表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

1-8 初めての……!

 首都ホーリーの西門をくぐると、シームレスマップ独特のふわん、と身体が浮くような感覚が襲った。

 でもそれも一瞬で、ほとんど違和感なくエリアが街の外に切り替る。ここから先はモンスターの出現するフィールドエリアになるのだ。


 目の前にはなだらかな丘と草原地帯が広がり、その先はずっと森林地帯が続いている。マップを開いて確認すると、ここは「エニシア家の牧草地」となっていた。

 まわりをよく見ると、のんびり草を食んでいる牛、いやライオンのようなタテガミと巨大な角を持った「牛に似た家畜」が、そこかしこでくつろいでいるのが見える。初心者向けのフィールドでもあるし、この辺のモンスターはおとなしい非反応種(ノンアクティブ)が多いんだろう。

 うーん、ピクニックしたくなるくらい天気も良くて風も気持いいし、見渡すかぎりのどかな田舎の風景、といった感じでちょっと拍子抜けする。

 こちらの時間はちょうどお昼だ。四葉世界の一時間は現実(リアル)の約三十分になるので、日が暮れるまでにはまだ三時間以上ある。しばらくはのんびり探索しても大丈夫そうだ。

 そんなことを考えながら、どこに向かうかマップを見てたら、真後ろの門から数人の パーティ (P T)が現れてぶつかりそうになった。


「前見なよ、ほらっ!」

「あ、ごめん。」 

「すみません、すぐどきます。」


 あわてて道をあけると、PTの盾役らしい女戦士さんが「いやいや、こっちこそごめんね。」と人のよさそうな笑顔で手を振って通り過ぎる。

 盾持ちの女戦士さんのほかは剣・二刀・弓・詩人・療法士、ちょっと物理攻撃に偏ってるけど、なかなかバランスのよさそうなPTだ。

 PT内チャットで会話しているみたいで声は聞こえないけど、ネームタグに同じギルドマークをつけた彼らは、楽しそうに笑いあいながら街道沿いを森に向かって歩いていく。

 このまま街道沿いに森の奥へいくとPT向けの洞窟(ダンジョン)があるので、そこに向かうんだろう。

 ギルドハントPTかぁ……。

 しばらくソロでやるって決めたのは自分だから、PTを組むような仲間がいないのは仕方がない。あの洞窟(ダンジョン)は、わたしもいつか野良PTかなにかでチャレンジしてみよう。

 なんとなくPTを見送ってたら、右肩のトトが急に「にゃぅう」と声を上げて頬に頭突きをし、そのまま顔をなめてくれた。なんだか「今はソロじゃないよっ」って言ってくれてるような気がする。うーん、癒されるなぁ。

 よし。まずは、最初の狩りとクエストを終わらせなきゃね。


 冒険者協会で受けてきたクエストは『バトルラットの討伐』『水浮草の採取』『忘れ物のお届け』の三つ。

 今度は街道の脇によけてマップを開き、クエスト対象位置を検索する。バトルラットの生息地域は首都周辺全体に広がっているので、その辺を歩いてればよさそうだった。

 水浮草は首都の北門の先にある丘の近辺が採取エリアになっている。これは冒険者協会でクエストを受けたときに「採取スキルを覚えて行って下さいね」とNPC職員さんに言われて覚えてきたので、採取場所に行けさえすれば問題ないだろう。

 どうせなら商業組合で〈鑑定〉も覚えられるって事も、ついでに教えてくれればいいのになー。四葉世界って、フィールドとか幻獣とかこだわって作ってある割には、こういうところ手抜きだと思う。

 三つ目のお届けクエストは今いる西門の反対側、首都の東側にある離れ村へのおつかいだった。

 東の村へは門を引き返して街を突っ切ったほうが早いけど、このまま北まわりにぐるっと森を通って、狩りと採取をしながら東の村へいくことにしよう。


 森の中は思ったより明るく、木々も密集していなくて歩きやすい。ゆっくり索敵しながら歩いていると、他のプレイヤーがバトルラットを狩っているのを何度か見かけた。

 平日の昼とはいえ、春休みだしそこそこ人も多いみたいだ。まぁ、正式サービス三日目だし人が多いのはしょうがないよね。

 もうちょっと人の少ない場所に行かないと狩れそうにないので、大きく迂回して森の奥のほうを探索する。

 しばらく歩いた後、ようやく誰も狩ってないバトルラットの群れを見つけた。

 ラット(ネズミ)といっても大きさは小型犬ぐらいはあるし、体型もイノシシっぽくて見た感じ仔イノシシの集団に似ている。群れは全部で六頭いるので、あれが全部リンクして突進してきたらやばいことになりそう。

 木の陰に隠れて戦闘態勢をとり、戦闘スキルをチェック。

 『クエストを受けよう!』のミッションクエストでレベルがあがったので、現在のレベルと戦闘に使えそうなスキルはこんな感じだ。


 クレリック(レベル五)

