1-5 職業登録をしよう!
「うぉふ、この感覚ズレはかなり遠くに転移したラグだよねぇ。」
アバターとの感覚がわずかにずれる転移ラグを、軽く頭を振ってやり過ごして顔を上げ、わたしは周囲を確認した。
転送石でダンバリーの町外れに飛ばされたらしく、すぐ近くにNPC兵が守る巨大な砦門が見える。反対側に目を向けて町並みを見渡すと、華やかな首都とうって変わって石造りの無骨な家々が並んでいた。
行き交うプレイヤーの装備とレベルも高く、わたしのような初期装備は逆に目立つ。マントがあってよかった、と思いつつ目立たないようにマントの前を合わせて帽子を深くかぶりなおした。
そしてダンバリーの町並みの、はるか向こうにあるものに気がついて息を呑む。
ダンバリーの町の向こうに広がる森の、さらにその奥にあるにもかかわらず、視界の半分を埋め尽くす巨大な黒い壁が天地を貫いてそびえ立っていた。
「……あれってまさか世界の柱? そんな所まで飛んだの?」
巨大な黒い岩壁にしか見えない「世界の柱」に圧倒されつつ、現在地を確認するためフィールドマップメニューを操作した。
四葉世界の公式イメージでは世界図を「枯れた大樹に残る四枚の巨大な葉の世界」と紹介している。大樹は「世界の柱」といわれ、四枚の葉は下に魔界、中ほどに人間界・獣人界、一番上が精霊界だ。
実際のワールドマップでは、世界の柱から平らなキノコのように突き出て見えるので、葉っぱという感じではないんだけど。
ちなみに掲示板では「サ○ノコシカケ・ワールド」とか言われてた。……うん、さすがにそれはあんまりだと思うんだ。
魔界・人間界・獣人界は未踏の地なのでマップを開くことすら出来ないけど、精霊界は全体をフィールドマップで確認出来る。
葉っぱの(ここはあえて葉と表現する!)の中央、やや先端に近い場所にある首都ホーリーから精霊界の半分以上を飛んだところ、葉の根元近くに砦町ダンバリーはあった。
到達済みという事らしく、マップの都市名は「ホーリー」と「ダンバリー」の名前だけが白く書かれていて、他にもいくつかある町や村の印は、グレーアウトして名前の表示もなかった。
ダンバリーに青いアイコンが点滅しているので拡大してみると、濃い青と薄い青のマークが町のやや外れのほうにあり、薄いほうが濃い青のほうに近づいている。
濃い青のマークは自分の現在地、薄い青のほうはPTメンバーを示してるのかな? それが近づいているという事は。
「何ぼーっとしてんだ、転移ラグで酔ったか?」
ケンさんはまったく心配してなさそうな口調で言うと、わたしの頭をポンポン叩いた。
「わたしとケンさんの現在地をマップで確認してたの! それに、いまさら転移ラグで酔ったりしないよ。」
「そりゃそうか、ま、四葉世界は初期のVRゲームと違ってラグはほとんどないがな。」
大丈夫なら冒険者協会へ行くぞと、また頭を鷲掴みにして引っ張っていく。だから、引っ張るなら手とか肩とか、もうちょっとましな場所があるでしょうがっ!
とりあえず頭から手をのけてもらい、ケンさんの横にならんで歩き出した。
「クエスト報告はいいの?」
「そいつは後だな、報告したら強制イベントでホーリーに戻されちまうし、そもそも職登録しないとクエストの経験値が無駄になるぞ?」
それはよくない。というわけで、先に冒険者協会へ向かうことにした。
ダンバリーは世界の柱に近いので、町の周囲にいるモンスターも多いしレベルもかなり高く「精霊界の魔物討伐最前線の砦町」なのだそうだ。
そういえば、公式の設定だと世界の柱はかつては4つの世界を自由に行き来できる通路だったものが、魔王の侵略によってモンスターの巣窟になった、とかあったっけ。
「だいたいこの町の辺りはレベル三十か四十前後の狩場だ。一次職のカンストはレベル五十だが、二次職への転職はレベル三十から出来るからな、この周囲である程度レベル上げをして転職する奴が多いから、それなりに大きな冒険者協会がある」
と、ケンさんが歩きながら説明してくれた。
ちなみに一次職とは見習い徒弟がなれる基本職のことで、そこから二次職・三次職と大樹の枝のように分岐しながら、職が派生していくシステムになっている。
「つまりここは二次職への転職の町なんだ、ああ、死ぬから間違っても一人で町の外に行ったりするなよ?」
「さすがにレベル一桁で行ったりしないって。……そういえば、今の最高レベルプレイヤーってどのくらいなの?」
「あー、噂だがたしか、Cβ連中のスタートダッシュ組が、一次と二次をカンストの五十まで上げて、そろそろ三次職のカンストが見えてる奴がいるらしいな。」
「Cβあがりのスタダ組かぁ。」
正式サービスにそのままキャラが移行したOβとちがって、Cβのキャラは引き継いでいないはずなので、Oβでは全員同時スタートになるけど、やはりCβの先行情報があるのは有利って事だろう。
