな苛立ちが赤司に向けられた。ヘルメットをしていなかったら赤司はイヤホンを外して投げ捨てていただろう。


「よし!」


 突然、菰田が声を張った。


「レッド! ブルーが『サンボブラスター』で敵の気を引いているうちに、間合いを詰めてサンボの力で攻撃するぞ!」


「お……おう!」


 赤司がその機転の速さに戸惑っているうちに、菰田はナスビーノに向かって走り出した。触手をジャンプでかわし、くぐり抜け、着実に目標に近付いている。

 ところが掴み掛かろうとしたその時、触手が横から振り抜かれた。


「グアッ!」


 悲鳴をあげて菰田は吹っ飛んだ。


「イエロー!」


 赤司は叫び、そしてマイクに拾われない音量で呟いた。


「……うまい」


 今の攻撃は当たっていなかった。菰田は当たった振りをして自ら横に跳んでいたのだ。おそらくカメラには大きなダメージを受けたかのように映っていることだろう。


『よーし、良くやった菰田。盛り上がってきたぞ! お前だけは頼りになるなあ』


 熊山が機嫌良さそうに言った。

 この流れを止めてはいけない。赤司はそう考え、菰田に続いて走り出した。左からくる攻撃を体を反らしてかわし、右からの攻撃を側転宙返りでかわす。そして再び左から攻撃がくる。これだ。この触手に当たった振りをしよう。

 身構えた時、その触手は先峰の放った弾丸に弾かれた。


「ちょーっ!」


 思惑が外れて赤司は体勢を崩した。その隙を突かれて右から触手を振り抜かれる。


「ボルシチッ!」


 赤司は叫びながら脇腹を押さえて地面に転げた。

 先に立ちあがっていた菰田が駆け寄り、フェイスガードを上げて囁く。


「赤司君! 大丈夫? 今の攻撃、本当に当たっていたよね?」


 赤司もフェイスガードを上げた。


「い、いえ、当たっていないです。だ、大丈夫です……」


「そ、そうかい? それなら良いんだけど……」


 赤司は痛みを我慢しながら立ち上がると、汚れてもいないのに砂を払う仕草をし、親指を立てて菰田に笑顔を向けた。菰田が呟く。


「あ、赤司君……良く分からないけど、なんか、カッコ良いよ……」


 赤司は頷いて、フェイスガードを下ろした。菰田もそれに続く。


『おーい、赤司。今の打たれる演技、なかなか良かったぞ。やれば出来るじゃねえか』


 熊山から褒め言葉を貰ったが、素直に喜べなかった。


 触手が赤司と菰田に向かって振り下ろされる。二人は左右に散って攻撃をかわした。


「くっそー。あのクリーチャー、ホントいい加減にしろよ!」


 赤司は歯を食い縛りながら台詞を口にした。


『迫真の怒りの演技だなあ。その調子でいけ!』


 熊山が上機嫌だ。このままいけば本当に特別手当が出るかも知れない。

 赤司は率先して攻める覚悟を決めた。サンボの技限定ということは『投げ』を使えば良い。


「ブルー! 援護頼む!」


 そう言って走り出す。


「オッケー。クールに決めるよ!」


 赤司はその言葉を聞いて不安になり、一旦立ち止まってブルーを見た。


「ブルー! サンボブラスターでっ! 援護頼む!」


「なんで二回言うのさあ」


「……気にするな」


 赤司は再び走り出した。


「くーらーえー……」


 目一杯感情を込めた、ような、格好付けた叫びをあげる。決め技の前振りだ。しかし、その叫び声は突然鳴り響いたサイレンに掻き消されてしまった。

 赤司は動揺し、サイレンのするほうを向いた。その瞬間、左の脇腹を触手で殴られた。


「ピロシキッ!」


 叫びながら地面を転げる赤司のもとに先峰が駆け寄ってくる。


「レッド! プププ……僕は何の援護を頼まれたの?」


「て、てめえ……少しは体の心配をしろよ!」


「さっき右の脇腹を叩かれて、今度は左を叩かれたから、良かったじゃん」


「はあ?」


「カイロプラクティック的にバランスが取れてさ。ハハ。これで背骨真っ直ぐだよ」


 先峰は、冗談ではなく、本気でそう思っていそうで怖い。


「レッド、大丈夫か?」


 菰田も赤司のもとに寄ってきた。


「だ、大丈夫です。サイレンに気を取られました。こんなタイミングで来るなんて……」


 赤司は再びサイレンのほうを見た。菰田と先峰もそちらを睨む。三人の視線の先から青いパトランプを屋根に付けた車が近付いてきて、数十メートル先に停車した。サイレンが止まる。