 回復スキル:クイックヒール・ショートヒール・グレーターヒール・スフィアヒール・ホットヒール

 攻撃スキル:ライトニングスパーク・サイレントレイジボール・ウイードトラップ

 状態異常回復スキル:トリートウィンド

 蘇生スキル:リザレクションコール


 テイマー(レベル四)

 自動攻撃スキル:アタック・ゴー

 攻撃命令スキル:オーダー(クイックスタン・サンクションライト・ブレイクアーマー)


 クレリックのスキルは回復系が五種類と攻撃系が三種類、テイマーは使役獣のオートコマンド(自律行動)の攻撃が二種類と、オーダー(命令)で使えるトトのスキルが三種類だ。

 ちなみに攻撃スキルはないけど、レンタルマスターもEX職にセットしている。

 職の経験値配分は、メインのみだと百%、二つだとメイン七十%サブ三十%、三つだとメイン六十%サブ三十%EX十%になり、EX職をセットしてもしなくても、サブのテイマーに入る経験値は変わらない。それならとりあえず育成してみよう、と思ってそのままにしてあった。


 わたしはそっと木の陰から顔を出し、群れの位置を確認する。

 まずはトトに自動で攻撃補助スキルを使わせる〈アタック〉を使っておき、群れから一匹だけ離れたところにいるバトルラットをターゲッティング。

 短杖を差し出して呪文(スペルワード)を詠唱した。


「オン・ワード・ライトニングスパーク」


 光の雷が直撃してHPが四割ほど減り、こちらへ駆け出すバトルラット。


「オン・ワード・サイレントレイジボール!」


 あ、やば……。

 杖の先から飛び出した光の球は抵抗(レジスト)されたみたいでダメージ無しだ。バトルラットはそのまま怒りの形相で突進してくる。


「オン・ワード・サイレ、イ、うきゃあああっ!」


 バトルラットの頭突きで弾き飛ばされ、呪文の詠唱がキャンセルされた。だあああっ、攻撃呪文長すぎ!舌かみそうになっちゃうよ!

 後ろに突き抜けていったバトルラットが、方向転換してもう一度こちらに向けて突進しようとしている。やばい、詠唱してたら避けられそうにない。

 ダメージ覚悟で詠唱するか、と思っていたら突然バトルラットが雷に打たれたように痙攣(けいれん)して麻痺した。絶妙のタイミングでトトが〈クイックスタン〉を使ってくれたらしい。

 いつの間にか肩から飛び立って頭上に浮遊しているトトは、たて続けに〈クイックスタン〉を連発して足止めしてくれている。

 えらいっと、トトを褒めながら態勢を整え、設置型スキルの〈ウイードトラップ〉をバトルラットの前に複数設置。

 数秒のスタンがとけて近づこうとするバトルラットの足元でトラップが発動し、瞬間足止めと持続的な鈍足がかかったところに〈ライトニングスパーク〉を連打して止めを刺した。

 クエスト討伐カウンターが進み、インベントリにドロップ品の「ラットの毛皮」とギールが少し入る。

 バトルラットは攻撃三発で倒せるのでたいして強くはないけど、SCAショートカットアクションを使わないと戦闘になりそうになかった。というか、攻撃を食らいながらややこしいスキル詠唱とか、とてもじゃないけどやってられない。

 わたしはラットの群れから離れて、簡単なワンドアクションとスキル名を短縮した単語で、ひととおり使いそうなスキルをデフォルトのSCAに登録することにした。


「ウイード、ライト、レイジ、ライト!」


 その後は最初の戦闘が嘘のようにサクサク進んで、討伐クエストの十体もすぐに終りレベルも順調に上がってクレリックがレベル七になった

 ポーションを飲んで目減りしたMPを回復し、狩りを続けながら水浮草の採取に向かう。

 討伐クエストは終わったけど、たまにバトルラットから納品クエストの対象アイテム「バトルラットの尾」や、料理人プレイヤーが買い取りを出している「おいしいラットのモモ肉」がドロップするので目に付いたら狩っている。そもそもラット肉っておいしいのか? なんてのはファンタジーなんだから追求しちゃいけないよね、うん。


 首都の北側にあるなだらかな丘、その近くに小さな池がいくつかあって、そこが水浮草の採取地らしい。が、首都に近い採取地はプレイヤーも多く、リポップの奪い合いになりかけていた。

 面倒なので、わたしは奥のほうのあまり人のこなさそうな、かなり外れたところにある池までいくことにする。

 ようやく見つけた水浮草は、名前どおり水に浮いている小さな花だった。

 水面を漂うお椀型の葉の中に銀色に光る釣鐘型の花が咲いていて、触れると簡単に採取できる。採取スキルの熟練度が低いので、たまに失敗してつぶれて消える事もあるけど、クエスト数の二十個ぐらいならそこまで苦労することなく集められそうだ。


