1-23 復活の樹
結局のところ討伐会議では、まずは全員が聖樹の結界域に登録しなくちゃ始まらないって事で、蘇生登録準備をすることになった。
聖樹の結界域、通称「ホリステ」や「聖樹」と呼ばれるそれは、任意のフィールドに一時的な復活ポイントとして登録できる設置型のアイテムの事で、簡単にいえば時間制限のある復活セーブポイントのようなものになる。
私たち冒険者は、妖精女王の半身である神聖樹と魂の契約をしているという設定があり、神聖樹の加護によって不死の存在となっている。つまり、傷つき倒れても神聖樹の加護がある場所によみがえることが出来るのだそうだ。
神聖大樹と呼ばれる妖精女王の半身は、始まりの街である首都ホーリーの大神殿にしかないけれど、魔物に荒らされた世界を癒すため、精霊界の大きな町はもとより人界や獣人界の街にも神聖大樹の子供達である聖樹の小神殿があり、冒険者達の復活拠点になっている。
もちろんスキルによる蘇生もあるけど、職業として聖樹の神殿からの加護を持つ「クレリック」系と「シンガー」系にしか存在しないし、持っていても自分にかけることは出来ない。
そのため、いちいち街の神殿で復活する面倒を避けるために、狩場では保険として近くにホリステを設置するのが基本になるのだ。
……まぁ、今回は立てる前に誰かさんがつっこんでいって、気がついたら全滅だったわけだけども。
「よし、じゃあまずおれが起きて奴を出来るだけ高台に引っ張ると、んで……。」
「その隙に、私が起きてホリステを立てるの。」
「鉄壁系のスキルをフルフルで使って引いても、おれ一人じゃもって二分か……いいとこ三分がギリだ、わかってると思うが……。」
「お任せください、私がケン様をフォロー致しましょう。」
「いや、俺は死んでも見捨てていい、むしろあんたのお嬢様が失敗しないようにフォローするのと、あんたがホリステに登録するほうに集中してくれ。ぶっちゃけミウが起きてホリステに登録できたら、俺はどうとでもなる。」
「カゲヤマ、ミウちゃんのフォローに全力で、私はその後なの。」
「……承知いたしました。」
カゲヤマさんの蘇生スキルはシンガー系の<リザレクト・ライト>なので、私が持つクレリックの<リザレクション・コール>に比べて再使用時間が長く、スキル連発することが出来ない。
それにホリステは消耗アイテムなので、復活使用回数には制限がある、それを越えると消滅して使えなくなるため、ホリステ復活は出来るだけ少なくする必要もある。
つまり私が起きてホリステに登録し、バカ鳥ボスにタゲをもらっても=即死しても何とかなる状態にしないと、全員を蘇生してPTを立て直せないというわけだ。
まずはケンさんがバカ鳥ボスを可能な限り遠くに引っ張り、ローゼさんがホリステを立て、カゲヤマさんが私に<リザ>をかけて私がダッシュでホリステ登録、私も登録後にガゼルさんカラスさんに<リザ>をかける。
ホリステの周囲一mは敵にタゲられない安全区域になるそうなので、私が登録さえしてしまえばたとえ再度全滅したとしてもPTの立て直しは可能になる。
そのためにも、失敗しないようにしないと。
――うん、いい感じに緊張してきた。
けど、久しぶりに聞いたケンさんの「俺はどうとでもなる」にちょっと安心する。ケンさんなら、ほんとに「どうとでも」してくれるだろう。
私は……私の役目を全力でやるだけ。
「設置は下手の大岩の影だな、よし、カウントいくぜ? 五・四・三・二・一……GO!」
掛け声とともに、自己蘇生したケンさんが、金色に光りながら走り出し、私のソウルバルーンをカゲヤマさんからの蘇生の光が包みこんだ。
――カゲヤマさんが、リザレクト・ライトを使用しました。 蘇生効果範囲内です、蘇生しますか? YES/NO
