1-7 職人こだわりの黒
「さて、今日こそはフィールド狩りにいくぞー!」
昨日おとといと色々あって、狩りするまもなく終わってしまった。
今日は昼以降の用事が何もないので、午後から廃プレイするつもりでお昼を手早く済ませ、ログインの準備をする。廃プレイといっても、二時間で一度は必ずログアウトしないといけないのは変わらないけどね。
最近のVRギアにはほぼ全メーカー共通の規格で、最長二時間の接続制限が設定されている。
これは、視覚や触覚の一部だけVR空間に投影するそれまでの擬似VRギアと異なり、身体を半睡眠状態にして全感覚を投影する『フルダイブ型VRギア』が公開された後、長時間接続の心身的影響が世論で騒がれたからだ。
特に青少年に与える影響が心配されて、十三才未満はフルダイブ型VRギアは全面禁止となり、二十歳未満は二時間の最長接続制限と「ログインCT」といわれる再接続制限が十分間、二十歳以上の成人はログインCTはないものの、やっぱり二時間で強制切断される仕様になった。
成人の接続制限は必要ないという世論もあったけど、VR空間デザイナーなどおもにVR空間を仕事場にする人たちが、二十四時間ぶっ続けでログインして身体に変調をきたしたりとか、仕事中毒な人たちがいろいろと自重しなかったため、二十歳以上でも接続制限することになったのだそうだ。
ちなみにゲーマーが狩りなどで長時間接続をするときは、二時間近くになったら一度再起動し、タイムカウンターをリフレッシュして狩りを続ける『リフレ落ち』と呼ばれている手段を使って長時間狩りをする。
単純に再起動だけなら数分…最新ギアなら1分前後で戻れるので、トイレ落ちとか飯落ちより気軽にできるしね。そういえば前ゲーで「猫のご飯やるの忘れた! ちょっと猫飯落ちする!」って落ちたひといたなぁ。
あと、カウンター非表示のままリフレ落ちを忘れていた敵の大将が、戦争中に一騎打ちを申し込んできて、さあ勝負! というときに「あっ、時間がっ」といって消えていった事もあったっけ。……うん、あのときの戦場の微妙な空気はとても痛かった。カウンターの非表示だけは絶対しないと心に誓ったもん。
わたしはふと懐かしくなって、以前使ってた古いVRギアを棚から手にとった。
これはお姉ちゃんのお古で、VR黎明期の規制がゆるかった頃の製品のため、実は未成年でもログインCTがない。おかげで、ベッドでの療養生活をいいことに、今思うとかなりの廃人プレイをしてた。最新VRMMOの四葉世界にはスペックが足らなくて使えないけど、色々と思い出が詰まっている気がして捨てられずにとってある。
わたしは古いVRギアを棚の上にもどして、新しい相棒を手に取った。
STKでは色々あったけど楽しかった、四葉世界もこれからもっと楽しくなるだろう。というか楽しまなきゃそんだよね、と思いながら新しいVRギアをセットした。
四葉世界にログインすると、何よりもまず先にトトを召喚する。
片手にちょうど乗るサイズの有翼猫は、あくびと一緒に大きく伸びをした後、手に頭をこすり付けて挨拶してくれた。なにこれ、もふもふで可愛すぎる!
今日は一緒に狩りにいくよー、と声をかけると、背中の羽をふわーんと広げてよたよたと飛びあがると、わたしの左肩に乗って髪に顔を突っ込んで来た。おお、翼はちっちゃくても飛べるんだね。
このまま連れ歩いても大丈夫そうなので、まずは冒険者協会でクエストを受ける事にしよう。
冒険者協会で受注可能なクエストを三つ受け、その足で西の門から外に出ようとしたところに、背後から陽気な掛け声がかかった。
「そこのチビエルフなお嬢ちゃーん、そのまま街の外に行ったら後悔するよー、安くしてるから装備みてかないかー?」
……チビエルフってどう考えてもわたしだよね、と思いながら振り返ると、道端に露店を開いているプレイヤーが手招きしている。
「見たとこ最初の討伐クエスト受けたばっかりの初心者さんでしょ? このゲームって初期装備に武器がないからさ、そのまま行って素手でモンスター相手にしたら、当たらなくて泣く目にあっちゃうよ。」
はっ、そういえば言われて見ると手持ちに武器がない! 普通のMMOは初期装備に武器があるから忘れていた。
現在の装備は最初から着ていた見習い徒弟の服と、カズ兄から貰ったショートマントと帽子、あとは召喚鈴を装備してるけど、これは攻撃スキル用の補正がまったくないから武器とは言えない。
……素手で冒険とか、無謀にもほどがあるよね。ケンさんあたりに知られたら「なんだ、コブシで語る殴りヒーラーにでもなるつもりか?」とか言われそう、というか、知られたら絶対言われる。
「武器がなくてもスキルは使えちゃうからさ、初心者さんはみんなやるんだよねぇ。これ俺が作った武器だから品質はそこそこだけど安くしてるよ、見るだけでもみてってよ。」