 そして、車の中から紺色のレンジャースーツを着た二人の男が現れた。


 赤司は呟いた。


「豪警め……」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




「社長、豪壮警備が来ましたね」


 潔子の言葉を聞いて、熊山が舌打ちをした。


「ちくしょう紺色軍団め。良いところで乱入してきやがって。ここらは奴らのシマか?」


「カクイ百貨店グループが豪壮警備と契約をしていますね」


「奴らも顧客に良い顔したくて実績が欲しいんだろうなあ。だが獲物はやらねえよ」


 豪壮警備。通称『豪警』。大手警備会社二社の一角をなす企業だ。レンジャースーツの所有数が民間企業では最も多く、そのスーツの色から紺色軍団とも呼ばれている。


 熊山はマイクに向かって怒鳴った。


「おい! 豪警なんかに見せ場を奪われんなよ! もたもたしてっと、あいつらは勝手に参戦してくるぞ! そろそろ仕上げにかかれ!」


 指示を出し終えた熊山は、指をポキポキと鳴らし、興奮気味に笑い出した。


「ハッハッハ……地味な紺色野郎は隅っこで指を咥えてろ。なんなら、誤射の振りをして一発脅してやろうか。なーんてな……」


 それは独り言だったのだが、スピーカーから返事が聞こえてきた。


『僕に任せて下さい!』


 先峰の声だった。嫌な予感がし、オペレータールーム全体が凍りつく。

 大型ディスプレイに映る先峰は走り出していた。先峰はナスビーノを中心に豪警の車と対角線の位置に移動し、ブラスターをしまうと、ベルトの右側に差さっているもう一つの銃を取り出して構えた。カシャカシャと音を鳴らして銃身が伸びる。


 熊山は茫然としながら呟いた。


「お、おい……あいつ、何をやろうとしているんだ……」


 先峰の構えた銃、レールショットガンから出力の上昇する音が聞こえる。


「ま、まずい……おい、先峰! やめろ! 冗談だよ! 撃つな!」


 直後に再び先峰の声が聞こえた。


『サーンボショット』


 空気の擦れる甲高い音が響き、一直線に弾丸が豪警の車に向かって飛んだ。


 レールショットガンは、ブラスターとは異なり電磁誘導の力で実弾、それも散弾を飛ばす銃だ。速射性はブラスターに劣るが、その破壊力は凄まじく、車のボディも軽々と撃ち抜く。


 先峰の放った弾は燃料タンクに直撃したらしく、着弾からワンテンポ遅れて、豪警の車は爆発を起こした。『ドーンッ』と轟音が響く。

 大型ディスプレイは赤い光に染まった。その映像が繰り返し再生される。


 リプレイ、カメラ1の映像。『ドーンッ』。


 リプレイ、カメラ2の映像。『ドーンッ』。


 リプレイ、カメラ3の映像。『ドーンッ』。


 熊山の顔もディスプレイからの光に照らされて赤く染まっていた。


「…………」


「社長。先峰君の馬鹿さ加減を侮った社長が悪いです」


 潔子がディスプレイを見上げ、眩しさに目を細めながら呟いた。


「お? 俺か? 俺が悪いのか?」


 熊山は狼狽してスタッフ達に尋ねた。

 皆、視線を逸らす。そんな中、潔子だけが静かに頷いた。


 リプレイ、カメラ4の映像。『ドーンッ』。


「おい! キム! しつけえよ! くだらねえ映像を繰り返すな!」


 爆発の映像が流れ終わってからも熊山の顔は赤かった。


『すいませ~ん。あまりにも良い画だったんで、つい~』


 スピーカーから聞こえる木村の声は楽しそうだ。


『なんということだ!』


 続けてスピーカーから菰田の声が流れた。熊山はディスプレイを見つめた。


『……ブルーがクリーチャーを狙って撃った弾が、クリーチャーが避けたために、クリーチャーのせいで! 豪壮警備さんの車に当たってしまった。なんという不運だ。でも、誰も怪我をしていないようだ。それは我々の日頃の行ないのお陰かも知れないっ!』


