1-2 天井までみっちりでした
最初のステータスガチャでSSレアのハイエルフ(光)を引き当てちゃったのはわかった。
けど、このどう見ても十才ぐらいの外見はその所為なの? と、聞くとカズ兄は疲れたようにもう一個のソファーに座り込んでため息をつく。
「公式の上位種族転身の項に、注意書きがあっただろう……って、見てるわけないか。」
うん、種族の上位種転身なんてまだ先だと思ってたから、そんなの気にもしてませんでした。
「初期種族と違って上位種転身後のアバター体型は、そのときのVITとINTの値に影響されるのよ、つまり筋力か知力が高いと体もそれなりに成長した状態になる、という設定らしいわ。逆に言えば、VITもINTも初期値だと子供として表現されてしまうというわけね。」
「上位種族に転身するクエストそのものは、ある程度ミッションクエストを進めれば発生するんだが、それなりにキャラのステータスが育ちきってからでないと『まだ早いからやめておけ』とNPCに言われてな、それでも強行すると時期尚早という事で体型に多少ペナルティが入るらしい。」
なにその無駄なリアリティ、運営はなに考えてるんだ。
VIT値MAXなのに子供体型で体より大きな斧を振り回す戦士とか、MMORPGではよくある光景だと思うんだけど……。
「そうね、高レベルが手伝えば初心者でも高難易度のクエストを進めることは出来てしまうのよ。四葉は種族レベルがないせいで転身クエストをレベルで制限出来ないから、ステータスで縛ってるってのもあるんじゃないかしら。」
ペナルティといっても、本来ならば高難易度のクエストを進める必要があり、ある程度はキャラクターが成長してから行う上位種転身なので、ここまで変化することはほぼないらしい。
つまり、無職&初期値での転身は普通ありえないのだけど、スタートガチャに特殊能力のある上位種族を入れてしまったために、多少のペナルティと言えない変な事態になっているらしかった。
「Luck以外のステータスは初期のエルフと変わらないな、普通のハイエルフを引き当てた人はそこそこINTが高くて極端に子供になったりはしてないらしいが、こいつはステータスが特殊な分、最初からチートにならないよう他の基礎値を低くしてデメリットもある仕様って事になってるんだろう。」
デメリット付の大当たりとか、当たりじゃないし! なんとかポイントためて作り直そうかなぁ……と、頭を抱えるとエリーンさんが優しく頭をなでて慰めてくれる。
「大丈夫、ハイエルフは全ての属性魔法に親和性が高くてスキルの熟練度もあがりやすい上に、光の属性持ちなんだから魔法職のレベルを上げてINT値を稼ぐのも楽だと思うわ、すぐに普通のハイエルフ並みの体型になれるんじゃないかしら。」
それにLuckが高いのは悪いことじゃないわよ? と、魅了の魔法でもつかってんじゃないのかと思うような、とてもまねできないウィンクをわたしに投げて、アイテムバックから小さな鈴と宝珠を取り出す。
「ワード・召喚・使役獣・みゃーる!」
エリーンさんが呪文を唱え、鈴を鳴らして宝珠を放り投げると、宝珠は白くて巨大なペルシャ猫に変化した。
よくある擬人化した猫ではなく、実際のペルシャ猫をそのまま大人の腰ぐらいのポニーサイズに巨大化させた、ふっかふか長毛猫のネームタグは「幻獣シャ・ルーン族(雄) 固有名 みゃーる」だ。
おお、おおおおおお!憧れの巨大猫種族シャ・ルーン!!! エリーンさんに甘えるようにちょっとだけ頭を擦り付けたあと「なんだこいつ?」とでも言いたげな表情で、わたしにアイスブルーの瞳を向ける。さ、さわりたいっ、けど、人の使役獣は気軽に触ってはいけないとカズ兄から言われてるので、両手を差し出した格好のままかろうじて固まる。