笑いながら言う彼のネームタグは「エルフ族(male) カラス 狩人LV35」黒い服・黒髪・やや浅黒い肌、さらに黒い布をターバンのように頭に巻いていて、名前も見た目も真っ黒な人だった。
近寄って露店を見ると、いろいろな形の弓・大小の剣・魔力本・長杖・短杖・魔水晶球などが、道端に敷かれた布の上にごちゃごちゃと並んでいた。製作ランクはBかCが多いけど、AやA+ランクもけっこう混ざっている。そこそこの品質どころか、初心者向けにしてはかなりいい物なんじゃないだろうか。
ざっと見ると、本や球は火力特化の補正が多く、杖は詠唱加速やMP軽減などの補正が多い。回復向けなのは杖かなぁ、と思いながら物色してたら「うおお?」と、驚いた声がする。
「お嬢ちゃんもしかして、肩に乗ってるのは有翼猫シャ・トトー?」
顔を上げると、黒い武器屋さん……、じゃなくてカラスさんは目を丸くしてトトを指さしていた。
「あ、もう知ってるんですか?」
「いやー、攻略掲示板の猫スレにSS付で書き込みがあって祭りになってたからね。SSは赤虎のかわい仔ちゃんだったけど、その仔は青灰色だから違う仔かー。触ったりしないから、ちょっと見せてもらってもいいかい?」
昨日カズ兄が、シャ・ルーンの愛好家スレッドに書き込んだと言ってたから、話題になってるとは思ったけど祭りかぁ。赤虎ってことは、エリーンさんが撮ったSSを使って書き込んだのかな。
カラスさんが興味津々でトトを見てるので、眠そうなトトを肩からおろすと、両手で包むように乗せて差出した。
「おお、男の仔かぁ。まだ幼生体なんだね、ってちょっとまて聖獣進化可能? おいおい、有翼猫の上位進化とか楽しすぎるだろう。やっぱり買いを出すか……いやまて、チェーンイベントの可能性ありって話だったから、自分でイベント起こさないと進化させられないかもしれないな、うーん、でもそうなるとクロウがいなくなっちまうし、かといってもう一匹育てるのもなぁ。ここはやっぱり協力者を募るべきか……。」
差し出したトトに緑色の眼を向けて、怒涛のようにひとりつぶやくカラスさん。使役獣の詳細が見れる〈調教士の眼〉持ちでさらに緑の眼ってことは、上位種族転身してるテイマーの先輩らしい。
「あ、ごめんごめん、一人で盛り上がっちゃって。いやぁ、いいもんを見た。お礼に俺のクロウも見てってよ。」
カラスさんが召喚鈴を取り出して軽く指を鳴らし「カム、クロウ」と唱えると、わたしの真横に黒豹のような、黒い短毛猫の「幻獣シャ・ルーン(雄) 固有名:クロウ」が召喚された。
なるほど、指を鳴らす動作とカムと言う単語で〈召喚〉の呪文をSCAに登録してあるのか。うん、ちょっと厨二っぽいけどかっこいいなー、カスタマイズの参考にさせてもらお。
クロウ君はわたしとほとんど変わらないくらいのサイズで、短毛なことを差し引いてもクレソンちゃん達よりふたまわりほど小柄だ、たぶんまだ成獣になってないんだろうな。
長い尻尾を揺らめかせて、呼んだ? とでも言いたげな顔をカラスさんに向けるクロウ君。カラスさんが「ステイ・クロウ」と言うと、地面にお尻をつけてちょこんと座った。
トトを肩に戻して、クロウ君に触らないように黒くてつやつやの毛並みを見ていたら「ステイさせてるから、触っても大丈夫だよー。」と言われた。
自分も持っているスキルなのに、そういう効果があるとは知らなかった。じっとしているクロウ君の頭をそーっとなでると、気持ちよさそうに眼を細めてくれた。
「か、かわいいいいっ。」
思わず全身で抱きついてフワフワの弾力を楽しむ。
長毛種と違って短毛はなでるとつるんとしてるけど、抱き心地はやっぱりふわふわのモッフモフだ。
おもいっきりやわらかな毛並みを楽しんでいたら、微妙に笑いをこらえている様な表情で見られていた。
うおう、カラスさんの視線が生暖かいような気がする……。
「あのっ、わたしもサブにテイマー持ってるんです、ステイってそういう使い方できるんですねー。」
ごまかすように言ってクロウ君から離れ、スキルメニューから〈ステイ〉を選択し、手の上でステイさせたトトを差し出す。
カラスさんはトトをなでると、背中の羽に気がついて「へえ、小さくてもやっぱり有翼猫なんだねぇ」と興味深そうにしていた。
「ありがとう、いろいろと眼の保養、あ、いや楽しませてくれたからサービスするよ。貴重なテイマー仲間だしね。」
カラスさんはそういいながらアイテムバッグを開くと、小さなポシェットが付いた幅広の白い革ベルトを取り出した。
「これね、俺の知り合いが作ったやつなんだけど、テイマー用に召喚宝珠が仕込めるようになってる。俺、さっき宝珠を取り出さなかっただろ? 仕込んだままで召喚できる優れものなんだ。」
「あ、そういえば、召喚鈴しか取り出しませんでしたね。」
