第十話 『運命の時』 Cシャドー前編
♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……
オペレータールームの大型ディスプレイにテロップが表示される。
『株式会社戦隊ヒーロープレゼンツ』
『戦隊ニュース』
『戦隊ヒーロー戦隊
戦隊ヒーローレンジャー』
背景には、研究所に突入した赤司、先峰、桃の姿が映っている。
♪チャチャーン、チャンッ。
戦隊ヒーローの主題歌が流れ、三人は、まるでその歌に合わせているかのように舞った。
『……♪握りしめた拳に 気を込めろー』
赤司がサンダーを殴り倒している姿が映る。
『……♪一刀両断 プラズマソードー(アンド ブラスター GO!)』
桃が刀を振り回し、先峰がブラスターを放つ。
『……♪ゆくぞー 我らのー 戦隊 戦隊 カッコマエカブ 戦隊ヒーロー』
大きな鉄製の扉が開いて、奥へと進む三人。
同時に、ナレーションが流れた。
『この番組は株式会社戦隊ヒーローと、戦隊ヒーローの提供でお送りします』
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
「……おじいちゃんは若かった頃、戦隊ヒーローのレッドというのをしておってな。日本を滅亡の危機から救ったことがあるんじゃよ。あれは、二十代前半の頃じゃった……」
『ねえ赤司君。その話、まだ続くの?』
無線越しに先峰から突っ込みを入れられ、赤司は妄想を切り上げて言い訳をした。
「三人別行動をしてるから、互いの無事を知らせるために声を聞かせてたんだよ」
『先輩。そうだとしても、その話はセンスなさ過ぎですよ』
三人は取り残された人々を探すため、研究所の中を別々に走り回っていた。
潔子の声もイヤホンから聞こえてくる。
『赤司君、今の話、放送されていますよ』
「しまった……」
『それはともかく朗報です。爆撃が一時中断されることになりました。それから、取り残された研究所職員のリストを入手しましたので、施設地図と一緒にそちらに送信しますね』
ゴーグルに地図と名簿が表示される。
「二十人か。思ったほど人数は多くないですけど、広いですね……」
主にクリーチャーのことを研究している国立新生物研究所は、図書館や講堂、一般公開用の展示室なども備えており、広大であった。東西南北に広がる平均四階建ての複数の棟が、連絡通路で繋がった造りをしている。
『取り残されている人達は悪性微生物部所属の方が多いので、東棟に多く残っているのではないかと思われます。あと、豪壮警備の方達が何人突入したかは不明です』
『東棟なら私が近いので、すぐに向かいますね!』
『爆撃はあくまで一時中断です。もう準備自体は整っていますので、件のウイルスが持ち出されると判断された場合は開始されると思います。あまり時間はないですよ……』
「分かってますよ! 俺も東棟に行きます」
通信を終えた時、再び桃の声が聞こえてきた。
『キャー!』
「篠原隊員! どうしたんだよ!」
尋ねるが、返答がない。
「潔子さん! 篠原隊員はどうしたんですか!」
『フェイスガードを上げていたみたいで、こちらでも状況を確認できていないです』
赤司は小さく舌打ちし、急いで連絡通路へと向けて走った。
その時、すぐ右側の窓ガラスが砕けてサンダーが飛び込んできた。その手には、ナイフのようなプラズマ刀が握られていた。
寸前のところで攻撃をかわし、刀の柄で敵の頭部を殴る。続けて、左から右に刃を滑らせる。サンダーの首が飛び、辺りに体液が散った。
武装した敵も忍び込んでいるということは、桃は不意を突かれたのかも知れない。
桃のことを思うと、ズキズキと胸が痛んだ。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
桃は右肩にブラスターによる攻撃を受け、プラズマソードを床に落とした。
敵が武装している可能性を失念し、完全に油断をしていた。
弾丸の飛んできたほうを向くと、今度は別の方向から蹴りを浴びせられた。肩と蹴られた腹部の痛みを堪えながらも格闘の構えを取る。すると今度は背後から攻撃を受けた。
