1-6 修羅の道へGO?
「貸し出し師が使えるかどうかはおいといて、当たっちまったもんはしょうがないだろ。そろそろカズ先輩もログインするし、さっさとポータルの登録とクエスト終わらせて戻るぞ。」
まぁ、確かに当たったものはしょうがない、どうするかは後でカズ兄たちとも相談することにしよう。
冒険者協会近くのポータルを登録し、ブラッセル氏から貰ったメモを使ってプリムラ家に向かう事にした。
間違ってポータルをホーム登録しちゃって、クエストの強制転移がなかったらホーリーに戻れなくなるところだったのは、ちょっとした余談。
ケンさんにめちゃ笑われて、ここでパワーレベリングしてやろうか? って冗談か本気かわからない口調で言われちゃったけど、ちゃんと戻れるんだからいいよね。
……うん、次からはNPCのセリフは聞き逃さないようにしよっと。
プリムラ嬢は小さくて可愛らしい中折れウサギ耳の獣人だった。
クエスト報告したとたん、強制イベントが起こって怒れるプリムラ嬢と一緒にホーリーのブラッセル氏のところへ転移し、ブラッセル氏が結構かわいそうな目にあってたけど、デートを連続ですっぽかすしたほうがどう見ても悪いので、ここはあえてスルー。
「冒険者のお嬢さんを変なことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした。ブラスは再教育しておきましたので、今後このようなことはないと思いますわ。お詫びにこちらをお持ちくださいね。」
プリムラ嬢が笑顔で言うと、ポーンとクエストクリア音がしてクリア報酬がインベントリに入る。
「少ないですが、わたくしが作った料理とアクセサリー、それとブラッセル商会で扱っている転送石です。」
報酬はギールが1万ほどと「手作りのパイ」「ファーブローチ(INT)」「転送石(未登録)」がそれぞれひとつ、そして大量の経験値が入る。
プリムラ嬢手作りというファーブローチを取り出してみると、白くてフワフワモコモコのファーアクセだった。どこか覚えのある手触りは、ブラッセル氏のモコモコのウサ耳を思い出させる。
と、とりあえず、見た目も可愛くて手触りも性能もいいし、素材については深く考えないほうがいいよね。
「転送石は希少なので、ブラッセル商会でもめったに手に入りませんが、在庫のあるときにはお分けしますよ。」
帰り間際、復活したブラッセル氏が商売人の笑顔で付け加える。
つまり、ブラッセル氏から転送石を買えるようになったのかな? ただし、彼を捕まえられたらだろうから、当分買える気がしないけどね。
カズ兄がログインしたので合流し、とりあえず事情説明と休憩するために、カフェのオープンテラス席に、男二人とチビエルフ一人という組み合わせで陣取った。
アバターを小さ目に作ってる人も多少はいるので、小学生体型でもそんなに違和感はないと思うんだけど。
うーん、なんだか視線を感じる気がするけど、気のせいだと思うことにする。
「貸し出し師か、ずいぶんとネ・・いやレア職を引き当てたね。」
「カズ兄、今絶対ネタ職って言おうとしたでしょ。」
下からジト目で見上げると、カズ兄はカップからコーヒーを飲む振りをして目をそらした。
貸し出し師。
商人系の特殊派生職で、おもに掲示板的には絵描き師と共に、常にネタ職リストの上位に上がる職だ。
レベル一で覚えるスキルが「アイテムレンタル:自分の固有化アイテムを他プレイヤーに一定時間貸し出し出来る、時間はレベルに依存する。」ひとつのみ。その後、Cβの検証組がレベル二十まで育成したが、その他のスキルはまったく覚えなかったという。
取得クエストが発生する条件もある程度わかってるけど、発生はランダム要素が強い上にクエスト難易度も高く、検証後に労力に見合わないネタ職として有名になったため、Oβ以降はクエストをクリアしたという話もないらしい。
確かに超レアなプレミア職ではある、あるんだけど、ドラゴンマスター・巫女・忍者と数ある特殊派生職の中から、よりによってこれ? キャラのLuckは高くても、ガチャのリアルラックには関係ないのか。いや、逆に超レアなので無駄高Luckのせいかも。
まさか特典アイテムにネタ職を入れるなんて……四葉世界の運営は絶対面白がって入れたに違いない。
「いやまぁ、ほら。すでにネタステータスを引き当ててるんだから、一個増えたところでたいして変わんなくね?」
「いや、変わるから! ケンさんネタの職構成でも面白いって思ってるでしょ。」
