田川マサル「お笑いノート」
七月四日
今日から合宿だ。同期の芸人と同じ場所で過ごして仲間意識を養ったりするそうだ。もっとも、俺にとっては今回の合宿は相方捜しの場でもある。同期はだんだんコンビが出来上がってきていた。これじゃ俺はピン直行コースじゃないか。
ピンならピンでも、別に悪くはないと思うんだが、俺はやっぱり誰かとやりたいんだよなぁ。ネタとか、金の分配とか、衝突とかありそうだけど。そんなものにも憧れるんだよなぁ。
七月五日
人から声をかけてもらえたのに、まともに返せなかった。職員の人にもよく言われる。返しが下手では話にならないと。たとえ漫才がうまくたって、トークがうまくないと次には繋がらない。ちゃんと返しの仕方とか、いろいろメモっておこうと思う。
関西弁を多少取り入れたほうがいいだろうか。
七月六日
二日前に初めてきたはずなのに、ここの合宿の建物には妙に既視感がある。それにしても、今日は妙なことばかりがわかった。
部屋の入り口が檻で閉じられているのはそういうギャグだと思っていたらそうでもないらしい。同期たちは普通の部屋に寝泊まりしていた。微妙にこの部屋は寝心地が悪いのでそっちに泊まりたかったが、やたら必死に止められてしまった。……俺、嫌われてる?
七月七日
そういえば今日は七夕だ。当然、願い事なんて決まっている。お笑い芸人としての大成だ。……最近、スムーズに指が動かない。どうしてだろう、今はちゃんと寝ているはずなのに。
……今は? 俺は何を書いてるんだろう。俺はここ最近ずっと体調もいいし、きちんと寝ているはずなんだが。それはまぁ、一日の運動が三十分くらいしかないから体は鈍っているが。
七月八日
人が意識してその事実を認識しない限り、その事実に気づけないようなことがたまにある。今回の件はまさにそれだった。
俺はここ数日間の間機械のたぐいを見ていない気がする。携帯も没収されている。なんだか、騙されているような気がしてきたぞ。僕をだましてこんなところに閉じ込めていて、本当は合宿なんかじゃないんじゃないか?
こんなことを言っても仕方のないことだ。ドッキリを仕掛けられるような立場ではないし。……寝るか。
七月九日
ネタをやってもウケない。思っていたよりもお笑い芸人なんていいものじゃない。俺は小さい時からこの夢を捨てたことはなかったはずなのに、今は簡単に手放してしまえそうだ。どうしたんだろう……。
七月十日
相方に誘おうと思って一人に声をかけたら断られた。しかもよくわからない言葉とともに。病院がどうのって言っていたはずだけど、俺の頭は全然それを認識しなかった。
七月十一日
俺の名前は田川マサルだ。田川マサル。田川マサル。何度書いても筆跡が安定しない。まるで別の誰かの名前を書いているみたいだ。ああもう、ネタもうまくいかないし相方も見つからないし、訳のわからないことばっかりじゃないか!