何体ものサンダーの気配がする。これが完全に統制の取れた連携攻撃か。意識を共有出来るということは、敵は、何十個もの目を持っているということだ。勝てそうな相手が見つかればそこに集い、複数体揃えば死角を突いて攻撃してくる。
一撃一撃は大したことないのだが、立て続けに繰り出される攻撃に対し反撃をすることが出来ず、やがて、桃は床に膝をついた。目の前のサンダーが桃の刀を拾い上げる。
助けて。そう祈った時、そのサンダーは何者かに投げ飛ばされた。
「赤司先輩?」
呟きながら、桃は、目の前の紺色の影を見上げた。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
赤司が東棟に到着すると、遠くに膝をつく桃の姿が見えた。
その隣では、豪警の警備員が一人で十数体のサンダー達と戦っていた。あのゴリラのような体格は豪警部長の猿谷だ。
赤司は助走をつけて一体のサンダーに跳び蹴りをくらわした。
「篠原隊員! 大丈夫か!」
桃が細かく何度も頷く。
「だったら応答くらいしろよ!」
赤司は怒鳴った。桃は我に返った素振りをして、慌てて立ち上がった。
「す、すいません!」
その姿を認めて胸を撫で下ろし、赤司は戦いながら猿谷に話し掛けた。
「お疲れ様です! 近接格闘はしないんじゃないんですか?」
「馬鹿野郎。もう武器がねえんだ。こういうのは臨機応変に対応すんだよ!」
猿谷は素手にも関わらず相当強い。サンダー達が次々と殴られ、投げ飛ばされていく。とはいえ、やはり武器を使用しないのではとどめを刺すのが困難なようだ。赤司は、殴られて体勢を崩したサンダー達を刀で刻んでいった。桃もプラズマソードを拾って参戦する。
すると猿谷が話し出した。
「お前らただの曲芸集団だと思ったら、なかなかやるじゃねえか。気に入ったぞ。特別にレンジャースーツの講義をしてやろう」
勝算が見えてきたからだろう、猿谷は饒舌だ。
「レンジャースーツは着用者の体を故障させないために出力に制限が掛かっている。その上限値は個人の体格や筋力によって定まる」
そんなことは知っている。その上限を振り切るためにかつてリモート機能を使ったのだ。
「つまり、基礎体力を向上させることによりスーツの性能は上がるんだ。それこそ、極めればこういうことも出来るようになる……」
猿谷は最後の一体の顔面を右手で掴んだ。指がめり込んでいく。そして、左手をその首にあてがい、一気に力を込めた。
ブチリッと鈍い音が鳴り、サンダーの首が引き千切れる。
「なー!」
赤司と桃は声を揃えた。
「お前ら、もっと鍛えろ!」
「べ、勉強になりました!」
赤司は深く頭を下げ、それからフェイスガードを上げて現況について説明をした。
「……という訳で、もうすぐここは爆破されるみたいです」
話を聞き終えた猿谷は表情を変えずに言った。
「そんなことは全部分かってんだよ……」
「じゃあ、豪警の皆さんも早く逃げて下さい!」
「お前らに言われたくねえよ! 俺は逃げる訳にはいかねえんだよ。ここの研究所が契約している警備会社はうちだ。それに、今回の首謀者と思われる御影は俺の元部下だ。あいつは、この施設の情報を十中八九うちの会社から盗んでいったんだよ。だからな、俺は逃げねえ。ここの職員の避難を完了させるまではな! そういう訳で、お前らは逃げろ」
「俺達も逃げられないんです。アホなスポンサーがいて、救助しろって依頼がきたんですよ」
「くだらねえこと言うな。お前らが自主的に飛び込んだって無線で報告を受けてるぞ」
「し、知ってたんですね。そ、そういう訳なんで、よろしくお願いします」
赤司は桃に目配せをし、探索に戻るため走り出した。
「おい、お前ら! この棟を調べに来たなら無駄だぞ。うちの社員がくまなく探したが、誰も見つからなかった。俺達はこれから南棟へ向かう!」
「ありがとうございます。でしたら……俺達は中央棟にでも行きますね」
そう言って、赤司と桃は連絡通路へと向かった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
オペレータールームの大型ディスプレイには、赤司と桃の走る姿が映っていた。その他の画面には研究所の至る所が表示されている。撮影班がタコで施設内を探索しているのだ。
その画面を見て、潔子は呟いた。
「誰も、見つからないですね」
同じく画面を見ていた熊山が苛立たしげに言う。