シンガー系の<リザレクト・ライト>は、地点で指定した範囲に円形の蘇生の光を生み出し、光エフェクトの範囲内の蘇生対象者を、複数復活させることが可能になる便利スキルだ。ただし、詠唱者の視点が通っていないと効果がなく、再使用時間(CT)も十分と長いため多用できない欠点もある。
カゲヤマさんが大岩の手前で指揮棒に似た小杖を構え、笑顔でこちらを見ていた。
迷わずダイアログのYESを選ぶと、鳥籠がはじけ飛んで閉じ込められていた仮アバターが、つぶれて横たわる本体に吸込まれるように重なる。蘇生の光の中、飛び起きた私はカゲヤマさんに向かってかけ出した。
蘇生時にHP・MPともに半分ほど回復しているのは、スキルの熟練度が最高レベルに達している証だ。
さすがだなぁ、と思いつつそのままカゲヤマさんの脇を走り抜け、大人一人隠れられそうな大岩の裏に回りこんで、ホリステに登録しよう手を伸ばす。
――が、目の前にあるものを見て思わず「うぇえっ?」と変な声がでた。
ぶっ飛ばして終わらせたチュートリアルの記憶によれば、ホリステは神聖樹の神殿にある”神聖大樹”の苗木だと説明があり、見た目は私の肩ぐらいの大きさのひょろっとした銀青に輝く若木だった、はずなんだけど。
なんというか、これは……。
張り出しねじれた枝ぶりも見事な、それはそれは立派な"松の巨大盆栽"だった。
何ゆえ? というか、剣と魔法のファンタジー何処行った!
「ローゼリッテ・カスタム、銘は『五葉松の葉崩れ』なの。」
「お、おぉ……?」
こころなしか自慢げに盆栽(ホリステ?)を指し示すローゼさん。
「ミウ様、見た目はこれであれですが、性能は間違いなく聖樹でございます。お気になさらず、どうぞご登録を。」
なんか、笑顔でさりげなく毒を吐いているような気がするよ、カゲヤマさん……。
何とか気を取り直し、設置された盆さ…いや、ホリステの登録を終えてケンさんを振り返ると、ケンさんを包んでいた金色の光が頼りない感じで点滅してた。
たぶん、無敵か鉄壁系のスキルの効果が消えかかってるのかな、と思って見てたら、一瞬でケンさんのHPバーが黒くなる。ああ、うん、ですよねー。
さて、後はケンさんを含めて三人の蘇生をしなくちゃいけないんだけども。
「……位置が悪いの。」
そう、ケンさんは私とローゼさんから離れた方向で、かつ大岩からも遠い場所へひきつけようとしたわけだけど、思ったよりバカ鳥ボス――バガードの反応が早くてあまり引くことができず、その結果カラスさんガゼルさんがたおれている場所からまだ結構近い。
とりあえず二人に<リザ>は入れたけど、このままだと起きてもリスキルを食らうか、バガードを連れて私達がいる大岩まで来ることになってしまいそうだ。
「想定の範囲内でございます。……お嬢様、参りましょうか。」
「……仕方ないの。」
後ろで聞こえたイケボイス会話(カゲヤマさんは見た目より若いイケメン声である)に振り返ると、目の前数センチにしゃがみこむローゼさんの顔が。
いやもう、いいかげんなれたけど! 美人さんにいい笑顔で迫られて、両手で顔を挟まれると変な気分になるような……いや、ならないから! 断じてならないけど、カゲヤマさんも笑いをごまかすように横を向いてないで助けて欲しい。
「私とカゲヤマなら、五分はもたせられる。……だから、後はお願いするの。」
「わたくし共のホリステ登録は済んでおりますゆえ、こちらは気にせずミウ様はここでお待ちください。」
私の顔を離して立ち上がり、岩の影から無造作に歩き出するローゼさんの後を、これぞ執事! って感じのカゲヤマさんが付き従う。
いや、前衛盾筆頭職の重戦士でたぶんサブ職も近接職のはずのバリバリ盾職系な、あのケンさんが一瞬で沈むボスを、細工師のローゼさんがどうやって五分持たせるんだろう……?