深崎 人輝「取材手帳」
21 july
終日小説のネタを探す。犯罪者の収容所に取材のために入ったのに、案外と何事もなく平和なまま時間が過ぎていく。
だが、あの犯罪者のカウンセリングを担当する女医の話は興味深いな。どんな人間が犯罪を犯しやすいのか、またどんな精神の障害を彼らは抱えているのか、そういった話はなかなかに興味深い。
22 july
やれやれだ。取材していると犯罪者に絡まれることも多い。自分の心と向き合えていない人間。そんな人間の話を聞きたいだけなのだがな。
今日も女医のもとに話を聞きに行った。中でも興味深いと思った精神障害は、統合失調症。よく聞く言葉ではあるが、生の職場で聞くその言葉には重みがある。
統合失調症と一口で言ってもそう簡単ではない。ただ狂ったように暴れるだけの連中や鬱と見分けのつかないものから、ひどい妄想から記憶すらも捏造し、自分が誰だかわからなくなっていく例もあるそうだ。
記憶を捏造して過ごす人間か……なかなか良い小説の材料になりそうだな。
23 july
女医曰く、ここにいる連中は犯罪者なんかではないとのことだ。精神を病んだ人間は病気であり、犯罪を犯してもある種仕方がないとでも思っているのだろうか?
また、あなたも病気なのだ、というようなことも言っていた。精神病とは突き詰めていけば、誰もが何らかの精神病と判断される。誤診もどれだけあるか分かったものではない。
24 july
ある程度話を聞けたので早く帰ろうと思ったのだが出られなかった。刑期を全うするまで、とでもいうのか。冗談じゃない、私は実際に犯罪を犯しているわけではない。
……はて。そういえば私はどうやってここに潜入したんだったか?
25 july
ふと気付くと、自分の帰る場所が思い出せない。小説の書き出しも何一つとして浮かばなかった。あまり長い間ここにいたからおかしくなってしまったのか?
まずい、絶対にまずい。絶対にここから出なくては。絶対に……。
ここから出られればそれでいい。ここでないどこかへ。そうだな、誰か適当に殺せばここと別な場所に行けるだろう。