1-25 事前準備はしっかりと
「え、あれ? なんかカゲヤマさんも増えてる? カラスさん、まさかカゲヤマさんもファントム使ってたりする…んですか?」
ローゼさんの背後にいるカゲヤマさんが、どう見ても本体プラス二体の計三体(三人?)で大きな杖を掲げて立っていた。
「いや、あれは執事の<マルチタスク>っていう、えーっと、多重詠唱が可能になる常駐型のファントムみたいなスキルだね。使用中のMP負荷も大きいし、普通は一体しか出せないんだけど……詳しくは知らないけど複合の刻印魔法を使ってるらしいよ。」
カラスさんは二人の戦闘を見ながらそういうと、振り返って「あ、俺に敬語もさん付けもいらないからね?」とにっこり笑顔で付け加えた。
えーっと、とりあえず……善処します。
「おもしれーな、コンダクターの遅延調整を使って、<マルチタスク>をあわせた"複合霊符"で、切替えスキルを多重発動させてバフを重ねてるのか? 道理で妙にバフが多いとおもったぜ。」
楽しそうなケンさんの声に、カラスさんが「たぶんそうかな」と肩をすくめる。
カゲヤマさんもケンさんも霊符を使う人族だからか、あれだけでカゲヤマさんが何をやっているかわかるらしい。
たしか『刻印魔法』は、自分の職スキルを事前に刻印した"霊符"や"霊玉"というアイテムを使用することで、スキルをMPの消費無しで使える、という人族の種族スキルだ。
例外はあるらしいけど、大雑把に分けて"霊玉"は物理系スキル、"霊符"は魔法系スキルなので、執事は魔法系の職ってことなのかな。
なんか魔法系執事っていうと一気に存在が怪しくなるような気がす……げふんげふん。
「ケンさん、刻印魔法ってひとつの符に複数のスキルが刻印可能なの?」
「ちょいと特殊な素材と手順が必要だがな、出来ないわけじゃない。普通なら実用的じゃねぇんだが…。」
そもそも、符や玉に刻印されたスキルを使っても、使用したスキルの再使用時間は発生するので、基本的におなじスキルを連続して使えるわけではないらしい。
違うスキルを連続して使うだけなら単純に二枚の符を使えばいいからなぁ、とケンさんは肩をすくめた。普通は重ねて発動できないはずの「トグルスキルの多重発動」みたいな使い方は、さすがのケンさんでも想定外だそうだ。
えーっと、たしかコンダクターの<ディレイコントロール>、通称ディレコンはスキルの再使用時間を短縮する効果のある自己バフだったはず。
それを使って多重詠唱のスキルの効果時間が切れる前に、多重詠唱スキルを再使用して、本来重ならないバフを重ねているってことかなぁ、……うん、よくわからないけどカゲヤマさんが、なんだかすごく高度なことしてるってことだけはわかった。
「そろそろ終わるな……、俺達も戻るぞ。」
「そうだね、こっちが揃ったから五分待たずに終わらせるつもりみたいだ。お嬢、ブロッケンさん、岩場の影に戻ってローゼ達と合流しよう。」
カラスさんがそういいながら肩越しに指で指し示すと、ガゼルさんはすでに岩場の影のホリステの場所に向かっていた。
カラスさんの後ろについて小走りに岩場のほうに向かうと、背後からバガードボスの奇声が響く。
すぐにホリステから二つの光る木の実が転がり落ち、ローゼさんたちの姿になっていった。
チュートリアルで見た木の実は光るリンゴっぽかったけど、盆栽ホリステは光る松ぼっくりでした。
そういえば、盆栽に松ぼっくりってなるのかな......。
「あれ、ローゼさん、MPがゼロから回復してない……?」
松ぼっくりから復活したローゼさんのMPバーが、白いままでまったく回復する気配が無いので驚いてそういうと、ローゼさんは軽く肩をすくめた。
「種族スキルの代償。回復に使用時間と同じだけ必要なの。」
「んじゃ残り三分あまりってことだな。ああ……維持できるのが最大五分ってことは、さっきのハメ技はボスには使えねぇのか。」
「大木さんのいうとおりなの。」
「そうだね、あれは動けなくするだけで、火力はない。ディレコンの効果が五分だから最大五分しかもたないんだ。」
「まぁ、本来はボスHP最終ゲージの大技を封じるための技でございますから。」
五分で削りきれなければ詰むのですよ、とカゲヤマさんは笑顔で言う。
確かに六人PTなのに火力が戦闘中に五分も戦力外になったら、残り五人……いや、そのうちの一人は初心者ヒーラーなんだから四人半、火力的に見れば実質半減に近いわけで。
うん、確かにそれは詰む。
ちなみにケンさんが「大木って……ウドの大木かよおい……。」ってつぶやいてたけど、誰もローゼさんにはつっこまなかった。
「そっか、じゃあ地道にHP削ってくしかないのかー。」
「まーな、まずは様子見だなぁ。」
「様子見って、どうするの?」
「初見なんだ、攻略法もクソもないな、ミウとカゲヤマさんがヒーラーとして…。」
「悪いが、盾はブロッケン頼めるか? 俺は今、火力系の装備しかない。」
「そういやガゼル、お前今ハンターだったな。さすがに本職のナイト装備は持ち込んでないか。」
おお、ガゼルさんの本職ってナイトなんだ。
本職っていうのは持ってる職の中で、一番レベルが高い職のことでナイトは剣士の三次職になる。
現時点での狩りフィールドとしてのエリアで言えば、精霊界は一次職レベル、獣人界は二次職レベルで、人界が三次職レベルなので、本来のガゼルさんの狩場は現在の最高難易度である人界。
つまりガゼルさんの本職は現時点でバリバリのトップランカークラスだ。
いや、どうりで上手いはずだ。むしろ、なんで一次職のハンターやってるんだろう。
「まぁ、さすがにハンター職に盾役やれとはいわんが。」
「どっちにしろ俺は盾は苦手だ。」
「シラトリ狩りのメイン盾が何言ってんだか、まあいい、今回は俺がやろう。」
「元メイン盾だ……あっちは抜けたからな。」
ガゼルさんは不機嫌そうに呟いた。
いや、もともと不機嫌そうな顔つきだけど、いつもの不機嫌そう、ではなく本当に不機嫌らしい。
ああ、シラトリといえば、先日トラブルがあった人界のレイドボスでしたか……、と背後でカゲヤマさんの声がした。
んー、何かあったみたいだけど、まぁ……レイド攻略PTでのトラブルとか、人数多いんだから、あるあるだよね。
「僕の本職はエレなのは見てのとおり。で、ロゼたちは……。」
「本職はスカウトなの、サブセットだけど火力スキルはほとんど印付。」
「ああ、印持ちスカウトか。ならサブ職でも火力は充分すぎるほどあるな。」
「わたくしのサブセット・コンダクターは、スキル熟練度はすべて真紅でございます。」
「熟練度真紅って、ほぼカンストじゃねぇか……。」
サブセットってのは、サブにセットした職のことだろうけど、印持ちとか印付きってなんだろう?