使役獣は主以外の接触を拒絶するようになっていて、非戦闘状態時の指示設定が「回避・逃走」ならまだいいけど、たまに「威嚇・反撃」モードにしてる人もいるので、トラブル防止のため他のプレイヤーの使役獣は基本的に接触禁止がマナーなのだそうだ。
うむぅ、モフりたいけど、がまんがまん…。
「この子の召喚宝珠はね、めったに会えないレアモンスターのさらにレアドロップなの。ダンジョンでのレアモンスターのPOP率もレアドロップ率もLuckが高いと増えるって言われてるし、レアな召喚宝珠のほとんどがモンスターからのレアドロップよ?」
「召喚・使役獣・クレソン!」
こんどはカズ兄の呪文と鈴の音が鳴り、ミャアァアと可愛らしい鳴き声と共にシャ・ルーンが二匹になった。
カズ兄の使役獣も同じ純白のペルシャ猫タイプでサイズは一回り小さく、こちらは鮮やかなオレンジのカッパーアイ。クレソンちゃんのほうはタグに(雌)と表示されてるので女の子なんだろう……もうちょっと女の子らしい名前付けてあげればよかったのに。
「ミウは使役獣を使う調教士になるんだろ? これから使役獣をテイムするのも、レアドロップで召喚宝珠を狙うにも、Luckは高いほどいいってことだな。」
――カズールさんよりPT申請されました、承認しますか? YES/NO
眼前にいきなり現れたカズ兄からのPT申請に「?」となりながらYESをおす。カズ兄はわたしの両脇を抱えて持ち上げながら「こいつはPTメンバーなら触らせるからな」と、クレソンちゃんの上にそっと座らせてくれた。
う、うわあああああ、もっふもふやあああぁ。
リアルで触れるのと変わらない柔らかで暖かい感触に思いっきり顔をうずめる。これがリアルなら涙・鼻水・クシャミのオンパレードになるのだけど……ああ、幸せ、四葉世界に来てよかった!
チリリンと鳴るかすかな効果音と「エリーンさんがPTに参加しました」のログ。
みゃーるの乗り心地もなかなかのものなのよ~、と、今度はエリーンさんがみゃーる君の背中に乗せてくれる。すると彼はわたしを背に乗せたまま、ゆっくりと部屋の中を歩き回ってくれた。
見た目は可愛い猫(巨大)だけど、シャ・ルーンは戦闘にも参加する攻撃型だ、長毛種は魔法攻撃主体だけど、それでもその爪と牙は低レベルのモンスターなら簡単に切り裂くらしい。が、今はそこらのおとなしい飼い猫と変わらないもっふもふの塊で、クルクル咽を鳴らして上機嫌で部屋を歩いてくれている。
わたしを乗せたまま軽快な足取りで部屋を一周し、クレソンちゃんに擦り寄る。これだけ動き回っても足音ひとつしない、巨大な肉球がクッションになってるんだろう。
後でその肉球触らせてくれるかなぁ、とか思ってると、みゃーる君はクレソンちゃんの周りをぐるぐる回り始めた。
二匹とも「ぐるるる、くるるるる」と、地鳴りのような鳴き声をあげ、みゃーる君は身体がもつれ合うようにクレソンちゃんにの周りを回る。よく見るとクレソンちゃんがなんだか金色に光ってるような気が。
「ね、ねえカズ兄、なんか様子が……」
……おかしくなってない? という声は「にゃぁああああああん」という、二匹の甲高い叫び声でかき消され、わたしはあわててみゃーる君から飛び降りる。
――偶発イベント(PT)「シャ・トゥルーンの帰還」が開始されました、このイベントはPT全員の承認が必要です、承認しますか? YES/NO
突然のダイアログに驚いて二人を見上げると、カズ兄達にも同じ物が出ているようで、驚いたまま眼前を凝視していた。
――カズールさんがイベントを承認しました。エリーンさんがイベントを承認しました。
黙ったままうなずくカズ兄の視線に促され、わたしもYESを押す。
真っ白な光が爆発するようにあたりに広がり、やわらかな教会の鐘に似た効果音が祝福するように響き渡った。