「タコじゃ扉を開けられねえからな……ただ、廊下だけとはいえ、一人も姿を確認出来ないとなると、クリーチャーに既にやられたか、脱出を諦めてどこかに身を隠しているかだな」
「そういえば、クリーチャーの姿も見えなくなりましたね」
潔子がそう言った時、電話のベルが鳴った。営業担当のスタッフが応じる。
しばらくすると、スタッフは熊山に声を掛けた。
「社長、テレビを見て電話してきたらしいのですが……」
「あ? また政府のお偉いさんだろ? 業務資格失効でも何でも好きにしろって言っとけ」
「いえ、それが……」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
「……それにしても猿谷さん、カッコ良かったなあ。もっと鍛えろか」
中央棟の廊下を走りながら赤司がそう言うと、桃が唇を尖らせた。
「なんでウットリしてるんですか。私、先輩がムキムキゴリラになったら嫌ですからね」
「篠原他員はさあ、どうしてたまに機嫌が悪くなるんだよ」
「ほっといて下さい!」
桃はそう言って施錠された扉を次々と刀で切断していった。赤司も扉を破壊して声を出す。
「誰かいませんか? 救助に来ました!」
「あ!」
突然、桃が大きな声を発した。
「どうした! 誰かいたのか?」
「いえ、猿谷さんが誰かと雰囲気似てるなあって思ってたんですけど、うちの社長ですよ!」
「は? そんなことかよ。紛らわしい……」
赤司が溜息をつき、再び作業に戻ろうとした時、イヤホンから声が聞こえてきた。
『誰があのゴリラと似てるんだ?』
それは熊山の声だった。桃が慌てて弁解する。
「え、た、頼もしい感じが社長に似てるなあって、あ、もちろん社長のほうが凄いですけど……」
『真面目に仕事しろよ……さて、お前ら聞け! 取り残された職員の居場所が分かったぞ。全員南棟の四階だ。携帯でうちのテレビ放送を見て本人達が電話をしてきたんだ。警察や消防にも連絡をしたそうだが、政府側はそれを黙殺していやがったんだよ』
続けて潔子の声が聞こえる。
『地図情報を送りますね。赤いポイントが逃げ遅れた方達の居場所です』
赤司と桃はフェイスガードを下ろしてそれを確認した。
『こちらブルー! 僕はちょうど南棟にいるよ。急いで上の階に行ってくるね』
それらの情報を聞いて、赤司は言った。
「そういえば豪警の人達も南棟に向かいましたよ」
『南棟でしたら出口も近いです。これで、みんな助かることが出来そうですね』
潔子の声からは安堵の色が窺えた。
赤司はフェイスガードを再び上げ、近くを飛んでいるタコに顔を向けた。
「俺のわがままに付き合ってくれてありがとうございました。俺と篠原隊員もすぐ南棟に……」
そこまで言って、一旦言葉を止めた。視界の片隅、廊下の先に、あるモノが見えたのだ。
「……いえ、やり残したことがあるんで、それを終えてから脱出します」
そこには、ウサギの着ぐるみの頭部を被った、黒い服の男が立っていた。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
ディスプレイの映像を見て、熊山が呟く。
「こいつは、御影か? 被ってるのはフィフティーの頭じゃねえか」
潔子は呆然としながら答えた。
「御影に間違いないでしょう。それから、あの頭部は展示室に保管されていた本物かと……」
そう言ってから思い出した。確か、赤司はフィフティーを過剰に嫌っている。
「赤司君! 深追いしないで! 避難さえ完了すれば施設ごと敵は燃やされるんだから!」
『安心して下さい。奴に少し聞きたいことがあるだけですから……』
赤司の声は微かに震えていた。冷静な判断が出来る状態とは思えない。
「桃ちゃん! 引っ張ってでも赤司君を連れ出して!」
『私は……赤司先輩の判断に従います……』
桃まで気が昂ぶっているようだ。潔子は、どうしようもない苛立ちをぶつけるように机を叩いた。そして、ディスプレイに意識を戻した。
御影が、懐からゆっくりと小型ブラスターを抜く。戦うつもりだろうか。しかし、御影はレンジャースーツを着ていない。二対一で彼に勝算があるとは思えない。
そう思った時、画面が黒く染まった。タコが撃たれたようだ。
「赤司君! 桃ちゃん!」
叫ぶと、すぐに赤司から冷たい声で返事がきた。