「あのぉ、カラスさん。スキルの印付ってなんですか?」
「ああ、スキルに熟練度があるのは知ってるよね? それの度数はスキルアイコンの横にあるオーブの色の変化でわかるんだけど……。」
「えーっと、初期が青でだんだん薄くなって、白・黄・橙・赤になって最終的には真紅、でしたっけ?」
「そう、真紅ならほぼ熟練度マックスなんだけど、完全にマックスになるとオーブの中央にスキルのシンボルが浮かびあがるんだ。印付っていうのはシンボル付、つまり熟練度カンストしてるってことだよ。」
ちなみにスキルエフェクトも若干変化して、ちょっとかっこよくなるらしい。
四葉ではスキルの熟練度は=威力や性能に直結するから、火力スキルの熟練度がカンストしてるってことはベース威力がマックスってことだよね。
そりゃ、サブセット職でも充分な火力だよなぁ。
ちなみにメイン・サブ職の違いは経験値の入り方のほかに、スキルの威力・性能が落ちるという違いがある。サブ職はスキルの威力が三割減になって、EXだと半減してしまう。
たとえば攻撃スキルは威力が落ち、回復スキルは回復量が、状態異常系は確率が落ちるといった具合だ。
さっきカゲヤマさんが使ったリザレクション・ライトはサブ職にセットしたスキルで、回復量三割減なのにHPが半分程度回復したってことは、メインなら八割ぐらいは回復する……つまり、スキルの熟練度が高いのが回復量でわかる。
出発前にカラスさんが、メイン職をエレメンタリストに変更したのも「火力重視」のためだしね。
本当ならローゼさんたちも、本職をメイン職にセットしたほうがいいんだろうけど、メイン職の変更は街の冒険者協会でしか出来ないから、このままやるしか無い。
まさか、ボス戦になるなんて思ってなかったしなぁ。
「よし、とりあえずメイン盾は俺、ガゼルとロゼさんが遊撃、カラスは全体の補佐っつーか、たぶんバカ鳥が雑魚で沸くからそっちを受け持ってくれ、カゲヤマさんとミウは回復と支援専念で……ってところか?」
「補佐、了解。雑魚召喚はリベボスのお約束だからね。」
「盾やりながら全体見るほど器用じゃねぇから、なんかあったら全体のバランス見ててくれ。リベボス狩ったことはあるだろカラス。」
「あー、まぁね。」
脇でカルマールを召喚するローゼさんを見ながら、カラスさんが苦笑して頷く。
ああ……。
リベボスは「一定以上おなじモンスターを狩ったら沸く」タイプのボスで。
そしてカルマールをゲットするのに、おそらく何度も何度も真雷光鳥を倒した「カラスさんが、大変だった」わけで。
それは……まぁ、狩ったことはあるよね、うん。
「おいチビ、雑魚のバカ鳥は魔法反射と物理反射のシールドを交互に貼るからな、うかつに攻撃したら反射で死ぬぞ。」
とりあえず「何に一番注意したら良いか」聞いてみたら、さらっとガゼルさんが注意してくれた。
うわぁ、魔法反射と物理反射を交互にって……それってちょっとミスたら自分のスキルで反射死ってことだよね?
ああ、なるほどここが人気無い訳だ……物理・魔法両方の反射持ちエリートとか、めんどくさすぎる!
カラスさんたちが「あんなくそまずい狩場」って言ってた理由がよくわかる。
「よし、新米クレリックの狩りにしちゃぁちょいと難易度が高いが、とりあえず足引っ張らないようにがんばれや。」
ケンさんは、私の頭を手のひらでポンポン叩くとにやりと笑いながら、ガゼルさんたちをあごで示し「こいつらレベルも腕もトップランカークラスだ、しっかり見ときな」と、挑発するようにな目で私にいった。
女子供だからって甘やかさない、けど必要な助言はちゃんと与えてくれる。
口調は悪いし厳しく聞こえるけど、基本的にお人よしなんだよね。多少厳しくても大丈夫って、信頼してくれている感じがすごく嬉しい。
私はケンさんを見上げて「当然!」と笑った。