(4)
日曜日の午後は、晴れた。うっすら積もった雪の上を英一くんと歩いて繁華街へ向かう途中、私ばかりがしゃべっていた。
「この間もね、英一くんとの話で持ちきりだったの」
「そう」
私の手を握って半歩前を歩く英一くんは、ただひたすら頷く。
「お父さんもお母さんも英一くんのこと信頼してるみたい。私よりずっと頼れる、だって」
横顔が笑った。
「早苗ちゃんだってしっかりしてるんだから、おじさんもおばさんも、きっと大丈夫だと思ってるよ」
そう言って私の方へ振れた顔が優しかった。いつもよりゆっくり歩く足が温まってきたとき、英一くんが言った。
「今日は映画を見ようと思うんだけれど」
恋人同士で映画。テレビのような展開にどきどきする。想像して、ちょっと恥ずかしくなって黙っていたら、「違う方がいい?」と英一くんが聞いた。私は慌てて「映画、みたい」と答えた。その「みたい」という言葉があまりにはっきり、幼稚に響いて、私はますます恥ずかしくなった。笑みを大きくした英一くんはそれきり黙って私を映画街へ曳いた。
観る映画は英一くんの中で最初から決まっていたようだ。最初に立ち止まった先で、「これでいいかな?」と指さされた先には、男女の交流を思わせるアメリカ映画の看板があった。
映画館では最初、英一くんといることばかり意識していた。そのうち色あせたもの悲しさからだんだんビビッドになっていくラブストーリーに夢中になっていき、クライマックスにたどり着いた時優しく触れた手にどきっとした。英一くんはスクリーンを見つめたまま私の方へ手を差し出していた。そっと掌で受けて、私も前を向く。キスシーンは恥ずかしくてうつむいてしまった。映画が終わり、スタッフロールが流れる中、劇場に拍手が響いた。妙に低域のかすんだその音の中、私は自分の鼓動を聞いていた。
映画館を出ると陽が傾きかけていた。英一くんが言った。
「また雪になるかな」
「帰る?」
聞いた私をじっと見つめて、英一くんは息をついてちょっと笑った。
「帰った方が安全だね、きっと」
「お茶して行こう?」
うつむき加減の英一くんが顔を上げた。もう一度言う。
「お茶して行こう」
英一くんは小さく頷いて、私の手を取った。彼の瞳が煌めいたのを見た。白に染まった路地が暖かくなった。
間もなく雪がちらついてきた。辺りの雑音が雪に吸収されるかのようにだんだん消えていき、私たちはふたりになった。急に心細くなる。繋がった手が離れたら、私たちは他人になってしまうのかも知れない。優しく包まれた手をぎっと握り返した。雪景色が揺らめいた。眼前が急に赤色になった。
それが信号だと気づき、立ち止まった英一くんに遅れて止まった私は、不安な気持ちで訊ねた。
「英一くんは、私のこと、お家で話すの?」
英一くんは急に必死になった私を見て、ちょっぴり驚いていた。
「どうしたの?」
「なんでだろう、今日はとっても嬉しくて、そしたら急に心配になっちゃったの。英一くんと、一緒にいられるよね?」
英一くんがいつになく大げさに笑った。
「いられるさ。早苗ちゃんが望むなら」
「英一くんの家ってすごいんでしょ? 私、受け容れて貰えるのかな?」
彼はちょっと困った顔になった。
「父さんと母さんは、もうそんな時代じゃないこと、分かってるよ。家がすごいかは分からないけれど、確かに家柄を誇っていたこともあったけれどね。でもさ、そんなものが障害になるようなことはないさ」
じゃあ、なんでそんなに顔を曇らせてるの、と聞きたかった。私の不安も苦痛も、英一くんは放って置かない。私の気持ちを察したのだろう、彼は優しく笑った。
「ばあちゃんにはちゃんと話すよ。もうちょっと関係が長くなったらね。大丈夫、もう父さんや母さんの家だし、ばあちゃんだって、人当たりがきついだけで、人間には正当な評価を下す人なんだ」
英一くんの優しさに、「分かった、ありがとう、ごめんね」と笑って見せた。でも、私には自信がない。自分が彼の言う通り、本当に人間として評価され得る存在なのかどうか。