(ありがとう、小さきものよ。ようやく元の姿を取り戻すことが出来た。)
頭の中に思念通話らしき声が届く。
二匹のシャ・ルーンが光に消えたあとには、体長が二倍で金眼銀眼 の巨大ペルシャ猫が鎮座していた。
ネームタグは「神獣シャ・トゥルーン 称号:ゴズールの守護獣」となっている。突然の思念通話は、わたし達を見下ろす神獣シャ・トゥルーンからのものらしかった。
というか、幻獣から神獣になっちゃってるんですけど……。
(我はかつて魔王に滅ぼされた国の守護獣。力およばず魔王との戦いに敗れて能力を封印され、魂を二つに裂かれて魔物の支配下にあった。しかし、そなたらが魔物の支配より解き放ち、愛情をもって裂かれた魂を癒してくれた為に、封印がとけて復活することが出来た……感謝する。)
つまり、成長したシャ・ルーンが二匹いると発生するイベントって事なのか。(知ってた?)とPT通話を送ると(いや、俺も知らなかった。おそらく条件が揃ってもめったに発生しないレアイベントだな。)とのこと、カズ兄の表情も珍しく興奮しているように見える。
(小さきもの達よ……我はゴズールの守護獣、国はなくなったがわずかに残る民と王の眠る地を守護するために戻らねばならぬ、代わりに我の封印をといてくれた感謝の印として、いくばくかの謝礼と我の眷属をそなたらに使わそうと思う。)
わたしはどう反応していいものかわからなくて、あー、でっかいなー、神獣の頭が部屋の天井につかえてるなーなどと、現実逃避気味に考えを飛ばしていた。
(ではさらばだ、小さきもの達よ。我の眷属は幼いが、いずれはそなた達の役にたつであろう。我の守護する地に、成長した眷属たちと訪れる事を楽しみにしている……。)
PTチャットに三人分のアイテム取得ログがものすごい勢いで流れ、神獣は一方的に別れを告げると、現れた時と同じ光に包まれて消えていった。
「でっかかったねー。」
「そうね、みゃーる君しゃべれたのねぇ。」
「……お前達、そういう事じゃないだろうが……。」
現実逃避する女性陣二人に頭を抱えるカズ兄。
だってこれ……、承認必須の偶発イベントとはいえ、大事に成長させたシャ・ルーン二匹が消えちゃったんだよ? 考えたくないけど、どう見てもわたしの無駄Luckの所為のような気がする。
「たぶんだが、これはまだ未発見のイベントだぞ? 公表したら、シャ・ルーンを持ってる人たちは大騒ぎになるし、持ってない人も獲得しに動き出すだろう。……二人とも、自分のインベントリを確認してみろ。」
そういえば、ログがすごい勢いで流れたので、なにを獲得したか確認してなかった。
このゲームのドロップアイテムは、全て"インベントリ"と呼ばれる個人のアイテムBOXに収納される。容量はかなり大きくて出すのは自由なのだが、自分で物を入れることが出来ない謎仕様な為、その他のアイテムを入れるための魔法のアイテムバックを別に持ち歩かなければいけないという、便利なのか不便なのかよくわからないシステムになっている。
「ほとんどが消耗品ね、レアな素材とポーションが数種類、まぁ、レジェンド防具の箱もあるわ、あとは……えっこれって。」
インベントリのリストを確認していたエリーンさんが、絶句して固まった。
わたしもあわててリストを開く、四葉世界の通貨であるギールが十万と等級がいろいろなポーションや素材などの消耗品のリストがずらっと、その下に「ゴズールの防具箱」「神獣の召喚鈴」「召喚宝珠 幻獣シャ・トトー(幼生体)」とあった。
アイテム名をクリックすると詳細説明が開き、防具箱は「開くと選択式で自分の職にあったレジェンド防具が選べる箱 トレード不可」とある。問題の残り二つは……。
『神獣の召喚鈴』
テイマー職以外でも使役獣を召喚可能になる鈴。神獣シャ・トゥルーンの守護地で使用すると……?