ジト目で見上げると、ケンさんは「効率厨ならやめとけって言うが、色々やりたいんだったらネタでも面白いと思うぞ?」と、人の悪そうな笑顔で言う。
うぅ、すでに光も含めた全属性持ちってだけで、初期の必要スキルポイントが修羅の道になってるのに、さらにネタ職ってどんだけ修羅道を極めろというんだ。
「実際のところレベル二十以上に育てた奴がいねーからなぁ、最終的なスキルリストもわからんし。本来のクエスト難易度から考えれば、実は高レベルになれば化ける職かもしれんぞ?」
「そうだね、それにケンが言ってた貸し馬業って言うのもありかもしれないよ。」
「ええっ、ありなの?」
「都市間ポータルは主要都市にしかないし、ポータルは登録しないと飛べるようにはならないからね、結局、フィールドの移動は徒歩がメインなんだ。」
「おう、テイマーが馬で移動してるのをみたことあるが、あれはうらやましかったな。貸してくれるなら借りたい奴はいるんじゃないか?」
精霊界での移動は基本がポータルだったものが、魔王軍の侵略のときにほとんどが破棄されるか壊されたかして、今は主要都市しか復旧が進んでいない。そのため、ポータルは小さな町にもあるけど、壊れていて使えないので主要都市間以外は原則的に移動は徒歩、という事らしい。
うーん、ちょっと想像してみよう。
遠方へのお使いクエストのお供に、隣村へのちょっとした足に! あなたのそばに「馬レンタル屋エミュウ」きょうも元気に営業中♪
……違う、なんか違う。
やりたかったまったりRPGMMOライフと、絶対違うと思う。ファンタジーMMOなんだから、普通は武器とかポーションとかの製作を商売にするんじゃないかなー。
「ごめん。それ、なんかいろいろ間違ってるような気がするから、もうちょっと考えさせて。」
「別に商売にしなくてもいいが。もし馬をテイムできたら、たまに俺達に貸してくれるんでもいいぞ。」
「あ、それならやってもいいなー。うん、がんばって立派な馬をテイムしとくよ。」
「馬じゃなくても騎乗できる使役獣は他にもいるけど、まだ持ってる人はほとんどいないね。一度だけ大型の早駈け鳥に乗せてもらったことあるけど、あれは僕も欲しいと思ったな。まあ、今はこいつがいるからいらないけどね。」
カズ兄はポケットから、白い召喚宝珠を取り出して言った。宝珠はもちろん昨日のシャ・トトーだ。思わず、見たい! と叫ぶと、名付けしてないからまだ呼び出せないよ、と苦笑しながら言われた。
それもそうか、三人ともあの後そのまま落ちて、カズ兄はさっきまで仕事だったんだもんなぁ。わたしもまだ命名してないし、と言いながら自分の召喚宝珠をとりだす。
「命名しないのか? テイマーならNPCに頼まなくても命名できるだろうが。」
「そっか! 人のは無理だけど、自分のならもう出来るんだった。」
いそいでメニューを呼び出すと、さっきのクエスト報告でクレリックはレベル四、テイマーはレベル三になっていた。とりあえずテイマーのスキルをチェックする。
テイムするためのスキルや、召喚獣への命令スキル、召喚獣を支援するスキル……。
「あった、これだ! 『コントラクト:召喚宝珠と契約し、名前を与えることが出来る』よし、やってみる。」
四葉世界のスキルの使い方は三種類あって、一つ目はスキルメニューを開いて目的のスキルをクリック、二つ目が呪文の詠唱、そして三つ目が特定のアクションとキーとなる短い短文の組み合わせで呪文を登録するSCA。
戦闘中でもすばやい発動が出来るように、SCAに登録すればいちいち長い呪文を唱えなくてもいいように出来ている。
テイマーになりたてのわたしは、当然SCAのカスタマイズなんてまだ出来てるわけもないので、呪文詠唱にチャレンジすることにした。
神獣の召喚鈴を取り出して装備し、召喚宝珠をフォーカス。
すると、ネームタグに「幻獣シャ・トトー(雄) カラー:ブルースモーク 幼生体 特殊属性:聖獣進化可能」と、今まで見えなかった情報が増えていた。自動取得したテイマーの常時発動 スキル〈調教士の眼〉の効果だろう。
男の子なのかー、そして聖獣に進化もするのね。ならば聖獣になっても大丈夫なかっこいい名前にしてやろう。
「よし、いくよー。オン・ワード・コントラクト・シャ・トトー、セイント!」
召喚宝珠が青白くオーラをまとい、白く輝きだしたかと思ったらそのままブラックアウトして何も起きなかった。……あれ?