「うん。ただねー、まだ試作品なんだ。だからその他のステータス補正とかは一切ない。それでもよければ、そうだなぁ、ここの武器のどれでもひとつとセットで五千ギールでいいよ。」
神獣イベントの十万ギールは商業組合に預けてきたので、手持ちはブラッセル氏のイベントで貰った一万ギール。現在の手持ちは半分になっちゃうけど、ポーション類はイベント品がまだあるし、宿屋も一泊五百ギールで泊まれるので当分は何とかなるだろう。
装備品の相場がまだわからないので、高いのか安いのかは判断できないし、宿屋十泊分と考えたら、初心者には厳しいお値段なのかもしれない。それでもテイマーなら出す価値は十分にあると思った。
なによりカラスさんが差し出したベルトは、小さな蔦模様と小鳥の意匠がさりげなく配置されていて、一見シンプルだけど実は凝った作りなのが見て取れた。レジェンド防具の箱から出てきた、薄いブルーのローブ(ステータス不足で装備できずに倉庫行きになった)にもよく合いそうだ。
「買います!」
「おっけー、商談成立。じゃ武器を選んでね。」
うなずいて雑多に並ぶ武器を見回した。
回復系に向いてるのはたぶん杖、それにわたしはテイマーだから片方の手に召喚鈴を持つので、片手で取り回しがしやすい短杖がいいだろう。
A+の製作評価がついている短杖はいくつかあったが、その中の黒い本体に白いミミズクの意匠を浮き彫りにした短杖を手に取る。
他にもドラゴンや王冠、可愛らしい花など眼を引く意匠もあったし、ステータス補正値が上のものもあったけど、シンプルに彫りこまれたミミズクの意匠が気に入ってしまった。
軽く振って重さと握り具合に満足し、ミミズクの短杖をカラスさんに差し出す。
「これにします。」
「へぇ……。うん、いい選択だね。」
何か面白いものでも見たかのような表情で、カラスさんはトレード窓を開いて短杖とベルトをトレードしてくれた。
「武器には耐久度があるから気をつけて。一度壊れると修復できなくなっちゃうけど、ある程度減った程度で修理に持って来てくれれば直せるからね。それにこの短杖はSCAスロットが多くてテイマー向けだから、長く使えると思うよ。」
「そうなんですか?」
驚いて短杖を見るが、ステータス補正値は見えてもSCAスロット数は見えなかった。
「あ、やっぱりまだ〈鑑定〉スキルをおぼえてないんだね。商業組合でギールを払えば覚えられるから早めに覚えるといい、固有化してないアイテムの詳細を見れるから。」
つまり〈鑑定〉のスキルがあれば、〈調教士の眼〉のようにアイテム詳細を見れるらしい。
「とりあえず、装備して固有化すれば詳細は見れるからやってみなよ。」
さっそく装備して、詳細を見てみる。
『ホーンアウルの短杖』 製作評価:A+
命中補正:A 魔力増加:B 物理攻撃力:C
回復増加:A 詠唱加速:A+
特殊効果:最大MP10%上昇・使用MP10%減少
SCAスロット:5
特殊効果も良いうえに、SCAのスロットが五個もついていた。その他のA+の杖はだいたい二個から三個しかついていないそうなので、ひとつだけ掘り出し物をまぜてくれてたのかもしれない。
SCAの登録はデフォルトで二十までしか登録できないけど、SCAスロットの付いている装備を持てば増やすことが出来るようになっている。
テイマーが使役獣に細かく命令をしようと思ったら、とにかくSCAが大量に必要になるらしいので、いい買い物をしたと思う。
短杖とベルトを装備したあと、カラスさんに言われてトトを一度〈返還〉して召喚宝珠に戻し、ポシェットに宝珠をセットして〈召喚〉しなおした。
「ポシェットに入れて〈召喚〉すれば、召喚宝珠に戻してもアイテムバックに入らずにポシェットに戻るから、入れっぱなしで大丈夫だよ。」
カラスさんは隣にひかえているクロウ君の頭をぽんぽんと叩く。よく見れば、カラスさんの黒いベルトには小さなポシェットがふたつ付いていた。
「ベルトは細工だから俺には修理できないけど、紹介は出来るから俺のところに持ってきて大丈夫。あとそいつ試作品だから、そのときに使い心地とか感想を聞かせてくれると製作者が喜ぶかな。」
「わかりました、いろいろとありがとうございます! ベルトの製作者さんに、完成品が出来るようならぜひ買いたいと伝えてください。」
便利だし気にいったのでそういうと、カラスさんは自分が褒められたように破顔して「わかった伝えとく」と言ってくれた。
うん、見た目も名前も真っ黒で怪しい武器屋みたいだけど、いい人だなぁ。
カラスさんに改めて御礼を言って、もう一度クロウ君の頭をなでさせてもらって店を離れる。
「俺は普段、東区にあるノミの市広場で露店してるからねー。またよろしく!」
笑顔で手を振るカラスさんに、おおきく手を振り返して今度こそ街の外に向かって歩き出した。