『ちゃんと脱出するんで、少し黙ってて下さい……』
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
「よお、いきなりラスボスの登場か。お前、御影だろ?」
赤司が刀を構えながらそう言うと、ウサギの頭を被った男は答えた。
「お疲れ様です。赤司班長。お会いするのは一週間振りですね」
その恐ろしく冷たい声は御影のものに間違いなかった。
「随分と悪趣味な物を被ってるな。お前が着ぐるみ好きとは知らなかったよ」
「ハハハ……素敵でしょう? これ、本物のフィフティーの頭なのですよ」
「そんなもん脱げよ……」
「お断りします」
「脱げって言ってんだよ!」
赤司はプラズマソードをブラスターに切り替えた。御影が両手を上にあげる。
「私は今、戦うつもりはありません。最後に色々とお世話になった赤司班長にお会いしたかっただけなのですよ。もうすぐ、ここは爆撃されるのでしょう?」
「情報通だな……俺も戦う気はない。お前に聞きたいことがあるだけだ」
「なんでしょうか?」
「十七年前の一月、新宿で、そのウサギが何十人もの人を斬りつけた……あれは、お前が仕組んだことなのか?」
桃が赤司の二の腕を強く握る。御影が口を開く。
「フィフティーの惨劇ですね? あれは、フィフティー自身が本能に従って行なったことだと思います。ただし、私はあの時、その場にいました」
「フィフティーの仲間だったってことか?」
「いいえ。フィフティーの子供と言ったほうが良いでしょう」
赤司はフェイスガードを下ろして叫んだ。
「ロック! はぐらかすな。意味が分かんねえよ!」
「意味なんて分かる必要はありません。さて、そろそろお互い脱出をしましょうか」
「まさか、もうウイルスを手に入れたのか?」
「残念ながら、部下に保管庫の解錠を任せているのですが、間に合うかどうか微妙なところですね。ただし、最も欲しかった物は手に入ったので、十分でしょう」
「欲しかった物?」
「ハハハ……さあ、逃げましょう。出来損ないの世界から!」
御影はそう言うと、後ろを向いて走り出した。
赤司はすかさず引き金を引いた。しかし御影が廊下の角を曲がり、弾は届かなかった。
「逃がすかよ!」
赤司と桃は御影を追って走った。瞬間、急に全身が重たくなった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
潔子が赤司のゴーグルカメラの映像を見ていると、突然、画面が暗転した。
「赤司君! 桃ちゃん! 一体どうしたの!」
返答がない。通信が切れている。作戦遂行中はオペレータールームからしか無線を切ることは出来ないはずだ。他のデータを確認すると、レンジャースーツの反応が完全に消えていた。
「どうなってんだ! 充電切れか?」
背後で熊山が言う。
「そんな訳はありません。まだ稼働時間は残っていましたし、何より、携帯端末の充電まで同時に切れるなんて考えられません!」
その時、スピーカーから木村の声が聞こえてきた。
『こちらキム! 現場が大変なことになってるぜ! 豪警とセムコのレンジャースーツの電源が一斉に落ちた! この状態で襲われたらどうしようもねえって大混乱だよ!』
潔子はそれを聞いて頭を抱えた。
「社長……御影が複数の特殊警備業者に入社したのは、武器や国家機密を盗むことだけが目的ではなかったのですよ。御影は、レンジャースーツを操作するための暗号化データを各社で解析していたに違いありません」
「どういうことだ?」
「つまり、レンジャースーツのコントロールシステムを乗っ取られました」
「そんな訳ねえだろ! うちの規模でさえシステム維持に苦労してんだぞ!」
「確かに細かな設定をしようとすれば相応の設備が必要ですし、個人で管理は出来ないでしょう。しかし、電源を落とすことや通信を傍受するだけならば、不可能では……」
潔子の言葉を遮るように、再び木村から通信が入った。
『こちらキム! 先峰だ! 先峰が出てきたぜ! 他の人達も一緒だ!』
潔子はディスプレイを見上げた。そこには、先峰と豪警、研究所職員の姿が映っていた。
「先峰君! みんなは無事?」
反射的にマイクに向かってそう言ってしまったが、先峰の耳には届いていない。