 誰もいない池の周辺を回りながらのんびり採取していると、近くに木の生えていない高台があるのが目に付いた。

 中央に一本だけ大木が生えているだけで、ちょうど小さな広場のようになっている。静かな森の中ではあきらかに他の場所とは異質に感じて、なんとなく近寄ってみる。

 風格のある大木に触れてみたけど特に何もなく、無人の広場には風が吹いているだけだ。

 何かのクエストかイベント用かなぁ、と思いながら池に引き返した。

 ……引き返す途中で、もう一度大木を振り返ったわたしは、そのまま固まる。


 大木の隣に、巨大な黒い馬が立っていた。


 ネームタグは『スヴァーデル』となっていて、大きさは大木の半分以上はある。

 モデルはユニコーンなのか巨大な一本角を持っているけど、醜悪な顔に威嚇するような眼は血走った赤。身体のあちこちから棘のようなものが突き出ていて、巨大な蹄を不機嫌そうに踏み鳴らす姿は、伝説の聖なる生き物(ユニコーン)とは程遠い、まさに怪物(モンスター)だ。

 おまけにネームタグは見たことのない形に装飾されていて、名前が真っ赤なのはレベル十以上離れているのを示している。モンスターのランクを示す星の数は五つ、どう見ても初心者プレイヤーキラーの、エリアボスモンスターが目の前に沸い(ポップし)ていた。


 ――Luckはレアモンスターのポップ率にも影響するのよ?


 なんとなく脳裏にエレーンさんの言葉がよみがえる。

 ……いや、たまたまでしょ? 偶然だよねぇ……うん、偶然にちがいない。とりあえずエリアボスの探知(サーチ)外なので、気づかれないようにそーっと離れて、見なかったことにした。

 そのまま調子よく採取を続けていると、すぐ近くで戦闘音が聞こえてくる。回りを見回すと、広場でどこかのPTがさっきのエリアボスと鉢合わせしたらしく、人影が激しく動き回っていた。

 まぁ、エリアボスといっても初心者フィールドのボスなので、それなりのレベルのフル(六人)PTならがんばれば討伐も可能だと思う。

 内心で「がんばれー」と声援を送りつつ、わたしはそのまま採取を続けた。


 


「うわちゃぁっ! ごめん、そこのおチビちゃんよけてええっ!!」


 爆音の後の悲鳴にが響き、あせったような叫び声と共に女戦士さんの身体が吹っ飛んできた。

 かろうじて飛びのいてよけると、水しぶきを上げて池に突っ込んだ女戦士さんが、引きつった顔でわたしを、いや、わたしの背後に立つエリアボス『スヴァーデル』をにらみ据える。

 見上げる巨大馬に固まるわたしの横を、女戦士さんがすりぬけて〈タウント〉を唱えながら広場のほうへ向かった。

 憎悪値(ヘイト)上昇スキルを使ってスヴァーデルの注意を反対側に向け、PTメンバーのいる方向に連れ戻そうとしているらしいけど、累積したダメージと出血DOTダメージのせいか、思うように身体が動いてない。

 向こうから女戦士さんのまわりに駆け寄ってきたのは、さっき西門ですれ違ったギルハンPTメンバーだった。

 ただ、落ちたのか死に戻ったのかわからないけどクレリックの姿がない。バードの男性が回復スキルを唱えてるけど、まったく間に合ってるようには見えない。

 かろうじてスヴァーデルのHPは四割ほど削れてはいるけれど、メンバーのHPもMPもほとんどが半分を割り込んでいて、見ていて危なっかしかった。

 注意を引こうと突っ込んだ女戦士さんに向かって、どうみてもやばい一撃がスヴァーデルから振り下ろされた瞬間。わたしは思わず「クイック(瞬間回復)」と「ホット(反復回復)」を女戦士さんに向かって唱えた。

 バードさんが驚いたようにこっちを見てるけど、横殴りじゃなくて辻ヒールだからマナー違反にはならないはずだし、やっちゃったものはしょうがない。

 そのまま女戦士さんのDOTダメージ(状態異常)も解除し、ついでにPT全員に〈ホットヒール〉を配ってPTから離れようとした。


(ごめん、いきなりで悪いけど手伝ってくれるとたすかる!)

  ――アルティガさんよりPT申請されました、承認しますか? YES/NO


 ウィスとPT申請に驚いて振り返ると、ちょうどスヴァーデルが派手なモーションで範囲スキルを詠唱するところだった。広がる光のエフェクトはPT全員が巻き込まれるサイズだ、やばいっ、と思うまもなくHPが残り少なかったバードさんが昏倒した。このままだとPT壊滅は目に見えている。

 エリアボスを沸かせたのはわたしじゃない、わたしじゃないけどっ! このまま放置して去るのは正直言って後味が悪い。

 四葉世界の初PTが、エリアボスの討伐とかあんまり普通じゃないような気がするけどまあいいか。

 わたしはYESをクリックして短杖を握りなおし、スフィア(範囲ヒール)を唱えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