とにかく四葉世界は「自分で冒険して切り開く世界」と公式で堂々と明記しているほど、公表されていない情報が多いのだ。
それにしても、銀嶺メンバーが揃っていてまだ二次職の三十にもなってないのを疑問に思ったのが顔に出たのか、ケンさんは苦笑しながらわたしを見下ろした。
「俺達も正式サービスまでには二次を五十にする予定だったんだが、カリンがギアトラブルで離脱しちまったからな、のんびりサブ職を上げながらカリンの復帰待ちってとこだよ。」
「あー……お姉ちゃんのバカのせいか。」
スタダ組の攻略プレイヤーは別だけど、一般プレイヤーの平均は二次職になるかならないかあたりのレベルらしいのに、あっさり二次職を五十にする予定だったとか言い切る辺りが、廃ゲーマーな銀嶺チームらしくてわたしも苦笑する。
「まあ、俺らは上げようと思えばすぐ上げられるさ。んなことより冒険者協会についたぞ。」
ケンさんが指差した先には、首都ほど立派ではないが町並みからすると頭ひとつ大きな建物があり、正面にでかでかと冒険者協会のマークが飾られていた。
建物にはそれなりにプレイヤーが出入りしてるけど、首都ほどひどく混雑もしていないし、お仲間らしい初期装備も二~三人いるだけだ。
そして、建物の入り口に郵便ポストがあるのをみて、大事なことを思い出した。
「あ、ごめん、ケンさんちょっとまって。」
ポストに駆け寄ってシリアルナンバーを打ち込み、取り出し口から出てきた卵状のアイテムを受け取って戻る。
初日に色々ありすぎて忘れそうになってたけど、プレイチケット目的で購入したゲームパッケージに、おまけでついてた特典アイテムだ。
「これ、パッケのおまけについてたプレミアジョブの卵なんだけど、通常の派生ルートでは取得できない、特殊な職が手に入る卵らしいんだ。」
「ああ、そんなのもあったな。だが、それ中身はランダムで選べないガチャじゃなかったか?」
「でも、当たれば竜騎士とか、人形使いとかだよ!」
竜を召喚して乗るドラゴンライダーとか想像しただけでわくわくする、たとえ当たらなくてもチャレンジする価値はあると思う! もちろん他にも忍者とか巫女とか魔砲士とかあって、どれもそれなりに面白そうだった。
ケンさんは、わたしの手の中にある大き目の卵を覗き込みながら「まぁ、ドラゴンライダーになれたら、俺も乗せてくれよ。」と、当たるとはまったく思ってない口調で笑いながら言うと、さっさと冒険者協会の建物に向かう。わたしもあわててケンさんの背中を追いかけた。
「では登録しますので、こちらの基本職リストから、まずメイン職をお選びください。」
首都の職員NPCは全員エルフだったけど、ダンバリーの登録受付NPC職員さんはバセットハウンドのような、長いたれ耳で穏やかな顔のおっさん獣人だった。
顔を動かすたびにゆらゆらゆれるたれ耳からなんとか視線をはずし、目の前に展開された職リストをチェックする。
基本職は戦士系が重戦士・剣士・狩人、魔法職系が黒魔法士・療法士・吟遊詩人、そのほかに特殊基本職が舞踏士・調教士・盗賊と、生産基本職系が鍛冶士・料理人・錬金術士・細工士・商人となっていた。
わたしは迷わず「調教士」をクリックする。……が、何も起こらず、犬耳の職員さんも笑顔のまま待機している。
「基本職から、メインの職を選んでください。」
「あの……、テイマーが選べないんですけど?」
穏やかに選択を迫る犬耳職員さんに、バグだろうかと思いつつ尋ねる。
「メイン職の登録は基本職のみとなっております、テイマーは特殊基本職ですので、サブ職かEX職にしか登録できません。」
「ええええええ!なんで?!」
「現在、エアルディルの冒険者協会では魔物討伐のため、戦える冒険者を募集しております。そのために戦闘能力のある見習い徒弟の方限定で、身分を問わず試験も無しで登録を行っているのです。」
非戦闘系がメインの方では、討伐クエストを任せることは出来ませんので、と、にこやかに言われた。
犬耳職員さんの丁寧な説明によると、派生した二次職からは制限はなくなるが、初期に選べる職の中では戦士・魔法系の「基本職」だけがメイン・サブ・EXどれでも登録でき、「特殊基本職」はサブ・EXに、「生産基本職」はEXのみに登録できるとの事だった。
たしかによく考えてみれば、召喚宝珠のない初期テイマーや、戦闘能力のない生産系をメインにしてしまったら、レベルを上げるための討伐クエストをクリアすることも困難になって、ゲームの進行すら出来なくなるかもしれない。
ゲームバランス的には当然かもしれないけど、テイマーをメインでやる気まんまんだったのでショックだった。出鼻をくじかれるってこういう事だよねー。
そういえば、特典アイテムのプレミアジョブはどういう扱いになるんだろう?