音のない画面を凝視する。赤司と桃の姿は見えない。
『……木村さん、イヤホンマイク貸して下さい……こちら先峰! スーツの電源が落ちました! そしたら一斉にクリーチャーが襲ってきたんです。職員の避難は完了しましたけど、赤司君が! 桃ちゃんが!』
先峰の顔からは明らかに疲労の色が滲んでいた。相当の攻撃を受けたようだ。
「どうにかなんねえのか?」
熊山の問い掛けに対し、潔子は独り言のように答えた。
「復旧の方法自体は簡単です。新たなセキュリティパッチをレンジャースーツにインストールすれば済む話です。でも、レンジャースーツへの通信手段がないのでは……」
『レンジャースーツを脱いで、僕が赤司君と桃ちゃんを探してくるよ!』
『おいおい先峰~、無茶すんなよ。とりあえず俺ちゃんがタコで探すからよ』
『無茶じゃないですよ! ブラスターは使えるんだよ。戦えますよ!』
『それが可能なら、赤司ちゃん達も今頃戦ってんだろ?』
二人の会話を聞きながら潔子は今更当たり前のことに気が付いた。
「木村さん。木村さん、聞こえますか? 聞こえたら手を振って下さい」
『……は、はいよ~。聞こえてるぜ』
画面の中の木村がカメラに向かって手を振っている。それを見て、潔子は尋ねた。
「木村さん、リモコンヘリの積載量って、どれくらいですか?」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
暗がりの中、赤司の目の前で桃が震えていた。
二人は中央棟の排気ダクトの中に身を隠していた。レンジャースーツの電源が落ちた時、複数のサンダーに襲われ、ここまで逃げてきたのだ。
桃のレンジャースーツの胸には、引き裂いたような大きな傷が出来ていた。プラズマ刀で斬られたのだ。幸い胸当て部分だったので大事には至らなかったが、桃は、その攻撃を受けてから怯える幼い少女のようになってしまった。
「やっぱり……」
桃が細い声で言う。
「……やっぱり、クリーチャーは恐ろしい存在だったんです……先輩達と一緒に戦っているうちに、そのことを忘れていました。でも、本当は、そうです、恐ろしいものなんです」
桃は赤司の手を握った。赤司もその手を握り返す。
「大丈夫だよ。絶対になんとかなる!」
「なんなんですかその自信は! そうやっていつも自信に満ち溢れているから、私は先輩に憧れて、運命感じちゃって、アイドル辞めて警備員にまでなっちゃって、三途の川の畔までついてきちゃいましたよ! 責任取って下さい……そうだ、責任取るって言いましたよね!」
「は?」
「渋谷でデートした時、お嫁に行けないって言ったら、先輩は責任取るって言いました! 私は男の人と付き合ったことがないんです! どうしてくれるんですか!」
「ど、どうするも何も……」
「あの時……私の胸を見ましたよね? どうでした?」
赤司は、渋谷ヤミエのフィッティングルームでの出来事を思い出し、動揺した。
「あ、はい。よろしゅうございました……」
「気持ち悪くなかったですか? 胸の真ん中に大きな傷があって……」
確かに、桃の胸の中央には引き裂かれたような大きな傷跡があった。
「……私、小さな頃にクリーチャーに襲われたことがあるんです」
「うん。以前そう言ってたね」
「その時の傷です。私にとってこれは、コンプレックスで、同時に恐怖の象徴なんです。十七年間、そう、十七年前、フィフティーに襲われた時から……」
その言葉を聞いて赤司の脳裏に、赤い景色の中、胸を裂かれた少女の姿が蘇った。
「……でも先輩に会ってから、この会社に入ってから、毎日笑い転げて、恐怖から解放されたと思ったんです……それなのに、自分のことをフィフティーの子供とか言っちゃうサイコパスっていうか毎日私服が上下黒ばかりの自分で自分のこと二枚目って思い込んでいそうなキザオっていうか変質者が現れて。そう。そもそも私、真面目な顔で世界とか言っちゃう人は信じられません。意味ありげなことを言う男の人は自分を賢く見せようとするペラッペラッな奴なんですよ。紙ですよ。紙。胸板も薄くて肋骨透けてますよ。男の人は単純なのが良いですね。強い人に憧れて筋トレばかりしたり、バイクにまたがってニヤニヤしたり、戦隊ヒーローの歌を目から火を噴き出しそうな勢いで熱唱したり、女性下着の店の前を通り過ぎるだけで恥ずかしそうにしたり。あ、駄目。やっぱこんな人は駄目。ただの馬鹿です。でも、そんな隙だらけの人のことを、しょうがないなあとか言いながら見つめて、後ろをついていくのは、ちょっと幸せかもーなんて。そうなんです。私は馬鹿なんです。知ってますよそんなこと!」