 菰田は拳を握りながら熱く語っていた。


「こ、菰田……ナ、ナイスフォローだ。少し言い訳がましいが、良しとしよう。やはり頼りになるのはお前だけだ。本当に、うん、期待してるぞ。さ、幸い、豪警の奴らはビビって、というより、消火活動に必死になっていて、クリーチャーの相手は出来そうにない。今がチャンスだ。やれ! やっちまえ! ハハ、ハハ、ハッハッハッハ……」




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『……ハッハッハッハ……』


 イヤホンから熊山の笑い声が聞こえていた。

 その乾いた声を聞いただけで熊山の引きつった顔の様子が細部に至るまで想像出来る。おそらく本日中に熊山は豪壮警備に謝罪に行くことになるだろう。ひょっとしたら先峰も同伴することになるかも知れない。

 すぐそこでは豪警の車が未だ強い炎をあげていた。先峰は銃や刀といった武器の扱いに長けており、百メートルも離れていない的を外す訳がない。彼は液化ガスに引火することを承知の上で、あえてタンクを狙ったに違いない。馬鹿って、怖い。

 そんなことを赤司が考えていると、菰田が大袈裟な身振りを交えて話を始めた。


「レッド! ブルー! あのクリーチャーは恐ろしい奴だ! クリーチャー討伐専門の警備車両をいとも簡単に破壊するなんて、相当な強敵だ! このまま放っておいたら更なる被害が生じかねない。正義のために、急いで、急いで倒すぞ!」


 もはや何が正義か分からない。


「そうだね。じゃあ、僕は引き続き援護に回って触手の動きを封じるよ!」


 白々しく先峰が言う。それを聞いて菰田が提案をした。


「では僕がクリーチャーの気を引くから、その隙にレッドがとどめを刺してくれ。頼むぞ」


「お、おう。分かった……みんな、サンボの力を見せつけてやるぞ。行くぞ!」


「ラジャー!」


 クリーチャーへのとどめは、原則、レッドが担うことになっている。赤司としては、リーダーという肩書きに拘りはなく、また目立ちたいとも思っていないので、誰がフィニッシュをしても良いのではないかと考えている。しかし、給与を貰う以上、会社の提示する演出に極力従うのが自分の仕事とも思っており、常に、こなしている。

 今回も綺麗にお話を畳めば良い。そうすれば熊山の機嫌も直るだろう。赤司は独り頷いた。


 三人は散開し、距離を取ってナスビーノを囲んだ。先峰が銃をブラスターに持ち替える。菰田が左右にステップしながら間合いを詰める。赤司はナスビーノの後ろ側に回った。


 後ろからの投げ技となると、裏投げだな。赤司は考えた。敵が二人に気を取られているうちに真後ろを取るんだ。そこまでは気付かれないように声を出さず、胴体を抱えたところで、『くーらーえー!』と叫ぼう。技のサンボ式の名称はあるのか? 間違う訳にはいかないので和名だな。『必殺裏投げ!』で良いだろう。その後はレールショットガンで思う存分粉砕だ。今日は特別手当が貰えるかも知れない。そうだ。あの茄子のことを自分の中ではボーナスと呼ぼう。


「フフ……フフフフフ……」


『赤司君、その笑い方はやめて下さい』


 潔子が冷めた調子で言う。赤司は自分のことを撮影しているであろうタコを指差した。


「潔、あ、オペレータールームのみんな! サンボレッド、いきます!」


 前屈みになって走り出す。ナスビーノの右の触手は先峰に封印されている。左の触手は菰田を追うのに必死だ。今が絶好のチャンス。赤司はマイクに拾われない音量で呟いた。


「広い背中がガラ空きだぜ。ボーナスちゃんよ」


 ナスビーノの背後に滑り込み、脇の下に手を通して胴体にしがみ付く。力を込めると人工筋肉が膨れ上がった。予想以上に重い。赤司は、完全に持ち上げようとはせず、敵を胸に引き寄せて体を捻り、横に投げ倒そうとした。


「くーらー……」


 叫ぶ。瞬間、ナスビーノの王冠の中から三本目の触手が生え、赤司の頭部を横殴りした。


「……ったー!」


 赤司は地面に転がった。厄日だ。今日一日で何回地面を転げただろう。


「レッド! 大丈夫か!」


 菰田と先峰が声を揃えて言う。

 赤司は頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。


「平気、平気……」


 そうは言ったものの、さすがに頭部への攻撃は堪え、目眩がした。


 その時、頭の奥底で光が瞬き、赤い景色が広がった。鮮明な赤ではない。濁った、禍々しい赤だ。それは火にくべられた油絵のように、グニャグニャと歪み、所々に褐色の染みを滲ませている。その景色の中央に、奴がいた。