どうみても基本職とは言えなさそうなので、職員さんに卵を差し出して聞いてみた。
「プレミアジョブは全て見習いあつかいとなるので、育成しないとメインにすることは出来ません。たとえば竜騎士ならば竜騎士見習いとなり、派生二次職で竜騎士を選ぶことが出来るようになるのです。」
「……なるほど、特殊な職につけるようにはなるが、初心者にいきなり無双はさせないって事か、まぁそれはそうだろうな。」
「あ、ごめんケンさん、待たせちゃって。テイマーがメインに出来なかったから、メイン職まだ選んでないんだ。」
「なーんか揉めてるなと思って来てみたらそういうことか、相変わらず変なとこ抜けてやがるな。」
「正直、テイマー以外の職は考えてなかったんだよねー。」
「ふむ、とりあえずお前さんに前衛は合ってないから、魔法系の療法士か吟遊詩人あたりを選んどけばいい、どっちも回復支援職だから野良PTにも入りやすいし、火力もそこそこあるからソロでも苦労しないだろ。」
さくっと選んでれたケンさんのオススメのうち、歌いながら戦うというシンガーはリアルの音楽才能的に出来そうになかったので、クレリックを選ぶことにした。前ゲーのSTKでも回復系のウィズだったので、まぁ、なんとかなるかな。
「はい、ではメイン職療法士、サブ職調教士で登録しますね。」
「あ、それとこのプレミアジョブの卵も使って登録したいんですけど。」
「わかりました、こちらはお預かりします。」
犬耳の職員さんが一枚のカードを取り出して卵にかざすと、卵はカードの中に吸い込まれるように消えた。
「では左手の甲を上にしてテーブルの上においてください。」
言われるままに手を差し出すと、職員さんはさっきのカードをわたしの手の甲の上に乗せて上から押さえ込み、なにやら呪文らしき言葉をつぶやいて手を離す。
「はい、登録終了しました。」
「え?」
あっさりと言われて手の甲を見たが、さっきのカードはどこにもない。
「冒険者カードを見るには、〈カード・オープン〉というスキルを使ってください。先ほどの卵はEX職に登録されているので、カードを見れば中身がなんだったかは確認できますよ。」
よくわからないまま「カード・オープン」とつぶやくと、いきなり手の甲からカードが浮かび上がった。おお、きらきら光って回転するカードは、ちょっとかっこいい。
「そのカードがあれば、精霊界だけでなく人間界・獣人界でも冒険者協会でクエストを受けることが出来ます。また、商業組合へ行けば銀行や倉庫を使うことも出来るのでご利用ください。まぁ、多少の利用料はとられますがね。」
職員さんはたれ耳を揺らして首をかしげ、基本的な説明を受けますか? と聞いてくれたのでお願いした。
サブ・EXの入れ替えはジョブメニューからいつでも自分で出来るが、メインを変えるときは冒険者協会で行うこと。
基本職か二次職ならメインにすることが可能。ただし、メインを変更するとレベルは下がらないけど、それまでたまっていた職経験値がゼロになる、とのことだった。
なるほど、簡単に色々変えれるわけではなさそう。
「そうですね。メインを変更すると挫折とみなすので、ゼロからのやり直しになるのです。たとえば剣士レベル六の80%だった場合、再度メインに登録したときは剣士レベル六の0%からとなります。」
「メインを変更したいなら、レベルアップ直後にするといいよ。」
後ろからの知らない声に振り返ると、黒の狐耳をもってる青年獣人プレイヤーに覗き込まれていた。ネームタグは「レイン 見習い徒弟」となっている。どうやら、順番待ちで後ろに並んでいたらしい。
「あ、ごめんなさい。すぐ終わらせます。ええと、職員さん、登録はこれで終了ですよね?」
「はい、あとはあちらでクエストを受けれますのでご利用ください。では、よい冒険を!」
クエストクリア音がして「登録をしよう!」のクエストが「クエストを受けよう!」に変化した。どうやらチェーンクエストらしい。
犬耳職員さんの笑顔にお礼を言って、カウンターの前を青年プレイヤーに譲ると、すれ違いざまに「さっきは声援ありがとうね」と小声で言われた。驚いて青年の背中を振り返り、理由に思い当たる。
わたしの後にブラッセル氏を追いかけていた彼も、どうやら捕獲に成功したらしかった。
「よし、後はこの町のポータルをブックマークして、おつかいクエストを終わらせたらオッケーだな。」
「ちょっとまって、その前に大事なことを確認しなくちゃ。プレミアジョブ卵の結果!」
ジョブメニューを開こうとして思い直し、スキルを唱えて冒険者カードを呼び出す。これなら、ケンさんも一緒に確認できるからね。
「ええと、クレリック・テイマー、もうひとつは……え、何これ?」
「こいつはまた、とんでもなく珍しい職を引いちまったな。」
わたしのカードを覗き込んだケンさんも、困ったように苦笑する。
「あー、なんだな……その辺の野良馬をテイムして、貸し馬屋でも始めるか?」
ぽん、と慰めるようにケンさんの手がわたしの頭にのった。
わたしの冒険者カード、EX職の欄には忍者でも巫女でもなく、もちろんドラゴンライダーなどでもなく、「貸し出し師」という文字が燦然と輝いていた。