「ちょ、篠原隊員、落ち着いて……」
「でも、そんな想いも、願いも、全部終わりなんです。もうすぐ私達は殺されます」
「落ち着けよ、篠原隊員……」
「私の胸の傷は、その予約の印だったんです。フィフティーに傷をつけられて、十七年後にフィフティーの亡霊に殺される、その為の印です。これは運命だったんですね。そうです運命だったんです! それなのに希望ある未来を夢見ちゃったりして! 私は馬鹿でした!」
「落ち着けよ! 桃!」
そう言うと、桃はようやく黙って、赤司の顔を見上げた。
「あ、あの、桃、聞いてくれ。そうだよ。これは運命的なんだよ。実は、俺の両親はフィフティーに殺されたんだ。俺は、桃や御影と同じく、あの場所にいたんだ。俺と桃は十七年前に出会っていたんだよ。あの日のフィフティーの被害者だった俺達は、今、そう、俺は赤い戦士になって、桃は桃色の戦士になって。これって凄い運命じゃないか? 奇跡だよ! ご都合主義だよ! つまりさ、フィフティーの亡霊を倒せってことなんだよ」
すると、桃は呆れたように鼻から息を吐き、そして、ニコリと微笑んだ。
「もー、結局、根拠のない自信じゃないですか。それに、責任回避してますし……」
「責任? あ、責任か……」
赤司は咳払いをし、唾を飲み込んで桃の肩を抱き寄せた。
「桃……」
「赤司、さん……」
互いに唇を求めるように顔を近付ける。ところが、触れ合うよりも先にヘルメットとヘルメットがぶつかり、その衝撃で跳ね上げられていたフェイスガードが下りてきた。
ガツンッ。フェイスガード同士が合わさって音が鳴る。それを聞いて、二人は声を出して笑った。
その時、どこかから馴染みのある声が聞こえてきた。
『ようようお二人さ~ん。イチャイチャしてるところ、邪魔するぜ~』
木村の声だ。声の出所を探すと、暗闇の中にイヤホンマイクを括り付けられたタコが浮かんでいるのが見えた。
二人は急いでそれに駆け寄った。
『君達が中央棟にいるのは分かってたからさ、侵入のためにそこのダクトにタコを放り込んだのよ。そしたら一発ビンゴ。いやあ、奇跡を呼ぶ俺ちゃんってのは俺ちゃんのことだね』
続けて潔子の声がする。
『赤司君! 桃ちゃん! 二人とも無事ね!』
「はい。俺も、えっと、彼女も。ただ、スーツが機能しなくなってしまったんですよ」
『御影にシステムを乗っ取られたのです。でも、幸いリモコンヘリや着装車の通信は切られずに済みました。赤司君。ヘリの脚の部分にコードがあるの分かる?』
どこから伸びているのか、細いコードがタコの脚に結ばれていた。
「はい。これは?」
『着装車から伸びている充電ケーブルです。木村さんに用意して貰った即席の延長ケーブルですけど、充電はもちろん、プログラムの送信もちゃんと出来ます。それをバックパックに差し込んで下さい。セキュリティパッチを送ってスーツソフトの電源モジュールを更新します』
「良く分からないですけど、充電と同じ作業をすれば良いんですね」
言われた通り、まず赤司がケーブルを差し込む。するとゴーグルに残り稼働時間や身体状況などの情報が次々と表示された。そして、バックパックのシリンダーの音が聞こえてきた。
「良く分からないですけど、スーツが復活しましたよ!」
『すぐに桃ちゃんも同じ作業をして下さい。そして、早く逃げてきて』
イヤホンの音声も復活している。赤司は桃にケーブルを渡した。
「潔子さん。俺、スーツが復活したなら御影を倒しに行きます。御影は逃げるって言ってました。あいつに逃げられたら爆撃自体意味がありませんよ」
『赤司君、もういい加減にして……』
潔子が嘆くと、桃が使用済みのケーブルをタコに結び直しながら口を挟んだ。
「潔子さん。私も行きます。私達、絶対に勝ちますから!」
『もう、桃ちゃんまで赤司君みたいなこと言わないでくれる……って、そう言うだろうなって分かっていました。あのお馬鹿さんもそちらに向かいましたので、健闘を祈ります』
赤司と桃は敬礼をし、声を揃えた。
「ラジャー!」