「失敗したかな、もっかい! オン・ワード・コントラクト・シャ・トトー、セイント!」
召喚宝珠は呪文発動と同時に青白く光り、微妙にしばらく点滅してまた消える。
しょうがないのでスキルメニューから〈コントラクト〉をクリック、召喚宝珠が青白く輝いてるところにセイント、と呼びかけるとまたもや点滅して光が消えた。
……なんか、気のせいかもしれないけど、召喚宝珠の機嫌が悪いように見える。
「もしかして名前が気に入らないんじゃねぇの?」
「ちょ、なにそれ! そんなことってあるの。」
「たしかに、おかしな名前をつけるとシステムが受け付けない、って話は聞いたことあるけど、それは禁止用語だけだとおもってたが。」
「さあなぁ、でもどうみても名前を拒否ってるようにしか見えないんだが。」
「僕には、そんなにおかしな名前をつけてるとは思えないけど、たしかにそう見えるね……。」
お前ら二人とも名前付けのセンスを磨いて来い! と、ケンさんが頭を抱える。むぅ、かっこいい名前だと思ったんだけどなー。
「ドミナシオン・ヘルシャフト・リベリオン・アッシュ・イラプション・クローネ、考えてた名前が全滅だよー。」
「うん、お前さんはよくがんばってる。だからもうひと押しがんばれ。」
テーブルに突っ伏していると、あきらかに面白がってる表情のケンさんにつんつんと頭を小突かれた。
だいたい、気に入った名前でないと受け付けない使役獣ってありなの? なんだかもう、考えるのがめんどくさくなってきた。
顔を上げて鈴をかまえ、テーブルの上の召喚宝珠をにらむ。何度も繰り返したから〈コントラクト〉は「命名」と言うキーワードでSCAに登録済みだ。
「いい加減に納得しなさいよ! <命名> シャ・トトー、トト!」
右手を振って鈴を鳴らしワードを叫ぶと、召喚宝珠が青白い光の塊に変化してフラッシュし、そのままテーブルの上で青白く光り始めた。
「……トト?」
まぶしくない程度に光る召喚宝珠にそっと呼びかける。
呼びかけに応えるように一瞬強く光って消えた後には、子猫サイズの長毛猫がテーブルの上にちんまりとお座りしていた。
毛の色はブルースモーク、眼の色はダークブルー、そしてネームタグの名前は『トト』だ。あれだけ苦労したのに、この名前でいいんだ……。
脱力して再びテーブルに突っ伏すと、トトが近寄ってきて頬をなめてくれた。うおぅ、舌がざらざらで痛い、けどうれしいので我慢する。
そーっと、手を伸ばしてなでるとクルクル咽を鳴らして頭をこすり付けてくる。モフモフの生きた毛玉のような手触りが気持ちいい、ああ、これまでの苦労がどうでもよくなるくらい、癒されるなぁ。
モフモフの背中をなでると、毛に埋もれている小さい羽が手に触った。
そうかー、ちっちゃくても有翼猫なんだね。
気がつくと視界の隅でログインカウンターが赤く点滅していた。もうすぐ二時間になる警告だ。
もうちょっとモフモフしていたいけど、ログアウトしないと時間的にやばい。
今から宿を探すのも面倒なので、またしてもカズ兄のホームにお邪魔して、今日はログアウトすることにしよう。