 小さな口とつぶらな瞳の、風船を持った、ウサギ。


『……赤司君! 大丈夫?』


 潔子の声が聞こえた。赤司は我に返り、たどたどしく返事をした。


「だ、大丈夫です……」


『本当に平気なの?』


「平気ですって……やりますよ。やれば良いんでしょ?」


『無理そうなら菰田さんにでもフィニッシュを代わって貰って……』


「平気ですよ! 平気って言ってるじゃないですか! 俺が、奴を、奴らを、ぶっ倒しますから……潔子さん、見てて下さい……」


『……分かった。でも本当に無理はしないで。最悪サンボの技に執着しないでも良いから』


 その指示は潔子の独断によるものだろう。だが熊山が咎める様子もない。つまり、サンボ以外の技の使用が黙認されたことになる。

 しかし、赤司は首を横に振った。


「一本勝ちしますよ。やっぱルールに則って勝ったほうが優越感に浸れるでしょっ」


 そう言って、赤司は再び勢い良く走り出した。


「ブルー! イエロー! コサックダンスでも踊って左右の触手を引きつけてくれ!」


「ラ、ラジャー?」


 ナスビーノは赤司のことを見ていた。頭の天辺の触手が揺らめいている。

 あの触手を封じつつ投げるには、首投げか? 否、これだ。

 前方転回、高く跳んで宙返り、そして赤司は、頭上の触手にぶら下がった。


「くーらーえー!」


 勢いを付け、ドロップキックのように両足からナスビーノに向かって飛ぶ。


 先峰が叫んだ。


「レッド! それ打撃技じゃ……」


 菰田がその言葉を遮る。


「いや違う! あれは……」


 赤司はナスビーノの肩に正面から足を掛けて乗り、両膝で触手の根元を挟んでいた。


「……あれは、高難易度の技、ウラカンラナ・インベルティダだ!」


 後ろに体を反らして倒れ込み、地面に両手を付いて頭をナスビーノの股下に入れる。倒れ込んだ際の勢いを利用し、脚に挟んだ触手を巻き取るように体を屈折させ回転する。

 ナスビーノの体が大きく弧を描いて宙を舞い、辺りを揺らすほどの音を鳴らして背中から地面に落ちた。赤司はナスビーノの胴体に馬乗りになり、カメラに映らない角度で五発、拳を振り下ろした。ナスビーノの動きが極端に鈍くなる。


「ボー、ナス野郎! サンボではなあ、投げられたら負けなんだよ! お前は終わりだ」


 座った姿勢からバク転して立ち上がり、ナスビーノから離れる。そして、レールショットガンを引き抜き、回転させて一気に銃身を伸ばす。


「とどめだ! せーの……」


 赤司の掛け声を合図に、三人同時に銃を構えて叫んだ。


「くらえ! トライアングルサンボショット!」


「ナジャジャジャァァァァァァッ!」


 三方向からの散弾により、ナスビーノの体は砕け散り、やがて、液体になった。

 終わった。赤司はフェイスガードを跳ね上げ、笑みを浮かべた。


『マイク音声、テレビから切り離します……お疲れ様。無事に終わって良かったです。あとはラストシーンですので、ポーズだけお願いします』


 潔子の、事務的だが、安堵の色を含んだ声が聞こえる。


 菰田と先峰が赤司に近付き、フェイスガードを上げた。

 先峰が言う。


「ねえねえ、赤司君。カッコつけて投げられたら負けって言ってたけどさあ。赤司君、何回も素っ飛ばされてたじゃん。それは良いの?」


 菰田も言う。


「それから、ウラカンラナは派手だけど地面に手を付いた投げだから四ポイントで、一本勝ちの十二ポイントには届いていないよ?」


 赤司は少し顔を引きつらせた。


「ハハハ……細かいことは良いんですよ。判定勝ちです。判定勝ち……ほら早く、腰に手を当てて笑いましょう。タコが近付いてきますよ」


 三人は両手を腰に当て、笑顔を空に向けた。赤司の笑い声が響く。




 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝




『以上をもちまして、戦隊ニュースを終了いたします。ご視聴、ありがとうございました。この番組は、株式会社戦隊ヒーローと、サンボ振興連盟の提供でお送りしました』


 画面が切り替わると、半熟直樹が土下座をしていた。

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