固有化可能アイテム(非固有化状態)
対応召喚宝珠:野獣・幻獣・聖獣・神獣 召喚数制限:3体 召喚MP70%減少
※テイマー限定効果 召喚数制限:無制限 特殊効果:再召喚CT99%減少
『召喚宝珠 幻獣シャ・トトー(幼生体)』
有翼猫「幻獣シャ・トトー」の幼生体 まだ人を乗せて飛ぶことは出来ない。
固有化可能アイテム(非固有化状態) 命名:可能
「有翼猫って……有翼猫ってあの、プロモムービーでキャラ載せて飛び回ってたあの有翼猫ぉ?!」
うわぁ、大事なことなので二度でも三度でもいっちゃうよ!
ムービーで大々的に紹介されたものの、いまだに召喚宝珠の入手方法どころか名前すら謎で、使役獣ではなくNPCなんじゃないかとか、いずれ課金ガチャに入れる予定だろうとか色々噂になっていた。なんと、その召喚宝珠が今、目の前に。
インベントリから取り出した召喚宝珠は、手のひらサイズのツルンとした丸い球で、巨大猫種特有の毛色をあらわす宝珠の色はブルーに近いダークグレー、カズ兄のは白でエリーンさんのはレッドタビーだ。
「この召喚鈴もすごい性能ね。ミウちゃん、わたしの持ってる精霊の召喚鈴、NPC品の中でも一応レアな高級品なんだけど、これと比較してみて?」
『精霊の召喚鈴』
テイマー職以外でも使役獣を召喚可能になる鈴 固有化済
対応召喚宝珠:野獣・幻獣 召喚数制限:1体 特殊効果:召喚MP10%減少
※テイマー限定効果 召喚数制限:2体 特殊効果:再召喚CT30%減少
うん、比較してみるとあきらかに神獣の召喚鈴の性能はおかしい。有翼猫の召喚宝珠とあわせたらこれ、もしかすると数十万、いやオークションにかければ百万単位のギールになるんじゃないだろうか。
こんなものPTにいただけで貰うわけには行かないから! と、鈴と召喚宝珠を二人にトレードしようとしたけど、PTにいたんだから権利はあるといって、二人ともキャンセルして受け取ってくれなかった。
「それに、あの神獣のセリフにもあっただろう、こいつは連続イベントのキーアイテムだと思う。今のイベントをクリアしたプレイヤーが『成長した有翼猫』と一緒に『守護する地』で『神獣の鈴』を鳴らすと何かがおこる。どれか1つ欠けてもたぶんだめだ。」
「そうね、それにテイマーになるんだったらこの鈴は持っていて損はないわ、というかテイマーなら持つべきよ。」
テイマーは召喚鈴がなくても一体だけなら呪文だけで召喚することが可能だけど、テイマー専用の付加効果があるために召喚鈴を使うのが普通なのだそうだ。たしかにNPC売りのレア鈴でもあの性能なら使わなくては損だと思う。
しかたがないので、何に使うのかわたしにはわからないレア素材全部と、レベルが高すぎて使えない高級ポーションを数種類、わたしにはまだ使えないから二人で分けて!とカズ兄にトレードして押し付ける。ちなみに、ギールとわたしでも使えるノーマル系のポーションを入れると、二人とも笑顔で受け取ってくれなかった。
……頑固者め。
渡した素材アイテムをカズ兄が相談しながら分配しているのをぼーっと見てたら、エリーンさんがフレンド登録を飛ばしてくれた。わたしの承認を確認すると「これから、よろしく。わたしはそろそろ時間だから落ちるね。」と、笑顔でログアウトする。
わたしのログインカウンターも二時間近く立っていて赤くなってるので、わたしも今日はこのままログアウトすることにした。